人材要件定義とは何か? 育成体系・施策立案につなげる考え方と策定ステップ
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佐々木 健二
グロービス・マネジメント・スクール講師

人材要件定義とは、戦略実行に必要な人と組織の姿を定めたものであり、戦略的な人材マネジメントの起点です。
近年、この人材要件定義を「見直したい」と考える企業が増えています。
背景にあるのは、事業環境の急速な変化、それに伴う人的資本経営への関心の高まりです。地政学リスクの増大、デジタル技術の発展、気候変動、サステナビリティの要請などにより、経営の難易度は大きく上がっています。日本企業においては生産労働人口の減少という構造的な制約の中で、これらの課題に対峙していく必要があります。
この状況では、リーダーに求められる役割が変わるだけではなく、社員一人ひとりに求められる能力や姿勢も変化します。近年「自律」が強調されるのは、その象徴と言えるでしょう。
こうした流れを受け、育成体系や育成施策の再構築に着手する企業が増える一方で、設計段階で次のような悩みに直面するケースも少なくありません。
- 人材要件を、どのように定義すれば良いのか
- 定義してみたものの、自社らしさが感じられない
- 定義しただけで終わり、施策立案に活かしきれない
本コラムでは、実務の視点を交えながら、育成体系・施策立案につなげるための人材要件定義の考え方と、策定の進め方を整理します。
自社での人材要件定義や育成体系の検討を進める際の参考の一つとして、ご活用いただければ幸いです。
1.「人材要件定義の見直し」が重要度を増す背景
人材要件定義を見直す必要性が高まっている背景には、企業を取り巻く環境変化によって、事業のあり方と組織・人材のあり方の双方が見直しを迫られていることがあります。
例えば、次のような変化に心当たりはないでしょうか。
<事業面>
- 既存の事業ポートフォリオだけでは成長が頭打ちとなり、新たな収益の柱づくりが急務になっている
- 主力事業の勝ち筋が変化し、「モノ売り」から「コト売り」へと転換する必要が出ている
- 顧客課題に加え、社会課題を見据えた事業展開が求められ、自社の直接的な影響範囲に留まらないサプライチェーン全体を視野に入れた意思決定が必要になっている
- 変革の起点がトップ主導だけでは間に合わず、現場から創発的に変革が生まれる状態が求められている
<組織・人の面>
- 生産労働人口の減少により、人員不足や年齢構成の歪みが顕在化し、「量」ではなく「質」で勝つことが構造的に要請されている
- 持続的な成長に向けて、人材の構成・質・量を意識した、人材ポートフォリオ・マネジメントの重要性が増している
- 難易度の高い経営環境に対峙する次世代リーダーを、計画的に育成する必要が高まっている
- 変化に強い組織をつくるために、組織全体としての自律性・相互性を高める必要がある
- マネージャーの役割が指示・管理中心から「多様な人材の自律性を引き出すマネジメント」へとシフトする一方で、メンバーには、キャリアを自ら描き、仕事の価値を主体的に追求する姿勢が求められている
- 生成AI等の進展により、「人ならではの価値」を問い直すことが求められている
- 更には、AIエージェント、フィジカルAIなどの台頭から、いよいよ本格的に「人とAIの役割分担」を再設計する必要が生じている
もし、ここに挙げた変化のいくつかが自社にも当てはまるのであれば、企業として目指すべき組織像・人材像は、従来の延長線上では捉えきれなくなっているはずです。
ここで必要なのは、環境変化と戦略を踏まえた「あるべき人と組織の状態」を明確にし、人材戦略として実装可能な形に落とし込むことです。
その起点となるのが、人材要件定義の見直しであり、今、その重要性が高まっているのです。
2.「人材要件定義」とは
前述のとおり、人材要件定義とは、戦略実行に必要な人と組織の姿を定めたものであり、戦略的な人材マネジメントの起点です。
環境変化を踏まえ、経営戦略を実現するために「どのような人材が必要か」を明確にし、人材マネジメント諸施策の方向性を定めることを目的とします。言い換えるならば、人材要件定義は経営と人事をつなぐ“橋渡し”です。
ただし実務では、人材要件を一つの形に固定することは現実的ではありません。採用、評価、配置、育成など、目的が異なれば、必要となる粒度や焦点も変わるからです。したがって、目的に応じて複数の人材要件を設定することも時には必要になります。
例えば人材育成施策立案の場面を思い返してください。制度上で定められた等級要件やコンピテンシーを起点にしようとしたが難しかった――。こうした経験をされた方も多いのではないでしょうか。
そこで、本コラムで扱うのは「人材育成体系・育成施策の立案に向けた人材要件定義」です。
制度上の定義を補いながら、変化を見据え、将来の競争優位を支える人と組織の姿を、人材育成の文脈で描く。そうすることで、育成体系・施策に合理性と、関係者の共感を生むストーリー性を持たせることを目指します。
具体的な策定ステップについて、次の「3.人材要件を策定する際の3ステップ」で詳しくお伝えします。
3.人材要件を定義する際の3ステップ
ここでは、人材要件定義を進めるうえでの基本的な3つのステップを整理します。
それぞれのステップで押さえるべき視点や考え方を順に解説していきます。

3-1.目的・“出口”(接続する育成体系・施策)を押さえる
人材要件定義は、その先にある育成施策の性質や目的によって視点が変わるものです。
どのようなタイプの育成体系や育成施策の立案・見直しを想定しているのか――。この“出口”に対する認識が揃っていないと、どれだけ丁寧に作っても芯を捉えた定義にはなりません。
代表的な育成施策には、次の3つのタイプがあります。それぞれ目的も論点も異なり、人材要件定義に求められる視点も変わります。
ひとつずつ見ていきましょう。

階層別育成:組織の土台を強化する「現在視点」の定義
階層別育成では、組織全体のスキルの底上げと、一貫した行動や価値観の醸成を目指します。組織の土台づくりとも言えるでしょう。
ここでは「現在」の職位・役割で期待される行動を中心に据え、等級や役割階層に応じて要件を構築します。
「現在視点」であり、共通性が高く、基礎的な要件となります。
次世代リーダー育成:経営リーダーを育てる「将来視点」の定義
次世代リーダー育成の目的は、経営・キーポジションの担い手の継続的な輩出です。
「未来の経営リーダーはどのような環境や経営課題に直面するのか」
「それらを踏まえ、どのような能力や姿勢を備える必要があるのか」――。
こうした将来の見立てから要件を導く、逆算思考が求められます。
更に、経営人材としての共通要件・キーポジションごとの個別要件、最終到達点の要件・段階的な要件など、複数の切り口を意識する必要があります。
「将来視点」でありながら、共通性と個別性を両面見据えた定義づくりが重要です。
事業・部門別育成:価値創造プロセスに根ざした「個別・具体的」な定義
事業・部門別育成では、事業・部門の独自の課題解決や、その事業や部門に固有の能力の育成を目指します。そのため、当該事業の戦略や顧客価値、競争優位を踏まえ、事業の文脈に即した人材像を描くことが求められます。
ここでの人材要件は、事業の価値創造プロセスや各機能の業務遂行プロセスと密接に結びつく「個別・具体的」なものになります。
________________________________________
このように、施策の種類によって、人材要件を定義する際の視点と重点は大きく異なります。
だからこそ、まずは「何のための人材要件定義か」を明確にし、”出口”(その先の対象育成施策)を押さえることが出発点となります。
3-2.外部環境・戦略・理念/文化を整理し、「人材要件の中核」を抽出する
人材要件を検討する際、いきなり「どのような人材が必要か」を議論し始めると、どうしても一般論に寄りがちです。
自社ならではの人材要件を定義するためには、その前段として、あるべき人材像を方向付ける“上位概念”を自社の文脈に沿って整理し、「人材要件の中核」を導くことが必要です。
ここで言う上位概念とは、外部環境の変化、経営戦略から導かれる組織能力、そして理念とそれに根ざした組織文化といった、人材要件を方向付ける要素を指します。

自社が直面する環境変化を読み解き、求められる挑戦度を押さえる
外部環境の変化が、自社にどれほどの変化と挑戦を突きつけているのか。まずはここを押さえましょう。
例えば、テクノロジーの進化、サステナビリティの潮流、産業構造や顧客行動の変化などは、多くの企業に共通する変化として挙げられるでしょう。しかし重要なのは「変化が起きている」という認識に留めず、自社にとってその変化が何を意味するのかを押さえることです。
これを考えるための問いとして、例えば次のようなものがあります。
- 自社の経営や事業に対し、強く影響を与える潮流は何か?
- “これまで”と“これから”では、成功要因がどのように変わるのか?
- その変化は、自社にとってどれほど挑戦的なものなのか?機会・脅威は?
戦略を読み解き、その実現に必要な組織能力を考える
外部環境の変化への認識を踏まえ、次は自社の戦略に目を向けます。
戦略を“言葉”として確認するだけでは、人材要件を方向付ける指針にはなりません。
戦略の意味を解像度高く捉え、最終的に「戦略が要請する組織能力」を導いておく必要があります。
ここで考えるべき問いは次のとおりです。
- 全社のビジョンは何か。その実現に向けた全社戦略は何か?
- 各事業において、顧客価値や競争優位をどう生み出すのか。成功の鍵は何か?
- 価値創造・提供のプロセスは、“これまで”と“これから”でどう変わるのか?
- その変化に対応するために、どのような組織能力が必要になるのか?
こうした問いを通じて、戦略は抽象的なスローガンではなく、組織と人に何を求めるのかを示す具体的な要請として現れてきます。
例えば、戦略方針として「コト売り化(製品中心から価値提供中心への転換)」を掲げる企業であれば、価値創造の起点は“製品そのもの”ではなく、顧客が得たい成果や成功体験といった“望ましい状態の実現”に移ります。
その結果、価値創造プロセスは、従来の
「製品を造る → 届ける」
という供給側主導の直線的な流れではなく、
「顧客の成功を定義する → 成果につながる解決策を設計する → 実装・活用を支援する → 結果を検証し改善する→さらなる成功を定義する」
といった、顧客成果に向けた循環的なプロセスへと変わります。
こうしたプロセスの変化を実現するためには、従来とは異なる組織能力が求められるようになるでしょう。例えば以下が挙げられます。
- 顧客の事業やビジネスモデルを組織として理解し、「いま解くべき課題」と「次に目指す成功」を見立てる力
- 自社の強みやリソースを組織横断で把握し、顧客成果の実現に必要な手段を選び取る力
- 社内外の関係者をつなぎ、顧客成果に向けた協働を組織として生み出す力
- 顧客と共に仮説検証のサイクルを回し、成功を形にする力
このように、戦略の意味を組織能力に落とし込み、「何が変わり、何が求められるのか」を読み解いておくことで自社の課題を反映した人材要件につながります。
理念を起点に、目指す組織文化を考える
戦略と並行して整理しておきたいのが、自社の理念と組織文化です。
パーパス・ミッション・ビジョン・バリューといった理念は、企業が「どのような存在でありたいか」を示すものであり、環境が変化する中でも意思決定の拠り所になります。
ここでも理念を抽象的な理解に留めず、環境や戦略の文脈の中で具体的に捉え直すことが重要です。
例えば以下の問いを考えると良いでしょう。
- 環境や戦略の変化を踏まえたときに、今、この理念はどのような意味合いをもつのか?
- 理念を体現する組織とはどのような姿か? どのような組織文化を醸成したいのか?
- 当たり前のものとして組織に根付かせたい思考・行動は?
こうした問いを通じて整理されるのは、単なる価値観の確認ではありません。
組織として「どのような思考・行動・組織のありようを良しとするのか」を考えることです。
________________________________________
ここまで見てきたように、外部環境の変化を前提として押さえたうえで、戦略から導かれる組織能力、理念から導かれる文化や行動へと整理していくことは、あるべき人材像を方向付けるための重要な柱になります。
こうした“上位概念の整理”があることで、人材要件は一般論ではなく、自社の経営と組織の文脈に根ざしたものへと近づきます。
なお、ここで整理した内容を一度で完璧に固める必要はありません。むしろ、人材要件の検討と行き来しながら、状況に応じて問い直し、アップデートしていくプロセスそのものに意味があります。
上位概念を深く理解することは、自社らしい人材要件を方向付ける拠り所となり、社内での対話や合意形成を進める際にも大きな力となるでしょう。
3-3.定義の軸を持ち、人材像を言語化する
人材要件定義において、最も多くの企業がつまずくのが「人材像の言語化」です。
どのような言葉を選べば良いのか、どの要素を含めれば十分なのか――。抽象的すぎると伝わらず、具体的すぎると応用が利かないという難しさがあります。
更に、関係者へのヒアリングを重ねても、語られる内容がばらつき、整理・統合が難しいと感じる方も多いのではないでしょうか。
こうした悩みはごく自然なものであり、それだけ人材像の言語化が高度かつ重要な作業であることを示しています。
だからこそ、効果的に整理するための手法をもつことが欠かせません。
定義の軸を明確にする
人材要件を定義する際には、まず「何を軸にして表現するか」を明確にすることが重要です。
特におすすめしたいのは、「行動」を起点に定義する方法です。
- あるべき人材像を“行動”で定義する
- その行動を取るために必要な能力(スキル・マインド)を定義する
この考え方は、前章「3-2.外部環境・戦略・理念/文化を整理し、「人材要件の中核」を抽出する」における「外部環境・戦略・理念から導いた“人材要件の中核”」を、行動・能力へと具体化する段階にあたります。
人材像がイメージしやすい表現を追求する
正しさを追求し精緻に作った人材要件定義も、分かりづらいものだと構想は前に進みません。
精度の高い育成施策につながらないだけでなく、関係者間で合意形成が難しくなり、人材要件定義が形骸化するリスクも高まります。
だからこそ、人材要件を言語化する際には、内容の正しさだけでなく、「イメージのしやすさ」「分かりやすさ」を意図的に追求することが重要です。
行動要件定義のポイント:行動を分類する軸(プロセス、目的・役割)をもつ
単なる行動の羅列では、具体的なイメージは湧きません。行動要件は要素を挙げ始めると際限がなく、全体像を見失いやすいためです。
そこで重要になるのが、行動を分類する軸を持ち、整理することです。代表的な方法として、行動プロセスで分類する考え方があります。
例えば、「ビジョン・戦略立案 → 計画策定 → 実行」という大枠のプロセスを設定し、各段階で求められる具体的な行動を記述していくという方法です。
加えて、
- 対課題/対組織
- 成果創出/組織づくり
といった観点で大括りに整理したり、行動を方向付ける役割(何を担う存在か)を前段に示したうえで具体的な行動を記述する方法も有効です。大事なことは、単なる羅列にしないこと、行動のイメージが湧く表現をすることです。
能力要件定義のポイント:抽象と具体をセットで定義する
能力要件定義で難しいのは、抽象度をそろえた表現を行うことです。 同じ言葉を使っていても、その意味やレベル感は、人や組織によって異なるものです。 そのため、能力要件を定義する際には、 大枠としての抽象的な表現と、 その意味を明確にする具体的な表現 をセットでもつことが重要になります。 抽象的な言葉だけでは解釈がばらつき、具体的な表現だけでは全体像が見えにくくなるためです。
例えば、「論理思考力」という能力は、多くの企業で人材要件として掲げられています。一見すると共通理解があるように思える言葉ですが、実際に中身を確認してみると、その定義には幅があります。
ある組織では、論理思考力を「物事を筋道立てて考え、分かりやすく説明できる力」
として捉えているかもしれません。この場合、重視されているのは、構造化や説明の明瞭さです。
一方、別の組織では、論理思考力を
「前提を疑い、本質的な課題を見極める力」として定義していることもあります。こちらでは、単に分かりやすく整理すること以上に、思考の深さや問いを立てる力が重視されています。
ここで重要なのは、「どの定義が正しいか」を決めることではありません。
自社が使っている『○○力』という言葉が、どのような能力を指しているのか、どのような行動を目指したものかを、具体的に説明できるかどうかです。
次の「4.【パターン別】人材要件の定義例と表現技法」では、実際の定義例を用いながら、これらの要素をどのように表現していくかを具体的に見ていきます。
4.【パターン別】人材要件の定義例と表現技法
人材要件定義の実務では、大きく2つの場面が存在します。
ひとつは、特定の対象に対して個別具体的に人材要件を立案する場面(例:課長層などの特定階層を対象とした施策見直し)です。
もうひとつは、複数の対象を俯瞰しながら人材要件を立案する場面(例:階層別育成体系全体の見直し)です。
ここではそれぞれのパターンにおける定義例と、表現の工夫を紹介します。
4-1.特定の対象の人材要件を具体的に考える(特定階層・対象の施策見直し)
ここで扱うのは、課長層を対象とした階層別育成施策の見直しに向けて、人材要件定義を行うケースです。 以下の図に示すように、「行動要件」と「能力要件」 を並行して検討します。
▼行動要件

▼能力要件(行動を支える能力として、スキル・マインドを6つの大枠で整理)

ここで注目いただきたいポイントは以下の4つです。
行動要件をプロセスで分解し、全体像を捉える
全社横断の階層別育成では、対象者の所属部門が多岐にわたるため、人材要件は各部門に共通する抽象度の高い内容になりがちです。
その結果、「求める行動像は示しているが、現場でどう発揮されるのかが見えにくい」という課題が生じます。
こうした課題に対し、現場の業務プロセスに沿って行動要件を分解・定義し、全体像を構造的に捉えることが有効です。プロセス視点で整理することで、抽象的な要件であっても解像度を高められます。
この方法の利点は3つあります。
- 重要な行動の抜け漏れを防ぐことができる
- 育成上の課題を特定しやすい
- 問題の原因構造を明確にできる
例えば、「課長のフィードバックに課題がある」と感じられる場合でも、原因は必ずしもフィードバック行動そのものにあるとは限りません。前段階におけるメンバー理解の不足や目標設定の不備が影響していることもあります。
このように、プロセス単位で行動要件を定義することで、全体観を押さえながら「どの段階にボトルネックが存在するのか」を可視化し、より効果的な育成施策につなげることが可能になります。
能力要件を「大枠(抽象)」と「具体的スキル」で整理する
この例では、能力要件を6つの「大枠」に整理し、その下に3~4つの「具体的なスキル」として分解しています。
「論理思考力」の具体的なスキル
- 問いを立てる力
- 論理を構築する力
- 自分の思考を健全に疑い、見直す力
大枠を持ったうえで、具体的に定義することで、社内での認識齟齬を減らし、本来強化すべき要件に手を打つことにつながります。
能力同士の関係性を意識する
この例では、「土台となる力」と「その上に形成される力」という階層構造を意識します。 例えば以下のとおりです。
- 思考の土台:論理的思考力
- 行動の土台:リーダーとしての役割認識
ここに上下の発展要素が加わることで、以下のようにスキルが深化していきます。
- 論理思考力+戦略的視野 → 戦略的思考力
- 役割認識+コミュニケーション → 巻き込む力
この関係性を整理することで、育成の優先順位や段階設計がしやすくなります。
注意点:特定の対象に閉じず、前後の階層との接続も意識する
ここまで、特定の対象者を想定し、人材要件を整理する方法を見てきました。
注意点は、「その対象のことだけ考えて終わりにしない」ことです。
特に階層別育成施策を設計する場合には、上位層・下位層の人材要件との整合性を予め確認しておく必要があります。各階層の人材要件が相互に連動していることで、育成施策は単なるスキル付与にとどまらず、組織としての共通言語づくりや、階層間の相互作用の促進につながっていくからです。
そのため、人材要件定義は単一階層での最適化ではなく、全体の整合性を意識して行うことが重要となります。
次の「4-2.複数対象の人材要件を全体俯瞰で考える(育成体系全体の見直し)」で紹介する「全体俯瞰型の定義」が、その発想の補完になります。
4-2.複数対象の人材要件を全体俯瞰で考える(育成体系全体の見直し)
ここでは、複数の階層を横断的に見ながら人材要件を定義するケースを想定します。
「行動要件」と「能力要件」を俯瞰的に整理し、階層間の整合性を高めることが狙いです。
まず、行動要件、能力要件をご覧ください。
▼行動要件

▼各階層における能力要件

ここで注目いただきたいポイントは以下の4つです。
行動要件を「成果創出/組織貢献」の軸で整理する
複数の対象者の人材要件を一覧で示すと、情報量が増え、全体像が把握しづらくなります。そこでこの例では、理解しやすさを高めるために、「成果創出」と「組織貢献」の2つの軸で整理しています。 このように整理することで、成果創出に向けた行動や組織貢献に向けた行動が、階層ごとにどのように次元・範囲・重点が異なるのかを捉えやすくなります。同時に、階層を越えて共通する行動要件にも目を向けやすくなります。
行動の順序に“プロセス”を持たせる
部長の成果創出に向けた行動を見てください。 戦略立案・課題設定 → メンバーへの発信・展開 → リソース確保・実行 といった順番で書かれています。図ではなく、一つの箱の中で文章として行動定義を書く場合においてはつい忘れがちですが、イメージしやすい順番で表現することが重要です。
各階層の行動における“相互作用”を考慮する
メンバーに「自律的な提案行動」を求めるなら、マネジメント層には「提案を歓迎し、活かす姿勢」が求められます。メンバーの要件が変わると、管理職の要件も変わります。このように階層ごとの要件を“対”で設計する視点をもつことが重要です。階層別育成体系は組織を強くするためにあります。ゆえに、各層の人材要件の連動性を意識することが欠かせません。
能力要件を“全階層共通のコア能力+階層別レベル”で定義する
階層別育成体系を考えるうえで有効なのが、共通のコア(基盤)能力を定め、そのうえで階層別に分解する手法です。
この例では、共通のコア能力として思考力/コミュニケーション力/事業視点(戦略・人組織・財務)/デジタルスキル という4つを定義し、レベル分解し各層に落とし込んでいます。
「共通のコア能力を各階層に応じたレベルで強化する」ことで、縦の一貫性が生まれます。コアスキルが組織の共通言語となれば、相互作用と組織的な経験学習が促進されます。
5.人材要件定義を行ううえでつまずきやすい壁と乗り越え方
ここでは、実務の中で多くの担当者が直面する壁と、その乗り越え方を見ていきたいと思います。
人材要件定義は、考え方としては理解できても、いざ実務に落とすと迷いやすい領域です。本章で挙げるのは、どの企業でも起こり得る典型的なつまずき方なので、ぜひ確認してみてください。
5-1.自社の課題反映がなく、“自社らしさ”のない無味乾燥な人材要件になっている
人材像を方向付ける上位概念や中核となる要素を整理できていないときに起こります。
3-2.外部環境・戦略・理念/文化を整理し、「人材要件の中核」を抽出するを参考に自社が直面する外部環境、経営戦略、理念(MVV)など、要件を方向付ける中核的な要素を整理・抽出していきましょう。
また現在は上場企業を中心に、中期経営計画や統合報告書の中で、人材戦略や組織コンセプトを明確に打ち出すようになっています。これらを参考にすることもお勧めします。他社事例を参照するのは、模倣のためではなく、“自社らしさを言語化する比較軸”をもつためです。
5-2.出口となる育成施策を考慮せず、あらゆる要素を盛り込もうとしてしまう
人材要件定義は、人材育成施策の目的と方向性を構想する上流工程です。
「まずは、とにもかくにも要件を定義しよう」という動き自体は自然ですが、その先にある“出口”――つまり、どの育成体系・施策を立案するのか――を押さえないと、努力が徒労に終わることがあります。
3-1.目的・“出口”(接続する育成体系・施策)を押さえるでも触れたように、施策の種類(階層別育成、次世代リーダー育成、公募・自己啓発型など)によって、要件定義の仕方は大きく変わります。
例えば、階層別育成体系の策定を目的としていたのに、職種別・専門別スキルまで詳細化してしまうと、成果に直結しない膨大な作業になる場合があります。
ここで言う「出口」とは、要件定義をどの施策(研修・育成体系・評価制度など)に接続するかという“設計上のゴール”を指します。
この視点を最初に明確にすることが、時間と労力の浪費を防ぎます。
5-3.定義が複雑すぎる、あるいは粗すぎる
この課題も現場ではよく見られます。
要因は様々ですが、定義の軸が混ざっている、対象区分が細かすぎる、要素の順番が無秩序、抽象的すぎる/具体的すぎる、などが代表例です。
ここで言う「軸」とは、行動・スキル・マインドなど、要件を整理する視点のことです。
この軸を明確に意識することで、全体の構造が整理されます。
加えて、要素を分類する、順番を整える、表現の粒度をそろえるなど、小さな工夫でも驚くほど分かりやすくなります。
人材要件定義は、施策立案のロジックとストーリーの起点となり、関係者の合意と共感を生むためのものです。そのため、「分かりやすさ」は軽視すべきでない戦略要素として捉えると良いでしょう。
5-4.新たに定めたコンピテンシーをうまく活用できない
最近では、自社独自のリーダーシップモデルやコンピテンシーを策定する企業が増えています。しかし、定義が抽象的なままでは、育成施策に落とし込みづらく、「コンピテンシーを作って終わり」になってしまうことがあります。
もちろん、コンピテンシーを社員自身が咀嚼し、自分の言葉として考えるワークショップを設けることは非常に有効です。
ただし、実際に体現できる行動やスキルを育成で扱いたい場合には、コンピテンシーを構成する要素をより具体的に言語化する必要があります。
例えば、以下のようなイメージです。

このように、抽象的になりがちなコンピテンシーを実践へ橋渡しする工夫が、施策の質を大きく左右します。
5-5.完璧を求めるあまり、前に進まない
人や組織のありようを言語化することは、そもそも容易ではありません。
加えて、企業には大小様々な組織や価値観があり、完全な合意形成は困難です。そのため、「もう少し練ってから出そう」「今の状態では賛同を得られないだろう」と考えて議論に出せず、結果として検討が止まってしまうこともあります。
しかしながら、人材要件定義は議論を通じて形づくっていくものです。
関係者の異なる視点が交わることで、より現実的で自社らしい定義に磨かれていきます。
そのため最初から完璧を目指すよりも、「すんなり合意に至らない方がむしろ健全」「提案して初めて議論・対話が始まる」と捉えることをお勧めしたいと思います。
あるべき人材像を誰かが言語化し、提案しなければ、育成体系や施策の検討は前に進みません。
そして、それを担えるのは、人材育成担当の皆様だけではないでしょうか。
6.自社らしい人材要件定義、その先の育成体系・施策立案に向けて
人材要件定義は重要なプロセスですが、それ自体がゴールではありません。
本コラムで扱ってきた人材要件定義は、育成体系の再構築や施策立案を効果的に進めるための起点です。
グロービスは年間3,400社以上の多様な企業の育成体系の構築や人材開発支援に携わっています。汎用性のあるフレームやモデルを有しながらも、それを単に適用するのではなく、その会社における事業特性・文化・歴史といった「固有のコア」と結びつけることを重視しています。対話を通じて本質を見極め、自社らしい要件定義へと磨き上げていく。私たちが提供する支援の価値は、まさにそのプロセスにあります。
そして、人材要件定義の先には、次のプロセスが続きます。
人材要件定義 → 人材課題の特定 → 育成コンセプトの設計 → 施策設計 → 実行 → 改善
グロービスは、これら一連のプロセスを一つのストーリーとして一貫して伴走できることを強みとしています。
定義と施策を切り離さず、一つのストーリーとして実装し続けることで、組織と人の変化はようやく現実のものになります。
変化の時代において、「自社らしい人材要件」を描くことは、組織の未来を形づくる営みです。それは、経営の意思を人の成長に結びつけ、組織の中に“学び続ける文化”を根づかせる取り組みでもあるのです。
次の一歩を踏み出す際には、ぜひグロービスにお声がけください。
7.まとめ
「人材要件定義の見直し」が重要度を増している背景には、生成AIの進展、サステナビリティ要請、労働生産人口の減少といった環境変化がありました。こうした変化の中で、経営の意図を人と組織の言葉に翻訳し、育成へつなげる“橋渡し”として、人材要件定義の役割は一段と大きくなっています。
改めて、本コラムのポイントをまとめます。
✅ 人材要件定義とは何か
戦略実行に必要な人と組織の姿を定めたものであり、戦略的な人材マネジメントの起点となる
✅ 制度上の定義を、環境変化・目的に応じて進化させる意義
制度上の表現だけでは補いきれない部分を、変化の一歩先を見据えて具体化し、現場に接続しやすい形へ磨くことが重要である
✅ 人材要件定義を進める3ステップ
1)目的・“出口”(接続する育成体系・施策)を押さえる
2)外部環境・戦略・理念/文化を整理し、「人材要件の中核」を抽出する
3)定義の軸を持ち、人材像がイメージしやすい表現を追求する
✅ 定義例から学べる“表現の型”
- 特定階層を深掘りする場合は、行動を業務のプロセスに沿って分解し、その行動を支える能力を「大枠の力」から「具体的なスキル」へと整理すると、現場での理解・活用が進みやすくなる
- 育成体系全体を俯瞰する場合は、行動を「成果創出/組織貢献」の軸で整理し、プロセス順や階層間の関係性を意識しながら、共通のコア能力を階層別にレベル分解することが有効である
✅ つまずきやすい壁と乗り越え方
- 典型的なつまずき例は「自社らしさが薄い」「出口を見失う」「複雑/粗い」「コンピテンシーが使えない」「完璧主義で止まる」。
- 迷った際は3章の順序(目的・出口→上位概念→軸)に戻り、議論を通じて形づくっていく
人材要件定義は、それ自体がゴールではなく、育成体系・施策立案を前に進めるための起点です。本コラムが、「何から考え始めれば良いのか」「どこで悩みやすいのか」を整理する一助となり、皆様の会社にとっての“人と組織の未来”を考えるヒントになれば幸いです。

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三菱重工業株式会社
受講者から役員を輩出。ジョブアサイン連動型タレントマネジメントで「未来を起動する」次世代リーダーを早期育成
伊藤忠商事株式会社
世界各国で活躍する社員の自律的なキャリア形成をするために必要となる、経営スキルを磨く場を提供
株式会社大創産業
トップダウンから脱却し、自律自考のできる次世代リーダー集団の育成
株式会社コロワイド
非連続の時代を生き抜くために管理職層がビジネススキルを磨き、経営視点をもつリーダーになる
SAPジャパン株式会社
カスタマーサクセスを追求するマネージャーの育成を通じて、日本企業のグローバル化を支援する
レバレジーズ株式会社
360度サーベイで75%の受講者がスコアアップを実現!自らの課題を意識した学びで、受講後の行動が変化
富士通株式会社
DXカンパニーへの転換を加速させた、役員合宿の取り組みと効用
セミナー・イベント
無料の受講体験や育成・研修に関するイベントをセミナーで実施しています
セミナー開催予定
コラム
グロービスが培った人材育成の知見を、課題解決のヒントにお役立てください
リスキリング研修とは?カリキュラム例と3つの方法・実施するステップ
企業成長に不可欠な「DEI」推進のメリットと好事例・取り組む内容
研修報告書(研修レポート)の書き方は? テンプレートや例文も紹介
社員研修の費用相場はいくら?予算内で最大限の効果を生むコツを解説
DX研修とは? 重要性と効果的なプログラム例・実施ステップ
育成失敗のサインと回避するマネジメントのコツを紹介
実践的な人材育成の進め方|7つのステップと成功のポイントを解説