日本企業にイノベーションをもたらすクリエイティビティ
サイバーエージェントに見る真にクリエイティブな組織の創り方

2013.09.11

長い停滞から抜け出し、組織に活力をもたらす「新たな発想」。イノベーションを率いる創造のタネはいかにして産み出されるのか――。グロービス法人研修部門のリーダー・井上陽介が、MBA科目「クリエイティビティと組織マネジメント」の知見も交え、人材育成・組織開発まで考察する連載講座。最終回となる今回は、一時期、踊り場に差し掛かり、産みの苦しみに直面しながらも、組織風土や仕組みの全てで一大変革を起こし、新たな成長軌道を創ったサイバーエージェントを例に、真にクリエイティブな組織の創り方を考えます。


 これまでのコラムで、イノベーションを起こすためには、その“種”となる豊かな発想が必要であること。それには組織や個々人のクリエイティビティを妨げる「3つの罠」を乗り越える必要があることを述べてきました。そして、「未開発能力の存在」「末端化の落とし穴」「短期目線の圧力」という3つの罠を越えるためには、「(固定概念に囚われない)ルールブレイクシンキングの力を高める」、「組織の垣根を越え、“クリエイティブ・フリクション”を迎え撃つ姿勢を持つ」、「自社の理念をベースに、個人のLike to(やりたい想い)を見つけ、育む」ことが求められると、前3回のコラムの中で提示しました。

 ただ、そうは言っても、いずれもそう簡単に実現できるものではないこともまた事実と認識しています。様々な会社の経営陣やミドルマネジャーとの対話する中でも「既存の常識や前提に囚われていて新しいビジネスモデルが描けない」「部門間での衝突を避け穏便に済ませようとし結果として大胆な発想が生まれない」「会社のタスク(=やらねばならないこと)以上のことに取り組む志を失ってしまっている」といった実態はよく耳にするところです。

 「自由に発想していい」「組織横断的にモノを考えろ」と号令するだけではヒトも組織も変わらず、動かないのは自明のこと。組織の構成員を動機づけるHRM(人的資源管理)の施策や、お金や設備などのリソースを割り当てる戦略的判断など、様々な取り組みが、そうした理想に整合する形でシステマチックに導入され、機動的に回り、一定以上の成果が出て初めてヒトの行動変容がもたらされ、また、組織文化として定着するものだからです。

 では、継続的にイノベーティブな製品やサービスを生み出している企業は、どのようなシステムを作り、クリエイティビティを引き出すことを実現しているのか――。参考事例の一つとして、IT業界で気を吐き続けている「サイバーエージェント」を取り上げ、その一端を明らかにしてみたいと思います。

執筆者プロフィール
井上 陽介 | Inoue Yousuke
井上 陽介

学習院大学法学部卒業。フランスINSEAD:IEP(International Executive Programme)、スイスIMD:HPL(High Performance Leadership)修了。大学卒業後、消費財メーカーに入社し、海外部門にて資材調達、中国工場のオペレーション管理等の業務に従事。その後、国内部門にて営業・マーケティングに携わる。グロービス入社後はグロービス・コーポレート・エデュケーション(GCE)部門にて、様々な業種・業界の企業に対してコンサルティング活動及び研修プログラム提供を行う。グロービス名古屋オフィスの立ち上げに際しては、リーダーとしてグロービス・マネジメント・スクール名古屋校の新規立ち上げを推進。その後GCE部門ディレクター、法人営業部門責任者を経て、GCE部門マネジング・ディレクターを務める。グロービス経営大学院や企業研修において「リーダーシップ」「ファシリテーション」「経営戦略」「クリエイティビティ」等の講師も務める。また、大手企業に対して新規事業立案を目的にしたコンサルティングセッションを講師としてリードする。

blog: http://yoyo.typepad.jp/
Twitter: YosukeInoue0920


上場後、成功事業が出てこない。社員間には次第に“しらけ”のムードが蔓延し……

photo

(曽山哲人 サイバーエージェント取締役 人事本部長)

 サイバーエージェントは1998年に藤田晋代表取締役社長によって設立。インターネットを事業領域に急成長を遂げてきました。2000年マザーズ上場。直近2012年の連結決算で社員数2500名、売上1411億円、営業利益174億円の規模となっています。提供する商品・サービスも、当初の広告代理事業から今や、ブログ、アプリ、ゲーム等、多種多様におよび、読者の皆さんも日本のインターネット産業をけん引する一社として認識されていると思います。

 ただ、その成長への軌跡は、業績数値から見て取れる以上に困難なものだったようです。創業期のがむしゃらなエネルギーや社員間の創発的な仕事ぶりが鈍化していく中、いかに新規事業を生み出し、絶え間ない成長を続ける今現在の組織風土を作り上げてきたか。同社取締役人事本部長・曽山哲人さんへのインタビューから浮き彫りにしていきます。

井上:2000年3月24日のマザーズ上場以降の経緯からお聞かせください。上場後、赤字を解消できず、社員のモチベーションが上がらず、退職率も30%を超える状態に陥ったと聞いています。上場で得た資金で様々な領域に投資するも新たな事業の柱はなかなか生まれない・・・今から振り返ると社内はどのような空気感だったのでしょうか?

曽山:私は1999年の入社以来、2004年まではずっと広告営業をやっていました。マネジャー、シニアマネジャーという役割で、シニアマネジャーのときで15人ぐらいのメンバーを抱えていたと思います。インターネット広告事業本部統括を経て、2005年に新設された人事本部の本部長として異動しました。
 上場後のサイバーエージェントですが、調達した資金でメディア事業を立ち上げようとトップダウンで次から次へと新規事業を立ち上げていました。ただ、経営陣の誰かが考え、「これでいいんじゃないか」ということになると事業が生まれるので、作った人たち以外の社員にとっては唐突感がある。しかも、特に明確な基準が示されることなくメンバーの抜擢が行われるため、選ばれなかった側からすると「死ぬほど頑張っているのに何で僕じゃないんだろう?」という疑問が生じてしまう。
 「そんなに新規事業に関わりたいなら手を挙げればいいじゃん」と思われるかもしれないですが、公式に意見を言える場もないので、その気持ちをうまく消化できないんですね。全般的にそんな“しらけ”のムードが蔓延していました。
 おっしゃるところの、退職率30%程度だったのはこの時期です。全員が不幸なわけではなく、新規事業に抜擢された“ご機嫌”な人と、それを面白く思わない“不機嫌”な人が同居している。ただ、抜擢されるのは少数なので、ご機嫌な人のほうがマイノリティという状況。私は日々の仕事自体は楽しく感じており、組織へのロイヤリティはそれでも高いほうだったと思うのですが、「中途採用だと抜擢もされないよな」という“しらけ”の気持ちは自分の中にもあったような気がします。

井上:しらけ、ですか。

曽山:はい。今でも私たちがよく使う言葉の一つです。とにかく、しらけは排除しなければ、と。
 しかも当時は、作っても作っても新規事業がうまくいかない。そのことが、しらけの空気をさらに強めていました。売上が増えない。収益化しない。そうすると、その事業と遂行する人材とを選んだ経営陣に対する不満が噴出するんですね。

井上:当時、立ち上げた事業としてどのようなものがあったのでしょうか?

曽山:日本のファン向けにメジャーリーグのウェブサイトを開設するとか、自動車のネット販売とか・・・チャレンジしたことの一つひとつは面白いんですよ。そして皆、チャレンジすることの意義は理解している。ただ、説明が不十分で結果も出ていないから、組織全体としてそういうことに前のめりな感じが生まれない。大いなる自己矛盾ですよね。
 で、今にして思えば、経営陣がこの“しらけ”を鋭敏に感じとって対処しなければならなかったのですが、それが十分にはできているとはいえなかったのかもしれません。しらけへの対処は理屈だけで云々できるものでもないので、人事や経営企画が“優等生”であるほど、かえって難しいのではないかなと思います。

井上:そうした悪循環、組織の閉塞感みたいなものを、どのように打破されてきたのですか?

新規事業に失敗した人材の流出、挑戦マインドの喪失。普通はそこで挑戦を止めてしまう

photo

曽山:ビジョンの明確化からでした。当時、売上自体は伸びていたのですが、先行投資によりまだ赤字でしたので社内外からの批判に晒されていました。批判に影響されて辞めてしまう人も増えており、特に、会社として辞めてほしくないという人からいなくなっていく。その退職率の高止まりは致命傷だということで、役員合宿で議論をし、組織を今一度、束ね直すものとして2003年に「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンが明示されたのです。またその後、2006年には行動規範となるミッションステートメントも出しています。
 また、「maxims(マキシムズ)」という、我々が大切にしたい価値観も明確化し、小冊子として社員が持ち歩けるようにしました。

maxims(マキシムズ)
 ・オールウェイズ・ポジティブ ネバーギブ・アップ
 ・行動者の方が、カッコいい
 ・新しい産業を、自らの手で創るという誇り
 ・一流の人材がつくる、一流の会社
 ・挑戦した結果の敗者には、セカンドチャンスを
 ・最強のブランドをめざす
 ・常にチャレンジ、常に成長
 ・若い力とインターネットで日本を元気に

井上:ビジョンやミッションなど、自分たちがどこに向かうのか、長期的な視点を持てる共通のゴールを定めたことで、短期目線での目先の利益に束縛されるような意思決定が行われることを回避する素地ができたのでしょうね。ちなみに行動規範であるマキシムズのほうは、どのような経緯で作成することになったのでしょうか?

曽山:ビジョンが定められた役員合宿の後に、社内横断的に組織された「バージョンアップ委員会」というタスクフォースに取りまとめが委ねられました。委員会に社長の藤田は入らず、副社長主導のメンバーで自分たちが大切にしたいことを言葉にし、その草案に最後は藤田が手を入れるというスタイルで作りました。
 私も委員の一人でしたが、ボトムアップで作り、最後はトップダウンで決める、というのは非常に良いプロセスだったと思っています。「社員みんなの声を聞きました」とボトムアップのみで作るのは一見すると民主的ですが、最後にトップが魂を込めなければ、決めた価値観を組織全体に本当に浸透させるところまでいかないと思うのです。

井上:バージョンアップ委員会というのは、マキシムズを作るためだけの時限的な組織だったのでしょうか?

曽山:いえ。ここでは、顕在化されていない社員の本音など、サイバーエージェントの“生の声”を拾うということに取り組んでいました。各事業部門のトップ7~8名が、それぞれの現場でどんなことが言われているかを拾い、経営陣にぶつける役割を果たしたのです。そこで先ほど申し上げたような「新規事業に挑戦したいが、選ばれる基準が不透明で納得感に欠ける」とか、「中途採用にももっとチャンスがほしい」というような不満が可視化されていきました。
 また例えば、新規事業がうまく行かず、撤退となったときに起きている人事的な課題も見えてきました。事業のクローズと同時に、「それは私たちに駄目出しということですね」と受け取った、立ち上げ要員として抜擢した社員が皆、辞めてしまうのです。5人が失敗すると、5人が辞める。とは言え、新規事業をやらせると辞める人が出るからと新規事業をやらなければ、会社を将来的に成長させる芽も生まれない。完全に衰退のサイクルですよね。

井上:負のスパイラルですね。

曽山:日本企業のほとんどが、このスパイラルに一度は入っていて、その結果として新規事業に臆するマインドができてしまっているように感じます。
 でも、新しい事業を作るって、そんなに甘くないですよね。失敗は一定以上の比率で起きるわけで、それより問題は、失敗の結果として何かを学んだ人材を流出させてしまっているほうだ、と。人は同じ失敗はしませんから、次の挑戦ではそういう人材の成功確率はむしろ上がるはずなんです。

井上:おっしゃるとおりです。

曽山:だから僕らの場合は、むしろ恐れず、新規事業をどんどん作ってくぞということを決めた。そのための仕組みの一つが社員から新規事業のアイディアを公募する制度「ジギョつく」でした。

当初は様子見だった社員。今では5人に1人が新規事業立案に参加するように

photo

井上:ジギョつくの始動は確か、ビジョンの再制定と同じ2003年ですよね。

曽山:2003年に決まって、2004年に第一回が開催されました。ほぼ10年前ですね。当初の応募は14件。過半の社員が様子見、という感じでした。それが2012年は800件にまで増えました。

井上:10年かけて、社員が挑戦する風土を定着させていった・・・

曽山:はい。それも単に公募制度を作って待っているだけではダメで、すごく大切なこととして、“失敗しても良いから思いっきり挑戦してほしい”という安心感の醸成があったと思います。マキシムズに明記されている“挑戦した結果の敗者には、セカンドチャンスを”が顕著ですが、がんばって失敗した人にはセカンドチャンスが用意されている、と会社から提示されたことは非常に勇気をもらえることだったと一社員としても思います。
 そして制度面ですね。真に事業化まで持っていくためには、風土を変えるだけでは足りません。アイディアを実行に落とし込む上での障害を取り除くことも必要でした。例えば、人事異動等が典型ですが、経営のフォローがなければ書いたプランのエグゼキューション(実行)はできませんから。

井上:ジギョつくは、そうした意味からも大きな経営の転換を象徴する制度なわけですね。イノベーション生み出すために誰でも手を挙げられる場を作り、しかも単にアイディアコンテストに終わらせず、優勝者には「社長のイス」も用意して、本当に計画を実行する機会を与えた。これは大変な経営判断だと思います。
 参加する社員の方々はビジョンを基軸にしつつ、自分自身がこれをやりたい!という想いを見つけ育む。しかも必死にやった結果であれば失敗も許される。そうしたことを経営が能書きとして言うだけでなく、本当に有言実行でやってくれることで、信頼が高まり、組織文化が変わり、また、個々人の固定概念や前提、常識に囚われないでゼロベースで何をするべきなのかを考え抜く力というのが高まっていったのではないでしょうか。

曽山:そうですね。応募数は10年間続ける中で徐々に増えてきた感じです。それまで一人で複数応募していいという制度だったものを、今年から一人一案にしたため、目先の応募数は350件と減りましたが、サイバーエージェント単体の社員数1500名に対してこの数ですから、5人に1人の社員が新規事業立案に挑戦してくれていることになります。

井上:すごい変化ですね。応募数を増やすために他に何か工夫はされたのでしょうか。

曽山:応募フォーマットを簡単にしました。エクセルに基本的なこと5項目を文字ベースで書くだけの体裁になっています。
 今の日本企業のイノベーションを生む仕掛けって難しすぎるケースが多いと思うんですね。論理的にしっかりとまとまったきれいなパワーポイントの資料を提出させることが多いですが、それがイノベーションにつながるとは限らない。それと、現場は忙しいですから、社員にジギョつくにかかりっきりになってもらいたくないという意図もありました。書類審査とプレゼンまでの時間は2週間程度で、残念ながら受賞できなかった場合でも、すぐに切り替えて仕事に集中できるようにしています。
 今年、一人一案までと決めたのと同時に、応募フォーマットはこれまでの5項目をなくし、パワーポイントに事業モデルを図式化するというものに変更しより提案内容をわかりやすくする改善をしています。

井上:変更のポイントも面白いですね。ルールブレイクシンキングという固定概念を打破する思考プロセスにおいては、発想を拡げて様々な要素を幅広く考えた上で、統合的に考えることが必要なんですね。その意味では新しいジギョつくの応募フォーマットにおいて「事業モデルの絵を描く」ということで統合的思考を求めていくということになっていると思います。それにしても、凄い数の応募ですよね。

曽山:はい。おそらく日本でいちばん、新規事業の案を出している会社になっているのではないかと思います(笑)。ただ過去を振り返ると、ジギョつくから事業としてのホームランが生み出せたかというとそうではないのです。

井上:そうなのですか。難しいものなのですね・・・。しかし、それでも続けていらっしゃるのには理由があるわけですよね。

曽山:もちろん良いアイディアの種は見つかっていますので、それを別の会議体で詰め切って事業化することはあります。ただ、何よりの果実は人材の発掘ですね。(社長の)藤田はジギョつくの目的を「人材6割、事業4割」と明確に言っているんです。事業の種を見つけたいというのもあるけど、それ以上に新規事業立ち上げに携わりたい社員、アイディアが豊富な社員、などの人材を見つける場としては、大いに機能しています。

井上:現場からアイディアが出てこない、というのはよく聞く話ですので、年間数百本もの新規事業プランが出てくるだけでも凄いと思います。そのうえ更に、人材発掘にもつながっている、と。ジギョつくによって人材を発掘し、抜擢するという流れを創り出したことによって、部門ごとで人材を囲い込むということがなくなりますよね。そして新しい事業に人を異動させチャレンジさせることによって、自然とクリエイティブ・フリクション(創造的摩擦)も作り出される・・・

曽山:はい。もう何人抜擢したか分からないぐらい、若手を登用しています。

井上:とは言え、ジギョつくからは“ホームラン”は出ていないとすると、サイバーエージェントのイノベーションの原動力は、他にもあるということですよね。

役員のチーム対抗イノベーションバトル「あした会議」で実行プランまで意思決定する

photo

曽山:はい。我々の経営の中でジギョつくは大切な仕掛けですが、新規事業創出という文脈では「あした会議」というものが非常に効いています。これは一口に言うと役員対抗の“イノベーションバトル”です。参加者は、役員を中心とした10名程度のサイバーエージェントの幹部社員。彼らを中心に、それぞれが指名した5名の社員で部門横断のチームを作り、約2カ月をかけ新規事業や直面する課題の解決案といったプランを3つずつまとめます。指名は役員会でくじ引きをしてドラフト制で決めていきます。
 全10チームの組成ですから30案があした会議に出てくることになります。そして、その案を社長の藤田が審査員として評価します。シビアなのはこの順位が公表されてしまうこと。さらに最下位を取ると次回のあした会議にはリーダーとしては参加できず、別の役員のメンバーとして参加することになるというシビアな仕掛けもあります。

井上:シビアですが、参加メンバーの育成にもなる良い仕組みですね。

曽山:はい。役員も社内の誰が優秀かを事前に調べたり、ドラフト会議をやりながら、彼が優秀だ、彼を引っ張るといいよ、というアドバイスを藤田がしたり。

井上:会議はどのような形で進行するのですか?

曽山:一泊二日の合宿形式で、10チーム全50名が参加します。初日には2案を提案します。プレゼンタイムは3分間であとは社長の藤田による質疑応答があるのですが、その上で点数を付けられます。そして、2日目にもう1案を提案するのですが、初日にスコアが低いと翌日に向けて夜中まで準備するんですね。
 藤田がよく言うのは、あした会議は単なるアイディアコンテストではなく“決議の場”だと。決議するためには投資するお金や人を具体的に詰めていく必要があります。例えば、新会社を作ると提案する場合、誰をリーダーにするのか、そして、誰かを抜擢する以上、既存の組織にできる穴をどう埋めるのかというところまで提案しないといけないんです。こんなことをやっている会社もたぶんサイバーエージェントだけだと思いますね。2006年の開始時は年に1回だったのですが、2年ほど前から年に2回、実施しています。

井上:新しい発想を生み出し実行に落とし込む。完全に経営のエンジンなのですね。あした会議ではどのようなテーマが提案されるのですか。

曽山:サイバーエージェントの明日にインパクトを与えるテーマであれば何でも良く、他の部門のことでもいいんです。逆に、自身の担当部門のことなど役員が自分の権限で決められるものはあした会議に持っていく必要はありません。従い、おのずと新規事業や、部署横断でやらなければならないテーマに収れんされてきます。これまでには例えば、新会社設立や子会社のグループ再編提案、人事の新しい採用手法の提案等がありました。
 それぞれのチームがお互いの部署に対してリスペクトしつつも課題を浮き彫りにして本気で提案するというのは、大変に健全な営みだと思います。ワンマンオーナーが進めてしまうのではなく、自分たちで考えて経営に提言するというのは非常に良い仕掛けだと思っています。

井上:部門横断での取り組みとなると、従来の枠組みや発想に囚われていてはなかなか発想が出てこないですよね。結果、クリエイティブな提案にならざるを得ないということなのかと思います。そのような提案を「決議」し、実行まで落とし込むからこそ、単にアイディアの品評会で終わらず、イノベーションにつなげられているということなのですね。

曽山:2006年から100を超える提案が決議され実際に実行に落とされています。このあした会議から新会社が10社出来ています。例えば、CyberZというスマートフォン専門広告会社の前身の会社もあした会議の提案から生まれたのですが、当時同社の社長として抜擢した山内は、CyberZで実績をだし、現在ではサイバーエージェント本体の役員になっています。弊社はスマートフォンの広告シェアでは国内トップなのですが、このシェアを引き上げた功績が認められて若干29歳で取締役に入ったのです。
 ちなみに私のあした会議でのトラックレコードは結構、堅実で、2位か3位をずっとキープしていたのですが、ここ4回のうち2回優勝しています。そのときには15点満点中12点を獲得しました。それは、複数の子会社を発展的に解消し、今伸びているスマホ広告に人員を寄せたほうが社員も活躍の機会が増えて業績伸びるのではないかという提案だったのですが、ほかにもスマートフォンのアプリが海外で伸びるのではないか、従い海外展開をより強化した方がよいのではないかという提案などもしています。こうして開発された海外向けアプリは、北米のAppStoreランキングで1位を獲得するなど、実績を出しています。

井上:中には筋の悪い提案もあるのではないかと思いますが、そのようなものは、あした会議ではどのように扱われるのでしょうか。

曽山:自チームがビリになった役員は、次回にリーダーにはなれないというルールがあります。私自身、優勝した次の回ではビリとなってしまい、その時は一メンバーとしての参加でした。残った1名分のリーダー枠には、前回1位だったチームの社員のMVPが入るという制度なんです。

井上:すごいですね。社員が役員会への提案の権利を持てるということですよね。

曽山:そうそう。社員が経営に影響を与え、その場で意思決定までされる提案を3つもできるというのは、その社員もやる気になりますしとても良い環境だと思います。

井上:ちなみに曽山さんはリーダー枠に戻れたのですか?

曽山:それが、別な役員のチームでまたビリになってしまいまして(笑)。最悪でした。結果、役員が二人、リーダーから外れることになったわけですが、藤田は「まぁ、ビリだからしょうがないよね(笑)」と、言っていましたが。その流れで前回も別の役員のチームに招へいされた際にはなんとか優勝することができ、次回はリーダー枠に戻れることになったので正直ほっとしています。

井上:完全な下克上ですね(笑)。今、笑顔で話をされていますけれど、役員にとってとても厳しい制度ですよね。そういう厳しさを垣間見て、社員が自信をなくすとか、この会社は厳しいから辞めようと考えたり。そのようなことはないのでしょうか。

「CAJJ制度」により事業の撤退基準を冷徹な数字で明文化している

曽山:ないですね。サイバーエージェントでは「競争と協調」という言葉があります。強烈な協調の上で競争させれば会社も個人も強くなるという考え方があるんです。なので、本当の信頼関係を構築した上で、本当のライバル関係というか競争関係を創っていく。協調のベースがあった上で、競争をやらなければダメだと考えてやっているのです。それをやらないとぬるくなってしまいますので。

井上:なるほど。やはり文化づくりをしっかりされているのですね。ジギョつくで新しいことに取り組む風土を創りながら、それだけではなく、競争と協調の文化を創る。それにより、健全な緊張感を会社にもたらしているのですね。
 それにしても、新しいものを生み出すという視点で見てみると、ジギョつくやあした会議で多くのアイディアやプランが生み出されていきますよね。ただ、それら全てが成功に至るわけではないと思うのですが、社内で何をもって成功であるとか、失敗であるというような基準を持っていたりされるのでしょうか。また、そこから成功の秘訣を引き出すような仕掛けはあるのでしょうか。

曽山:「CAJJ制度」という、事業の撤退基準を明文化したというものがあります。事業を格付けし、J1からJ5まで営業利益順でカテゴライズしていきます。例えば、J5の新規事業は9カ月以内に、J4、つまり粗利額で月額500万円に行かないと、基本的に撤退基準を検討するという制度です。この撤退すべき基準が明文化されているのは非常に大きいですね。ちなみに最近はこの基準に成長率などをかけてスコアリングするなどバージョンアップをしています。
 成功と失敗のナレッジシェアという意味では「グループ会議」という子会社の社長が集まる月に一回の会議があります。黒字化しているJ1からJ3で集まるグループ会議、また、J4とJ5だけで集まる会議もあります。このグループ会議には経営本部担当の常務と私が必ず参加しています。そこで、すべての事業について一人2分程度、成功と失敗を共有するようにしています。ここで徹底的に情報をシェアしています。特に、似たような事業フェーズの会社で伸びている会社がどうしてうまくいっているのか、また、伸びていない事業がなぜ失敗しそうなのかというのが共有されています。

井上:事業フェーズに対応した横連携で積極的に情報交換ができているのですね。また、経営の目線からもアドバイスが入る仕掛けですね。グループ会議というのは若手の視野を拡げさせていくうえで効果的な仕掛けにもなっているのでしょうか。

曽山:そうです。サイバーエージェントでは、かなり若い社員を抜擢することがあります。例えば、昨年は入社1年目の社員を3人、子会社の社長に抜擢したのですが、経営がすぐにできるかというとそう簡単にできるわけでもないんです。ただ、彼らのサポートを3つの観点から行っています。
 一つがグループ会議。二つ目が役員のアドバイザー制度です。例えば今、入社2年目の社員が社長を務めるシロクという子会社がありますが、アドバイザーが、本体の社長である藤田なんですね。サイバーエージェント創業者であり上場企業の社長である藤田から直接アドバイスがもらえるというのは大きな学びになります。三つ目はバックオフィスのサポートです。経理や法務、人事がサポート体制を作っていきます。

井上:新しいものを生み出し、それを実際に実行に落とし込む上で、様々な仕掛けをトータルで取り組めているからこそ、事業のグッドサイクルにつながっていることがよくわかりました。それにしても、この仕組みの中で活躍する社員はやはり優秀な人材ではないとなかなか難しいのではないかと思いますが、そもそも採用で重視していることはどのようなことでしょうか。

リーダー経験がリーダーを育てる。だから子会社の経営者40人のうち30人が20歳代。

曽山:“素直でいいやつ”ということです。それが大前提としてあって、その上で一緒に会社を成長させてくれるような、優秀な人を採用しています。軸が一つなので、採用するにもブレにくいですよね。軸が多すぎると、こんな人もいい、あんな人もいい、といろんなところでブレてしまうことがあると思いますが、それがないのは大きいです。
 それにしても、私は毎年、新入社員を見ていますけど年々優秀になっているように感じます。最近は大学時代に起業経験があるような社員も増えています。そういう社員に積極的に機会を提供しています。藤田自身、24歳で起業していますから、若いからできない、という先入観もない。
 リーダーはリーダー経験によって育つということが大きいと思います。従い、意図的に抜擢人事をやっていますね。最初の例は2006年ごろで、当時新卒入社3年目の社員をサイバー・バズという子会社の社長に抜擢しました。あした会議で決議され、設立が決まった子会社だったのですが、「すごい抜擢だ!」という声や「本当にできるのか?」などいろいろな意見もありました。けれども、彼にはとにかく会社の立ち上げを事業拡大に集中してもらい、結果を出させるようにしました。実際に彼自身の才能もあり大きな結果が出たのですが、結果が出れば皆なにも言わなくなります。そうやって抜擢事例を重ねていけば、それは文化になり、良い意味で当然のこととなっていくのです。
 新しいことに挑戦する風土を本気で創るには、まず抜擢をし、あとは意地でも成功事例を創って、その事例の数を増やすというサイクルを回さなければならないのだと思っています。当社に子会社の経営者は今40人いますが、そのうちの30人が、20代なんですよ。30人もの20代経営者を持つ企業グループというのは多分、サイバーエージェントだけだと思います。

井上:素晴らしいですね。とはいえ失敗はありますよね。「失敗をした人にもセカンドチャンスを」というのがマキシムズにありますが、失敗した人がめげたり、周囲が「失敗したじゃないか」という目線で見るということは往々にしてあるのではと思います。本当に失敗してもセカンドチャンスは与えられている環境になっているのでしょうか。

曽山:事業がうまくいっておらず撤退になりそうだというのは周囲からもわかります。すると、うまくいっている事業の事業部長が、優秀な人材にこっそりメールを送って、いろいろ大変なこともあるかもしれないけど、何かあったらうちの事業部に来いよ、という、水面下の社内ヘッドハンティングをするんです。

井上:失敗が“確定”される前にセカンドチャンスが提示されるわけですね。

曽山:はい。ただ、私が2005年に人事本部長となったときは、そういう風土が全くなく、本当に大変でした。事業がうまくいかなくなると、その事業に関わっていた社員全員が辞めると言い始めるのですね。そんな社員全員と向き合い、話し合いをしました。これまでの経験を活かせる部署はどこか、本人の意思はどうなのか、というキャリアカウンセリングをしないと辞めてしまう状況でしたが、撤退基準を明文化し、マキシムズがだんだん浸透していったことで、撤退事業にいた社員が辞める、ということはなくなりました。
 事業部長としては、失敗を経験した社員は同じ失敗をしない、むしろそれまでの経験を活かせるということを理解しているのでぜひ迎え入れたいんです。それに失敗した社員は次は絶対負けたくないという思いを持っているので情熱が違いますよね。失敗の経験から学んでいるというのは、すごく大きいです。ですから、失敗によってダメの烙印を押すような風土はうちの会社にはありません。むしろ引く手あまたになるんです。

井上:これまで、だいぶ内部の制度の話を中心にお伺いしましたが、外部の知恵やノウハウを活用する仕掛けというのも何かありますでしょうか。

曽山:外部の力を借りながら成長するモデルはもっと積極的に作っていきたいと考えています。自分たちが持っているリソースと、外にあるリソースをかけ算することで、誰にも作れないものを作れる可能性というのを追ってみたいですね。

井上:今回グロービスと協業いただいている「アントレプレナー・イノベーション・キャンプ」という新規事業プランを社外の方々から募る取り組みもその一つとなればと思っています。ただ、外部の力を活用するというのは内部がしっかりとまわっているからこそできることなんですよね。

曽山:そうですね、そう思います。自分たちの軸がないと、パートナーの方に逆にご迷惑をかけてしまいますので。

井上:今回のインタビューで、新しいものを発想し生み出すために、トップダウンのアプローチが良いのか、それともボトムアップが良いのかということを悩みながら取り組んできた歴史を垣間見れたように思います。

曽山:はい。ジギョつくは、社員からたくさんの事業の種が出てくるし、人材発掘の場として大きく機能しましたが、本当に稼ぎ頭となるような大きな事業が生まれていないというフラストレーションがありました。ただ、それを言うよりも、経営陣自らが新規事業を考えたらどうなのかと、生まれたのがあした会議です。最初は、幹部30人ぐらいで1泊2日の合宿に行ったのが2006年の最初のあした会議です。その際は、その場でチームを作って、2時間後にプレゼンをするということだったのですが、2日間の収穫は2件だけでした。それで、次の回から格闘技をヒントに、トーナメント方式でやることになりました。今はトーナメント戦ではなく、チーム対抗戦になっていますが、制度の運用自体もこうやって変化させています。

井上:ジギョつくによって、ボトムアップ的にクリエイティブなアイディアを生み出す風土、新しいことへチャレンジする風土を創り出し、一方であした会議ではトップ層中心に議論しながら、完全なトップダウンで決める。ボトムアップとトップダウンをうまく使いこなしているからこそ、好循環がまわっているのですね。

曽山:やはり考えなければならないのは、業績を上げるために何が必要なのか、ということだと思っています。よく「イノベーティブな風土を創る」というお題目も見聞きしますが、本当に追求すべきはそこではなく、風土はあくまで手段です。それが必要か否か、成果から逆算すべきだと思うんですね。成果を実現するために、アイディアの数が足りないのか、それともその質が足りないのか考える必要がある。単に、風土創り、ということを人事だけで預かっても駄目だと思います。そういったことを取り組んできて学びましたね。
 今は、ジギョつくから、あした会議、そして、新規事業の撤退ルール等の施策を図式化したエコシステムを描けないかと思っていまして。そうすると結構面白いものになるのではないかと。

井上:大変に興味深いです。是非また議論させてください。本日はありがとうございました。

曽山:ありがとうございました。

インタビューを終えて

photo

(曽山哲人氏と井上陽介)


 

 大変示唆に富んだインタビューでした。

 サイバーエージェントは、先行投資による赤字が続き、社員に“しらけ”が生まれてしまっている、という一時期の停滞期から、「21世紀を代表する会社を創る」というビジョン、「maxims(マキシムズ)」という共通価値観の設定によって短期目線に陥りがちな状態を長期目線の経営へシフトし、さらに、「ジギョつく」によって、固定概念やこれまでの常識に囚われない思考・行動を生み出す仕掛けを生み出していきました。
 ジギョつくは新しいことを発想し生み出す流れを創り出しましたが、しかし、残念ながら事業としてのホームランを生み出すものにはならなかった。でも彼らはそこで諦めず、この状態を解消するために「あした会議」という仕組みを創り出していきます。
 あした会議は、良いアイディアを生み出すだけではなく、部門横断的なテーマに取り組み、クリエイティブ・フリクション(創造的摩擦)をあえて起こし、本格的に“決議”をし、実行につなげていく。本コラムで以前書きました「クリエイティビティ⇒エグゼキューション⇒イノベーション」という図式をジギョつくとあした会議のコンビネーションで具現化していったわけです。さらに昨今はそこに外部の知恵やノウハウを持ったヒトをどう取り込んでいくことができるのか、という点でも実験が行われています。

 これら活動すべての根底にあるのは「21世紀を代表する会社を創る」という共有ビジョンです。このビジョンに基づき長期的な目指すべき姿を心の底から共有できているからこそ、新しいものを生み出すことに経営陣も社員もコミットし、摩擦に怖れることなく、挑戦することができているのだと思います。

 今回インタビューでは、残念ながらサイロに閉じ籠ってしまうことが多い昨今の日本企業の現実とは違う世界を見ることができました。もちろん、彼らはインターネットという成長産業にドメインを置いていることにより、新しいことを生み出しやすい環境にあるということは事実でしょう。ただし、それを別世界の出来事であると、かたづけてしまうのでは知恵がありません。

 彼らも最初からクリエイティブなアイディアがあふれる会社であったわけではありません。苦しい時代を乗り越え今があるわけですから、我々も悲観することなく、彼らの仕組みに発想転換の契機を得ながら、自社や自部門で取り組めることに挑戦してみることがクリエイティビティを引き出す第一歩になると信じています。

 

 さて、これで本コラムは一旦最終回を迎えます。ただし、私自身、コンセプトをまとめ、事例を多数見るにつけ、今の日本企業が直面している局面においてまさに必要なことだと痛感しています。私自身書けば書くほど問題意識が高まっていきました。従い、本コラムは一旦終えますが、第二弾のコラムを検討していきたいと思います。その際はまたどうぞよろしくお願いいたします。

曽山哲人氏プロフィール

株式会社サイバーエージェント取締役人事本部長。1974年神奈川県生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。伊勢丹を経て、1999年にサイバーエージェントに入社。インターネット広告事業本部統括を経て、2005年に人事本部本部長就任。2008年より現職。

▼お問い合わせフォーム▼
人材育成資料ダウンロード

人材育成セミナー・資料ダウンロードはこちら

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。