G-Agenda 2023年 特別号

コーポレートガバナンスの現在地とこれから

  • AGENDA TALK01 経営に変化をもたらす “ツール”としてのガバナンス

    パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCHRO 三島 茂樹 ×
    株式会社グロービス マネジング・ディレクター 西 恵一郎

  • AGENDA TALK02 成長のために選択した ガバナンスのリデザイン

    SOMPOホールディングス株式会社 執行役専務 グループCHRO 原 伸一 ×
    コーン・フェリー・ジャパン株式会社 コンサルティング部門責任者 柴田 彰

  • SURVEY REPORT 役員の指名・報酬の 実態と今後の論点とは

(会社名・役職等は取材当時)

日本企業におけるコーポレートガバナンス論は形式面が先行してきましたが、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に寄与するためには実質面の強化が必要となります。形式面が先行した結果、社外取締役の拡充は一巡しています。しかし、取締役会におけるアジェンダの洗練、指名・報酬機能の高度化、後継者計画といった重要な課題についてはまだまだ議論の途上にあるのが現実です。コーン・フェリーとグロービスは共同で、役員の指名・報酬に関する制度設計や運用の実態を、日本企業各社へのインタビューを通じて明らかにし、監督と執行をともに実質的に機能させるための論点を整理しました。また、対談による先進企業の事例は、これからを考える羅針盤になるはずです。

AGENDA TALK

三島 茂樹Shigeki Mishima

1987年3月、大阪市立大学法学部卒業。1987年4月、松下電器産業株式会社(現パナソニックホールディングス株式会社)入社。同社事業部門・本社部門にて一貫して人事畑を歩み、組織責任者および事業・組織構造改革などのプロジェクトを担当。2005年、国際経営マスタープログラムをランカスター大学(英国)にて修了。2013年9月より同社コーポレート戦略本部人事戦略部部長、2016年4月より人事・採用・教育などの同社本社部門を統括する役割に就き、2019年4月より全社チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー(CHRO)を務める。

西 恵一郎Keiichiro Nishi

早稲田大学卒業。INSEAD IEP修了。2000年に三菱商事株式会社に入社し、不動産証券化、コンビニエンスストアの物流網構築、商業施設開発のプロジェクトマネジメント業務に従事。グロービスでは法人向けコンサルティング事業で組織開発、人材育成を担当し、これまで大手外資企業のグローバルセールスメソッドの浸透、消費財企業のグローバル展開に向けた組織開発、大手IT企業のHRBP推進他、多くの組織変革に従事。2011年から中国法人立上げを行い、2017年から法人事業の責任者を務める。

経営に変化をもたらす“ツール”としてのガバナンス

日本のコーポレートガバナンスにおいて、先進事例の一つといえるのがパナソニックグループです。2022年4月、それまでの「カンパニー制」から「事業会社制(持株会社制)」へと組織の大変革に着手するとともに、コーポレートガバナンスについても見直しを図った同グループ。この取り組みの実際や狙い、当事者としての思いなどを、グループのCHRO(最高人事責任者)・執行役員である三島茂樹さんが、グロービスの西との対談で明らかにします。

執行機能をすべて事業会社へ

西:2022年に組織構造を変革したパナソニックグループですが、まずコーポレートガバナンスの変遷についてうかがいたいと思います。

三島:組織について言えば、以前はカンパニー制でした。パナソニック株式会社の傘下に、1兆円から2兆円の事業規模を持つ社内カンパニーが4社。いずれのカンパニーにも多くの事業部があって、全体では30から40の事業部があることになります。そして、それぞれのカンパニー長は、パナソニック株式会社の取締役や執行役員代表取締役が兼任していました。

西:グループ全体の経営は誰の責任になりますか。

三島:パナソニック株式会社のCEOと各カンパニー長の共同経営という形です。そうなると、カンパニー長は、監督と執行、またグループ全体の経営と個々の事業の経営という一人二役を期待されていることになります。

西:それはかなり難しいでしょうね。

三島:そうですね。各カンパニー長は自分の管轄するカンパニーの事業推進と同時に、他カンパニーを監督する役割も果たします。それぞれが担当する事業の執行責任を問われる立場にあるわけですから、他のカンパニーに対して踏み込んだ指摘をしにくいという面がどうしてもあったと思います

西:それが事業会社制になって変わったのですね。

三島:そうです。2022年4月にカンパニー制を廃止し、従来のパナソニック株式会社をパナソニック ホールディングス株式会社(以下 HD)へ組織変更し、持株会社にしました。そして事業会社として新たにパナソニック株式会社、パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社など7社を置き、それぞれに取締役会を設置しました。これにより、個々の事業に関わる執行機能はすべて、事業会社が持つことになったのです。

西:監督と執行がはっきりと分かれたのですね。

三島:その通りです。HDの取締役会が担う役割の本質は、新規事業領域の創造と強化です。事業会社の現在のポートフォリオの外側に目を向け、事業横断的な横軸のトランスフォーメーションを追求し、7事業会社の短期の利益最適の視点ではなく、業績数字の総和以上の効果を中長期的に出すことです。さらに言えば、人事戦略のほか、企業風土や企業文化を時代や環境変化に対応させることもその一環です。そして何より、取締役会の一丁目一番地とも言える目的が、経営者の人選ですね。

西:経営者の人選には、指名委員会を設置するやり方もありますよね。

三島:ええ。実際、今の体制になったとき、社外取締役からも委員会設置会社にしないのかという質問は出たのですが、経営者の人選という観点ならば現状の構造、やり方で、経営者指名を最大限客観的にできる方法を続けるとお伝えしました。変化の激しい時代に対応するための後継者選びは、非連続であることが重視されます。だからこそ今度のトップは、「事業会社制のグループを経営できる人」という条件で選任されました。

西:それ以前のトップの決め方は、継続性を重視したトップが選ばれていたということですね。

三島:というより、後継者指名は正直、限られた経営関係者の中で決められ、ブラックボックス化しているところがあったという点は否めません。これだとトップが自分の路線を引き継いでもらえる人を後任に選ぶ可能性もあります。そうした議論や反省のもとに、あるべき姿を追求した結果、今の形になりました。前のパナソニック株式会社の社長だった津賀(一宏)は常に、社長になるには客観的な理由が必要だと強調していました。「企業とは社会の公器である」というパナソニックの価値観の反映かもしれません。

西:なるほど。そうした考え方が、新しいパナソニックグループにおけるコーポレートガバナンスにもつながっているのですね。

三島:ええ。コーポレートガバナンスは企業経営をレビューする手段の一つですが、経営層が常にレビューしようとするマインドを作る点も重要だと思います。

西:津賀さんの時代から、社外取締役の選び方や、どうあるべきかを模索していたことが大きいのでしょうか。

三島:そうですね。ただ新体制に移行する段階でかなり試行錯誤はありました。当初、社外取締役を決める要件として、個人の特定のスキルや専門性などのバックグラウンドを重視したこともあります。例えば、「グローバルな資金調達をする能力」といったことです。しかし社外取締役に必要なのは個々の属性ではなく、知見や経験のチームとしての多様性だとわかってきました。社外取締役は5年くらいのタームでのコーポレートアジェンダを想定し、執行側とやりとりする必要がありますが、ここにその知見や経験の多様性が役立ちます。

西:そこは非常に重要ですね。

三島:社外取締役の知見や経験は、会社を変えるための手段です。豪華な顔ぶれがそろっても、改革や課題解決に役立たなければ意味がありません。

西:アジェンダも変わっていきますから、社外取締役、社内取締役の構成を変えなくてはなりませんね。

透明性の高いCEOの選抜

西:楠見(雄規)さんがグループ代表に就任されましたが、サクセッション(後継者育成)にはどのくらいの期間を見ていますか。

三島:まず、新たなグループ体制をスタートしたばかりですので、一定の期間は楠見がトップという体制を想定しています。中期経営計画を2度回すくらいの期間の中で、事業ポートフォリオの見直しなどを図っていきます。その間に、次期トップ候補を輩出するリーダーシップ・パイプラインをどう作るかを考えていきます。

西:前任者の津賀さんは9年間CEOを務められました。楠見さんの任期が長期になる可能性もあります。その場合はどうしますか。

三島:そこも想定し、性格や行動特性の面で経営者となる資質のある30代の人材を選び、彼・彼女らにビジネスの正念場、厳しい意思決定が必要な場を早い段階で経験してもらおうと考えています。

西:次のCEOを決めるときの透明性は担保されていますね。HDのCEOと事業会社各社のCEOでは役割も属性も異なり、上下でなく誰が最適かで人選されるということですね。

三島:そこは完全に認識が浸透しています。

西:整理すると、HDに取締役会と執行役員会があり、事業会社7社にもそれぞれ取締役会と執行役員会があるという形はできました。では、コーポレートガバナンスをしっかり実行できるトップの共通点とはどのようにお考えですか。

三島:資金の妥当な調達・投資・回収、それと後継者育成。この二つができている経営者はコーポレートガバナンスもしっかりやれます。コーポレートガバナンスを使いこなすことが経営の成熟の度合いを表します。HDはそれを言い続け、訓練している段階だと思います。もう一つ重要なのは、経営者だけでなく、それを補強する経営企画、人事、経理、法務といったスタッフ部門の意識と能力です。これについても高めていく必要があります。

適所のために適材を探す

西:新体制になって良くなった点は何ですか。意思決定のスピードは上がったのではないでしょうか。

三島:確かにスピードは上がりましたが、一つ一つの意思決定が全て妥当なのかどうか、これは現時点では何とも言えません。またパナソニックは製造業なので、製品力で差別化するプロダクトアウト的な発想に陥りやすいところがあります。そこにHDの視点が加わり、中長期の競争力はどうか、本当に市場はあるか、また未来の社会課題の解決にフォーカスが当たり、そこに新しい事業機会があるのか、ということを問いかけていく必要があります。そうすることで、事業の精度、確度は高まっていくと思います。

西:過渡期と言えるのでしょうね。

三島:過渡期であるのは事業会社の次のトップの選び方もそうです。あるべきは「適材適所」ではなく、「適所適材」。つまり、あるポジションの人材を選任するにあたっては、社内外を問わず人を探すべきです。しかし現状ではほぼ社内人材をうまく回すというやり方になっています。

西:日本では今、ジョブ型人事のことが話題になりますが、多くの企業で役員人事の運用はジョブ型になっていないということですね。

三島:その通りです。私が考えるジョブ型人事とは、ジョブディスクリプションは別にして、基本は「この職種」を「この期間」に「この報酬」で仕事をし、採用と異動は本人の意思なくして成立しないということです。しかし、パナソニックグループ内での導入検討はこれからです。

西:社外人材にも視野を広げて人選するとなると、評価や報酬のあり方を今以上に考えなくてはならないと思うのですが、どう考えていますか。

三島:パナソニックグループについて言えば、私には報酬のストラクチャーにおいて業績連動の要素を強くし過ぎたかもしれないという反省があります。もっと固定部分の競争力を見ていきたい。社外から来ていただくために、報酬のあり方は非常に大切です。

西:事業会社の中には、マネジメント層でも中途採用が多い会社があります。

三島:そういう場合、可変部分が強調され過ぎると、中長期的な視点では期待が表せていないように見える可能性があります。STI(短期的報酬)だけでなく、LTI(長期的報酬)を拡充するといったことが必要でしょう。また、報酬は役割の大きさ、目標達成度、業績連動、株式からなりますが、ここに、個々人のコンピテンシー的な要素を入れるべきかどうか。社会的影響力、コミュニケーション能力などが抜群の人材、つまりベンチマークに出てこないバリューを出してくれる人にどう報いるかは今後の検討課題ですね。

アジェンダが先にあり、対応する仕組みを作る

西:コーポレートガバナンスの設計で大切なポイントは何ですか。

三島:コーポレートガバナンスは経営をレビューするための仕組み。ですから、経営陣はグループとしての中長期の主要なアジェンダを意識しながら、コーポレートガバナンスを考えるべきだと思います。取締役会が果たすべき役割としてコーチ、アドバイザー、モニタリングなど、いろいろな意見がありますが、それもアジェンダ次第で変化してよいと思います。

西:多くの形に対応できる柔軟性のある取締役会にすることですね。

三島:そうです。取締役会のジェンダー構成なども外形的に決めない方がよいと思います。はじめにジェンダー構成ありきではなくて、アイデアやバックグラウンドから取締役会のメンバーを考えることが大切です。もう一つ、ESG、人的資本経営など、大きなトレンドについて説明責任が果たせるようにしておくこと。これには社外取締役の知見が活きてくるはずです。

AGENDA TALK

原 伸一Shinichi Hara

1988年、安田火災海上保険株式会社(現損害保険ジャパン株式会社)に入社。約20年にわたり資産運用部門の最前線(NY駐在を含む)にて国内外の株式投資等に従事した後、IR室長や海外事業企画部長を経て、2019年にSOMPOホールディングス株式会社グループCHRO執行役常務に就任。2022年4月からはグループCHRO執行役専務(現職)を務める。MYパーパスは「社員が幸せな会社を創る。」

柴田 彰Akira Shibata

コーン・フェリー・ジャパンにおいて、組織・人事に関する幅広いテーマを取り扱うコンサルティング部門を統括。近年は特に、役員体制の再構築、役員の評価・報酬制度設計、経営者サクセッション、指名・報酬委員会の運営支援など、ガバナンスや役員に関わるコンサルティング経験が豊富。近著に『経営戦略としての取締役・執行役員改革』(日本能率協会マネジメントセンター、2021年)がある。

成長のために選択したガバナンスのリデザイン

SOMPOグループは、「安心・安全・健康のテーマパークの実現」をパーパスの軸として国内損害保険、国内生命保険、海外保険、介護など、広範な事業を展開しています。コーポレートガバナンスについても早くから注力し、2019年からは指名委員会等設置会社として監督と執行を分離する体制を整えました。グループのCHRO(最高人事責任者)、執行役専務の原伸一さんと、コーン・フェリー・ジャパンの柴田彰が対談、その理念や運用について語り合いました。

スピーディかつ柔軟に動ける執行へ

柴田:SOMPOホールディングス株式会社(以下SOMPO HD)は、コーポレートガバナンスに関して取締役会、各委員会における社外取締役の構成割合や、CEOの報酬水準など、かなり先進的な取り組みをされています。それらの根底にはどのようなお考えがあるのでしょうか。

原:先進的と表現いただきましたが、他社と比べて進んでいる、遅れている、という考えは持っていません。私たちのコーポレートガバナンスは、目指すべきパーパスや経営戦略がまずあって、それに合致する体制を考えた結果です。

柴田:まず企業としてこうありたいというビジョンがあったわけですね。

原:ええ。私たちが今後もお客様に安心・安全・健康を届け続けるためには、これまでの「損害保険」という枠を越える必要があると考えました。サービスにイノベーションを起こすには、私たち自身も変わらなければなりません。そのための制度設計として最も適した手段が、今ある中では指名委員会等設置会社だと判断したということです。

柴田:体制の変更とその効果について聞かせてください。

原:監督と執行を分離し、取締役会が担っていた権限のかなりの部分を執行に移しました。その効果は執行がスピーディかつ柔軟に動けるようになったこと。監督と執行が同じだと、例えば、取締役が監督としてある事業の執行に苦言を呈したい場合、自分が執行する事業を考えて遠慮することが起きかねません。しかし分離されていれば言いたいことが言えます。また指名委員会等設置会社は社外取締役が過半数を占め、CEOを解任する権限も持っています。CEOは自らその体制へ移行する意思決定をしたわけです。(注:SOMPO HDの指名委員会、報酬委員会は、委員5名全員が社外取締役)

柴田: 御社はグローバル企業としての一面もありますが、その点での効果はいかがでしょうか。

原:外国人投資家に説明するときにスムーズですね。特にアメリカの投資家には、アメリカと同じと言えば伝わります。また従来、執行の最高経営機関である経営会議は日本人で運営され、海外事業を実際に経営している外国人執行役員がメンバーではなかったのです。しかし今やビジネスの3~4割は海外事業ですからこれは不合理ですよね。そこでGlobalExCoというグローバルな会議を執行部門における最高意思決定機関としました。英語対応など、外国人を加えた経営会議を軌道にのせるのはハードルが高く、チャレンジングでしたね。

柴田:なるほど。パーパスや経営戦略、従来の枠を越えた事業のあり方を意識してコーポレートガバナンス体制を考えられたことは素晴らしいですね。一方でご苦労も多かったのではありませんか。

原:マネジメントの部分ですね。監督は監督に専念する。事業とパーパスや経営戦略との整合性など、大局的な判断が必要ですから、細かい部分にこだわったり、体裁を整えるだけに陥らないことが大切だと考えています。そのために執行は執行で完結できる体制が求められます。

柴田:執行のあり方もキーを握っているということですね。

原:そうですね。執行が取締役会を安心させられるレベルになる必要がある。安心できなければ細かいことに口を出さざるを得なくなる。今、世の中では、コーポレートガバナンスコードへの対応などを見ても、ともすれば上から言われる形式ばかり気にかけがちです。ですが私たちが本当にやりたいのはそういうことではなくて、成長に結びつくような監督と執行の体制をつくることです。

柴田:「監督と執行の分離は頭ではわかる。でも監督が執行に意味ある意見が言えるのだろうか」という疑問を呈する人も多いかと思います。どうお考えですか。

原:そこは、もっと言うと、監督が意見を言えるよう、いかに執行が先んじて情報を提供するかにかかっていると思います。とやかく言われたくないから要求以上は知らせないという姿勢ではなく。

柴田:すべてを透明化し、逃げずに対話してほしい、と。

原:その通りです。執行は監督と真摯に向き合って、必要と考えられる情報を提示することが肝要です。

社外取締役に求められる大所高所からの視点

柴田:取締役に求める要件は何でしょうか。

原:取締役に求めるのは必ずしも個別分野の専門性というわけではなく、事業がパーパスや経営戦略に即しているか、適所適材の人材配置になっているかなど、大所高所からの視点です。そして投資家に対しては最終的な責任は自分にあるという覚悟を持つことだと思います。

柴田:取締役がそうした視点から監督するためには、どのようなことが必要だとお考えですか。

原:最も望ましい行動を一つあげれば、「良い質問」をすること。大局に立った良い質問をされることで執行は、問答を想定し、戦略を考えるように促される。自律的に完結した良い相乗効果を生むのです。

柴田:とはいえ、世の中に良い質問を発することのできる人材はそう多くはないですね。

原:おっしゃる通りです。その点、私たちは恵まれていると感じます。今、取締役の過半数が社外の方々ですが、優れた方々を招聘できています。

指名委員会が全ての執行役、執行役員を選任

柴田:CEOをはじめ経営陣の後継者はどのように選定されるのでしょうか。

原:「経営陣は株主が選ぶもの」という指名委員会等設置会社の理念を形にし、指名委員5人全員が株主の代理人である社外取締役です。CEOは指名委員長の求めに応じて会議に陪席し、説明をしなくてはなりません。また将来の役員候補から直接話を聞く時間も設けています。

柴田:指名委員会が対象とするサクセッション・プランの範囲はどのくらいですか。

原:CEOを含む全執行役、執行役員に加え、グループ内の重要なポストです。数でいうと80強のポストになります。時間もかけています。2022年4月から、奥村(幹夫)がグループCOOに就任しましたが、他の候補者とも比較検討し、彼に決まるまでに2年間くらいは要したと思います。

柴田:その際、どのようなことがポイントになったのでしょうか。

原:「安心・安全・健康のテーマパーク」をめざす事業利益の牽引役は海外事業で、その経営能力は問われたと思います。また当グループの特色として介護事業があり、その知見も求められました。奥 村は2015 年にSOMPOが介護事業に参入したときの責任者なので十分な経験、知識がありました。

柴田:こうした要件や考え方は、執行側から出てくるのですか。それとも社外取締役の側からですか。

原:双方向の対話によるものです。また実際には委員会以外にもさまざまな交流や議論の場があるので、そこで下地となる共通認識はできていきます。

柴田:指名委員会の基本的な役割は選任、およびそれに伴う後継候補者の選定と育成だと思いますが、指名委員会が役割遂行において大切にしていることを教えていただけますか。

原:二つあります。一つは選抜のプロセスを透明にして全体で回すこと。これは、どのような観点で後継候補者を選び、報告するかをグループ共通の認識に立って進めることです。各事業部が自分の事業部の都合だけでは動けないような仕組みにし、透明性を担保しています。

柴田:もう一つは?

原:ダイバーシティです。性別、年齢、国籍などいろいろな要素がありますが、まずは最も代表的な性別についてしっかり実現しようと考えました。今、グループ全体で重要なポストは80以上あって、ポスト毎に候補を6人選んでいます。その半分、つまり3人は女性にする目標を課しました。単なる人数合わせではありません。候補に挙げてもらう以上は、タフなアサインメントを与え、育成することが前提になっています。

柴田:成果はいかがでしたか。

原:全ポストでの後継候補者に占める女性比率は、3年前には約3%でしたが、現在は約42%まで上昇しました。ただこれは延べ人数で、複数ポストで候補になる女性もいますから、まだまだと肝に銘じています。このほか、若手人材も候補者にできるように40代、50代の人数比率を定める、ポストに1人は外国人候補を入れる、6人の候補の内の少なくとも1人はグループ内の他事業を経験していることなどの条件を定めました。

役員報酬はリスクテイクへの対価

柴田:報酬委員会についてもうかがいたいと思います。グループCEOの報酬水準を日本企業としては大きく引き上げられましたね。

原:諸外国に比べて日本の CEOの報酬が低過ぎることはしばしば指摘されています。トップと一般社員の差も小さい。あまりに低い水準だと、リスクテイクの意欲につながらないという問題があります。

柴田:なるほど。トップの高い報酬はリスクを負うことの対価という意味があるのですね。

原:トップにとって報酬とは生活の糧ではありません。イノベーションやトランスフォーメーションに取り組み、厳しい競争に勝ち、組織を成功に導く。そのリスクを負うためのプレッシャーとして報酬があるわけです。報酬はまず、欧州並みの水準を一つの目安としています。CEOの報酬は報酬委員会が決め、CEOの櫻田も事務局もこの議論には参加できません。結果、櫻田の報酬は引き上げられましたが、仮に成果が出せなかったら、報酬が減るだけでなく、退任させられる可能性もあります。報酬委員会と指名委員会は同じメンバーで構成されていますからね。

柴田:そういう緊張感の中で、報酬が決定されているわけですね。報酬委員会での議論のポイントを挙げていただけますか。

原:役員報酬の内外格差、固定報酬の比率、評価指標の三点です。内外格差は、他国の市場でその人間が雇用される能力(エンプロイアビリティ)を勘案します。固定報酬の比率は櫻田で30%、他の役員で50~70%ですが、さらなる引下げが検討されています。また評価については、エンゲージメント・スコア、ブランド価値など、非財務指標を入れる方向です。

柴田:最後に、コーポレートガバナンス全体について、今後の検討事項や課題はありますか。

原:コーポレートガバナンス体制は、一度形を整えたらそれで完成というものではありません。その本質は、監督と執行の対話をいかに建設的なものにするかです。器はかなりできてきたので今後は、いかに魂を入れ続けるか、つまり中身のブラッシュアップを続けていくことですね。課題はそれに尽きると思います。

役員の指名・報酬の
        実態と今後の論点とは

グローバルな組織コンサルティングファームのコーン・フェリーとグロービスは、
日本の大手上場企業約30社を対象に役員の指名・報酬に関する実態調査を実施しました。
本調査で言う「役員」とは、執行と監督の双方かつ社外取締役、
執行役員も含めた広義の役員を指します。
アンケート形式の定量的な調査ではなく、各社の指名・報酬委員会の事務局や担当役員に対し
60~90分のインタビュー形式で詳細な定性調査を実施しました。
その結果、これまでにない示唆を得られ、日本企業の課題や今後の論点を整理しました。

調査概要
  • 実施主体:コーン・フェリー、グロービスの共同企画
  • 調査方法:インタビュー
  • 調査対象:指名・報酬委員会の事務局、担当役員 ※任意機関を含む
  • 調査期間:2022年9~11月
  • 回答企業:約30社

回答企業一例

  • ・旭化成
  • ・アサヒグループホールディングス
  • ・オムロン
  • ・花王
  • ・カゴメ
  • ・キリンホールディングス
  • ・島津製作所
  • ・セガサミーホールディングス
  • ・SOMPOホールディングス
  • ・第一生命ホールディングス
  • ・デンソー
  • ・日本電気(NEC)
  • ・パナソニック ホールディングス
  • ・日立製作所
  • ・富士通
  • ・ベネッセホールディングス
  • ・本田技研工業
  • ・三井化学
  • ・三菱UFJフィナンシャルグループ
  • ・第一生命ホールディングス

1.社外取締役の役割社外取締役は「量」から「質」へ

プロセスの確認だけでなく内容に関与

企業の不正防止、経営側による投資家への説明責任などがますます重視される時代に入り、今、コーポレートガバナンスの強化は日本企業にとって極めて重要な課題の一つになってきた。そのための施策はさまざまあるが、その大前提となるのが、社外取締役の設置である。今回の調査からは、その役割に変化が見られることが明らかになった。

指名・報酬委員会における社外取締役の役割は、かつてであれば、役員の指名や役員報酬の決定プロセスの確認が中心であったが、今はそれだけでなく、その内容自体への関与が求められるようになっている。それに伴って、従来のような社外取締役の「量」だけでは不十分であり、「質」の確保が重要であることを認識する企業が増えている。

ではこの「質」とは何だろうか。特定分野についての専門的、技術的な助言にとどまらず、経営理念や中長期的な企業戦略などを踏まえて、経営全体の視点から経営者と議論できる経験と資質と言ってよいだろう。企業はそれらを有する社外取締役を求めるようになってきたのである。

しかし、今回の調査からは、日本企業の多くが、こうした期待を満たす人材の不足を認識していることもわかってきた。

大局的な視点をもたらす汎用性のある経営経験とコミットメント

経営全体を大局的な視野でとらえ、経営者と議論できる社外取締役を考えるとき、必要な条件としては大きく二つが挙げられる。経営経験とコミットメント(企業への関わり方、姿勢)である。

まず、経営者としての経験が必要だ。ただし、自身が経験を積んだ事業や分野にのみ精通しているのではなく、未経験の事業や経営課題でも経営的な観点から意見できる汎用性が必要とされている。

今、多くの日本企業がグローバル化(事業だけではなく組織・人材までを含む)という課題に取り組んでいるため、グローバルな経営経験者を社外取締役として迎えたいという需要も高まっているが、汎用性のあるグローバルな経営経験を持つ人材は日本には大幅に不足しているのが現状と考えられる。

一方、コミットメントに関しては、単なるアドバイザーにとどまらない、企業価値を高めようとする覚悟、当事者意識が必要となる。社外取締役は、社内政治や人間関係に影響されず、客観的な視点で判断することが社内人材と比較した場合の役割となるが、一方でただ客観的なのではなく、対象企業に対して深く理解する必要がある(そのために執行側も社外取締役に対してさまざまな形で情報や機会を提供する)。すなわち、社外取締役はただの「社外」ではなく、当該会社の取締役として自社が長期的に向かうべき姿は何かを常に問いかけ、必要な変革を議論していく存在であることが求められている。

今回の調査におけるインタビューでは社外取締役に対する執行側の期待として次のような意見が出てきた。「あるスキルの専門家の方が社外取締役に就任したとしても、当社の経営の議論についていけるのか懸念がある。広くグローバルな経営経験を有していることが社外取締役の要件として必要」、「社外取締役に弁護士や会計士の専門知識を期待することはあまりない。専門的なアドバイスなら例えばアドバイザリーボードの設置で済む。社外取締役に期待するのは、当社のことを自分事としながら企業価値の観点から会社をしっかり見ること」。

2.役員の指名人材要件、後継者計画をCEO以外にも拡大の機運

CEOの指名と後継者計画は整備、その他は道半ば

多くの企業で、指名委員会を軸に、執行役(員)の指名や後継者計画についての創意工夫が重ねられ、進歩している。中でもコーポレートガバナンスの基本であり、かつ最も重要となる「CEOの指名と後継者計画」については、程度の差こそあれ、どの企業も一定の仕組みを整備して取り組んでいる。CEOに関しては、人材要件が存在し、後継者計画が実行され、指名委員会で審議されている。

一方、CEO 以外の執行役(員)の指名と後継者計画については未整備の企業が多い。整備されている場合でも、指名の基準となる人材要件は役員ポストごとに具体的な差異が設定されているのではなく、「経営人材に共通して必要な要件」としている企業がほとんどである。近年はCDO(Chief Digital Officer)に代表される一部の役員ポストでは社外からの人材招聘が行われているが、大半の執行役(員)は社内登用を前提としているため、固有の要件を定めるよりも「今いる人材の中からの登用の柔軟性」を持たせておく方が実際的な運用を行いやすいということが背景として考えられる。

CEOとしての人材像を明文化、評価

CEOの人材要件について見ると、大多数の企業では、一般的な人材像だけでなく、その企業を経営するときに求められる要素を検討し、「その企業ならではの人材像」として定義し、明文化していることがわかった。

この段階にとどまる企業も少なくないが、多くの企業では、CEOとして定義した人材像と、候補者との合致度を測るための参照情報として、人材要件を客観的に評価可能な要素に分解してその項目を定義している。

そのやり方は企業によって多岐に渡る。実際の企業からの回答を見てみると、「経営状況に応じた独自の観点を設定し、経験やコンピテンシーを定義」、「コンピテンシー、経験、スキル、性格特性・動機付け要因を定義」、「パーソナリティやスキル、経験といった観点で要件を設定」などの例が見られる。

育成の基本はタフアサインメント

後継者候補のプール化がどうなっているのかを見てみよう。CEOについては、大半の企業で候補者リストが作成されている。一方、CEO以外の役員の後継者候補では、ごく一部の役員ポストにおいて複数の候補者を選び、プールしておく企業は存在するものの、そうした企業でも候補者の計画的な育成までは実践できていないのが実状だ。

将来のCEOや役員の候補に向けた育成計画が存在する場合、具体的な施策はタフアサインメントが基本だが、外部機関によるコーチング、研修などを取り入れる企業もある。具体的には、「次期役員候補、次期部長候補に対してコーチングを実施している」、「40代の選抜候補者については、全社で人材を把握し、半年程度の研修を受けさせ、その育成状況に基づいて見極めを行っている」、「世代階層別にプログラムを作成し、外部機関による研修を行っている」といった例がある。ただ、役員登用後の能力開発についてはほとんどの企業が意識していない。

指名委員会による審議の対象を、CEOの指名と後継者指名に限定している企業は多いが、一方で審議対象をCEO 以外の執行役(員)に拡大する企業も見られる。どの役員ポストを対象にするかなど、企業によって違いはあるが、日本企業が従来はCEOに限られていた人材要件や後継者計画の運用を、執行役(員)全体に展開する動きが見られるなど、進化が始まっていることがわかった。

社外取締役の確保と評価

一方、社外取締役の指名や後継者計画の状況はどうなっているのだろうか。

社外取締役への期待水準は高まっているが、その候補者は大幅に不足している。グローバル経験を持つ、女性であるなど、現在多くの企業が求める経験や資質を持つ人材はさらに希少であり、引く手あまたとなっている。そうしたわかりやすい場合でなくても、今日、日本のどの企業にとっても社外取締役の招聘は大きな課題となっている。

一方で、招聘後の評価に関してはどうだろうか。今回の調査では、個別の社外取締役のパフォーマンスを本格的に評価する事例は見られなかった。公式には、取締役会実効性評価の中での自己評価にとどまっている。

その理由は、日本企業には未だに「社外取締役に来ていただいている」という意識が強いことがある。また社外取締役への評価が仮に低かったとしても、前述したように、社外取締役にふさわしい人材自体が絶対的に不足しているため、代替人材が見つからないこともある。

その中でも、一部の企業では、取締役会の後継者計画(ボード・サクセッション)に本格的に取り組む企業も出てきた。短期的ではなく、中長期的な視野で社外取締役候補の探索を続け、数年先を想定して候補者にコンタクトしている企業もある。

特に日本における社外取締役の人材市場が未成熟な中では、このような長期的な視点での取り組みが必須になると思われる。

3.役員の報酬 根強いメンバーシップ型報酬体系

大きな改革の進まない報酬体系

指名と並び、コーポレートガバナンス強化の重要な柱となっているのが、報酬委員会による役員報酬の審議である。

今回の調査の結論として、役員の指名に比べると、企業による大きな差異は見られなかった。業績連動・株式報酬を含む制度設計は既に浸透している一方で、報酬体系(思想)そのものや、報酬水準の大きな改革に取り組む企業は極めて少ない。その原因としては、日本における役員の人材市場が未成熟であることに加え、役員は社内人材かつ日本人中心に登用していることから、(海外からを含む)社外人材の獲得・維持の必要性を感じないことが挙げられる。新設の役員ポストなどでは社外から人材を採用することも一部で増えてきたが、報酬が既存制度と整合しない場合は個別に対応するにとどまっている。

実態として、役員の報酬水準を決定するときの基準を、役位(専務、常務など)にしている企業が大多数を占める。つまり、昔ながらのメンバーシップ型による報酬決定である。日本企業では従業員層にはジョブ型人事に基づく報酬制度の導入が進みつつあるが、それと対照的に、役員層にはその導入が進んでいないと言えよう。

企業は社内の限られた人材の組み合わせによって経営全体の機能を満たす必要がある。そのため、役員ポストごとに明確な役割を定義するジョブ型より、人に合わせて役割を柔軟に決めることのできるメンバーシップ型の方が理にかなっているという面もある。

このように現状では大部分の企業が役位に基づいて役員報酬を設計しているが、一部の企業では、職務に基づいた設計に踏み込んでいる。つまり、役員の就任したポストの期待役割の大きさに応じて報酬を決める形だ。

さらに、極めて限られた先進的企業では、外部市場価値を論拠とした報酬水準を検討している。すなわち、ビジネスや人材獲得競争上の競合となりうる(欧米を含めた)企業を個別に選定し、同等ポストの報酬水準をベンチマークとして、自社での報酬水準を設定するものである。

上述の先進的企業を別にすれば、報酬水準の設定は必ずしも明確な論拠に基づかない。一方で、報酬水準は報酬委員会の重要アジェンダの一つとなっている。このため、委員会で展開される議論は、社外委員が出身企業で培ってきた哲学や他社での社外取締役経験に基づいたものが多いというのが現状の日本企業の実態である。

非財務的指標も含めて報酬を判断

各社共通で取り組んでいる論点として、ESGやサステナビリティへの対応が挙げられる。財務的なKPIだけでなく、ESG 関連指標に代表される非財務的 KPIを実装し、その達成度にも連動した形で報酬額を決定することが広まってきた。例えば「STI 指標のうち、40%を定性評価とし、その定性評価の中にESG関連やサステナビリティ関連の項目を設定している」、「LTI指標のうち、20%をサステナビリティ評価としている。具体的な指標ではGHG 削減量、従業員エンゲージメント、ESG 格付け機関評価を採用している」といった企業がある。

社外取締役の報酬は固定制が基本

社外取締役の報酬では、どの企業でも固定報酬を採用し、その水準に関しては、他社とのベンチマークを通じて妥当性を確認する作業を行っている。

企業によっては委員長などの役割を果たすことに配慮して加算する場合もある。また企業価値向上のための一体感の醸成をめざして、現金に合わせて、株式を業績連動でなく固定で付与している企業も一部存在した。

4.今後の論点 人材市場の充実化・執行体制の高度化

経営の進化を阻害する構造

「①社外取締役に期待される役割が、経営全体を大局的な視野で捉えることができる、経営者の議論相手へと変化する」、「②CEO以外の執行役(員)ポストの後継者計画も仕組み化され、指名委員会の審議対象となる」、といった方向に向かおうとしていることは確かと言えるだろう。多くの企業でCXO体制の導入が進んでいることからもわかるように、執行役(員)を「人」としてではなく、「機能」として捉え直す気運も高まりつつある。その反面、そうした進化を阻害する構造も根強く残っている。

社外取締役については、先にも述べたように日本の人材市場が脆弱であるため、これが大きな制約要因となって、期待する役割や要件に沿った取締役のサクセッションが十分に進んでいない。

執行役(員)についても、日本の人材市場はまだまだ未成熟である。また、日本企業には、役員を機能や役割ではなく、既存の人をベースに考える思想が色濃く残っている。そして、経営の執行体制は、そこにいる人々の組み合わせによって柔軟に考えていくべきだという発想が未だ支配的である。そのため、役員は主に社内から登用され、社外からの招聘が進まない。つまり、経営層はなかなかジョブ型に移行できず、メンバーシップ型での運用になっているのである。

人材市場の充実化、本質的な適所適材の実現が必要

今後、進化を後押しし、継続させるにはどうしたらよいのだろうか。そのために日本企業が認識すべき大きな論点は次の二つである。

(1)役員育成を通じた人材市場の充実化

社外取締役、執行役(員)のどちらも、必要な適性と能力を持つ人材のプールが不足している。各企業は、この問題を解消していく必要がある。

現役の執行役(員)や、その候補者に対して積極的かつ計画的な育成投資を行っている日本企業は少ない(特に現役役員)。役員も学び続ける欧米のグローバル企業と比べたときに、これは日本企業の一つの弱点と言える。

現役の執行役(員)の質の底上げは、将来的な社外取締役候補の充実化にもつながる。即ち、一企業における役員育成は、ひいては日本の産業界全体の活性化に寄与するものといえる。

(2)経営執行体制の高度化

CXO体制を導入したものの、呼称だけで実態が伴わない企業も散見される。当然、これではCXO体制の果実を得ることはできない。本質的な適所適材を実現するためには、役割起点で経営執行体制を再構築した上で、各ポストの職務と人材要件を明確にし、指名と後継者計画を実施していく必要がある。

各企業が上述のような経営執行体制の高度化に取り組めば、自然と執行役(員)の人材流動性が高まると予想され、役員の人材市場の活性化につながっていくだろう。

【補論】 現役役員と役員候補をどう育成するのか

役員候補に対しては、多くの企業がタレントマネジメントを導入して育成している。それに対して役員は育成対象からは外れていることが多く、現状ではほとんどの場合、経営者のサクセッションはアサインメントを通じて行われている。

しかし、環境の変化が早く、激しい時代においては、企業の変革を牽引する役員層の能力開発こそが企業価値向上のために必要な人的資本投資と捉えるべきである。事実、欧米では役員の能力開発に積極的に投資している。

以下では、現役役員と役員候補の両方について、調査から見えてきた点、今後あるべき点を説明する。

●現役役員

今回の調査では、役員とは事業の成果創出がすべてであり、会社が能力開発を支援する対象ではない、との意見が大半を占めた。一方、経営者は、他企業の経営者などと意見交換する機会が多く、常に最新情報を受け取ることができる。そのため、経営者と執行役(員)との認識ギャップは、経年的に開いていく傾向がある。

しかし、これからの役員は、企業を未知の領域に向けて牽引していく存在で、本来は最も能力開発が必要な対象とも言える。従って経営者のサクセッションを考えるうえでも、アサインメントと能力開発はセットで実行する必要がある。今後は従業員と異なる次元の成長を促すプログラムを提供するなど、役員への能力開発支援が検討されるべきだろう。

●役員候補(後継者育成施策)

多くの企業でタレントマネジメント、サクセッションプランは実施され、候補者の選抜については30代前半から実施している企業も存在する。選抜後の育成方法は、タフアサインメントが主流で、そのために、アセスメントを活用した選抜者の候補絞り込みや研修を通じた能力開発を補完的に実施している。

ただ、アセスメントや研修と、アサインメントを連動させてタレントマネジメントを実施している企業は少ない。つまり、「とりあえずタフアサインメント」という手立てであって、理論やメソッドに基づいた人材育成計画にはなっていないと考えられる。

今後は、例えばタフアサインメントの前に、選抜研修で擬似体験をさせ、研修中の行動や成果もアセスメントの対象とし、適性があると考えられる人材をアサインするなどの施策が必要となるだろう。