女性役員比率30%以上に向けて。今日から始める4ステップを解説
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上山 紗緒里
BtoBマーケティング部門 ディレクター

女性役員比率の向上は、もはや一部の先進企業だけのテーマではありません。政府方針や東京証券取引所の要請を背景に、今多くの企業が「なんらかの施策を打たなければ」という状況に置かれています。
しかし、いざ動こうとした際に、壁にぶつかった方も多いのではないでしょうか。
形だけ整えた施策は、現場から「逆差別ではないか」「本人が望んでいないのに」と冷ややかに見られてしまう。イベントや研修を小出しにしても効果は見えず、DE&I推進そのものへの疲弊感だけが社内に残っていく。その背景には、女性役員を単発の施策で増やそうとする発想そのものに無理があるという、構造的な問題があります。
「何から着手すれば良いのかわからない」「どのような育成ステップを描くのが正解なのか見えない」という声を、人事・人材開発担当者の方からよく耳にします。
女性役員は、短期間で増やせるものではありません。必要なのは、組織の内側から女性リーダー、ひいては女性役員の候補者が育っていくための長期的なロードマップです。
本記事では、女性役員の登用が求められる背景を整理したうえで、ロードマップを「①現状把握 → ②ゴールからの逆算 → ③層別施策の連動 → ④全社の仕組みの見直し」という4つのステップに分けて解説します。ロードマップを作ることで、ゴールから現状を逆算でき、「ボトルネックは何で、今どのような施策を実施すべきか」が明確になります。あわせて、「実力主義に反するのでは」といった社内で想定される反発への切り返し方まで、経営会議でそのまま使える形で整理していきます。
「何から手をつければ良いのか」と悩む人事・人材開発担当者の方が、自社の一歩目を描けるようになることを目指して解説します。ぜひ参考にしてみてください。
この記事でわかること
1.なぜ今、女性役員の登用が求められているのか
女性役員の登用は、いまや個々の企業の裁量に委ねられたテーマではなくなりつつあります。それは、政府や市場、法制度のそれぞれが、企業に具体的な対応を求め始めているためです。ここではその動きを「政府・市場からの要請」「投資家評価・企業業績への影響」「継続的な情報開示の要請」という3つの視点から整理します。
1-1. 政府・市場からの要請
2023年6月、政府は「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023」を発表し、女性役員比率について数値目標を設定する方針を示しました。これを受けて同年10月、東京証券取引所は有価証券上場規程に基づき、以下の事項を要請しています。
- プライム市場上場企業に対して2025年を目途に女性役員を1名以上選任すること
- 2030年までに女性役員比率を30%以上とすること
あわせて、女性活躍推進法の改正により、2026年4月からは女性管理職比率の公表義務が従業員101人以上の企業にまで拡大されます。役員登用に関する東証の要請と、管理職比率の開示を求める法改正が同時に進むことで、対応を求められる企業の範囲も内容も、着実に広がっている状況です。
なお、東京証券取引所が定めるコーポレートガバナンス・コードにも、取締役会の多様性確保に関する原則が盛り込まれています。女性活躍推進法が組織全体の女性活躍を対象にするのに対し、こちらは取締役会という「役員そのものの構成」を名指しで扱っている点が特徴です(多様性の要素には女性のほか、国際性・職歴・年齢なども含まれます)。
このように、政府方針・東証の上場規則・法改正という複数の動きが重なり合う中で、女性活躍への対応は単なる努力目標に留まらず、投資家をはじめとするステークホルダーへの説明責任を伴う経営課題へと位置づけが変わってきています。
1-2. 投資家評価・企業業績などへの影響
機関投資家は近年、ESG投資の判断材料として「女性活躍の状況」を重視するようになっています。内閣府の調査によると、投資判断に女性活躍情報を活用している機関投資家は全体の約3分の2にのぼります。その中でも最も活用されているのが女性役員比率です。女性役員比率は、投資家から選ばれ、株価を維持していくための条件のひとつになりつつあるといえます(“共同参画2024年2月号”、内閣府、2026年7月に内容確認)。
また、女性役員の存在が経営パフォーマンスを押し上げることは、国内外の調査でも示されています。
世界12カ国・1,000社以上を対象としたマッキンゼー・アンド・カンパニーの調査では、経営陣のジェンダー多様性が高い企業(上位25%)は、低い企業(下位25%)に比べて次の傾向が見られます。
- 収益性(EBITマージン): 業界平均を超える確率が 21%向上
- 長期的な価値創造: 業界平均を超える確率が 27%向上
反対に、ジェンダーと民族・文化的多様性の両方が下位25%にとどまる企業は、収益性が平均を上回る確率が29%低くなるという「ペナルティ」の存在も指摘されています(“Delivering through Diversity”、 McKinsey & Company、2026年7月に内容確認)。
国内でも、経済産業省が女性活躍に優れた企業を選定する「なでしこ銘柄」は、非選定企業と比較して売上高営業利益率や株価指数が高い傾向にあります(“令和7年度「なでしこ銘柄」レポート”、経済産業省、2026年7月に内容確認)。
ただし、これらはいずれも相関関係を示すデータであり、女性役員の増加が業績向上を直接もたらすことを証明するものではありません。多様な視点が意思決定に反映されやすくなること自体が、結果として業績に寄与すると考えられています。
1-3. 公表義務化で始まる、毎年続く「説明責任」
前述の通り、2026年4月に施行された改正女性活躍推進法により、従業員101人以上の全ての企業で女性管理職比率の公表が義務化されました。この開示は一度きりではなく、その後もおおむね1年に1回以上、継続的に求められます(“男女間賃金差異と女性管理職比率の公表義務が拡大”、厚生労働省、2026年7月に内容確認)。
初回の公表タイミングは、自社の事業年度によって異なります。改正法の施行後に最初に終了する事業年度の実績を、次の事業年度の開始後おおむね3か月以内に公表する必要があるため、3月期決算の企業であれば2027年6月末頃がひとつの目安です。一方、4月期決算など決算期によっては2026年に公表期限を迎える企業もあり得ます。
実際には、初回の公表に向けて数字を大きく動かすことは、もう難しい段階に入っています。管理職や役員への登用は数か月で実現できるものではなく、初回の数字は既にほぼ確定していると受け止めるのが現実的でしょう。
しかし、公表は毎年続きます。
今年の数字が振るわなかったとしても、来年以降にどのような数字を出せるかは、今日から育成に着手するかどうかで変わります。厚生労働省の調査によると、課長相当職に占める女性の割合は12.3%です(“令和6年度 雇用均等基本調査”、厚生労働省、2026年7月に内容確認)。母集団がゼロではない以上、この層を計画的に育てることで、2年目・3年目の公表時に「着実に前進している」と示せる企業と、「初年度から変わらない」まま推移する企業との差は開いていきます。
今はまさに、初回の数字は正面から受け止めつつ、次のサイクルからの改善に向けて動き始められる最後のタイミングです。ここで先送りすれば、翌年もその翌年も同じ数字が並び、社内外に「変わらない会社」という印象を固定化させてしまうことになりかねません。
2.必要なのは、単発施策ではなく「長期的なロードマップ」
前述の通り、課長相当職に占める女性の割合は12.3%にとどまります。これに加えて、そのひとつ上にあたる部長相当職も8.7%と、更に薄くなっていることが見て取れます(“令和6年度 雇用均等基本調査”、厚生労働省、2026年7月に内容確認)。役員候補の土台となるこの層自体が薄いことが、女性役員の不足に直結しているのです。
国際的に見ても、日本の管理職に占める女性割合は主要先進国の半分以下の水準にとどまっており、短期間で一足飛びに解消できるテーマではなく、長期的に取り組むべき課題です(“諸外国の就業者及び管理的職業従事者に占める女性の割合”、内閣府、2026年7月に内容確認)。
ただし、計画が伴わないまま施策だけを先行させると、かえって逆効果になりかねません。イベントの開催、ロールモデルの発掘、早期選抜プログラムの導入――こうした取り組みをひとつずつ小出しにしても、点と点がつながらなければ、社員の目には「場当たり的にやっている」ように映ってしまいます。
パーソル総合研究所が2022年に公表した調査では、施策に「一貫性」や「現場理解」の欠如を感じている社員ほど、「法律や世間体に合わせてやっているだけだろう」という懐疑心を抱きやすい傾向が示されています。更に、こうした懐疑心を抱く社員は「この会社はこれからも変わらないだろう」という負の未来展望につながりやすいこともわかっています(“女性活躍推進に関する定量調査”、パーソル総合研究所、2026年7月に内容確認)。
逆効果を避けながら着実に前進するために欠かせないのが、全体像と一貫性を備えた長期的なロードマップです。各施策が何のためにあり、どこにつながるのかが描かれていれば、社員にも会社の本気度が伝わり、経営陣にとっても投資判断の拠り所になります。
「育成には時間がかかる」という感覚は、決して間違っていません。重要なのは、その実感を、部長や経営陣が納得できる言葉と数字と順序に変換していくことです。
3.ロードマップ設計の4ステップ

女性役員の登用を「いつか取り組む課題」から「今年度の経営アジェンダ」に変えるには、全体像の見える設計図が必要です。ここでは、ロードマップを作るための4つのステップを順に整理します。
それぞれのステップについて、詳しく見ていきましょう。
3-1. STEP1:現状把握|ボトルネックはどこにあるのか
最初に行うべきは、自社で女性役員・管理職が増えない原因が、どの段階にあるのかを特定することです。原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- 採用・配置の偏りが、管理職候補となる女性の母集団の形成を妨げている
- 管理職選抜のタイミングが女性のライフイベントと重なり、候補者が選考から外れてしまっている
- 長時間労働や全国転勤を前提とした働き方が、時間に制約のある人材を不利にしている
- 上司の過剰な配慮が、女性が経験を積む機会を狭めている
- 経験不足からくる自信のなさを組織が「本人の意欲のなさ」と取り違え、成長機会がますます遠のくという悪循環を生んでいる
原因の在り処によって、打つべき手は変わってきます。候補者数が足りていないのか、選抜タイミングや働き方の設計の問題なのか、現場マネジメントの運用なのか――どの階層のどの仕組みに手を入れるべきかを切り分けることが、全ての出発点です。
3-2. STEP2:ゴールからの逆算|「いつ・何名」を数字で置く
次に、何年後までに女性役員を最低何名にするのかというゴールを、数字で定めます。そこから逆算し、「そのためには管理職に何名、その母集団となる候補層に何名」と、必要な人数を各階層に割り付けていきます。これは、後継人材を計画的に特定・育成する「サクセッションプランニング(後継者育成計画)」の考え方の応用です。
役員は一朝一夕には育ちません。役員候補として経営の意思決定に関わるには、事業責任や部門マネジメントの経験が前提になります。そこから逆算すると、2030年時点で役員候補となる人材は、今既に部長、少なくとも課長クラスに就いている必要があります。一般に、役員登用の前提となる部長経験は数年単位で積む必要があるとされます。部長就任の平均年齢が43.4歳であることを踏まえると、今まだ管理職に就いていない30代の候補者を今から育て始めても、2030年の役員登用には間に合わない可能性が高い、ということです。こうして逆算することで初めて、「今すぐ若手・中堅への投資に着手しなければ間に合わない」という時間感覚が具体化します。
あわせて、現時点で最も昇格に近い候補者が誰かを、早い段階で見極めておくことも欠かせません。パイプライン全体を厚くする中長期の取り組みと、直近で動かせる候補者を後押しする短期の取り組みは、両輪で進める必要があります。
逆算した結果、「必要な人数に対して現在の候補層が足りない」という現実に直面することも少なくありません。その場合、取り得る選択肢は主に3つです。
- 候補層の育成を最大限急ぐ
- 外部招聘で一時的に補う
- 目標達成の時期そのものを見直す
いずれかの選択を経営陣と共有し、判断する必要があります。ここで大切なのは、数字が足りないという事実を隠さず、経営陣とオープンに共有することです。
3-3. STEP3:層別の施策を「連動」させる
STEP2で見えた各階層に対し、具体的な施策を配置していきます。ここで軸になるのは「マインド」「スキル」「ネットワーク」の3つです。それぞれの階層で、この3軸に該当する打ち手を用意します。なお、具体的な打ち手の例は、次章で詳しく取り上げます。
| 階層 | マインド | スキル | ネットワーク |
|---|---|---|---|
| 若手・中堅(候補層) | 管理職を負担ではなく、自身の意思の実現手段として捉え直す | 論理思考・経営の基礎知識を習得し、視座を上げる | 社内外のロールモデルに触れ、多様なキャリアパスを知る |
| 管理職手前〜既任リーダー | 「完璧なリーダー像」への思い込みを外し、自分らしいリーダー軸を再定義する | 意思決定力・戦略構築力を強化する | 他流試合を通じ、持論をアップデートする |
| 上司(育成する側) | 無意識のバイアスを自覚し、育成スタンスを刷新する | 適切なフィードバックとタフアサインメントの提供方法を身に付ける | 部門を越えた支援体制と、心理的安全性の高い風土を作る |
(参考:女性管理職研修・女性リーダー育成研修)
ここで押さえておきたいのは、各施策を単発で打つのではなく、育成の流れがつながるよう連動させることです。連動には2つの意味があります。
- 候補者本人の成長段階を縦につなぐこと
たとえば、若手期に「マインド」(管理職を自身の意思を実現する手段と捉える意識)が育っていなければ、中堅期に「スキル」(経営視点の獲得)を提供しても、本人が昇進を望まないままになってしまいます。 - 育てる側と育てられる側をかみあわせること
上司側の「マインド」(無意識のバイアスの自覚)が変わらなければ、若手・中堅がどれだけ力をつけても、経験を積む機会、いわゆるタフアサインメントが回ってきません。
つまり、3つの層はそれぞれ独立した研修・育成の機会ではなく、互いの前提条件になっています。どこか1層だけに投資しても、他の層が追いついていなければ、効果は相殺されてしまうのです。
3-4. STEP4:土台となる「全社の仕組み」を見直す
層別施策を積み上げても、評価される働き方の前提が変わらなければ、育てた人材はいずれ限界にぶつかります。ここで問うべきは、「自社の評価制度は、長時間働ける人を暗黙に優遇していないか」という一点です。
たとえば、評価の基準・機会配分・昇格要件、そして実際の運用結果という角度から、以下のような観点でチェックしてみましょう。
- 残業時間の長さが、仕事への意欲・組織への貢献指標にすり替わっていないか
- 時間に制限がない社員に重要な案件が集中していないか
- 昇格条件に、特定のハードな部署での経験や転勤経験が入っていないか
- 時短勤務や育休からの復帰者が、勤務時間の短さだけで、成果や貢献度を実態より低く評価されていないか
こうした点を確認するだけでも、自社の評価制度が抱える偏りが見えてきます。
この問いへの答え次第で、STEP3で組んだ層別施策の実効性が大きく変わります。どれだけ有望な人材を育てても、評価の土台がそのままでは、時間に制約のある人材から順に脱落していくからです。具体的な見直しの視点は、次章で解説します。
この4つのステップは、あくまで思考の順序です。実際には自社の状況によって重み付けが変わるため、まずはSTEP1の現状把握から着手することをお勧めします。
4.女性役員比率の向上に向け、企業ができる取り組み例
ここからは、STEP3で示した「マインド・スキル・ネットワーク」の3軸を、実際の打ち手に落とし込んでいきます。
4-1. 【役員手前〜管理職層】社外ネットワークとスポンサー体制の構築
社内に閉じた環境から一歩外に出て、他社の人材と交わる機会を提供する打ち手です。
同じ立場の社員が社内に少ない女性リーダーは、孤独感を抱えがちです。社外のセミナーやネットワークで他社のリーダーと交わることで、視座が高まります。同時に、「悩んでいるのは自分だけではない」という気づきが得られ、孤独感の解消にもつながります。
経営トップによるスポンサー・メンター体制を整える
経営層が育成に直接関わり、有望な女性リーダーを引き上げていく体制を作る打ち手です。
経営層が関わることで、本人が現場だけでは得られない高い視点からの助言を受けられます。ここで意識したいのが、「メンター」と「スポンサー」の役割の違いです。相談に乗る役割にとどまるのがメンターであるのに対し、意思決定の場で「この人を次のポジションへ」と後押しするのがスポンサーです。後者の役割まで担えば、昇進の道筋が本人にも周囲にも見えやすくなります。ただし、こうした体制は長期化するとメンタリングが形骸化しやすいため、期間や到達点を明確にして運用することが望ましいでしょう。
なお、スポンサーの後押しは口添えだけにとどめず、本人の実績や強みが経営陣の目に触れる機会を作ることとセットで行うと、より効果的です。
たとえば、
- 本人が携わった成果を昇格の議論の場で具体的に共有する
- 次のポジションが空いた際に候補者として名前を挙げる
といったような形で推薦の言葉に留めず、実際の登用の場面で行動として示すことが重要です。STEP2で「今すぐ動かせる候補者を見極めておく」と述べましたが、見極めた後にこうした行動を意図的に用意することが、次の一手になります。
資生堂は執行役員クラスの経営層と女性社員によるメンタリングプログラム「Speak Jam」を実施し、2020〜2024年の累計で213名が参加しています(“ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン”、株式会社資生堂、2026年7月に内容確認)。アフラック生命保険も、女性管理職候補のキャリア形成を役員が直接支援する「スポンサーシップ制度」を導入しています(“ダイバーシティの推進”、アフラック生命保険株式会社、2026年7月に内容確認)。
いずれも、経営陣自身が育成の当事者になっている点がポイントです。
4-2. 【管理職手前〜中堅層】本人と上司、両輪での育成強化
管理職手前から中堅の層で鍵になるのは、女性本人への働きかけと、上司側の意識・行動の変革を、両輪で同時に進めることです。
本人への働きかけ:過小評価を払拭し、「Why Me?」で打診する
まず、本人の過小評価を解きほぐす支援が必要です。女性の中には、実際には十分な実績や力を持っていても、それを自分の実力だと捉え切れず、「自分にはリーダーは務まらない」と感じてしまう人がいます。ここで「完璧なリーダー像」を前提にすると、かえって過小評価を強めてしまいます。「一人で決断を下す」「常に自信満々に振る舞う」といった単一のリーダー像を押し付けるのではなく、対話を重視するタイプ、専門性で支えるタイプなど、多様なリーダーシップのあり方があることを伝え、本人が自分らしい形でリーダー像を描けるようにすることが有効です。
そのうえで見落とせないのが、昇格を打診するときの「伝え方」です。昇進の受け止め方には、男女で違いがあることが調査から見えてきます。トーマツ イノベーション(現・ラーニングエージェンシー)と中原淳氏の調査によると、男性は社会的名声や報酬の増加といった「得られるものの大きさ」で昇進を受け入れる傾向が強とされます。一方、女性は「なぜ自分が選ばれたのか」という理由や意味づけに納得して初めて、昇進へと踏み出す傾向が見られたとのことです。実際、管理職への昇進を引き受けた理由をたずねた調査でも、この違いが表れています。「直属の上司に説得されたから」と答えた割合が、女性で32.2%と男性の22.5%でした。この項目は、調査の中でも男女差が最も顕著に表れた項目です(中原淳、“女性の視点で見直す人材育成”、ダイヤモンド社、2018年、P.140-143)。個人差はありますが、打診の仕方一つで昇進への向き合い方が変わりうることを示すデータといえます。
そのため打診の際には、単に役職や待遇を提示するのではなく、「なぜあなたに任せたいのか(Why Me?)」、すなわち本人のどのような能力や成果を評価し、どのような期待を込めているのかを、本人が納得するまで言葉にして伝えることが欠かせません。
上司への働きかけ:配慮を見直し、挑戦の機会を計画的に与える
同時に、その部下を持つ上司向けの研修も並行して行います。上司自身が「自分は公平に接している」と思っていても、日々の業務配分の中に無意識の偏りが生じていることは珍しくありません。研修では、こうした偏りが実際にどこで生まれやすいのか、具体的な場面を題材にしながら可視化し、日頃の言動やアサインメントの判断を、上司自身に振り返ってもらいます。「女性には負担が大きいだろう」という悪気のない思い込み――いわゆるアンコンシャス・バイアス(無意識バイアス)による過剰な配慮を自覚することが、まず出発点になります。
自覚だけで終わらせず、その先の行動につなげることも重要です。研修を通じて、上司にはメンバー一人ひとりに対して、どのような挑戦の機会を、いつ、どう与えていくかを具体的に計画してもらいます。そのうえで、意図的に「少し背伸びが必要な、難易度の高い仕事(タフアサインメント)」を任せていきます。失敗を許容しながら成功体験を積ませることで、「自分にはできる」という自己効力感が育っていきます。更に、ライフイベントによる一時的なキャリアの中断も見据え、20代後半から30代前半の早い段階から、経営視点での課題設定や新規企画の立案といった経験を積ませておくことも大切です。復職後のキャリア形成がスムーズになります。
4-3. 【全社】評価・働き方・キャリアパスの見直し
階層別の施策を支えるには、その土台となる全社の仕組みも見直す必要があります。ここが変わらなければ、せっかく育てた人材もいずれ限界にぶつかってしまいます。見直すべきポイントは、大きく3つあります。
評価制度:時間の長さではなく、成果で評価する
まず見直したいのが、評価の物差しです。長時間労働や、「これまでどれだけ会社に時間を費やしてきたか」を前提とした評価を改め、時間あたりの効率や、在籍時間の長さではなく、担当業務における成果や、期間内に生み出した付加価値そのものを評価指標に据える仕組みへと変えていきます。
ただし、評価指標を変えるだけでは不十分です。指標を変えても、実際に評価する上司が「長く働いている人の方が頑張っている」という感覚のまま評価すれば、制度は形骸化してしまいます。評価者向けの研修や複数回にわたる意義の通達を通じて、評価者自身の判断基準を、時間の長さから成果の中身へと切り替えていく必要があります。
あわせて、働き方の面でも変化が必要です。その際、単に労働時間の上限を設け、労働時間を短くするだけの管理では不十分です。短い労働時間でも管理職を務められるよう、「時短管理職」の導入や、権限委譲による負荷分散を進め、管理職という役割が重すぎて敬遠される状況を解消していきます。
実際に、塩野義製薬株式会社は2023年に人事制度を改定し、評価を在籍年数の積み重ねではなく、単年度の成果に基づいて行う仕組みに変えました。この結果、出産や育児などのライフイベントによる一時的な業務時間の制限が、キャリアの障害にならず、最も低いグレードからでも最短4年でマネージャーに昇格できる道が開かれています(“令和5年度 女性登用の加速化に向けた取組事例集”、内閣府男女共同参画局、2026年7月に内容確認)。
働き方:性別を問わず、家庭と両立できる環境を整える
評価の物差しを変えても、そもそも時間の制約がある人が働き続けられる環境が整っていなければ、評価の土台に乗ることすらできません。男性の長期育休取得を当たり前にするなど、性別を問わず家庭を支援し、男女ともに短い時間で成果を出せる「全員の働き方改革」を推進します。
実際に、高島屋は男女を問わず仕事と育児を両立できる支援に力を入れており、男性育休取得率100%を達成しています。同時に女性管理職比率も近年30%前後を維持しており、性別を問わない両立支援の広がりと女性の管理職としての活躍が両輪で進んでいる一例といえるでしょう(“2023年度版「女性が活躍する会社」の総合1位は資生堂に。“管理職登用度”や“ワーク・ライフ・バランス度”などの上位企業は?”、HRプロ、2026年7月に内容確認)。
キャリアパス:多様な経路から登用できる仕組みにする
「役員になるには、特定の部署や役職を経ていなければならない」といった暗黙の慣習が、根強く残っている企業は少なくありません。たとえば、「主要事業部でのライン長経験が必須」「全国転勤を伴う異動を経ていることが前提」といった、目に見えない要件です。
こうした慣習は、ライフイベントと重なる時期に転勤や特定部署への異動が難しかった女性にとって、大きな障壁になりがちです。本人の能力とは関係のないところで、役員候補から外れてしまうことになりかねません。
だからこそ、登用の経路を一本道にせず、複線化することが有効です。特定の「王道コース」を通っていなくても、多様な経験から役員候補を見いだせるよう、登用要件そのものを見直していくのです。
ただし、これは簡単な取り組みではありません。「王道コース」とされてきた経路は、多くの場合、役員に求められる経験(全社を俯瞰する視座、異なる現場をまとめる力など)を実際に培ってきた実績があるからこそ、要件として定着してきたものです。複線化を進めるには、まず「その経験は、本当にその経路でなければ得られないのか」を一つずつ問い直し、代替となる経験の道筋を具体的に定義し直す必要があります。
加えて、制度を複線化しても、実際に登用を判断する経営陣の側に「新しい経路を通った人材でも大丈夫だ」という信頼がなければ、制度は形だけのものになりかねません。評価制度の見直しと同様、ここでも運用する側の意識が変わって初めて、複線化は実質的な意味を持ちます。これは女性に限らず、画一的なキャリアを歩んでこなかった人材全体に門戸を開くことにもつながります。
ここまで各層の取り組み例を見てきましたが、いずれの施策も単発では効果を持ちません。ロードマップの中で互いに連動させて初めて、着実な前進につながっていきます。
5.部長・経営陣にどう説明すれば通るか|想定される3つの反論と切り返し方

ロードマップの中身が固まっても、それを社内で承認を通す段階でつまずくケースは少なくありません。
経営会議では、
「実力主義に反するのではないか」
「業績につながるのか」
「本人が望んでいないのではないか」
といった声が上がりがちだからです。その多くは、反対のための反対ではなく、真っ当な疑問として提起されるもの、と捉えておくと良いでしょう。
女性活躍は、立場によって様々な考え方が出やすいテーマです。こうしたテーマは、会議の場でいきなり賛否を問うと、身構えられて本音が出にくくなります。だからこそ、経営会議という単発の場だけで承認を得ようとしない方が良いでしょう。事前にキーパーソンへ、「決定権者としてではなく、相談相手として意見をうかがう」という形でアプローチしておくと、本番での合意形成がよりスムーズになります。
ここでは、想定される3つの疑問について、詳しい背景は後の「深掘り」パートに譲りつつ、会議の場で簡潔にいえる形で切り返し方を整理します。
5-1. 「実力主義に反するのでは」への切り返し
日本企業の「遅い選抜」や、長時間労働・全国転勤を前提とした評価は、一見公平に見えて、実は家事・育児の負担が偏りやすい人材を結果的に不利にしてきました。今回の取り組みは、この傾いたスタートラインを是正するプロセスであり、逆差別ではありません。
ただし、いきなり構造の話から入ると、これまで過去に昇進してきた人材の実績・努力を否定していると受け取られてしまうことがあります。まず「これまで社内で成果を出してこられた方々の努力を否定する話ではありません」と置き、そのうえで「ただし、その努力が評価される条件自体に、もともと偏りがあったのです」と続けると、誤解を避けやすくなります。
なお、「実力主義に反する」という発言の裏には、「女性の枠が増えれば、自分(既存社員)の昇進機会が減るのではないか」という、口には出しにくい不安が隠れていることもあります。この不安に表立って向き合う場面は多くありませんが、説明する側がその存在を理解しておくことは重要です。だからこそ、「今ある椅子の奪い合い」ではなく、「母集団を育て、組織の意思決定の質を高めることで、事業成長を通じて椅子そのものを増やす取り組みだ」という説明を用意しておきましょう。実力主義への切り返しとあわせて備えておけば、表面的な反対の奥にある不安にも、自然に応えられます。
5-2. 「短期間で結果が出ないなら、後回しで良いのでは」への切り返し
たしかに、女性活躍施策は即効性のあるものではありません。ただ、「短期で結果が出ないから後回しで良い」とは言い切れない事情もあります。
ひとつは、「後回しにすること自体が、無視できないコストを伴う」という点です。長期の投資家評価は、既に女性活躍への取り組みを織り込み始めています。
世界最大級の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、運用に用いるESG指数の一つとして、女性活躍に着目した「MSCI日本株女性活躍指数(WIN)」を採用しています。GPIFはこの指数について、将来的な労働人口の減少が見込まれる日本では、女性活躍を推進している企業ほど労働力を確保しやすく、長期的な事業の持続性に優れる、という観点から選定したと説明しています(“ESG指数を選定しました”、年金積立金管理運用独立行政法人、2026年7月に内容確認)。
加えて、女性管理職比率の公表義務化によって、今後は各社の取り組みが数字として比較されやすくなります。この流れの中で対応が遅れている状態を放置すれば、投資家から見て見劣りする企業として位置づけられてしまうリスクは、これまで以上に高まっていくと考えられます。
そしてもうひとつ大切なのは、時間をかけて取り組めば、実際に成果は出るということです。時間をかけて内部育成に取り組み、実際に生え抜きの女性役員・管理職を輩出している企業も存在します。
大和証券グループ本社では、女性取締役のうち社内から昇格した「生え抜き」人材が、2024年の2人(6人中)から2025年には3人(7人中)へと増えています。社外からの招聘に頼らず、社内で育った女性取締役が、年を追って着実に増えています(“日経クロスウーマン「2025年 女性取締役比率ランキング」を発表”、日経BP、2026年7月に内容確認)。資生堂も、女性リーダー育成塾「NEXT LEADERSHIP SESSION for WOMEN」などの施策を継続し、国内の女性管理職比率を2017年の29%から2025年には41.1%まで引き上げています(“人材育成と公正な評価”、資生堂、2026年7月に内容確認)。
こうした材料を踏まえると、有効な切り返しは「今動かなければ、投資家からの評価という観点でむしろ後れを取ります。それに時間をかけて取り組んでいる他社では、実際に生え抜きの女性役員が育ち始めています」と伝えることです。
5-3. 「対象者が望んでいない」への切り返し
まず押さえておきたいのは、これは本人の資質の問題ではないということです。経験を積む機会が偏って配分されてきた結果、挑戦の実績を十分に持てず、自分の力に確信を持ちにくくなっている状態です。打診をためらう反応も、多くはこうした経験の偏りの延長線上にあると考えられます。
管理職手前〜中堅層への打診に関する調査でも触れた通り、女性が昇進を引き受けるかどうかは、上司が「なぜあなたなのか」を丁寧に伝えられるかに左右される可能性があることが調査でも示されています。打診をためらう反応は、必ずしも本人の意欲とイコールではないのです。
更に見落とされがちなのが、打診の段階で消極的だったとしても、実際に昇格すればやりがいを感じられるようになる、という点です。打診の段階では昇進に消極的だった女性でも、実際にマネージャーになった後は7割超がやりがいを感じている、というデータもあります(中原淳、“女性の視点で見直す人材育成”、ダイヤモンド社、2018年、P.147)。
つまり、「本人が望んでいない」という反応は、資質や適性の欠如ではなく、打診を受けた時点での自身への過小評価と、理由の説明不足が生んだものである可能性もあります。
こうした背景を踏まえると、有効な切り返しは「本人が現在消極的に見えるのは、まだ十分な説明や経験の機会を得ていないからかもしれません。一度の反応で判断せず、Why Me?を丁寧に伝えるプロセスを経てから、改めて意向を確認させてください」と伝えることです。ここで昇進の話自体を取り下げてしまえば、本人が本来持っている力を発揮する機会そのものを失わせてしまいます。
ここから先は、より詳しい背景を解説する「深掘り」パートになります。ロードマップ設計の考え方や、経営陣への説明ロジックの根拠をより深く理解したい方は、ぜひ読み進めてください。一方、すぐに着手したい方は、ここまでの「ロードマップ設計の4ステップ」「取り組み例」「反論への切り返し方」の内容だけで、実践を始めていただけます。
社外取締役をどれだけ増やしても、それだけでは組織の内側は変わりません。女性役員比率という数字を上げることと、組織文化そのものが変わることは、別の話だからです。実際ここ数年で、女性役員比率は着実に上がってきたように見えますが、その実態の多くは外部からの登用、いわゆる社外取締役によるものです。日経BPが東証プライム上場企業の時価総額上位500社を対象に行った2025年の調査によると、女性取締役のうち社内から昇格した人材が占める割合は12.3%にとどまっています。前年の11.3%からわずかに改善したものの、依然として女性取締役のおよそ9割は社外からの登用が占めている計算です(“日経クロスウーマン「2025年 女性取締役比率ランキング」を発表”、日経BP、2026年7月に内容確認)。
6. 【深掘り】社外取締役を増やすだけでは、なぜ不十分なのか
たしかに、女性役員比率という数字を上げるだけであれば、外部からの招聘が最短の方法です。しかし、それだけでは社内の文化や仕組みが根本から変わるわけではありません。社内から役員を育てることには、少なくとも3つの意味があります。
- 意思決定の質そのものが変わります。
最終的な経営判断を下す役員層が同質的なままでは、評価の基準も意思決定の枠組みも変わりにくいものですが、多様な立場を経験してきた生え抜きの役員が加わることで、意思決定の前提そのものが広がります。 - 自社の実情を踏まえた経営判断ができます。
社外招聘の役員は、その企業の現場や組織文化を深く知らないまま意思決定に加わることになりますが、生え抜きの役員は、自社の強み・弱みを踏まえた判断ができます。 - 後進を育てる力そのものが組織に定着します。
社内で役員を育てる仕組みが一度できれば、その次の世代も同じ仕組みで育てられます。社外招聘に頼り続ける限り、組織として多様な経営人材を育てる力は育ちません。
加えて見逃せないのが、ロールモデルとしての効果です。生え抜きの女性社員が社内から役員へと登用されて初めて、現場で働く女性たちに「この会社でも上を目指せる」という実感が生まれます。「自分もなれるかもしれない」と思えるロールモデルは、外部からの招聘だけでは生まれにくいものです。
だからこそ目指すべきは、社内から女性役員を育てていくことだといえます。
7. 【深掘り】女性管理職・女性役員が増えない構造的な理由は何か
女性管理職・女性役員が増えないのは、女性個人の資質や意欲の問題ではありません。
その多くは、日本型雇用のシステムそのものが抱える構造的な要因から生じています。後ほど触れる「自信のなさ」も、女性がもともと備えている特性ではなく、経験の機会が偏って配分されてきた構造の結果として現れるものです。だからこそ、対処すべきは個人ではなく構造です。
ここでは、その構造を4つの角度から見ていきます。
7-1. 「遅い選抜」とライフイベントの重なり
日本企業の多くは、新卒一括採用から始まり、30代後半から40代で管理職に登用する「遅い選抜」を主流としてきました。実際、課長への登用平均年齢は約38.5歳、部長層では43.4歳とされています(“女性活躍のハードルは日本独特の昇進構造 ~遅い昇進、平等主義的選抜からの脱却~”、パーソル総合研究所、2026年7月に内容確認)。
この選抜の時期は、出産や育児といったライフイベントと重なりやすいという問題があります。家事・育児の負担が女性に偏りやすい現状では、ちょうど昇進の選抜が行われる時期に、出産・育児が重なってしまいます。その結果、キャリアが停滞しやすい構造が生まれます。更に、育児休業からの復帰時に、同期との間に生じた「遅れ」を本人が意識し、自らキャリアの見通しを狭めてしまうことも少なくありません。
7-2. 長時間労働・全国転勤を前提としたシステム
前項で見た選抜のタイミングとこれから見る日々の働き方は、発生の原因こそ異なりますがどちらも結果としては「時間を無制限に使える人ほど有利になる仕組み」という同じ性質の構造を生み出しています。
日本企業には、長時間労働や全国転勤を前提とする文化が、なお根強く残っています。その結果、時間に制約がなく、仕事に長時間コミットできる人ほど高く評価される仕組みが温存されてきました。これは女性に限った話ではなく、男女を問わず、時間を自由に使える人が優位になる構造です。ただ、家事・育児の負担が偏りやすい女性ほど、この構造の影響を受けやすいのが実情です。
7-3. 上司の「過剰な配慮」による経験機会の剥奪
上司の善意からくる配慮が、かえって女性の成長機会を奪ってしまうことがあります。現場の上司が、「女性には負担が大きいだろう」と考え、タフな仕事や出張を任せずにおく——こうした過剰な配慮は好意的性差別(親切心から生まれる、無意識の偏った配慮)とも呼ばれ、悪意のないことがほとんどです。
配慮の名のもとに難しい仕事から外されると、女性部下は「現場の戦力」としては扱われても、「将来の幹部候補」としての期待を向けられにくくなります。そして、成長に欠かせない修羅場経験を積む機会が、そのぶん乏しくなってしまうのです。
7-4. 経験不足が生む「自信のなさ」と、企業側の勘違い
難しい課題に挑み、それをやり遂げた経験が少なければ、リーダーとしての健全な自信は育ちにくくなります。実際には十分な力を持っていても、それを自分の実力だと捉えられず、成果や能力を実際より低く見積もってしまう。こうした心理はインポスター症候群と呼ばれています。
本人が「自分には向いていない」と感じ、昇進の打診をためらう。その様子を見た企業側が、「本人にやる気がない」と、問題を個人の意欲の話に単純化して受け止めてしまう。その結果、ますます期待をかけなくなり、経験の機会が更に遠のくといった悪循環に陥りやすいのです。ここまで見てきた通り、「自信のなさ」は個人の特性ではなく、経験機会の偏りという構造が生み出した結果といえます。
8. 【深掘り】「女性優遇では?」という声に、どう向き合うか

女性の活躍推進は、女性を優遇する取り組みではありません。また、多様性対応や組織変革といった別の目的のために、女性を手段として利用する取り組みでもありません。女性自身のキャリアの実現と、組織の競争力の向上は、本来は切り離せない、一つの経営課題です。
では、なぜ「優遇ではないか」という声が生まれるのでしょうか。その背景には、日本企業が長年前提としてきた評価のルールがあります。
これまでの日本の組織は、転勤をいとわず、長時間の残業もできる人材(主に男性)を高く評価してきました。この基準のもとでは、時間や場所に制約のある人材は、どうしても不利になりやすい構造がありました。しかし今、その前提そのものが崩れつつあります。「時間の制約」は、もはや特定の人だけの問題ではなくなっているのです。
- 誰もが当事者になりうる
共働きが当たり前になり、親の介護や本人の病気など、性別を問わず誰もが時間の制約を抱えうる時代になっている - 担い手が多様化している
労働人口が減少し、時短勤務のシニアや外国人材など多様な働き手が増え、「日本人・男性・正社員」はもはや多数派ではなくなりつつある
つまり、時間的な制約を抱えるリスクは、性別に関係なく、全ての社員におよびます。現に管理職として働く男性も例外ではありません。「無制限に働ける人だけが活躍できる組織」のままでは、介護や育児といった事情を抱えた途端に、優秀な人材が職場を去らざるを得なくなります。離職が積み重なれば、事業の持続そのものを揺るがすリスクになりかねません。
ここまでの内容を、「女性優遇では?」という声との関係で整理し直すと、次のようになります。
| よくある誤解 | 実際に目指すもの | |
|---|---|---|
| 何のための取り組みか | 女性を助けるための施策 | 全社員を正当に評価できる組織づくり |
| 誰のためのものか | 女性のため | 育児・介護・傷病などの事情を抱える社員全体のため |
| 何を変えるのか | 女性を登用する | 評価制度や働き方の前提を変える |
こうして見ると、女性活躍推進の本質が見えてきます。それは、「時間あたりの生産性で正しく評価される組織」へと転換することです。女性を優遇する施策ではなく、これまで正当に評価されてこなかった「時間に制約のある働き方」を、成果や生産性という物差しで正当に評価できる組織へと作り変える取り組みなのです。
なお、「女性が増えれば、自分の昇進機会が減るのでは」という不安を持つ人もいるかもしれません。しかし、これは「今ある椅子を奪い合う」という前提に立った場合の話です。評価の物差しを、時間の投下量から成果や生産性そのものに変えることは、組織全体の意思決定の質を高め、事業成長を通じて椅子そのものを増やすことにつながります。既存の椅子を分け合うのではなく、椅子の数自体を増やす取り組みだと捉える方が、実態に近いといえます。
ただし、女性を管理職に登用しさえすれば組織が自動的に効率化する、という単純な話ではありません。評価制度や権限委譲の見直しといった組織側の変革が伴って初めて、登用された人の力が発揮されます。
その意味で、女性活躍推進とは「女性を助ける活動」ではなく、「時間あたりの生産性で人を正当に評価できる組織を作る」という、全社員に関わる経営課題だといえます。
更に、この転換を通じて築かれる評価制度や柔軟な働き方の仕組みは、女性に限らず、育児・介護・傷病など、様々な事情を抱える社員全体を支える土台にもなります。将来、外国人材やシニア層の活躍を進める際にも、同じ制度基盤を一から作り直す必要はありません。女性活躍推進への投資は、その意味で、組織全体に長く効果が波及する投資だといえます。
9. 【深掘り】一握りの突出した人材に頼るだけでは、なぜ限界が来るのか
女性役員登用の初期の段階では、これまでの評価基準や働き方の中で実績を積んできた少数の女性が、先陣を切って役員に登用されるケースが多く見られます。しかし、一握りの突出した人材に頼るこの状態を続けると、組織・本人・後進という3つの側面で限界が生じる可能性があります。
9-1. 母集団が育たず、次の候補者が続かない
少数の実績者への登用は、候補者の母集団そのものを増やす仕組みにはなっていません。そのため数年もすると、「次に続く候補者が見当たらない」という状態に直面しやすくなります。ここで見誤ってはならないのは、これは個人の意欲や能力の問題ではなく、限られた人数に依存するという、登用の設計そのものの限界だという点です。特定の個人の実績にばかり頼り続ける体制には、構造的に限界が訪れます。
9-2. 登用された本人に、過大な負荷がかかる
少数の女性が意思決定層に登用される段階では、本人が「女性の代表」として扱われやすくなります。会議での発言が「女性としての意見」だと一般化されたり、反対に「例外的な存在」として受け止められたりすることで、本人にも周囲にも、想定以上の心理的な負荷がかかることがあります(トークニズムと呼ばれる現象です)。
9-3. 後進にとって、誤ったロールモデルになりかねない
少数の実績者だけをロールモデルとして示すことは、後進の育成にとって逆効果になりかねません。個人の並外れた努力によって成果を上げてきた女性をロールモデルとして掲げると、後に続く若手・中堅の女性たちが「自分の思い描くキャリアの形とは違う」と感じ、かえって「役員に至る道は一通りしかない」という誤った印象を与えてしまうことがあります。だからこそ、個人の努力や実績に頼るのではなく、多様なキャリアの歩み方があることを示しながら、時間に制約があっても成果を出せるよう、職場環境やマネジメントそのものを変えていく必要があります。
こうした理由から、役員手前の役職層への研修だけでなく、若手の段階から段階的に育てていく必要があります。これは、STEP2で「今すぐ若手・中堅への投資に着手しなければ間に合わない」と述べた理由そのものでもあります。
10.よくある質問
- 女性活躍の推進は、女性の優遇なのでしょうか?
女性活躍推進は、女性を優遇し、特別扱いすることではありません。これまで正当に評価されてこなかった「時間に制約のある働き方」を、成果や生産性で公正に評価できる仕組みへと作り変える取り組みです。
その背景には、日本企業が長年前提としてきた評価のあり方があります。多くの企業は、長時間労働や転勤をいとわない働き方を前提に人材を評価してきました。裏を返せば、時間に制約なく働けることが、高く評価されるための暗黙の条件になっていたということです。しかし、家事や育児の負担は女性に偏りがちなため、こうした働き方において時間の制約を受けやすい立場に置かれてきました。その結果、能力や成果とは別のところで、評価されにくい構造ができあがっていたのです。
女性活躍の推進は、この評価の仕組みそのものを見直す取り組みです。そして、時間に制約のある働き方は、育児や介護、傷病など、性別を問わず誰もが直面しうるものです。その意味で、女性活躍推進は女性だけのための施策ではなく、全ての社員に関わる経営課題だといえます。
詳細は「【深掘り】「女性優遇では?」という声に、どう向き合うか」もご覧ください。
- 自社に女性管理職がほとんどいない場合、何から始めれば良いですか?
1人でもいれば、そこが出発点になります。まず自社の課長・部長相当職に、現時点で何人の女性がいるかを正確に把握してください。そのうえで、その少数の候補者への育成投資を優先しつつ、STEP4で触れた全社の仕組みの見直しに早期から着手し、将来の母集団そのものを増やす土台を並行して整えていく必要があります。
- 女性役員を増やすのに、何年くらいかかりますか?
自社の女性社員の割合や年齢構成によって幅はありますが、最終的な成果が出るまでには、一般的に5〜10年程度を見込む必要があります。役員候補となる部長・課長層を育てるには相応の時間がかかるため、短期間で一足飛びに実現できるテーマではありません。内閣府がまとめた事例集で紹介されている企業を見ても、3〜8年程度の期間で中間目標を設定し、進捗を見ながら段階的に見直しています(“女性役員登用に向けた行動計画と取組事例集”、内閣府男女共同参画局、2026年8月に内容確認)。長い時間軸のテーマだからこそ、途中の進捗をどう測るかが重要になります。
- 女性活躍推進の担当者に、女性がいた方が良いのでしょうか?
女性がいた方が望ましい場面はありますが、必須ではありません。男性の担当者だけでも、女性活躍推進は十分に進められます。
当事者である女性の視点は、たしかに有益です。推進部門に女性が加わったり、女性社員に直接ヒアリングを行ってリアルな課題を抽出したりすることは、とくに現状把握の段階で効果を発揮します。ただし、それは「女性でなければ務まらない」という意味ではありません。男性の担当者であっても、当事者の声を丁寧に拾い上げる姿勢があれば、推進役は十分に果たせます。
推進の成否を分けるのは、担当者の性別よりも、経営トップが強くコミットしているか、そして各事業部門のトップ(本部長や部門長など)を巻き込めているかです。女性活躍推進は、全社的な組織風土や人事制度の変革を伴います。そのため、人事やDE&I推進室といった推進担当部署と、実際に部下を育成する現場の事業部門とが一体となって進められる体制、たとえば部門横断的な委員会やプロジェクトチームを構築できるかどうかが、成功の鍵を握ります。
- 施策の効果が出ているかどうかは、何で判断すれば良いですか?
基本は、最終的な目標である女性役員・女性管理職の比率や人数の増加状況です。ただし、そこに至るプロセスが機能しているかを見るためには、途中経過を測る中間指標も欠かせません。
参考になるのが、経済産業省と東京証券取引所が「なでしこ銘柄」の選定に用いている「女性活躍度調査」の調査項目です。この調査では、女性役員・管理職の比率だけでなく、次のような複数の観点から企業を評価しています。
観点 見る指標の例 各階層の女性比率 役員・管理職・係長相当職・正社員採用に占める女性の割合や、その経年変化 働きやすさと両立支援の状況 男性の育児休業取得率・平均取得日数、女性の育休復帰率、年次有給休暇の取得率、平均残業時間など 定着の男女差 男女の平均勤続年数の差など “女性活躍に優れた上場企業を選定「なでしこ銘柄」”、経済産業省、2026年8月に内容確認
大切なのは、こうした指標を単発で確認するのではなく、継続的に測定し、見えてきた課題に応じて施策を改善していくことです。まずは、自社がこれらの指標のどこでつまずいているのかを把握することが、次の一手を考える出発点になります。
- 女性活躍推進の必要性が社内で十分に共有されていないと感じています。どうすれば良いですか?
「なぜ今この取り組みが必要なのか」を、自社の経営課題や事業成長に引きつけて説明することが重要です。女性活躍推進を「社会からの要請だから」と説明すると、自分ごととして受け止めてもらいにくくなるため注意が必要です。
鍵になるのは、この取り組みが自社の事業にとってどのような意味を持つのかを、具体的な言葉で示すことです。たとえば、業績・株価・投資家評価との関係や、労働人口の減少といった構造的な変化を、自社の事業の文脈に結び付けて語ると、納得を得やすくなります。あわせて、自社の現状指標を、同業他社や政府目標、国際比較と並べてみることも有効です。
社内の議論は、当事者だけで進めるとどうしても前提が固定化しがちです。そこで、他社の実務担当者や外部有識者の視点を意図的に取り入れることで、同じメンバーだけでは気づけない前提の偏りに気づく契機になります。グロービスのような、他社の育成事例を数多く見てきた第三者に、現状の整理から壁打ち相手として関わってもらう、という選択肢もご検討ください。

11.まとめ
女性役員は、単発の施策で短期間に増やせるものではありません。役員候補となる部長・課長層がそもそも薄いという構造がある以上、必要なのは、組織の内側から候補者が育っていく道筋を描いた、長期的なロードマップです。
そのロードマップの要になるのが、ゴールからの逆算です。「いつまでに、女性役員を何名にするのか」を数字で定めれば、そのためには管理職を何名、その母集団となる候補層を何名育てる必要があるのかが見えてきます。まず現状を把握し、逆算して必要な人数を各階層に置き、階層ごとの施策を連動させ、最後に評価制度など全社の仕組みまで見直す――この順序で設計することで、「育成には時間がかかる」という漠然とした感覚が、部長や経営陣に説明できる言葉と数字と順序へと変わっていきます。
逆算で描いたロードマップは、社内を説得するための材料にもなります。
「実力主義に反するのではないか」
「短期的な成果にならない」
「本人が望んでいない」
といった声に対しても、なぜ長期の育成が必要で、それが事業にどうつながるのかを、根拠を添えて返せるようになるからです。
まずは、自社が今どこでつまずいているのかの、現状把握から確かめてみましょう。それが、提案に向けた確かな第一歩になります。
グロービスでは、自社の現状整理から、女性役員登用に向けた長期的な育成方針の設計までを一貫して支援しています。「何から手をつければ良いかわからない」という段階でも構いません。自社の課題にあわせた進め方について、まずはお問い合わせにてご相談ください。
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