G-Agenda 2022年 秋号 Vol.4

世界で戦える企業・組織を創る

  • AGENDA TALK ミッションを起点に、世界で戦える企業を創る

    パナソニック エナジー株式会社 社長執行役員 只信 一生
    株式会社グロービス マネジング・ディレクター 西 恵一郎

  • Director’s Eye ミッション/ビジョンの実現を支える組織開発

    ~大きな変化に対応し、成長を可能にするために、企業の在り方を変える~

  • Conference Report サステナビリティを追求する「企業理念経営」

    ~オムロン株式会社 執行役員 井垣勉氏をお迎えして~

(会社名・役職等は取材当時)

AGENDA TALK

只信 一生Kazuo Tadanobu

1992年広島大学大学院工学研究科修了後、松下電器産業(現パナソニックHD)入社。電子デバイスの商品設計を担当後、シンガポールにて工場責任者、マレーシアにて事業責任者を歴任。本社経営企画部長、電池関連事業部長を経て、2021年10月よりエナジー事業を担当、2022年4月事業会社化に伴いパナソニックエナジー㈱社長執行役員就任。

西 恵一郎Keiichiro Nishi

株式会社グロービス マネジング・ディレクター 顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 薫事。早稲田大学政治経済学部卒業。INSEAD IEP修了。2000年に三菱商事に入社。グロービスでは法人向けコンサルティング事業で、リーダー育成、組織開発を伴う組織変革に一貫して従事。2011年から中国法人立上げを行い、2017年から法人事業の責任者を務める。

本気で向き合う情熱がグローバル事業を動かす

EV(電気自動車)の世界的な普及に象徴されるように社会における電池の存在感が増しています。これに応え、電池事業を展開しているのがパナソニック エナジー。テスラへ車載電池を提供してきたことでも知られます。パナソニックがホールディングス制に転じ、従来のカンパニー制の下で複数の社に分散していた電池事業を統合し、2022年4月に設立されました。しかし同社は自らを「電池の会社」とは考えていません。同社を率いる只信一生社長は、未来世代のために、人類に不可欠なエネルギーを扱う企業だと語ります。設立の経緯、ミッション、組織の理想像などについて、グロービスの西と語り合いました。

家電事業の発想が通用しない時代に対応

西:パナソニックがホールディングス制(持株会社制)となり、8つの会社が生まれました。パナソニック エナジー(以下エナジー社)もその一社です。この組織再編に至った問題意識はどんなことだったのでしょうか。

只信:パナソニックは創業時代から企業は社会の公器と考え、衆知を集めて事業を展開してきました。しかしこの20年近くは残念ながら社会の期待に十分応えられなかったと感じています。原因の一つは世の中の変化に事業骨格の対応が遅れてしまったことで、そこを変える必要がありました。

西:振り返ってみれば、産業構造も消費者ニーズも大きく変わりましたね

只信:パナソニックは消費者に向けた家電製品を中心に事業を展開してきました。しかしITが発展し、ソフトウェアが普及し、B to B のお取引が増えました。パナソニックのB to B事業は今、全体の約50% にもおよびます。しかし家電とソフトウェアでは、発想もスピード感も変化のダイナミズムもまるで違います。こうした中で、古くからある表現で言うと、百貨店的経営でなく専門店的経営であるべきだと判断しました。戦略、組織、人事、経営などすべてを個別の業界に合わせるやり方ですね。

西:ずっと危機感はあったのですか。

只信:ありましたね。脱却しようとチャレンジしてきたことも事実ですが、なかなか目指すところには到達できませんでした。これは本社、事業部、カンパニーというパナソニックの多層構造にも原因があったと思います。解決力はあるのに突破力はないという状態だったのです。

西:今回、事業会社を立ち上げた感触はいかがですか。

只信:従来の社内カンパニーとはまるで違いますね。社員は全員、出向でなく転籍になります。

西:手続き上は全員一回退社して新企業に入社する形ですね。

只信:その通りです。新しい組織を作っていく上で人材の計画には苦心しました。インダストリアルソリューションズ社のエナジー事業、US 社のテスラエナジー事業などパナソニックの電池関係の3事業部を統合しましたが、そもそも継承する母体企業があったわけではなく、何もかも一から考えざるを得ませんでした。研究開発が価値の源泉であり、人員を増やす必要があったので、間接部門の人員は相当スリムにしました。一方で広報、環境、ステークホルダー対応などは社会へのメッセージを発信するために必要なので、人材採用もしました。人を削ったり、不足を補充したりしながら1年で新しい企業を立ち上げたので、電池事業経験のある人は本社間接部門の半分くらいしかいません。パナソニックの中核事業という自覚はありますが、自立的に動ける会社になったと思います。
今回、パナソニックグループは8社を設立しましたが、おそらくエナジー社の立ち上げが一番大変だったと思います。でも投資家から見てわかりやすくなったと自負しています。社員にとって、人生を賭けるに値する、どこより魅力的な会社にしたいと思っています。

見つめているのは未来の世代の幸福

西:そのあたりから、御社のミッションが導かれた気がします。

只信:自社に魅力を感じ、誇りを持つには、この仕事を何のため、誰のためにやるのか、を明確にする必要があります。ですからここには非常に力を入れました。そのためのプロジェクトを作り、毎週ディスカッションを重ね、3行を決めるのに4カ月くらいかけました。

西:エナジー社では、Our Missionとして、「幸せの追求と持続可能な環境が矛盾なく調和した社会の実現。」、Our Visionとして「未来を変えるエナジーになる。」、さらにOurWillとして「人類としてやるしかない。」とありますが、その意味するところをお聞かせください。

只信:現代社会のエネルギーの中心は電気です。金銭などのプロパティすら電子化されてフィンテックで動く時代です。それは何かの事態で電気が止まったら、人類が蓄積した資産が消えてしまう危険もあることを意味します。そうした社会で電池は電気エネルギーを運ぶハブとして、安心、安全を守る重要な役割を果たしています。さて、そうした社会の中で人々は幸福を追求し、経済を成長させていますが、その結果、森林破壊、環境汚染、気候変動など数々の社会課題が表出しています。つまり幸福の追求と社会課題解決は矛盾するわけです。

西:確かにここ数年の猛暑や豪雨等の異常気象を見ても、地球が限界まで来ていることを感じます。ただし、限界だと分かっていてもエネルギーが必要なので、地球の資源を活用するという矛盾を続けていますね。

只信:人類はこの矛盾の中で幸福を創っていかなくてはなりません。そこで、幸福の追求と課題解決のバランスを理想に近づけ、矛盾をなくす一助となる企業でありたいと考えました。明記してはいませんが、私たちのゴールは未来の子供たちなんです。今日生まれた子供たちのための仕事をしようと意識しています。

西:次の世代のことを強く意識しているのですね。

只信:彼らのために私たちが未来を変えなくてはなりません。言い換えると、私たち自身が未来を変えるエネルギーだということです。

西:なるほど、それがOur Vision に表れているのですね。

只信:さらに言うと、私たちがエネルギーとなり、共感する仲間を増やし、大きなうねりを作って社会を変える。我々は企業人である前に人類の一員ですから。その意思、覚悟を愚直に示したいと考えて決めたのが「やるしかない」です。まずミッションありきなので、その達成のためなら電池にこだわるつもりもありません。

西:ミッションを掲げることの重要性を感じたのはいつ頃からですか。

只信:リーマンショックの頃、私は経営の危機にあった海外工場の立て直しに取り組んだことがありました。そのとき再建には関係者全員の力が必要なことを痛感しました。同時に学んだのは「旗なきところに人は集まらず」。以来、工場を預かるときは必ず旗を立てるのが私のやり方になりました。旗は、やるべき方向だったり、使命だったりといろいろですが、全員で作って共有するところから始めます。また事業とは継承すべきもので、私がいなくなった後も会社は続かなくてはなりません。そのためにはミッション、ビジョン、存在意義などが不可欠になります。

西:エナジー社が車載電池を提供しているテスラのミッション「世界の持続可能エネルギーへのシフトを加速すること」にも通じるものがあるように感じます。

只信:テスラはずっと赤字だった企業ですが、それでも愚直に事業を進めてきました。彼らはこのままでは人類はダメになってしまうという強い危機感を持ち、必要な技術を必要なタイミングで導入するためなら、世界中を探してでも手に入れようとします。そういう世界一尖った、激しい企業と付き合うにはこちらにも覚悟が必要ですから、受けた影響は大きいですね。

オフィス空間もコミュニケーションを意識

西:「スピード重視」、「旗を立てる」のほかに、新会社を運営するうえで大切にしていることはありますか。 に関わられたのですね。

只信:コミュニケーションですね。組織内の「縦のコミュニケーション」、「横のコミュニケーション」が有機的につながり、それを正しくマネージできなくてはなりません。コミュニケーションの速度と質を高めることは、新会社にとって基本の中の基本でした。

西:そのために拘った点はありますか。

只信:ミッションやビジョンに照らしてブレない判断のできるコアチームを持つこと、そして、社員が仕事を楽しく感じること、来たくなる会社にすることですね。そのためにオフィスデザインから見直しました。

西:このオフィス、森にいるような感じで、ちょっとびっくりしました。

只信:オフィス内は本物の植物で植栽をしていますし、アウトドア用品メーカーの協力を得て、キャンプ場のようなミーティングスペースも作りました。自分のデスクが固定していると偶然の出会いがなくなるので、ほとんどをフリーアドレスにしました。オフィスのデザインは社員の有志に任せ、フロアごとに異なります。人生で仕事に費やす時間は長いものです。できれば自分の家以上に快適なデザインにしてほしいと伝えました。

西:成果はどうでしたか。

只信:大成功でしたね。こうした取り組みにしたことで、フラットな会話が生まれ社員の役職意識が消えていったのです。そもそも“ 役職ではなく役割がある”が理想でしたから嬉しかったですよ。

日本の産業の競争力を生み出す

西:ここで事業のグローバルな側面について伺いたいと思います。世界の市場をどう攻めていくのでしょうか。というのは、電池はかつての半導体、液晶パネルを彷彿とさせるからです。日本が技術を持ち、莫大な先行投資をして、事業を展開し、収益を上げて勝つというモデルですが、どちらも、中国や韓国に意思決定や行動のスピードで負け、後塵を拝することになりました。

只信:世界に与えるインパクトの大きさを考えると、電池は日本が勝てる可能性のある最後の事業領域かもしれませんね。

西:そのことを前提に、意識されていること、変えたことはありますか。

只信:正直、これは当社だけでどうこうできることではなく、国家レベルの判断に近いんです。電池のような社会の基盤を支える製品はスケールを求められますから、投資も100億200億の話がいきなり2兆円3兆円になることも珍しくなく、一企業では対応しきれません。韓国は国家戦略で半導体に数兆円かけました。そうすればやはりイノベーションが起こります。日本の場合、国家の意思決定も遅れたし、残念ながら民間企業も国家戦略を誘導できなかった。ですから同じ轍を踏まないようにとは考えています。

西:これからの日本の競争力をいかに作るかに関係してきますね。

只信:そこは意識しますね。日本はハイブリッド車は進んでいますが、先進国の中で最もEV 化が遅れている国です。しかし日本の意向におかまいなくEVの国際ルールが作られ、広まったら、最悪の場合、日本の車が世界で売れなくなることもあり得る。そうなったら雇用が失われ、税収が落ち、国家予算が失われるという負の連鎖になります。

西:ワーストシナリオになる可能性はありますよね。

只信:だから負けられないんです。この1年ほどで、当社にはエナジー社のためでなく、ミッションやビジョン、そして日本のためにやろうという意識のあるリーダーやチームが出てきました。そういう覚悟が根づいてきたし、それを楽しくやれる人が増えてきました。もし規模が課題となるなら、国であれ、海外であれ、仲間を増やしていけばいい。そういう一企業の枠を超える認識は、社員が共通して持っていると思います。

西:巨額の投資を、経験のない方が決断しなくてはならないことも多いと思います。それについてはどう感じていますか。

只信:外から見たら異常に見えるかもしれませんが、巨額の投資を当たり前のようにできなくてはならないと思っています。その金額は「世の中に貢献するためにはいくら必要なのか」という判断から逆算して決まります。つまり、ここでもミッションありきということです。仲間も必要ですね。当社だけでなく、資金を提供する人、成長に期待する人、官も民も一緒になって集合体として戦っている。その結果として皆さんからお金を預かっている感覚です。

西:エナジー社はものすごい速度で組織を立ち上げ、米国で設備投資し、事業を行い、成長したことに圧倒されます。その中で意識されたことは何ですか。

只信:アメリカのネバダ州に工場を設立しましたが、実は、当初ねらった目的通りにはいかず、ものづくりの難しさを痛感しました。デバイスは材料技術、商品技術、設備設計、プロセス技術、さらにそれらを管理する人の社会の矛盾を電池の力で解決する。そのためにやれることとやるべきことが多くある。エナジー社はそのために存在する事業体であり、一企業の枠組みを超えて国家戦略そのものを担う覚悟を只信社長から感じました。テスラに相対するために、非常に速いスピードで大きな組織を動かしていく必要がありますが、そのポイントは向かうゴールと、その意義を伝えるコミュニケーションの密度であることが対談を通じて理解できました。(西)対談を終えて ──スキルがそろわないと作れないものです。日本にはそれがありましたが、ネバダ工場は空前の規模であるうえ、人員には経験値がなかったのです。
いくらお金を出しても経験値のないことはできません。ですから本当は、設備に投資する数年前から人づくりに力を入れるべきだったと思います。そうした経験から学び、今は、将来どのような事業をするか決定していなくても、人だけは育て続けたいと考えています。人事からしか未来は創れません。その点でグロービスにも大いに期待しています。

西:私たちもそうした貢献ができればと思います。本日はどうもありがとうございました。

海外で成果を出すためのリーダーマインドとスキル ~言語や文化の異なる人々とビジネスを成し遂げる力~

板倉 義彦株式会社グロービス マネジング・ディレクター

環境変化の中で進む企業の自己変革

社会の動向、技術の潮流などの要因によって、企業の多くがその在り方をアップデートする必要に迫られている。それらの要因には、グローバル化、デジタル化、サステナビリティ、働き方などさまざまあり、それぞれが独立した要因である場合もあれば、相互に関係しあっている場合もある。例えば、グローバル化を推進しようとすれば、サステナビリティに配慮せざるを得ないといったことも起こる。

複数の要因が絡み合う大きな変化に対応するために、ミッション、ビジョン、戦略、組織に至るまでをどのように変えていけばよいのだろうか。企業やその問題意識によってさまざまだが、例えば、複数事業を抱えるグローバル企業で見られるように、組織を事業単位で切り分け、別会社にすることもその一つだ。その狙いは、各社ごとにミッション、ビジョン、戦略を自律的に策定して、機動力を高めることにある。巻頭インタビューに登場したパナソニックグループが行った組織再編もこの例と言えるだろう。

三つの課題へのチャレンジが不可欠

ここ数年、経営陣が試行錯誤した結果、向かうべき大きな方向性が見えてきた企業は増えている。しかし、それはあくまでも概念上の整理であり、統合報告書などで標榜する事業や組織の在り方が、現実の行動につながっていないことも多い。

その背景には次のような課題が存在する。

①トップと組織の認識のギャップトップが長期的な視野で考え、企業の方向性を定めても、現場に近づくほど、目先の目標や短期の成果にとらわれてしまう状況は少なくない。両者の思惑が乖離している状態では変革への推進力は十分に得られない。

② 組織慣性の影響組織には、既成の思考や行動が無意識のうちに選択されていく、といった組織慣性が強く働く。これは変化に伴うリスクよりも安定を選好する人間の本性でもあり、抜本的な方策を打たないとそこから脱却することは難しい。

③ 新たな組織能力の不足企業が新しい価値を創造するには、それを実現するための方法論や仕事のやり方を創り出すことが必要となる。しかし、そのために必要な組織能力が未整備のために、従来のステージから飛躍できない状況が起こりうる。

この三つの課題に向き合わないと、たとえ経営トップが長期的な視点から自社の「あるべき姿」を描き、そこからバックキャストして大きな方向性を打ち出しても、現場はフォーキャストの考え方で今まで通りの方法、発想で目先の業務を続け、変革が進まない。特に企業規模が大きいほど、経営者の構想と現場の業務のズレは大きくなってしまう。こうした状況に陥らず、企業の在り方をアップデートしていくには「組織能力開発」に対して意識的に取り組む必要がある。

組織能力における課題を押さえる三つの観点

競争特性や戦略/組織の課題を踏まえて、組織能力を見直す

では、組織能力開発のために押さえるべきポイントは何だろうか。

第一は、「競争特性」を押さえることだ。当該の業界にいて顧客獲得・維持、利益創出をめぐってどのような競争が行われているのかという視点である。

第二に、自社の「戦略上の重要課題」を認識することである。この業界の競争特性がどう変化し、その中で自社はどのような立ち位置(ポジショニング)を目指すのかを考える。その過程で、自社の在りたい状態と現状とのギャップが明確になり、戦略上の重要課題が見えてくる。

第三に、これら二つを踏まえたうえで、「組織能力」を考えることだ。その中でも、具体的な戦略に落とし込めているのかという戦略立案における課題、戦略の実現は可能なのかといった実行における課題、そして組織風土や仕事のやり方といった組織基盤の課題、三つの観点で組織能力における課題を押さえていくことが重要である。

その結果、どのような能力を持つ人材が何人くらい必要か、組織の中で人材はどのような行動をすべきか、などが見えてくる。それを現状と比べ、組織に不足している部分、変えるべき部分を把握する。これが組織能力開発として取り組むべき内容だ。

この三つのポイントは、当たり前のように聞こえるが、一連のつながりが求められるため、実際には難易度が高い。なぜならば、多くの企業では、無自覚に、戦略と人・組織を別々に考えてしまっているからだ。

戦略の要諦は人という経営資源

三つのポイントを連動させて考え、組織能力開発を実現するためには、「戦略を考える人」(経営トップなど)が、人・組織の領域に深く関わること、あるいは「人・組織を考える人」( 人事責任者など)が、戦略の知見を深めることが必要だ。実はこれが難しく、現在は各企業が自社に合ったやり方を模索している段階と言えるだろう。

従来の人事部門は戦略が決まるのを待ち、その後行程として採用や制度に取り組む傾向が強かった。しかしヒト、モノ、カネといわれる経営資源のうち、モノやカネに比べ、ヒトの拡充には段違いに時間がかかる。社内人材の再教育(リスキル)にせよ、社外からの人材の採用にせよ、採用した人材を自社の企業文化に統合させるにせよ、一定の期間を要する。戦略が決定してからヒトを手当てするのでは遅過ぎるのだ。

組織能力における課題を押さえる三つの観点

出典:「海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない」英治出版

本来的には、戦略とは、どのような組織能力が必要なのか、それをどのように獲得するのかを含めて構築すべきものなのだ。「戦略を考える人」と「人・組織を考える人」が協働し、その企業独自の「戦略と組織能力をつなげるストーリー」を描くことで、組織能力開発で何に拘り、アクションとして何をすればよいのか、その方向性が見えてくるはずだ。

そのためには、全社レベルではCHRO(Chief HumanResource Officer= 最高人事責任者)と経営者が、事業部レベルではHRBP(Human Resource BusinessPartner=事業部人事)と事業経営者が、密に協働することが大切である。

グロービスが組織能力開発に深く関与する先でも、形式的ではなく、模索しながらではあるが本腰を入れた取り組みを始めている企業が増えてきており、この流れは加速していくだろう。

事業に最適な組織のカタチを追求し続ける

さらに、どのような組織がその戦略や事業に適しているかを考え、組織のカタチを構築し直すことも時には必要である。しかし多くの日本企業では、たとえリーダー人材であっても、組織のカタチをゼロから組み立てた経験をほとんど持っていないのが実情だろう。

事業や戦略の特性に最適な組織のカタチと言っても、どこかに正解があるわけではない。したがってこれは試行錯誤しながら決めていくしかないのだ。組織のカタチは、時代や戦略の変化に対応して組み替えてよいものである。その結果、例えば、あるときには事業部制になり、あるときは事業ごとに独立した企業の集合体になる。

このように事業や戦略にとって最適な組織を作ることができれば、個々の社員のポテンシャルもより引き出せるようになる。それが組織能力向上にもつながる。こうしたことを考えると、これからの経営者やリーダーは、個々人、そして組織の力を最大限引き出すために、人間の心理も含めた、確固たる組織論への持論を持つことが改めて求められると言えるのではないか。

株式会社グロービス
マネジング・ディレクター
板倉 義彦 Yoshihiko Itakura

国立東京農工大学 農学部卒業。豪ボンド大学経営大学院修了(MBA)。アグリビジネスの大手企業で商品企画、および生産企画での経験を積んだ後、IT業界に転じて製造業向けソフトウェアの営業・導入コンサルティング、および不採算営業部門の組織改革にリーダーとして携わる。その後、グロービスにて自動車業界を中心に様々な業種・業界のクライアントに対して、人材育成・組織開発の側面からのコンサルティング活動を行う。名古屋エリアの法人事業統括、新サービス開発、部門の経営企画を歴任し、現在は、マネジング・ディレクターとして、人材・組織開発のコンサルティング部門全体の経営に携わる。同時に、経営戦略ファカルティにも所属し、以下の業務にも従事。
・ 経営戦略のコンテンツ開発
・ エグゼクティブスクール経営戦略の統括
・ グロービス経営大学院/企業研修の講師

第3回 GLOBIS 経営者セミナー サステナビリティを追求する「企業理念経営」~オムロン株式会社 執行役員 井垣勉氏をお迎えして~

これからの日本企業が様々な社会的課題の解決を通じて、
持続可能な事業活動へと繋げるためには何を考えるべきか。
サステナビリティ経営に先駆的な企業であるオムロン株式会社で、
G-Agenda 第3号にもご登場いただいた立石文雄会長と共に推進に取り組まれてきた
執行役員 井垣勉氏をお招きした、GLOBIS 経営者セミナー
「サステナビリティを追求する『企業理念経営』」のご講演をダイジェストで紹介します。

経営の求心力の源泉となった「企業理念」

1)オムロンの「企業理念経営」

オムロンは創業間もない頃から、社会的課題の解決によって、より良い社会をつくることを企業の使命に掲げ、企業理念とし、経営の求心力の源泉、ならびに発展の原動力としてきた。「企業理念に基づく経営の実践のことを『企業理念経営』と呼んでいる」と、井垣氏は話す。「企業理念経営」を推進するために、経営の中に組み込んでいるのが「技術経営」と「ROIC 経営」である。「企業理念経営」の原点は、創業者の立石一真氏が1959年に制定した会社の憲法「社憲」にあり、このメッセージに創業者が2つの思いを込めたと言われている。1つは、「企業の公器性」。もう1つは、「自らが社会を変える“先駆け”になる決意」だ。「社憲」の制定以降、時代が進む中で、様々な社会的課題が生まれ、それらをオムロンは事業を通じて解決することで、会社として成長してきた。「オムロンという会社は創業の時代から、自分たちの事業のドメインを決めず社会的課題を解決していくなかで、常に会社の形や事業を変えてきました」(井垣氏)そして「社憲」の精神を現在に受け継いできたのが、オムロンの「企業理念」。オムロンの使命(Our Mission)である「社憲」を実現するために、社員が日々の仕事の中で大切にする価値観が、「ソーシャルニーズの創造」「絶えざるチャレンジ」「人間性の尊重」である。さらに、オムロンは企業理念を経営に落とし込むために、「経営のスタンス」として、「長期ビジョンの策定」「オムロングループのマネジメントポリシー」「ステークホルダーエンゲージメント」の3つを掲げた。

「SINIC理論」をベースに組み立てた「技術経営」

2)企業理念経営を支える「技術経営」と「ROIC 経営」

続いて、井垣氏が紹介したのは、オムロンの「企業理念経営」を支える「技術経営」と「ROIC 経営」である。「技術経営」とは、社会的課題を解決するために、技術革新をベースに、近未来をデザインし、その実現に必要な戦略を明確に描き、実行し続ける経営スタンスのこと。オムロンは一見すると統一性のない様々な事業を展開してきたが、全ての事業に共通したコア技術「センシング&コントロール+Think」を持っている。また、世に先駆けて新たな価値を創造するために、創業者の立石一真氏は、未来を予測する「SINIC(サイニック)理論」を自ら打ち立てた。「『技術』『社会』『科学』によって世の中は発展しており、この3つがどのように未来に向けて進化をしていくのかを予測できれば、どういう未来がやってくるのかが仮説立てできる理論です。現在も変わらず、未来の技術開発と経営の方向性を検討するときの羅針盤として活用しています」(井垣氏)

この「SINIC(サイニック)理論」をベースにした「技術経営」では、いったいどのような取り組みを行っているのだろうか。「まずは、超具体的な『近未来』のデザインです。このときオムロンが重視しているのが『フォアキャスト(順算思考)』と『バックキャスト(逆算思考)』の2つの視点です。この2つの視点が重なり合う、約3〜5年先の近未来の『事業のアーキテクチャ』を構想しています」(井垣氏)「事業のアーキテクチャ」の実現には、「技術」「知財」「ビジネスモデル」を具体的に描き出すことが求められるため、今の時点から、どんなアプリケーションや商品、技術を開発して準備すべきなのかという一連のプロセスを描くことが重要になる。これをオムロンでは「近未来デザイン」と呼んでおり、その後、「戦略策定」→「事業検証」を行う。この新規事業創出のプロセス(型)を、「ソーシャルニーズの創造プロセス」と呼んでいる。「このプロセスのポイントは、最初から全てのプロセスが成功すると考えていないところです。従って、失敗したときの学びを蓄積するプロセスを、この『ソーシャルニーズの創造プロセス』に組み込み、失敗で得た学びを、次の『近未来デザイン』『戦略策定』に反映し、成功の確率をどんどん上げていくことを目指しています」(井垣氏)

経営の規律と投資の効率を両立する「ROIC経営」

次に井垣氏が説明したのは「ROIC 経営」。「ROIC 経営」は「技術経営」で新しい事業を生み出し、事業拡大していくなかで、経営の規律、投資の効率を両立させるために、導入された仕組みである。「『ROIC 経営』は常に事業を新陳代謝させるとともに、1つのエコシステムのなかで投資効率を最大化し続けるための経営スタンスのことです」(井垣氏)

オムロンは、社会的課題を解決する約60のストラテジックビジネスユニット(SBU)の集合体である。全売上高は約7,000〜8,000億円であるため、1つの事業(SBU)は数十億円〜数百億円規模となる。「ROIC 経営」はこの約60のSBU の健全性を図っており、それを担保するために、「ROIC 逆ツリー展開」「ポートフォリオマネジメント」の2つの施策を行っている。「ROIC 逆ツリー展開」とは、SBU の事業特性に合わせて、事業ごとに改善ドライバーと目標を設定し、自分たちの仕事のどこを変えると、全社のROIC 指標が改善するのかを現場視点で計算すること。全社の経営指標と日々の取り組みをつなげるKPIやPDCA の仕組みである。

もう1つの「ポートフォリオマネジメント」は、売上高成長率(5%)×ROIC(10%)で、それぞれハードルレートがあり、各事業のパフォーマンスを毎年評価する仕組みのこと。ただし、市場価値を測る別の評価軸を設けている。「SBUがアドレスしているマーケットの将来性を時間軸でチェックすることで、足元ではROIC 指標が低くても、ポテンシャルを評価に組み込めます。それによって、将来可能性がある事業を見極めることができます」(井垣氏)

この「ポートフォリオマネジメント」による、過去10年間の、数多くのM&Aや事業の売却譲渡の実績も紹介された。

グローバル社員の投票でつくった3つの「非財務目標」

3)2030年をゴールとする長期ビジョン『Shaping the Future 2030』

オムロンは、これからの10年間を『Shaping the Future 2030』と名づけた。そして、2030年に向かう、これからの時代を『SINIC(サイニック)理論』などによって、どういう変化が起きるのかを予測した。「簡単に説明すると、過去100年以上続いてきた工業社会から、2030年以降は自律社会へ移り変わっていくと位置づけています。それは『物の豊かさ』から『心の豊かさ』を重約10年、今私たちが生きているこの時代は、『最適化社会』として、工業社会から自律社会への移行期と考えています」(井垣氏)

現在の最適化社会は、新旧の価値観のぶつかり合いや、それによって社会や経済システムのひずみが生まれる時代だと言われている。「言い換えると新たな社会的課題がどんどん生まれてくる、そういう10年であり、ソーシャルニーズを創造する機会にあふれた10年ということになります」と、井垣氏は付け加えた。

この10年間、オムロンが捉えている具体的な社会的課題は「カーボンニュートラルの実現」「デジタル化社会の実現」「健康寿命の延伸」。この3つがオムロンにとっての成長機会になる。そして、この社会的課題(成長機会)を明確に描いた上で、次のステップになるのが「サステナビリティ重要課題の特定」。それを具体的に表したのが次の5つである。

  1. ①事業を通じた社会的課題の解決
  2. ②ソーシャルニーズ創造力の最大化
  3. ③価値創造にチャレンジする多様な人財作り
  4. ④脱炭素化・環境負荷低減の実現
  5. ⑤バリューチェーンにおける人権の尊重

利益と同様に、サステナビリティなどの社会的価値の創出が求められる現代。

オムロンでは、長期ビジョンの経営計画のなかに非財務目標を立て、対外的にも発表した。そのうち3つは社員の投票によって決定したと言う。「オムロンでは、『10+1』の非財務目標を立てました。このなかで1番から7番までは、本社の経営チームらで立てた全社目標ですが、8、9、10の3つについてはグローバル全社員の投票によって決めました。私たちにとっても初めてのチャレンジですが、社員と一緒につくることで、自分事として取り組める。そんな効果も狙っています」(井垣氏)

企業理念の実践に取り組む「TOGA」

4)企業理念実践の取り組み「TOGA」

最後に紹介するのは、企業理念の実践の取り組みである。オムロンでは、「知る」→「学ぶ」→「気づく」→「探求する」→「共有する」という5つのステップ(態度変容)で企業理念浸透活動を組み立てており、このプロセスを一気通貫で体験できるプログラムが、『TOGA(The OMRONGlobal Awards)』である。「TOGA」には延べ5万1,736名の社員がエントリーしており、これは、全社員数2万9,000名超(2022年3月現在)よりも多い。企業理念を実践する共鳴の輪が、グローバルに浸透している証である。年1回京都の本社に、世界中から選ばれたベストプラクティスのチームが集まって、グローバルにライブ配信をしながら、みんなで称え合い、そこからの学びを得ている。「このような取り組みを通じて、社員一人ひとりに企業理念の実践がしっかりと根付くようになりました。社会的課題の解決を通じて、会社の成長を進めているのが、現在のオムロンです」(井垣氏)

オムロン株式会社 執行役員
ローバルインベスター&
ブランドコミュニケーション本部長兼
サステナビリティ推進担当 井垣 勉 氏

全編動画はこちらhttps://globis.jp/article/57548