実行への第一歩

2011.06.24

「実行」への落とし込み

組織おいて目指すべき目標をクリアに設定することは重要である。しかし、目標を設定しただけでは、成果に繋がらない。成果を生み出すためには実行が必須である。
「実行」が重要であるにもかかわらず、時として、自分自身のマネージするチームですらうまく動かすことができない場合がある。第2回の連載では、人を動かすには、3つのパワー(公式の力、個人の力、関係性の力)があると解説した。今回の連載では、さらに3つのパワーに踏み込み、どのようにパワーを行使するか、また、持てるパワーが限られる場合にどのように対処するかを考えたい。

執筆者プロフィール
新村 正樹 | Nimura Masaki
新村 正樹

上智大学法学部国際関係法学科卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院EDP(Executive Development Program)修了。
株式会社ジャパンエナジーにて法務、販売に従事した後、グロービスへ入社。スクール部門、ファカルティ・コンテンツ部門を経て、現在は企業研修部門にて、講師、教材、スキルサーベイのチームを統括。講師育成やコンテンツ開発のほか、グロービス・マネジメント・スクール及び企業研修において講師も務める。
主な担当科目はリーダーシップ、クリティカル・シンキング、プレゼンテーション、ファシリテーションの他、フレームワークを使った自社分析等。


室井の目標設定

支店長と良好な関係を築きつつある室井は、自分の課の目標設定を支店長と握ることとした。支店長に伝える際、まずはじめに、営業5課の数字を何とかしたいという気持ちを訴えた。そして、営業5課の数字は前任者の頃から落ち続けており、従来の施策の延長では挽回は困難で、従来にないやり方、つまり「ABCプラン」の実践が必要であると説得した。

営業5課の状況は、室井が沖田支店長に頻繁に報告を入れていた。マーケットの厳しい状況、経験の浅いメンバーが多いことなど、営業5課の事情は支店長も認識している。そのため、室井の提案した取り組み、そしてプロセス重視の目標は、抵抗なく受け入れられたかに見えた。

安心しかかった室井に対し、沖田支店長は「いつまでだ?」と訊ねる。
「結果が出るまで、半年はかかると思います」室井は答える。
「半年か。待てないな。もしABCプランとやらが本当に効果のある施策なら、すぐに効果が出るんじゃないのか?3ヶ月間、つまり8月までの数字は我慢する。だが9月単月の数字では何とか結果を出すように。そして下期分で、上期のショートをカバーするように」

支店長も3ヶ月、プロセス重視で良いと譲歩してくれた。ここは室井も飲まざるを得ない。「わかりました。進捗は都度、ご報告いたします」
期間が短く厳しいと室井は感じつつも、支店長とは何とか数字は握ることができた。だが、本番はこれからだ。3ヶ月で、営業5課への「ABCプラン」の浸透、そして単月での目標達成まで持っていく必要がある。まずは、目標と施策をメンバーと握ることが先決だ。
室井はこれからのプランを考え始めた。

個々人の状況を分析する

室井は以前、チームのミーティングにて「ABCプラン」を徹底すると宣言し、そして営業5課のメンバーからの無言の反対にあうという苦い経験がある(第2回連載)。反対や冷たい反応は周囲にも伝播する。白けたムードにしてはならない。どうすればよいだろうか?

上司・部下ともそれぞれパワーを持っているという新任管理職研修での学び、そして支店長との関係構築での成功体験も踏まえ、室井は考えた。やはり、それぞれの担当者がどのような想いを持っているのか、どのようなスタンス・特徴があるのか、それら状況を把握して、一人ひとりと向き合うことが必要なのではないか。いきなり全体で議論してしまうと前回の二の舞になると室井は考え、時間はかかっても一人ひとりと面談をすることにした。

営業5課のメンバーとの面談では、話題にも細心の注意を払った。室井が聞いたことは3つである。「営業5課の状況をどう思うか?」、「 課題は何か?」、「どうすべきか?」である。目標設定の話は敢えて出さなかった。目標の押し付け感をなくすためだ。

状況については、どの担当者も口を揃えて「うちの課は競争も厳しいし、大変です」と答える。よくない、という認識はあるようだ。さらに、「ここ数年、ずっと厳しい状況でした。前の課長の時も、その前も。ずっと厳しい状態が続いています」と答える担当も多い。悪い状況に慣れている、そして打破する方向が見つからないように室井には感じられた。以前の室井であれば「それならABCプランを…」と言いだしたはずだが、ここはぐっとこらえた。しっかり部下の言うことを聞こうと思った。

メンバーからのコメント

さらにメンバーの話を聞いていく。室井が聞くことに徹しているというのはメンバーにも伝わったのか、様々な意見が出てきた。

・「今のまま続けるべきですね、自分の実績はあげているので。周りの人間はどうも頑張りが足らない。営業と言うのは、お客さんに鍛えられてなんぼのものです。それを変に頭でっかちにしちゃ、育ちません」(ベテランA氏)

・「営業5課の現状は、そりゃよくないです。ですが私のように実績を出していける人間もいる。今の若いもんは頑張りが足りないんです。頑張らない割に、新しい手法なんかに飛びつきたがる。そんなことじゃなく、足で稼ぐという基本をもっと徹底した方がいいんじゃないですか?お客さんと話していればいくらでも商談の機会はある。商品力もあるし、価格競争力も劣っているわけじゃない」(ベテランB氏)

・「今までうちの会社は色んな営業施策に飛びつきました。結果としてどれも不徹底で、うまくいってません。そしてやはり、もともとの足で稼ぐ営業スタイルに戻ります。どうしても慣れたスタイルの方がやりやすいです」(中堅C氏)

・「そりゃ、新たなスタイルを出してきた背景はわかります。ですが、それにチャレンジして成績を落とすのは避けたいんです。ただでさえ実績が出てないので、これ以上数字を落とすとやばいので」(中堅D氏)

・「実績はなかなか出ません。支店長も、前任の課長も、先輩も、みんな足で稼げといいます。必死に汗をかいて営業してますが、訪問件数は稼げても、実績に繋がりません。既存の営業先によく訪問しますが、行ってもあまり大きな商売をもらえないですし」(若手E氏)

・「ただでさえ訪問活動が忙しいのに、新たに何とかプランとか言っても、そこまで手が回りません」(若手F氏)

後ろ向きなコメントが多い。厳しい現状を認識しながらも、それに対する打ち手が見いだせていない、と室井は感じた。しかし、「ABCプラン」を推進するには、抵抗も予想された。進めていく上での突破口はないか、室井はメンバー全員のコメントを見返す。

メンバーのタイプ分け

メンバーとの面談メモを見返しながら、室井は、どのように「ABCプラン」を進めていくかを考える。コメントを見る限り、積極的に反対はしないものの、実際には積極的に取り組みそうなメンバーは極めて少ないと室井は考えた。多くのメンバーは面従腹背、つまり口では分かったと言っても何も進まないことになるのではないか、と危惧を覚えたのだ。

そこで室井はメモをしたコメントをもとに、部下を3つのタイプに分けてみた。

■タイプ1 ベテラン

以前のやり方で実績をあげているタイプだ。言葉の端々に、「課長はわかってないなぁ」「営業は要は数字なんだよ」という気持ちが垣間見られる。営業5課の中で数少ない営業実績を出せる、自信を持っている部下たち。

■タイプ2 中堅

何とかしないといけないと思いつつも、うまくいかずすぐに昔のやり方に戻してしまうタイプだ。過去の失敗経験が強く、新たな施策に尻込みをしている部下たち。

■タイプ3 若手

何年かの営業経験があるものの、営業上のポイントがつかめず苦労しているタイプだ。足で稼げと言われ忙しくしているものの、実績があがらない。効率悪く訪問を繰り返し、時間もない部下たち。

どのタイプから巻き込むべきか?

室井は1週間をかけ、営業5課10人全員の話を聞いた。全員が従来の足で稼ぐ営業スタイルをとっている。「ABCプラン」の浸透、そして早期のプラン浸透と実績向上のため、室井にできることは何だろうか?
沖田支店長からは3ヵ月間の猶予をもらったとはいえ、時間は限られる。「ABCプラン」を前に進めるには、そして今の室井のパワーから考えれば、全員をいきなり巻き込むのは難しいだろう。だとすると、まずは推進役となる人を絞り、彼らをてこに組織全体への波及を図ったほうが現実的、かつ効果的であるように思える。
すると、誰をターゲットとすべきだろうか?

部下との力関係

室井は、自分と営業5課のメンバーとの力関係から、誰から働きかけをしようか考えてみることにした。

上司であれば、自らのチームを動かすのはたやすいように思われるが、実際に新たなことに取り組む場合など、表立ってではないものの抵抗を受けることもある。理屈では上司の言い分は理解しつつも、自分自身のやり方を変えたくない、あるいは、求められる能力、スキルが不足しており変化に対応にすることができない人間も少なくない。

全員を動かせるパワーがないと認識した場合、無理に全員を動かそうとしないことである。相手は全力で抵抗してくる場合もあれば、口だけは賛成と言いつつ何も変わらないことがある。自分の力で変えられる部分に、まずはフォーカスすべきである。

誰をターゲットとすべきか?

上司・部下の関係は相互依存しあう。部下の上司への依存度が低い場合(例えば部下が独力で成果をあげられる場合など)、上司は軽くみられる場合がある。通常は上司が強いと思われるが、力関係は一方的にどちらかが強いということは言えない。

タイプ1のベテランの部下との力関係はどうであろうか?部下は営業経験も豊富で、実績もあげている。恐らく顧客も熟知しているであろう。役職を源泉とする「公式のパワー」はないものの、実績、経験といった「個人のパワー」を持っている。そして顧客や、支店内のネットワークなど、「関係性のパワー」も豊富であると考えられる。動かすには手ごわい相手である。

一方、室井の持てるパワーは、「公式のパワー」、そして最近は支店長との関係改善で「関係性のパワー」も徐々に大きくなっている。しかし、営業面での実績を出しておらず、管理職になっての日も浅い。このタイプの部下を動かすのは、短期的には、難しい。タイプ1の部下を動かすには、室井自身のパワー(特に営業面やマネジメント面での実績)を獲得して、部下から一目置かれる必要がある。これには時間が必要だ。

タイプ2,3の部下と室井の関係はどうだろうか?パワーという面では対抗が可能である。営業面の実績が室井にないと言っても、相手にもない。そこで、有効に使えるパワーを見出したい。

タイプ1の部下に対し、室井には「個人のパワー」は相対的に少ない、と書いた。本当に室井には「個人のパワー」は少ないのだろうか?「個人のパワー」を分析すると、室井には、営業面ではなく、問題解決スキル、マーケティングの専門性が考えられる。営業5課のメンバーの効率の悪さを考えると、恐らく営業活動を通じて、セグメントやターゲットの議論が欠けているように思われる。この室井の専門性を軸に、タイプ2,3の部下(特に新たな取り組みに抵抗の少なさそうなタイプ3の部下)の信頼を勝ち取ることも有効である。


次回の連載では、タイプ3のメンバーを具体的にどのように巻き込むか、考えていきます。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。