【第3回 GLOBIS経営者セミナー】サステナビリティを追求する「企業理念経営」~オムロン株式会社 執行役員 井垣勉氏をお迎えして~(後編)
2022.09.28
2022年8月24日(水)にオムロン株式会社 執行役員 グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長 兼 サステナビリティ推進担当 井垣勉氏をお招きして、GLOBIS経営者セミナー「サステナビリティを追求する『企業理念経営』」が行われた。前半の井垣氏の講演を受け、後半はグロービス マネジング・ディレクター 西 恵一郎との、中長期的な企業価値向上に向けた経営の理論と実践などについての対談を紹介する。(全2回・後編)
(注:セミナー概要は末尾をご覧ください。文中の氏名肩書は原稿作成当時のものです。)
グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。
多くのクライアント企業との協働を通じて、新しいサービスを創り出し、品質の向上に努め、経営人材育成の課題を共に解決するパートナーとして最適なサービスをご提供してまいります。
目次
ROIC経営を導入し、10年単位で成長企業に体質を変えた
西
御社のように、社会的課題の解決を事業として収益化してこそ、継続的な取り組みができるのだと思います。うまくいかない時期もあったと思いますが、それをどう乗り越えてきたのでしょうか?
井垣氏(以下、敬称略)
弊社が「Shaping the Future 2030」(以下、「SF2030」)に取り組む前、2010年代以前の私たちは、社会的課題を解決する本業と社会貢献を別のものと捉えた、CSR寄りの考え方を持っていました。それが変わったのは、2010年代の長期ビジョンを立てるときに、「オムロンは企業理念の実践で成長していこう」と、当時の経営チームが意志決定したことが要因だと思います。
西
そう思い立ったきっかけは、何かあったのでしょうか?
井垣
2000年代の10年間、成長できなかった経験が大きいですね。その昔オムロンは「西のベンチャーの雄」と言われるぐらいアニマルスピリットにあふれ、何事にもチャレンジする会社だったのですが、それが変わってきたのが2000年代です。これは社員に「企業理念」が正しく理解されていないからだろうと考え、もう一度創業時代に立ち返ることで、オムロンらしさを取り戻したのだと思います。
西
しかし、収益事業がないと思い切った転換もできないと思います。どのくらいの期間で、これまでの体質を変えてきたのでしょうか?
井垣
10年単位です。「ROIC経営」を導入したのは2012年。当時、CEOが投資家からアドバイスをいただいたのがきっかけです。オムロンの様々な事業をフェアに測るためには、ROICの指標は最適でしたが、その指標を生かして、投資に対してリターンが出るような企業体に作り変えていくためには時間がかかりました。それが10年だったのです。
西
最近ROIC指標を導入している企業が増えてきました。ただROIC指標は、利益を生んでない新規事業を既存事業と同じ評価基準で見ていくのには向かないといわれています。しかし今日お話をお聞きして、新規事業にもROIC指標を使って、きちんと管理されているように思いました。これは、何年ぐらい我慢されるのでしょうか?
井垣
それは、ケースバイケースですね。
新規事業が戦っている市場の成長率や規模の評価、事業がどのような進捗になっているのかを毎回議論しながら評価しています。
西
またSBUに投資するのか、撤退するのか、毎回議論されているわけですね。そうなると、SBUの事業部長が、事業経営者に近い立場で運用されているように思いますが、いかがでしょうか?
井垣
その通りですね。SBU長自身が数字に対して責任をもって取り組み、「何年後にどこまでいくんだ」という周りからの問い掛けに応えていく。「ROIC経営」の本当の目的は、みんなが同じものさしで議論ができること。そのプロセスがしっかりと組み込まれていること自体が一番の価値だと思います。
西
「ROIC経営」を進めていくと、収益性に対して各SBU長が工夫して、既存事業のポートフォリオに新規事業を組み込んでいくんだと思います。そうしたときに、ただ成長を目指すのではなく、「成長の仕方が大事なんだ」というのが、御社の「サステナビリティ経営」だということですね。
井垣
おっしゃる通りですね。
西
そのなかで、御社が捉える今後の社会に大きな変化を及ぼす因子「気候変動」「高齢化」「個人の経済格差の拡大」。僕は、これらを社会の矛盾だと思っていまして。成長したいが、成長するためには地球のエネルギーをどんどん利用しなければならない。例えば、長く生きてほしいけれど、長く生きると社会のコストがかかってしまう。成長して伸びるのはいいけれど、それによって格差が広がり、社会不安が生まれてくる。こうした社会矛盾をいかに解決していくか、それが御社のチャレンジなんだと思います。ここに向き合うことに社員全員がコミットできるのは、非常に難度の高いことですが、ここにたどり着けた要因は何でしょうか?
井垣
今まで企業は、これらの課題を社会に負担してもらってきたわけです。それが、いよいよ地球の力だけでは補いきれなくなってきて、企業自体で解決しなければならなくなってきた。時代が大きく変わっていることを社員も自分事として実感できるようになったのが大きいと思います。オムロンは「社会的課題を解決することが成長につながるんだ」というのを10年間繰り返し伝えてきました。その積み上げが、社員の態度変容につながったと考えています。
最適なビジネスプロセスを実現するために、自己変革する
西
ここで、参加者からチャットでご質問をいただきました。「企業理念の実践のために行ったことで、失敗した例があれば教えてください」ということですが、いかがでしょうか?
井垣
オムロンでは「失敗」は「学び」であり、次にどう生かすかという発想で取り組んでいます。だから、失敗した例はないのですが、「学び」の例でいうと「TOGA」の取り組みがあります。あれをナレッジマネジメントの仕組みに進化させるチャレンジをしたときに、当初目指したゴールに届きませんでした。
西
1粒で2度おいしいを狙いますよね。
井垣
そうなんです。それによって、社員に迷いが生じてしまいました。この学びを活かし、常に原点に戻って理念浸透の実践のためにやっていくということに拘りました。そこに拘った結果としてナレッジが還流し、新しいイノベーションも生まれてきました。色んな目的を置くのではなく、シンプルに企業理念を貫き通すことの大切さを学びました。
西
「TOGA」は、日本で類を見ない取り組みだと思っていたので、今の発言を聞いて、驚いています。ここはのちほど詳しく話を聞かせてください。少し前の課題に戻ります。それこそ、大きな社会の矛盾に社員の皆さんが取り組んでいこうとすると、通常の改善マインドや活動だけでなく、デジタルが必要だと思います。御社では、デジタルをどのくらい導入されているのでしょうか?
井垣
今日は説明を省きましたが、2030年に向けた10年ビジョンのなかで、オムロンがトランスフォーム(自己変革)していかなければいけない要素の1つに、DXを組み込んでいます。例えば、グローバル全社のITシステムにERPを導入して、社内の情報収集や意思決定全体の土台をDX仕様に変更する予定です。
西
全社レベルでやろうと。
井垣
そうです。グローバルな人事システムや、会計・財務システムはもちろんのこと、様々な事業を、デジタルを前提とした運営に組み替えていきます。
西
DXでの可視化を通じて、経営の状態を把握して、意思決定を早くし、PDCAを回していくわけですね。
井垣
さらに、プロセスの改善も行っていきます。
西
しかし、社内に新たなデータを取り入れたり、社員に意義を伝えたりするのは、骨の折れる仕事だと思います。その労力に対する理解がないと、なかなか進まないように思いますが、社員にどのように落とし込んでいくのでしょうか?
井垣
それは、これからのチャレンジですね。しかも、今のやり方をそのまま踏襲するわけではなく、デジタルを活用した最適なビジネスプロセスに、自分たちが変わっていくつもりです。
西
自分たちに合わせてシステムを導入するのではなく、自分たちの業務をシステムに合わせて変えるということですか?
井垣
そうです。ERPのようなシステムは世界のベストプラクティスをベースに、様々なプロセスが組み込まれています。これをカスタマイズするから、失敗してしまう。オムロンはスタンダードに合わせて、カスタマイズを一切しないと決めました。たぶんすごいコンフリクトがあると思いますが……。
西
面白い。現状に合わせるのではなく、データ活用に最適な仕組みに、会社自体を変えていくことが、御社の「DX」ということですね。
井垣
そうです。
「TOGA」を始めて、生まれた2つの変化
西
「TOGA」についてお聞きします。世界中の社員の方が直面する課題に対して、自分たちのコア技術を使って解決策を真剣に考え、発表している姿を見て、すごく感動しました。
井垣
ありがとうございます。
西
「TOGA」は、いろんな地域の社員の方が見られているので、自然とナレッジシェアになっていると思います。発表の場でも、「今まで実現できなかったことができました」とおっしゃっていて、こんなにも全社員が熱心に取り組んで、イノベーションが生まれる環境は、他に見たことがありません。だから、さっきおっしゃっていた「『TOGA』はナレッジシェアを目指しておかしくなってきた」という話に、実は違和感がありました。そのことについては、どのように評価されているのでしょうか?
井垣
「TOGA」を始めて10年が経ちました。そのくらいやっていると、経営陣はもっと進化できるのでないかと考えてしまっていたかもしれません。いろんな地域で成果を上げるようになってきて、自発的に動ける社員が増え、組織としても成長してきたと見るべきなのだと思います。
西
アワードを取られた方々には、昇給・昇進などのインセンティブがないんですよね。
井垣
全くないですね。
西
それを聞いて、社員のみなさんは、夢を体現する活動として「TOGA」に取り組んでいらっしゃることを実感しました。
井垣
ありがとうございます。
西
次の質問です。知る→学ぶ→気づく→探求する→共有する、この5つのプロセスを実装化する取り組みとして『TOGA』があると思います。「TOGAが自走化するまでに、どのぐらいかかったのでしょうか? また経営陣の覚悟と根気が必要だと思いますが、そのあたりいかがでしょうか?」
井垣
「TOGA」を始めたのが、オムロンの80周年の年だったので、当時の社員は「80周年記念の特別なイベント」として、捉えていたと思います。ですから、「継続してもやるぞ」となったときは、最初「負担が増える」という受け止め方をしている社員が多かったですね。
西
仕事以外の活動だと思われていた。
井垣
そうです。それが3〜4年経った頃に2つの変化が生まれました。1つは過去に受賞した社員が増え、アンバサダーとして、現地で「TOGA」をドライブしてくれるようになりました。
西
自分事化してくれる社員が非常に増えてきたと。
井垣
2つ目は、途中で本社主導からSBU主導へと変更し、現場の意識が大きく変わりました。「企業理念実践を通じて経営計画を達成するためには、企業理念に対する深い理解が必要。『TOGA』を通じて、それを実現しよう」と。そんなふうに、現場の社員が自分たちのイベントとして考えるようになりました。
西
「TOGA」を拝見して印象的だったのは、終日のイベントにも関わらず、経営陣の方が途中抜けることなく全員出席されている。さらにプレゼンテーションに対して一切レビューを行わず、皆さんが絶賛されている。あの姿勢は、非常に素晴らしいと思いました。
井垣
そこは一貫していますね。
社員が「フェアだ」と感じる、理想の人事制度
西
次の質問です。「社会課題の解決から考えると、長期的な視点も必要になってくる、そのなかで、事業全体を見る人を、どのように育成しているのでしょうか?」
井垣
オムロンには「グローバルコアポジション・コア人財戦略」というのがあって、コアポジションを担う人とその候補者(サクセッサー)が階層別にリストになっていて、毎年アップデートしています。
西
なるほど。
井垣
その大きな人材プールの中で、「この人には、このSBUの事業部長をチャレンジさせよう」とか、「この人はここで失敗したが、もう1回チャンスを与えよう」というのを、みんなでディスカッションしながら決めています。
西
どのくらいから追いかけるんですか?
井垣
30歳手前ぐらいから、目をかけて育てています。
西
名前を指名することはできますが、それを共有して議論するとなると、ものすごい労力と時間が必要ですね。どのようにリストアップしているのでしょうか。
井垣
例えば私の場合は、私のセクセッサー候補をリストアップします。その際、私のサクセッサー候補と、次世代のサクセッサー候補まで私が責任をもって管理しています。
西
2段階下まで見ているわけですね。
井垣
そうです。そのサクセッサーを、人事の担当役員と人材育成担当チームに対して、年に2回プレゼンを行います。「今こういうパフォーマンスです」と現状を説明し、向こうからは「何年後に自分のポジションを任せる予定ですか?」「そのために、どういう方法で育てますか?」ということを質問されます。
西
対話できる力がないと、難しいですね。
井垣
その他に、年に1回全役員が集まって、自分の部下以外のサクセッサー全員分をレビューして、ディスカッションも行います。
西
人事権を持っている上司が、アロケーションすることができ、自分の部署でできなければ他部門に異動させることも可能なのですね?
井垣
そうです。もう一つは、自分のお気に入りの部下を勝手に引き上げることができない点も大きいと思います。そこに妥当性があるかどうかは常にチェックされます。求心力は上司ではなくて、企業理念に置いています。
西
人ではなく仕組みにあるわけですね。だから社員は「フェアだ」と感じて、努力される。理想的な形ですね。最後に非財務目標についてお聞きしたいと思います。御社では非財務目標が11個あるなかで、そのうち3つは社員の投票で選ばれます。非財務目標はどのようなプロセスで決められたのでしょうか?
非財務目標は、経営戦略がベースにある
井垣
一言で申し上げると「経営戦略ありき」です。2030年に向けて、企業価値を上げる戦略があって、それを達成するためにいま何が必要か。この軸だけにこだわって作りました。この戦略で私たちが目指すゴールを実現するために、可視化すべき項目を設定しています。これをもとにステークホルダーと10年かけてブラッシュアップしていきながら、より良いものにしていこうというのが、ポイントになります。
西
非財務目標も、戦略上必要なものだから、入ってくるわけですね。
井垣
例えば、「世の中ではある目標に対して10%と言われていますが、うちは5%です。なぜなら、こういう理由だからです。」のように、WHYが説明できれば、ステークホルダーは分かってくれますし、経営陣がどれだけ具体的に説明できるかが、目標にも表れてくると思います。
西
これからのIRはストーリーがすごく大事だということですね。それが伝わらなければ、結果しか判断されないわけですね。今日ご説明にはなかったですが、御社では、未来のKPIとして「エネルギー生産性」を掲げているとお聞きしました。どういう意図で作ったのでしょうか?
井垣
「エネルギー生産性」とは「環境貢献」と「生産性の向上」、この2つをともに上げていく指標です。工場は、CO2の排出量を減らす「環境貢献」と、現場の「生産性の向上」とのジレンマに悩み、苦しんでいます。これらをともに上げていこうというのが、この指標です。
西
具体的には、どういったものですか?
井垣
生産性を上げていくこと自体が、エネルギー排出の抑制にも繋がるというソリューションを、弊社の制御機器事業(ファクトリーオートメーション事業)がサービスとして提供しており、それを自社工場でパイロット的に導入しています。実際、消費電力の削減と、工場の製造コストの低減の両立が実現できています。
西
公にしている指標ですか?
井垣
内部指標です。「EP100」という、エネルギー生産性の改善に対する国際企業イニシアチブがあります。日本企業の導入事例は少ないですが、私たちは今後いち早く手がけ、自分たちの環境負荷低減だけでなく、ビジネスにも展開していこうと考えています。
西
最後に今後チャレンジしようと考えていることをお聞かせ願えますか?
井垣
2つあります。1つは、さらなる「成長の実現」です。今回の10年ビジョンをつくった前提は、過去の延長線だと10年後オムロンがなくなっているかもしれないという、健全な危機感をベースに考えました。その結果は、やはりどれだけトップラインを伸ばせて、利益を伴った健全な成長ができるかだと思います。2つ目はそれを実現するためには、社員がトランスフォームしなければならないということです。そのために、DX時代のビジネスを成功に導く能力やマインドセットを持った人材へと、いかにして変貌できるか。それがないと、結局会社も変われません。この2点が今後のオムロンを支える非常に重要なポイントだと思って、日々取り組んでいます。
西
今日はどうもありがとうございました。
セミナー開催概要
■日時:2022年8月24日(水)14:00~16:00
■会場:オンライン開催(Zoom)
■登壇者
【講演者】
井垣 勉 氏
オムロン株式会社 執行役員 グローバルインベスター&ブランドコミュニケーション本部長 兼 サステナビリティ推進担当
早稲田大学商学部を卒業後、自動車メーカーでマーケティングに従事。その後、外資系コンサルティング会社を経て、外資系消費財メーカーの広報部長を10年務める。
13年2月にコーポレートコミュニケーションの責任者としてオムロンに入社。17年4月から現職。同社のIR、SR、PR、社内コミュニケーション、ブランド戦略、サステナビリティ推進担当などグローバルに統括。日本広報学会常任理事や大阪機械広報懇話会代表幹事などを歴任。
【モデレーター】
西 恵一郎
株式会社グロービス
グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター
顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事
早稲田大学卒業。INSEAD International Executive Program修了。
三菱商事株式会社に入社し、不動産証券化、コンビニエンスストアの物流網構築、商業施設開発のプロジェクトマネジメント業務に従事。B2C向けのサービス企業を立ち上げ共同責任者として会社を運営。
グロービスの企業研修部門にて組織開発、人材育成を担当し、これまで大手外資企業のグローバルセールスメソッドの浸透、消費財企業のグローバル展開に向けた組織開発他、多くの組織変革に従事。グロービス初の海外法人を立上げ、現在、グロービスの中国法人(顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司)の董事及び副総経理を務めながら、日系商社 海外法人の新規事業アドバイザーを務める。論理思考領域、マーケティング、グローバル戦略、リーダーシップの講師を担当。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。