他社との差別化を可能にする主観的意思決定とは? どう磨くのか?
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佐藤 司
本ブログでは、グロービス・コーポレート・エデュケーションのコンサルタントが交代で、人材育成・組織開発の現場で考え、感じた潮流や問題意識をお伝えします。どちらかというと「ロジカル」なイメージの強い弊社ですが、今回は主観的意思決定の重要性を佐藤司が問題提起します。
客観的で科学的な思考や経営が定着しつつある
「佐藤さん、うちの経営層はロジカルな意思決定ができなくて、現場は大混乱ですよ」 「経営者になるために、科学的な思考力を鍛えたいんです!」 こういう話をクライアントの方から聞くと、「時代は変わったなぁ」と感じる。筆者がコンサルタントに転職した90年代後半には、こういう話をクライアントの方から聞くことは少なかった。書店でビジネス書を見ても、客観的で科学的な思考や経営は日本企業に定着しつつある、と感じる。 でも、客観的で科学的な行動だけで、企業の持続的成長は実現できるのだろうか? 現時点で、筆者は「NO」と考える。象徴的な例を紹介したい。
常識の落とし穴
インターネット活用、ロジカルシンキング、透明性の高いIR。この3つは、よりよい経営のために多くの企業が取り組んでいる内容だ。しかし、この3つが普及すればするほど、企業は差別化が難しくなり、均質化競争に陥ってしまうこともある。その理由を説明しよう。 インターネットにより、誰でも豊富な情報にアクセスできるようになった。さらに現地に出向き足で調査するより、安くて速い。だから、皆さんの会社でも調査や情報収集の際、インターネットに頼ることが増えてきたのではないか? しかし往々にしてインターネットに頼って調査すると、誰が調査しても、同じ様な情報しか手に入らない。 ロジカルシンキングでは、「論理」という共通ルールに従って情報処理する。よって、極論すると「同じ情報を与えられると、誰が考えても、同じ結論を導く思考法」だ。 つまり、インターネットとロジカルシンキングにより、競合同士が「同様の情報を、ロジカルに分析した結果、同じような戦略を導出する」均質化競争に陥ってしまうリスクがある。 さらに状況を悪化させかねないのが、透明性の高いIRだ。これにより、自社の戦略を開示してしまうため、競合がマネしようと思えばマネしやすい環境になる。 良かれと思って推進する、インターネット活用、ロジカルシンキング、透明性の高いIRによって、逆に差別化ができなくなり、均質化競争に陥ってしまうこともあるのだ。
では、何が差別化を可能にするのか?
では、インターネット活用、ロジカルシンキング、透明性の高いIRは不要なのか? もちろん必要である。但し、これらはもう差別化要因ではなく、競争の前提条件になってしまったのだ。よって、これらを磨くだけでは差別化は難しい。 では、何がこの時代、差別化を可能にするのか? 筆者は、主観的意思決定力だと考える。主観的意思決定を考える前に、その対極の客観的意思決定を説明したい。 客観的意思決定とは、「データに基づき、最も期待値の高い選択肢を選ぶこと」だ。その際、インターネットによる調査や、統計解析ツールは非常に有効だ。 主観的意思決定とは、この客観的意思決定と逆なので、「データに必ずしも基づいていなく、期待値が最も高いものではない選択肢を選ぶこと」だ。なぜ、これが差別化につながるのか? それは、新市場創出時に非常に有効だからだ。というのは、新しい市場に関しては、シンクタンクや業界団体も調査をしていないことが多く、信頼できる市場調査レポートがない。仮に市場調査しても、正確な予測は難しい。例えば、90年代初頭、日本のあるシンクタンクが「携帯電話の市場規模は、2000年で1,000万台程度」と予測したが、実際は5,000万台を突破していた。つまり、客観的意思決定に必要なデータがそろいにくいのが、新市場創出なのだ。 では、新市場創出では、どのような状況で意思決定しなければならないのか? 例えば、世界市場の6割を3強に支配され、世界シェア4位の企業が撤退を決定した飽和市場に参入すべきか? これは、iPhoneの事例だ。スティーブ・ジョブズ氏は、世界シェア4位のシーメンスが撤退した年に、直轄スタッフ1,000人以上のチームを立ち上げ、参入を決めた。 例えば、ほぼすべての競合が大都市の駅前立地に新店舗を出店する中、東北の人口1万人未満の田んぼだらけの場所に、大規模店を開発すべきか? これは、イオンのショッピングセンター開発の事例だ。イオンは、1995年の青森県下田町を皮切りに、大規模ショッピングセンターを「たぬきが出る場所」に出店し、新たな成長の柱を作った。 これらの事例は、普通にデータとロジックだけではなかなか意思決定できない。とはいえ、ヤマ勘でもあてずっぽうでもない。実際、アップルは商品ラインナップが少なく、一つとはいえ失敗することはできない状況だった。またイオンも、資金がそれほど潤沢ではない中、社運をかけた新店開発だった。 この意思決定に役立ったのは「今のスマートフォンは全然スマートじゃない。よりよい顧客体験を提供できれば、市場は伸びる」、「人が集まる場所出店するのではなく、大規模で家族がゆっくり時間を使えるショッピングセンターを作って人を集める」という主観こそが鍵だったのだ。 企業は常に新規市場創出等の新規事業を立ち上げ、新たな成長の柱を作り続けない限り、プロダクトライフサイクルに沿って成熟し、衰退してしまう。つまり、持続的成長のためには、主観的意思決定による新市場創出こそが鍵になるのだ。
いかに主観的意思決定力を磨くか?
とはいえ、主観的意思決定とは具体的に何か? 主観的意思決定力を磨くには、なにをすればいいのだろうか? 実は筆者も道半ばであり、日々クライアントの方と一緒に、半歩ずつでも前進しようとしている。 現状共有できそうなことは、例えば: ・結局は市場を形成するのは人間。人間理解こそが主観的意思決定力の中核 ・人間理解には、歴史・哲学・宗教等のリベラルアーツや、心理学・脳科学・行動経済学等の自然/社会科学も有効 ・とはいえ、ある企業の特定の経営課題に解を出す際に、上述のリベラルアーツや自然/社会科学で検証しきるのは難しい ・よって、さまざまな状況を直接/間接的に経験し、引き出しを増やしておくことが重要 もし、本稿を読んで、「我が社でも主観的意思決定を磨きたい」、「海のものとも山のものともわからんが、興味はある」等と感じてくださったら、是非ご連絡頂きたい。この魅力的で謎の多い「主観的意思決定」の世界を、一緒に開拓していくことができれば、筆者望外の喜びである。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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