【第3回 GLOBIS経営者セミナー】サステナビリティを追求する「企業理念経営」~オムロン株式会社 執行役員 井垣勉氏をお迎えして~(前編)

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    グロービス コーポレート ソリューション

プライム市場を選択する企業に対して気候変動に関する情報開示が義務付けられるなど、市場、投資家、顧客などあらゆるステークホルダーからサステナビリティへの要請が一段と加速してきた。これからの日本企業が様々な社会的課題の解決を通じて、持続可能な事業活動へと繋げるためには何を考えるべきか。本レポートでは、サステナビリティ経営に先駆的な企業であるオムロン株式会社で、立石文雄会長と共に推進に取り組まれてきた、執行役員 井垣勉氏をお招きして、2022年8月24日(水)に行われたGLOBIS経営者セミナー「サステナビリティを追求する『企業理念経営』」の概要を紹介する。(全2回・前編)

※後編はこちら

(注:セミナー概要は末尾をご覧ください。文中の氏名肩書は原稿作成当時のものです。)

経営の求心力の源泉となった「企業理念」

セミナーの前半では、オムロンのサステナビリティの責任者をされている執行役員の井垣勉氏による基調講演が行われた。

内容は、次の4つのセクションに分けて紹介された。

1)オムロンの「企業理念経営」

2)企業理念経営を支える「技術経営」と「ROIC経営」

3)2030年をゴールとする長期ビジョン「Shaping The Future 2030」

4)企業理念実践の取り組み「TOGA」

1)オムロンの「企業理念経営」

オムロンは創業間もない頃から、社会的課題の解決によって、より良い社会をつくることを企業の使命に掲げ、企業理念とし、経営の求心力の源泉、ならびに発展の原動力としてきた。「企業理念に基づく経営の実践のことを『企業理念経営』と呼んでいる」と、井垣氏は話す。

「企業理念経営」を推進するために、経営の中に組み込んでいるのが「技術経営」と「ROIC経営」である。「企業理念経営」の原点は、創業者の立石一真氏が1959年に制定した会社の憲法「社憲」にあり、このメッセージに創業者が2つの思いを込めたと言われている。1つは、「企業の公器性」。 もう1つは、「自らが社会を変える“先駆け“になる決意」だ。「社憲」の制定以降、 時代が進む中で、様々な社会的課題が生まれ、それらをオムロンは事業を通じて解決することで、会社として成長してきた。

「オムロンという会社は創業の時代から、自分たちの事業のドメインを決めず社会的課題を解決していくなかで、常に会社の形や事業を変えてきました」(井垣氏)

そして「社憲」の精神を現在に受け継いできたのが、オムロンの「企業理念」。オムロンの使命(Our Mission)である「社憲」を実現するために、社員が日々の仕事の中で大切にする価値観が、「ソーシャルニーズの創造」「絶えざるチャレンジ」「人間性の尊重」である。さらに、オムロンは企業理念を経営に落とし込むために、「経営のスタンス」として、「長期ビジョンの策定」「オムロングループのマネージメントポリシー」「ステークホルダーエンゲージメント」の3つを掲げた。

「SINIC理論」をベースに組み立てた「技術経営」

2)企業理念経営を支える「技術経営」と「ROIC経営」

続いて、井垣氏が紹介したのは、オムロンの「企業理念経営」を支える「技術経営」と「ROIC経営」である。

「技術経営」とは、社会的課題を解決するために、技術革新をベースに、近未来をデザインし、その実現に必要な戦略を明確に描き、実行し続ける経営スタンスのこと。オムロンは一見すると統一性のない様々な事業を展開してきたが、全ての事業に共通したコア技術「センシング&コントロール+Think」を持っている。また、世に先駆けて新たな価値を創造するために、創業者の立石一真氏は、未来を予測する「SINIC(サイニック)理論」を自ら打ち立てた。

「『技術』『社会』『科学』によって世の中は発展しており、この3つがどのように未来に向けて進化をしていくのかを予測できれば、どういう未来がやってくるのかが仮説立てできる理論です。現在も変わらず、未来の技術開発と経営の方向性を検討するときの羅針盤として活用しています」(井垣氏)

この「SINIC(サイニック)理論」をベースにした「技術経営」では、いったいどのような取り組みを行っているのだろうか。
「まずは、超具体的な『近未来』のデザインです。このときオムロンが重視しているのが『フォアキャスト(順算思考)』と『バックキャスト(逆算思考)』の2つの視点です。この2つの視点が重なり合う、約3〜5年先の近未来の『事業のアーキテクチャ』を構想しています」(井垣氏)

「事業のアーキテクチャ」の実現には、「技術」「知財」「ビジネスモデル」を具体的に描き出すことが求められるため、今の時点から、どんなアプリケーションや商品、技術を開発して準備すべきなのかという一連のプロセスを描くことが重要になる。これをオムロンでは「近未来デザイン」と呼んでおり、その後、「戦略策定」→「事業検証」を行う。この新規事業創出のプロセス(型)を、「ソーシャルニーズの創造プロセス」と呼んでいる。

「このプロセスのポイントは、最初から全てのプロセスが成功すると考えていないところです。従って、失敗したときの学びを蓄積するプロセスを、この『ソーシャルニーズの創造プロセス』に組み込み、失敗で得た学びを、次の『近未来デザイン』『戦略策定』に反映し、成功の確率をどんどん上げていくことを目指しています」(井垣氏)

経営の規律と投資の効率を両立する「ROIC経営」

次に井垣氏が説明したのは「ROIC経営」。「ROIC経営」は「技術経営」で新しい事業を生み出し、事業拡大していくなかで、経営の規律、投資の効率を両立させるために、導入された仕組みである。

『ROIC経営』は常に事業を新陳代謝させるとともに、一つのエコシステムのなかで投資効率を最大化し続けるための経営スタンスのことです」(井垣氏)

オムロンは、社会的課題を解決する約60のストラテジックビジネスユニット(SBU)の集合体である。全売上高は約7,000〜8,000億円であるため、1つの事業(SBU)は数十億円〜数百億円規模となる。「ROIC経営」はこの60のSBUの健全性を図っており、それを担保するために、「ROIC逆ツリー展開」「ポートフォリオマネジメント」の2つの施策を行っている。

「ROIC逆ツリー展開」とは、SBUの事業特性に合わせて、事業ごとに改善ドライバーと目標を設定し、自分たちの仕事のどこを変えると、全社のROIC指標が改善するのかを現場視点で計算すること。全社の経営指標と日々の取り組みをつなげるKPIやPDCAの仕組みである。

もう1つの「ポートフォリオマネジメント」は、売上高成長率(5%)×ROIC(10%)で、それぞれハードルレートがあり、各事業のパフォーマンスを毎年評価する仕組みのこと。ただし、市場価値を測る別の評価軸を設けている。

「SBUがアドレスしているマーケットの将来性を時間軸でチェックすることで、足元ではROIC指標が低くても、ポテンシャルを評価に組み込めます。それによって、将来可能性がある事業を見極めることができます」(井垣氏)

この「ポートフォリオマネジメント」による、過去10年間の、数多くのM&Aや事業の売却譲渡の実績も紹介された。

グローバル社員の投票でつくった3つの「非財務目標」

3)2030年をゴールとする長期ビジョン『Shaping the Future 2030』

オムロンは、これからの10年間を「Shaping the Future 2030」と名づけた。 そして、2030年に向かう、これからの時代を『SINIC(サイニック)理論』などによって、どういう変化が起きるのかを予測した。

「簡単に説明すると、過去100年以上続いてきた工業社会から、2030年以降は自律社会へ移り変わっていくと位置づけています。それは『物の豊かさ』から『心の豊かさ』を重視する価値観への変化であり、この2030年に向かう約10年、今私たちが生きているこの時代は、『最適化社会』として、工業社会から自律社会への移行期と考えています」(井垣氏)

現在の最適化社会は、新旧の価値観のぶつかり合いや、それによって社会や経済システムのひずみが生まれる時代だと言われている。
「言い換えると新たな社会的課題がどんどん生まれてくる、そういう10年であり、ソーシャルニーズを創造する機会にあふれた10年ということになります」と、井垣氏は付け加えた。

この10年間、オムロンが捉えている具体的な社会的課題は「カーボンニュートラルの実現」「デジタル化社会の実現」「健康寿命の延伸」。この3つがオムロンにとっての成長機会になる。そして、この社会的課題(成長機会)を明確に描いた上で、次のステップになるのが「サステナビリティ重要課題の特定」。それを具体的に表したのが次の5つである。

①事業を通じた社会的課題の解決

②ソーシャルニーズ創造力の最大化

③価値創造にチャレンジする多様な人財作り

④脱炭素化・環境負荷低減の実現

⑤バリューチェーンにおける人権の尊重

利益と同様に、サステナビリティなどの社会的価値の創出が求められる現代。
オムロンでは、長期ビジョンの経営計画のなかに非財務目標を立て、対外的にも発表した(図1)。そのうち3つは社員の投票によって決定したと言う。

「オムロンでは、『10+1』の非財務目標を立てました。このなかで1番から7番までは、本社の経営チームらで立てた全社目標ですが、8、9、10の3つについてはグローバル全社員の投票によって決めました。私たちにとっても初めてのチャレンジですが、社員と一緒につくることで、自分事として取り組める。そんな効果も狙っています」(井垣氏)

図1:中期経営計画(FY22~24) 「非財務」目標

企業理念の実践に取り組む「TOGA」

4)企業理念実践の取組み「TOGA」

最後に紹介するのは、企業理念の実践の取り組みである。オムロンでは、「知る」→「学ぶ」→「気づく」→「探求する」→「共有する」という5つのステップ(態度変容)で企業理念浸透活動を組み立てており、このプロセスを一気通貫で体験できるプログラムが、『TOGA(The OMRON Global Award)』である。

「TOGA」には延べ5万1736名の社員がエントリーしており、これは、全社員数2万9,000名超(2022年3月の現在)よりも多い。企業理念を実践する共鳴の輪が、グローバルに浸透している証である。年1回京都の本社に、世界中から選ばれたベストプラクティスのチームが集まって、グローバルにライブ配信をしながら、みんなで称え合い、そこからの学びを得ている。

「このような取り組みを通じて、社員一人ひとりに企業理念の実践がしっかりと根付くようになりました。社会的課題の解決を通じて、会社の成長を進めているのが、現在のオムロンです」(井垣氏)

後編に続く

後編では、グロービス マネジング・ディレクター 西 恵一郎との対談を紹介する。TOGAの取り組みや中長期的な企業価値向上に向けた経営の理論と実践などに関して、より詳細にお話を伺った。

セミナー開催概要

■日時:2022年8月24日(水)14:00~16:00
■会場:オンライン開催(Zoom)
■登壇者

【講演者】
井垣 勉 氏
オムロン株式会社 執行役員 グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長 兼 サステナビリティ推進担当

早稲田大学商学部を卒業後、自動車メーカーでマーケティングに従事。その後、外資系コンサルティング会社を経て、外資系消費財メーカーの広報部長を10年務める。
13年2月にコーポレートコミュニケーションの責任者としてオムロンに入社。17年4月から現職。同社のIR、SR、PR、社内コミュニケーション、ブランド戦略、サステナビリティ推進担当などグローバルに統括。日本広報学会常任理事や大阪機械広報懇話会代表幹事などを歴任。

【モデレーター】
西 恵一郎
株式会社グロービス
グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター
顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事

早稲田大学卒業。INSEAD International Executive Program修了。
三菱商事株式会社に入社し、不動産証券化、コンビニエンスストアの物流網構築、商業施設開発のプロジェクトマネジメント業務に従事。B2C向けのサービス企業を立ち上げ共同責任者として会社を運営。
グロービスの企業研修部門にて組織開発、人材育成を担当し、これまで大手外資企業のグローバルセールスメソッドの浸透、消費財企業のグローバル展開に向けた組織開発他、多くの組織変革に従事。グロービス初の海外法人を立上げ、現在、グロービスの中国法人(顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司)の董事及び副総経理を務めながら、日系商社 海外法人の新規事業アドバイザーを務める。論理思考領域、マーケティング、グローバル戦略、リーダーシップの講師を担当。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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