グローバル時代の理念経営~あなたの会社の理念は“共振性”を伴っていますか?
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竹内 秀太郎
グロービス講師
自社の理念を考える研修の風景
「ウチの会社の理念は正直ピンときません」
連載初回の前回は、経営のグローバル化が喫緊の経営課題になっている今日、理念経営への関心が高まっており、理念浸透の巧拙が経営の現地化の成否を左右しかねないということを述べた。今回冒頭に紹介した声は、筆者が企業内研修の講師に行って自社の理念について議論をする際、参加者から出てくる典型的なものだ。なぜピンとこないのかを掘り下げていくと大きく2つの理由が見えてくる。1つは内容として、理念にどんなことが盛り込まれているか。もう1つは、どんな伝え方がなされているか、プロセスの問題だ。
内容面の問題
こうした研修では、すぐれた理念経営を実践している企業の事例を見た上で、それと比較して自社の理念を考えてもらう、という進め方をする場合が多い。自社の理念が良いのか悪いのかは、自社だけを見ていてもわからないものだが、比較対象があると評価の基準が明確になり考えやすくなるからだ。そんなベンチマーク対象となる代表事例は、ジョンソン・エンド・ジョンソンだろう。
社員一人一人は個人として尊重され、その尊厳と価値が認められなければならない。
社員は安心して仕事に従事できなければならない。
待遇は公正かつ適切でなければならず、
働く環境は清潔で整理整頓され、かつ安全でなければならない。
社員が家族に対する責任を十分に果たすことができるよう、配慮しなければならない。
社員の提案、苦情が自由にできる環境でなければならない。
能力のある人々には、雇用、能力開発および昇進の機会が平等に与えられなければならない。
我々は有能な管理者を任命しなければならない。
そしてその行動は公正、かつ道義にかなったものでなければならない。
(出所:同社ホームページhttp://www.jnj.co.jp/group/credo/index.html?nv=side)
これは同社の「クレド(我が信条)」の社員に対しての記述の抜粋だが、このように同社の理念には、顧客、社員、社会、株主それぞれに対し、自分たちの会社は何を重視し、どんなことをするかが明確に謳われている。同社の元社長の新将命氏がグロービスで講演された際に、も理念経営のメリットとして、優れた理念があることによって、ステイクホルダーからの信頼が得られ、特に従業員が誇りを感じられ、またそれを魅力的に感じた人材が外からその企業に集まりやすくなってくることをあげている。そこで働きたいと思える何かがその理念から伝わってくるということだ。
研修では、これと自社の理念を比較すると、自分たちの会社の理念には明示的に従業員に関する記述がなかったり、触れていたとしても社員にとっての利益実感のわく書き方にはなっていないことが問題だという議論になることもある。要は内容として、そこで働くメリットが感じられないものでは、従業員への浸透がままならないのも、やむを得ないことと考えるべきだろう。
伝え方の問題
一方で、社員に対しての記述があったからといって、従業員がピンときているか、というとそうとは限らない。たいていの会社の理念には立派な文言が並んでいる。記述のわかりやすさ、という観点でも意を尽くして気の利いた言語選択がなされていることも少なくない。にもかかわらず、冒頭のようなセリフが出てくることがある。筆者の感覚では、内容面では問題ないのに社員には十分に伝わっていないケースの方がむしろ多いように感じられる。
典型的な伝え方としては、理念カードの配布、社員手帳への記載、ポスターの掲示等々がある。常に目にすることができるだけでなく朝礼での唱和も常套手段だ。ただ、そうした取り組みがあったとしても社員が腹落ちしているとは限らない。ともすると、わかりやすく単純化して刷り込もうとすればするほど、表面的、形式的な理解を助長してしまい、理念が持つ本来の効能が薄れてしまっている気がしてならない。形式知化の負の側面が強まってしまうのだ。
形式知化の罠
そもそも理念で謳っていることは、その企業が究極的に追求していきたいことであり、時代を超えて通用する普遍的な内容である。ゆえに抽象的にならざるを得ず、その含意は時と場合に応じて解釈の余地のあるものである。何よりそこに謳われていることは必ずしも容易に実現できることではなく、時には相矛盾することが盛り込まれている。たとえば上述のジョンソン・エンド・ジョンソンのクレドでも、社員に対する待遇を過度に優先すれば、株主に対して利益配当の責任に反することになりかねない。したがって理念を解釈する際は、その時々の状況に応じ、その言葉に込められた深い意味をしっかりと咀嚼する努力なくして活用することは難しい。明示的に表現されている言葉の裏にある暗黙知ともいうべき含意まで理解するのは一筋縄ではいかない。表面的なわかりやすさを追求して形式知化ばかりを進めると、かえって真意が伝わりにくくなってしまう“形式知化の罠”があることに留意する必要がある。
日本企業の中で理念経営の実践に熱心な会社といえばトヨタの名前が挙げられるだろう。同社の「トヨタウェイ」の源流にある「トヨタ生産方式」といわれる考え方の生みの親である大野耐一氏は、形式知化の限界を十分に理解していたようだ。
“大野さんは「言葉で説明してもわからない。言い換えれば言葉だけでは理解不可能だ。現場に身を置けばわかる。現地現物を前にすれば、自ずと明らかになる」、そう考えていたのだと思います。もちろん、ご自身が心血をそそいでつくりあげた方式に、絶対の自信と信念を持っていたことは言うまでもありません。”(岩月伸郎『生きる哲学 トヨタ生産方式』)
現在デンソー顧問の職にある著者の岩月氏は、かつてトヨタで大野氏から直接薫陶を受けていた方で、トヨタ生産方式の考え方は、表面的なスローガンや形式的なメソッドではなく、人が働くとは何かという哲学がそのベースにあるという。トヨタでは、グローバル展開の加速という背景の下、「トヨタウェイ」の形式知化が進められた。だが、その一方で“現地現物”で体得する機会をつくることにトヨタが今なお注力していることを見逃してはならない。
“共振”のプロセス
そんな“形式知化の罠”を乗り越えた企業として筆者の頭に浮かぶのがユニ・チャームだ。同社の経営の考え方として「尽くし続けてこそNo1」「変化価値論」「原因自分論」といった数多くのキーワードが『ユニ・チャーム語録』としてストックされている。その数は200以上にもおよぶ。創業経営者の高原慶一朗氏の強いリーダーシップの下で、そうした形式知化の努力が進められていたが、その後を引き継いだ高原豪久現社長は、「共振の経営」というコンセプトを掲げ、先代のトップダウンの下で与えられたものを盲目的に受け入れる受命体質からの脱却をはかった (https://globis.jp/article/40/で高原社長のインタビュー記事をご覧いただけます)。社長就任以来、自社のDNAを体現しつつ自ら考え行動をとれる自立型リーダーを育てるために、どう行動すべきかを議論する対話の機会を週次で全社展開する取り組みを続けている。経営会議も、毎週月曜日の朝に世界中の拠点をTV会議で結んで実施され、そこでは実際に何人かの行動計画を題材にして、どのように考え、どう行動すべきか、ということを徹底的に議論しているという。これを毎週繰り返し続ける努力は尋常ではない。自社らしいやり方を考えるプロセスを習慣化する経営のフォーマットといってもいいだろう。知恵が振り子のように、経営者と現場の間を行ったり来たりしながら、経営の考え方が組織全体に浸透していくことをイメージして「共振の経営」と名付けたのだと高原社長はいっている。
「理念が浸透している状態」とは、「拠り所となる基準が共有されているから従業員が迷うことなく物事を判断できる状態」をイメージする人は多いかもしれない。しかしことはいうほど単純な話ではない。むしろ何が大切でどう判断すべきかという問いに日常的に向き合っている状態と理解するべきだ。単純に解が導かれるどころか逆に判断を難しくする場合があっても、そこから逃げずに考えるクセが組織に根付いてこそ、経営の質を高める規律として理念が機能しているといえるのだろう。
今回のポイント✓理念が自分たちにどんな意味合いがあるかがわからないと従業員にはピンとこない
✓一方でわかりやすく明示することだけに拘りすぎると形式知化の罠に陥る
✓単純には解の出ない問いに向き合い共に考えるプロセスを日常的につくる
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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