ジョブ型雇用の導入に伴う、人事制度改革を進める際の効果的なプロセス
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佐藤 彩
昨今、ジョブ型雇用の導入を検討する企業の増加に伴い、人事制度改革の進め方についてご相談いただくことが増えています。人事制度改革は、組織全体に大きな影響を与えます。そのため、自組織に合った改革プロセスを設計することが重要です。
本コラムではジョブ型雇用の導入に伴う人事制度改革を進める際の落とし穴と、推進における効果的なプロセス・ポイントをお伝えします。
第1章
ジョブ型雇用の導入に伴う、人事制度改革に必要なこと
人事制度改革においては、「7S」全体を俯瞰したうえで何をどのように変革するべきなのかを考えることが重要です。具体的に見ていきましょう。
人事制度改革を進める背景として、多くの企業に共通していることが「企業を取り巻く環境変化により、実現したい経営戦略が変化している」ことです。
例えば、昨今注目されているジョブ型雇用も、外部環境・内部環境の変化を踏まえて新たに実現したい目的や経営戦略をかなえるための手段として導入されます(参照:コラム「ジョブ型雇用が注目される理由」)。
組織の分析に活用されることの多い、コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニー社が提唱した「7Sモデル」(図1)に当てはめて考えてみましょう。
外部環境の変化に伴い経営戦略が変われば、戦略を実行するために最適な「組織構造」「経営システム」は変化するため、再構築が必要となります。
なかでも「経営システム」には、人事制度・管理会計などの要素が含まれます。人事制度を考えるうえでは、採用・配置・評価・報酬・育成といったHRMシステムの各構成要素の整合を考えることが必要です。
ジョブ型雇用を新たに導入すれば、採用方針や評価制度・育成体系を変える必要が出てくるはずですが、それはすなわち、人事制度のみならず、「7S」全体を再設計するということです。
ハードのS
“Strategy(戦略)”、“Structure(組織構造)”、”System(経営システム)”の3つは「ハードのS」と呼ばれ、トップの意思決定によって比較的変更が容易な項目です。そのため、組織が変革を進める際には、事業戦略や制度の変更など、ハードのSの変化が先行することが多いでしょう。
しかしハードのSが変わっても、他の4つのS(ソフトのS)が変わらなければ、「7S」全体がひずみます。そのため、ソフトのSにも目を向け、全体を整合させていくことが大切です。
ソフトのS
ハードのSに比べて、ソフトのSは価値観が絡む要素でもあるため、強制的または短期間に変更することが難しい部分です。
たとえ戦略を変更しても、戦略に必要な組織文化が根付くわけではなく、社員に求めるスキルがすぐに身につくわけでもありません。組織文化や社員の意識を変えるには、長く時間がかかることを考慮したうえで、計画的に変革を進めていくことが重要です。
人事制度改革においては、まずは自社の「7S」全体の変化に目を向け、ハードのSが変わることにより、ソフトのSはどのように変化するのか・変化させていきたいのかを明確にすることが大切です。
第2章
人事制度改革の推進における3つの落とし穴
人事制度を大きく変え、「7S」全体を再設計・再整合させていくことは決して容易なことではありません。単なる制度変更に留まることなく、ハードのSの変更を社員一人ひとりが理解し、納得感を持って受け入れられ、組織の文化として浸透しなければ、組織は変革を遂げられないでしょう。
では具体的には、どのような点に留意しながら社員とのコミュニケーションを進めていくとよいのでしょうか。ここではジョブ型雇用の導入を例に、3つの落とし穴に分類し、その問題点と解決の方向性についてご紹介します。
落とし穴1:社員に人事制度改革を行う必要性や意図が伝わらない
たとえば「ジョブ型雇用導入に伴う新人事制度の概要」のみが先行して開示されてしまうと、社員は「なぜ変えるのか」が分からないので簡単には納得できないでしょう。
評価・報酬など、社員への影響度が高い人事制度変更を円滑に進めるには、概要伝達だけでは不十分です。「どのように変えるのか」の手段だけでなく、企業を取り巻く環境変化とそれに伴う戦略転換が必要である背景や、戦略実行に向けた制度変更の意義が社員に伝わるよう、具体的なメッセージとともに伝え、社員の納得感を得ることが効果的です。
落とし穴2:社員によって異なる解釈を事前に予測できていない
制度変更によって生まれる利益・不利益が社員によって異なるため、自身にどのような影響があるのか判断できず、社員の不安が増幅してしまうこともあります。
人事制度の変更は、必ずしも有利になる社員だけを生むのではありません。立場によっては、既得権を失いネガティブな影響を受けてしまう社員もいるでしょう。
社員によって反応が違うことを事前に予測したうえで先に対策を講じなければ、ネガティブな社員の反応はスピーディーに社内へ蔓延してしまいます。このようなことを想定のうえ、具体性のある適切な情報を丁寧に伝えることが肝要です。
落とし穴3:社員が具体的な行動変容を起こせない
ジョブ型雇用導入や制度変更の目的・概要は社員に伝達されているものの、社員自身が今後すべきことを具体的にイメージできず、目指す方向を見失ってしまうケースがあります。社員がジョブ型雇用の必要性に納得し受け入れたとしても、社員本人の行動が変わらなければ、形だけの制度変更になってしまいます。
社員の行動変化を促すには、会社が期待する「社員へ求める姿(変化)」を具体的に示すことが望ましいでしょう。そこに至るまでの道筋として、会社がどのような機会を与えていくのか示すことも効果的です。
人事制度改革を進めるにあたって伝えるべきこと・事前に想定すべきことは多く、一朝一夕に社員の理解は得られません。社員に腹落ちしてもらうには、丁寧に、何度もメッセージを伝える必要があります。経営層や人事部からのメッセージ発信・情報伝達では足りない場合は、直属の上司から伝えることも有効です。
自社の風土や、誰が影響力を持っているかを把握し、社員へのコミュニケーションを工夫していくことが効果的です。
第3章
人事制度改革を推進し、組織変革を進めるためのステップ
社員の理解を促し、社員の納得度を高めながら戦略実現のための変革を遂げるには、どのようなステップを踏んでいくのがよいのでしょうか。心理学者のレビンによると、変革を遂げるには「解凍」「変革」「再凍結」という3つのプロセスが必要です。(図2)
3-1. 解凍
ジョブ型雇用を導入する際には、年功序列制度などの従来の雇用体制で成長し続けてきた組織であるほど、新たな雇用形式を受入れ難い社員が多いでしょう。過去の同質的・安定的な状況を打ち破るためには、最初のステップとして「解凍」が必要です。
組織が変化する必要性を理解・納得させるメッセージをトップが発信し、変革に向けた前向きな意識や健全な危機意識を醸成することで、後々の具体的な施策導入ステップをうまく進めるための土台となります。
3-2. 変革
変化を受け入れられる土台ができていると、具体的な「変革」である全社戦略の方向転換や制度変更、組織構造改革における施策が受け入れられやすくなります。
ここでは特に、経営の現状と現場の双方をよく知るミドルマネジメント層が、リーダーシップを発揮する必要があります。全社の方針転換を、各部門・部署のおかれている具体的な状況に置き換え発信していくことで、社員一人ひとりの課題意識を引き出し変革の必要性を理解してもらうことが、ミドルマネジメント層に求められる役割といえるでしょう。
3-3. 再凍結
具体施策の成功の積み重ねと成果の定着により、組織に変革を根付かせていく「再凍結」を踏むプロセスも必要です。変化を生みだす具体的な施策を導入しても、社員が腹落ちできていない場合は効果が継続せずに一時的な変化に留まってしまいます。
導入した変化を組織に定着させるには、社員一人一人が変化の必要性と意義を理解することが必要です。例えばジョブ型雇用の導入によって社員に自律的なキャリア形成・自己成長を求めるのであれば、主体的にキャリアを築く必要性の訴求に加え、求める期待役割の具体化や、あるべき姿の実現に向けて必要な具体行動とスキルセットを明示することは効果的でしょう。さらに、社員が自ら目指すキャリアに向けて自己研鑽に励むことのできる機会として、キャリア研修や公募の研修プログラムなどを用意することで、社員の自律的な行動を促すことができます。
3つのプロセスを通して重要なことは、影響力を持つ層・人物からのメッセージの発信や、継続した丁寧な働きかけをすることです。たとえば「解凍」のプロセスでは、トップが社員に直接届く形で、自社の置かれている状況と変化の方向性を訴えていくことが、社員の行動変容を促す適切な危機意識醸成につながる場合があります。
第4章
最後に
本コラムでは、ジョブ型雇用の導入を例に、人事制度改革を進める上でのプロセスについて解説しました。企業が組織変革を進めるために大切なことは、自組織の風土や社員の関心・懸念を押さえながら、長期的かつ、段階的なステップを踏むことです。
本コラムで紹介したフレームワークを活用しながら、ぜひ自社に置き換えて考えてみてください。またジョブ型雇用について、より理解を深めたい方は、ポータルサイトもぜひご覧ください。
引用/参考情報 |
1) 引用:GLOBIS 学び放題、”7S“、2022年1月に確認 2) 引用:GLOBIS 学び放題、”レビンの組織変革プロセス“、2022年1月に確認 |
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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