【セイノーホールディングス】物流大変革を「創業者づくり」で突破する

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    グロービス コーポレート エデュケーション

西濃運輸は1930年創業の総合物流商社である。掲げる使命は「輸送立国」、経営理念は「会社を発展させ、社員を幸福にする」。同社人事部で20年にわたり人づくりに取り組む渡邉久人 人事部長補佐 兼 人事課長 兼 セイノーホールディングス株式会社人事部課長にボトムアップの「会社の変え方」を聞いた。(聞き手=水野博泰GLOBIS知見録「読む」編集長、文=荻島央江)

※文中の役職等は取材当時のものです

物流業界の逆境をプラスに転じる

知見録:物流業界は今、話題の的だ。西濃運輸ではどんな課題に直面しているのか。

渡邉:物流業は労働集約産業だ。当たり前なのだが、人の手を介さないと物は運べない。人材の確保と生産性の向上は、とても重要なテーマであり、危機感を持って取り組んでいる。特に労務・人事の分野での改善を今まで以上にしっかりやっていく必要がある。現場と協力して、営業の在り方、業務の在り方も大胆に見直して効率を上げていく。

セイノーホールディングス株式会社 人事部課長 渡邉 久人氏

西濃運輸は今から70年前、1946年に創業者(田口利八)が興した。掲げてきた使命は「輸送立国」。物流・輸送を通じて、お客様に喜んで頂ける最高のサービスを常に提供し、国家・社会に貢献するというのが我々のミッションだ。昨今、いろいろな観点から物流への注目度が上がっていることは、物流というサービスの価値を再確認するための良いチャンスだと捉えている。物が翌日に当たり前に届く――。10年後にもそれが当たり前であるためには、今、我々が踏ん張らなければならない。事業環境は決して甘くはないが、逆境をプラスに転じる気概で取り組んでいる。

知見録:労働集約的ということは、言い換えれば、朝早くから夜遅くまで、長時間働くキツイ仕事であるということだと思う。それを変革することは容易なことではなさそうだ。何から着手しているのか?

渡邉:ハード面では、省力機器の導入を進めている。宅配便とは違い、商業物流の分野では大型・重量物の取り扱いが多い。形・体裁も必ずしも箱状に定型化された物とは限らない。エンジンなどの機械・装置も運ぶ。だから、やはり人手、人力に頼るところがどうしても多くなる。力で押して、手で運び、肩で担ぐ、と。そういう現場に、例えば電動モーターをつけた道具などを工夫しながら導入している。作業効率、生産性が上がり、これまで非力で作業できなかったような人にも働いてもらえるようになる。物流現場のダイバーシティ拡大にもつながる。

知見録:現場では「人が運ぶ」から「道具を使って運ぶ」へのハード面での変化が進んでいる、と。ソフト面ではどうか。

渡邉: お客様目線で考え、創意工夫しているのはドライバーさんや現場で働いている社員。現場の生産性を上げるための改善提案は、どんどん取り入れている。メールや紙で常に受け付けていて、それらを毎週開催しているボードミーティングに上げる。その場で「やる、やらない」を決め、すぐに現場にフィードバックしている。これは、西濃運輸の良き文化に根ざした活動だ。

当社は、輸送・物流というコア事業では大いに強みがあるし、プレゼンスもポテンシャルもある。こうした改善活動を地道に続けることによって、もっと進化できる余地はまだ大きい。しかし、日本では人口減少によって、輸送事業のマーケットは縮小していくと見られている。運送会社は国内に6万社ほどあるが、今後淘汰が進み、業界が再編されていくだろう。淘汰の時代に生き残るためには、既存事業だけではなく、新領域のビジネスに果敢に挑戦して事業の幅を広げていくことが求められている。

業法の改正という背景もある。トラック運送業は免許制度など事業規制があって参入障壁は高かったが、1990年に「物流二法」(貨物自動車運送事業法、貨物運送取扱事業法)が施行されて参入規制が緩和された。運送事業者数は90年代に大幅に増加した。「運ぶ」という基本価値だけではなくて、「運ぶ」ことに由来しながらももっと付加価値を乗せていかないと存続が難しいという危機感は四半世紀前から高まっていたのだ。

人事部としての課題は、そうした時代の変化を乗り越えられる「ひとづくり」である。手始めとして、1996年に、大学新卒・中途採用の「幹部候補」と言われる新入社員たちに、1年間、現場でトラック・ドライバーを経験してもらう研修を導入した。当社はドライバー中心の会社だからドライバーの現場を知ることがすべての原点だと考えたからだ。ところが、導入前、役員のほとんどが大反対した。「そんなことをしたら、人が入らなくなるぞ!」という危惧からだった。

確かに、物流現場はキツイ職場である。創業者が現役だった頃には、「西濃は夜星朝星(よぼしあさぼし)」と言われていた。「夜は星が出るまで仕事をし、朝は星を見ながら出勤する」という意味。今は昔ほどではないにせよ、まだ若い幹部候補生に決して甘くはない現場仕事を1年間もやらせたら辞めてしまうのではないかと皆が心配した。それまでは、2~3カ月だけ「ちょっと見てもらう」程度の研修が行われていただけであった。

しかし、それでは現場を分かったことにはならないと訴えて、押し通した。新入社員に実際にトラックのハンドルを握ってもらった。暑い時はうだるような暑さ、重い物はとてつもなく重い、お客様からお叱りを受ける、時にはとても理不尽なお叱りもある。15キロくらい痩せた人がいるほど過酷な体験だ。

しかし、20年にわたってこの研修を実施しているが、それで辞めていく社員はほとんどいない。1年間ドライバーを経験することで、西濃マンとしてぐっと成長する。入社3~4年目ぐらいでようやく到達する視座を1年で獲得してしまう。そして、初期の経験者がそろそろラインの要職やグループ会社のトップに就き始めている。西濃の現場主義は、このようにして醸成されている。

20年かけた「ひとづくり」が結実、次は「創業者づくり」へ

知見録: “セイノーブートキャンプ”のような感じだ。セイノーにおける人事改革は20年前に始まっていたわけだ。

渡邉:そういうことになる。現場を理解できる幹部の層がかなり厚くなってきた。しっかりした素地があるからこそ、新規事業創造にも踏み込めるようになってきた。

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実は、かなり前に新規事業提案制度は作っていた。「良いアイデアがあれば、どしどし提案してほしい!」と。ところが笛吹けど踊らずで、ほとんど何も出てこない。それもそのはずだ。社員に対して「新規事業開発」について何も教育していなかった。小学校や中学校レベルの教育しかしていないのに「大学生の問題を解け」と言っても解けるはずがない。

2015年4月にセイノーホールディングスの中に「新規事業開発部」を発足させた。一方公募で20人を集め、グロービスから講師を招いての「事業創造研修」を半年にわたって実施した。

当社には、メンバーをまとめて既存事業を守っていくタイプのリーダーは多い。その研修では、あるべき姿を描き、それを目指してとにかく走り始め、走りながら考え、PDCA(Plan、Do、Check、Act)を高速で回していけるような新しいタイプのリーダーを養成することを狙った。社内公募で全職種OKとしたところ、30代半ばぐらいのドライバーからも数人の応募があった。

問題意識は様々だったが、管理職や総合事務職ではない社員の中にも、会社の将来について真剣に考えている人たちがいるということを確認できた。「当社の人材もなかなか捨てたもんじゃない」と嬉しさがこみ上げてきた。
知見録:半年研修のその後は?

渡邉:グロービスの研修完了時までに、全6チームが新規事業のアイデアをまとめた。見たところなかなかの出来栄え。「かなりクオリティが高い。これをもっと磨き込んでみないか?」と発破をかけたところ、全会一致で「やります!」と。そこで、さらに半年の期間を設けてビジネスプランの練り込みを行った。最終的に6チームから3チームを選抜し、2016年7月にボードメンバーに対して新規事業を提案するところまで持っていった。セイノーの中から新規事業を生み出すことはできる、社内にはアイデアと心意気を持った人材がいる、ということを証明できた。これは大きな成果だった。

これが契機となって、2016年8月に新規事業開発部を発展させたオープンイノベーション推進室が発足した。メンバーは8名。そのほとんどが公募だ。以前なら社員たちは「新規事業なんて、会社の偉い人がやることなんじゃないの?」とスルーしていたかもしれないのに、今ではそれが社内のムーブメントになってきている。「こういう新しい事業をやりたい!」と手を挙げる社内起業家が次々に出てくると嬉しい。あるいはそのレベルまでには達しないまでも「課題発見者が課題解決者になる」いわば、「創業者づくり」――。これは人事マンとしての私の究極テーマだと思っている。

知見録:20年以上にわたって人事一筋、長期視点で「ひとづくり」について考え続けている渡邉さんのような人事マンの存在も大きいように感じた。

渡邉:上席から、「まだスピードが遅い!」「“漢方薬”的だ」などと叱咤激励されているが、超高速・超複雑の時代において、「ひとづくり」については長期目線で考えながらもスピードを上げPDCAを回していくことが必要だ。人の採用や育成でのキーワードとしては、「成長」と「貢献」をいつも念頭に置いている。

それは、創業者が掲げた「輸送を以て国を立たせる」という会社使命に通じているし、「会社を発展させて社員を幸福にする」という経営理念を実現することそのものである。社員の成長が会社を発展させ、結果、社員に幸福をもたらす――。そういう目線でこれからも「ひとづくり」に取り組んでいきたい。

知見録:本日はありがとうございました。

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担当コンサルタントから

社員の奥 康訓の写真
グロービス・コーポレート・エデュケーション チームリーダー 奥 康訓
グロービス名古屋の法人チームにて、様々な業種・業界のお客様に、人材育成・組織開発の側面から企画・設計・コンサルティング活動を行っている。

担当コンサルタントの奥です。

「個人の成長・変革だけではなく、会社・社会・国を変えることにセイノーはチャレンジする。そしてそのチャレンジをするのは社員の皆さんである」という、経営トップのメッセージで事業創造研修はスタートしました。

事業を創る(考える)ということにこれまで関わったことのない、あらゆる職種、幅広い年齢層(23~36歳)の社員の方が参加されたため、知識・経験値はバラバラ、まさにチャレンジングな取組みだったと思います。

「夜星朝星」とまではいかずとも、今、物流業界は猫の手を借りたいくらい忙しい業界です。そんな中でも半年間しっかりと勉強していただくために、セイノーの事業創造研修では知識やスキル、リーダー資質があるか否かという点はもちろん、「どれだけ想いを持ち、逃げずにコミットできる人材か」を見極めるため、受講応募要件にエッセイの提出を義務付け、取組みへの想いを確認したうえで選抜を行っていただきました。

昨今、次代を担うリーダーを対象に新規事業創造をテーマにした選抜系の研修やプロジェクトを実施する企業が増えています。我々コンサルタントは、プログラム内容や講師、研修の事前事後にどのような仕組み・場を提供するのかといった提案を求められます。しかし、それらと同じくらい重要なのが、セイノーであえて取り入れていただいたような「どのような基準でメンバーを選び、事前にどれだけ動機づけできるか」という点です。

設計時点でのこういった一つひとつの丁寧な積み重ねが、研修成果を最大化させることに繋がります。担当コンサルタントとして、セイノーの成長・変革へのチャレンジをサポートしていくため、これからも二人三脚で走り続けていきたいと思っています。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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