部下、そして上司との対立

2011.04.26

どうすれば人は動く?

「まだまだ自分は管理職じゃないから、やりたいことができない」受講者と話しているとよく出てくる言葉だ。管理職のところは、部長にも、役員にも置き換わることがある。だが、課長や部長になったからと言って本当にやりたいことができるのだろうか? 確かに今現在の自分の権限では出来ないことは決裁できるようになる。だが、そのポジションになったとして、「やりたいこと」は、自分だけで決裁できるレベルで本当にいいのだろうか?

人に動いてもらうために必要なものは何だろうか? 権限があれば人は動くのだろうか?部長に、役員に、社長になれば、誰しもあなたの言う通りに動くのだろうか?

第2回の連載では、引き続き「パワフル社の営業改革」のケースをもとに、人が動くために必要な要素を考えていきたい。

執筆者プロフィール
新村 正樹 | Nimura Masaki
新村 正樹

上智大学法学部国際関係法学科卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院EDP(Executive Development Program)修了。
株式会社ジャパンエナジーにて法務、販売に従事した後、グロービスへ入社。スクール部門、ファカルティ・コンテンツ部門を経て、現在は企業研修部門にて、講師、教材、スキルサーベイのチームを統括。講師育成やコンテンツ開発のほか、グロービス・マネジメント・スクール及び企業研修において講師も務める。
主な担当科目はリーダーシップ、クリティカル・シンキング、プレゼンテーション、ファシリテーションの他、フレームワークを使った自社分析等。


課内ミーティング

異動の挨拶もほぼ終わりつつある4月後半。室井はシステムから4月の実績見込みを取り出して確認してみた。挨拶回りであまり数字を見ることができていなかったが、営業5課の売上見込みは想像以上に悪い。それだけでなく「ABCプラン」に基づくプロセスの数値入力も進んでおらず、また入力された少ない数字のトータルは支店の平均を下回るレベルだった。支店全体での説明会でもあれだけ説明したのに、と室井は思いつつ、再度課内に徹底しようと、週明けの課内ミーティングの議題に「ABCプランの展開」を加えた。

ミーティング当日。進行は慣例により課長代理が行う。担当毎に4月の売上見通しと5月の計画を共有し、状況を全体で把握していく。その後、販売促進部門からの新製品の説明など順調に議題が進み、最後に「ABCプランの展開」の順番となった。

室井は、「先ほどまでの議題の4月分の営業成績、結果がでないのは仕方ない。だが、結果に至るプロセス自体すらしっかりできていないようであれば、これは問題だと思う。今回、私はシステムから、売上に加えプロセス数値も確認したが、そのプロセスの数字が悪い。その上、入力すらされていないように思える。やるべきことがしっかりできていない、これは問題じゃないかと思うのだが、どう思う?」と発言した。誰もそれに答えない。

誰からの発言も出ないので、室井は仕方なく先ほどまで司会をしていた課長代理の秋山に向かい「秋山さん、どうなんだ?」と尋ねてみる。

秋山はバツの悪そうな顔をしながら、「もともと数字が上がっていないのはマーケット自体が厳しいという部分があります。我々のエリアは他の課とも比べても競争が激しいです。その上、昨年まで数字が悪く、今期は挨拶回りなどでバタバタしまして、メンバーの皆さんも時間がなかったんだと思います」と答えた。

室井は、それは答えになっていない、と思いつつも、これ以上追及するのは止め、「では来月はしっかりやっておくように」と議題と打ち切った。

課内ミーティングは後味の悪いまま終わった。室井は課のメンバーとの距離感を感じた。管理職になる前はこんな気分は味わわなかった。そして、課長という役職だからと言って、課のメンバーが動いてくれる訳ではないことに驚いた。

営業課長会議

翌日は西日本支店の営業課長会議が開催された。
支店に全部で10ある課の4月の営業成績の見込みが出そろった段階での開催である。昨日の課内ミーティング同様、4月の見込みと5月の計画が共有される。室井は赴任早々の4月初めの営業課長会議にも参加したが、その時は年度の実績がメインであった。営業数字にフォーカスが当たりすぎていてやや戸惑ったが、年度初めということもあり、前年度の結果を振り返る目的だったのだろうと理解していた。

今回の営業課長会議は、次長の司会のもと、営業1課長から順に説明が行われた。1課長は「支店長もご存じの通り、わが課は新商品で苦戦しておりまして…」と芳しくない状況を報告する。沖田支店長は部下に対し厳しいと本社にいた際は聞いていたが、営業1,2、3課の低迷した実績でも特段の議論もなく発表は進んだ。だが営業4課長の発表の途中で支店長からの厳しい声が飛んだ。「商品Cの実績はどうなっているんだ? 前回指摘したが、あれは大事だぞ」。営業4課長がしどろもどろになって答えるが、沖田支店長からの激しい叱責が飛び続ける。室井は、「これはなかなかの迫力だな」と、その場の雰囲気にのまれそうになった。さて、自分の発表はどう進めようか。まずは営業1,2課長が発表したことを真似して発表してみようか。

室井の発表の番になる。「支店長もご存じの通り、4月の売上見込み、プロセス数値も芳しいものではありません。特に…」と室井が続けようとした時に沖田支店長の大きな声が響いた。「ちょっと待て。ご存知の通りとお前は言ったが俺は聞いてないぞ。何でこんな数字が悪くなるまで手を打っていないんだ」
「いえ、今回の営業課長会議の資料を共有する際、事前にメールで私からコメントはつけさせて頂いておりましたが…」室井が反論する。
「俺が聞きたいのはそんな言い訳じゃない。今月、どうするんだってことだ。月末、押し込んででも、何とか数字を積み上げろ」支店長の厳しい叱責で室井の説明が終わる。

支店長からの厳しい指摘に軽いショックを受けながらも室井は先ほどまで繰り広げられた営業課長会議を振り返った。あれはまさに昔ながらの営業スタイルの縮図であった。これじゃ「ABCプラン」が浸透する訳がない。

支店長とのMBO(目標管理)

ゴールデンウィークも明けた5月初旬。家族と久々の旅行を楽しみ、十分リフレッシュして出社した室井。出社早々、沖田支店長とのMBOが設定されていた。

パワフル社では年間2回、半年間の目標設定と実績の振り返りのためMBOを行っている。このMBOは評価の半分を占める、極めて重要な人事評価の施策である。評価だけでなく、上司と部下との間で、何を達成すべきか、仕事の目的を議論し、合意を得る重要なプロセスでもある。

室井は、自身のMBOでの目標には、営業のプロセスを管理する数値をメインに設定し、最終売上などの営業結果は最小限に設けた。1年間をかけて、あるべき営業プロセスを営業5課で徹底していきたい、との意図だ。しかし、室井のMBOシートを見た支店長からは「こんな目標設定は認められない」との一言。
「なぜですか?プロセス重視は全社の営業方針でもあります。プロセス指標が入らないのは、これはおかしいです」室井が反論する。
沖田が語気を強める。「わからんのかね。うちの支店の状況が。そんな悠長なことは言ってられないんだよ。前年度は予算未達だった。これは私の営業人生でも初めての屈辱だ。予算とは達成すべきもの。2期連続で未達は許されない。誰が何と言おうと数字を上げてもらわないと困る。わかったか。君のMBOは再度やり直しだ。10日後に設定する。そのつもりでいろ」

MBOを終えた室井は、「ABCプラン」策定時、人事の評価指標として結果指標からプロセス指標に変更できなかったことを今更ながらに後悔した。あの時は人事部から、あまりにドラスティックな評価指標変更は全社に混乱を与える、と強硬な抵抗にあい、妥協案として、プロセス指標を重視するように、との営業本部からのガイドラインを出すことで決着した。
今となってはそれが仇となった。

支店長とも、そして営業5課のメンバーとも距離を感じている室井。完全に行き詰った状況だ。

新任管理職研修

5月初旬の週末。室井は2泊3日の新任管理職研修に参加した。管理職昇進前には社内研修で経営についての基礎を学んでいたが、今回の研修では組織を動かす立場として求められる「リーダーシップ」を中心に学ぶことになっている。前半は実際の事例である「ケース」を用いながら概念を学び、後半はその概念を実践に生かすべく、対人ファシリテーション(会議の進め方)を学ぶという仕立てだ。リーダーシップは以前研修で若干学んだこと、そして、先日の2つの会議で痛い目にあったこともあり、何か今後のヒントを得られるのではないかと期待していた。

実際に研修を受けてみると、期待以上の学びがあった。特に、前半のリーダーシップのケースは今までと一味違い、新鮮だった。それは「パワーと影響力※」という要素が盛り込まれていたのである。研修を担当する講師の話では、欧米のビジネススクールでもこの科目は取り入れられており、また特に欧米の幹部向けのプログラムではこの分野の知見が多く含まれているとの話だった。

人を動かすアプローチ

研修では2本のケースが用いられた。1つは営業担当からマーケティングマネジャーに昇進した主人公が、上司と目標設定で対立し、窮地に追いやられるもの。室井は、まさに今の自分と一緒だと、このケースに自分の姿を重ねた。もう1ケースは、海外での新規ビジネス立ち上げプロジェクトに関わった人物が、最終的にその事業の責任者として成功を収めていくもの。プロジェクトで始めたのは室井も一緒だが、今は1営業課長として苦しんでいる身で、自分とははるか遠くに思える。

2本のケースを用い、研修では人を動かすための共通したアプローチが提唱された/p>

ケースを用いた研修では、なるほど、このプロセスを用いると「ありたい姿」実現に向けて何がポイントなのか、難所なのかが明確になった。そしてさらに自分自身を振り返ってみると、なぜ支店の中でうまく「ABCプラン」を浸透できないか、理由もわかった。自分がやってきたことは「ありたい姿」から即、「実行」。ステップを飛ばしすぎているのだ。

人を動かす3つのパワー

特に、状況分析の段階では、人が動くための三つのパワーを踏まえておかなくてはならないという点が印象的だった。公式のパワー(権限、予算、報酬など)、個人のパワー(専門性、実績、コミュニケーション力など)、関係性のパワー(ネットワーク)である。支店長や営業5課のメンバーの立場から見れば、私など営業としての実績もなく、個人のパワーが圧倒的に不足している。誰も私の言うことを聞かない訳だ。

部下が思った通りに動かない、と考えたとき、ふと沖田支店長のことが頭をよぎった。
「支店長もきっと、俺が思うように動かない、と思っているんだろうなぁ」
かといって、支店長の言う通りにMBOで営業結果をメインにするのは、自分の進めてきた「ABCプラン」には矛盾する。
研修後、支店長とは再度MBOが設定されている。MBOで目標自体が握れないと、今年度の自分自身の評価にも関わる。営業の数字は芳しくない。メンバーの動きも悪い。今回の研修でこの状況を打破できるものは何だろうか? 室井は考えを巡らせた。

ポジションと実力のギャップ

昇進や異動、転職に伴い、それまで輝いていた人物が急に輝きを失うことがある。本人の持つ力と新たな仕事で求められる力にギャップがある場合、往々にしてこのようなことが起こる。

室井の場合は、企画・本社スタッフとして評価されていた。一方で自分自身の営業スキル、そして部下を引っ張る経験が少ない。営業5課長というポジションで業績回復、しかも「ABCプラン」の浸透の営業課長の立場で担う、という状況から、室井のパワー不足は明らかである。だが、パワー不足を自ら認識し、必要なパワーを獲得・蓄積し、または持てるパワーを最大限、効率的に活用することで克服することもできる。

次号は、支店長との再度のMBOを通じ、上司との関わり方を、特に双方のパワーバランスの観点から学びたい。


※「パワーと影響力」という領域はリーダーシップ領域のグルであるハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のジョン・コッターが広めたもの。最近ではスタンフォード大学の名物教授、ジェフリー・フェファーの研究も有名。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。