グローバル時代の組織とリーダーシップ
- AGENDA TALK
本気で向き合う情熱がグローバル事業を動かす
株式会社リクルートホールディングス 取締役 兼 常務執行役員 兼 COO 瀬名波 文野 ×
株式会社グロービス マネジング・ディレクター 西 恵一郎 - Director’s Eye
海外で成果を出すためのリーダーマインドとスキル
~言語や文化の異なる人々とビジネスを成し遂げる力~
グロービス・ヨーロッパ(GLOBIS Europe) President & CEO 高橋 亨 - Conference Report
強い組織の礎となるダイバーシティ&インクルージョン
グロービス経営大学院 教員 林 恭子
(会社名・役職等は取材当時)
1982年生まれ。2006年早稲田大学卒業後、リクルートに入社。経営企画室、HR領域での営業を経て、英国ロンドンのADVANTAGE GROUPの業績再建に尽力。2016年リクルートホールディングス執行役員、Indeed,Inc.のChief of Staffに就任し、グローバル事業推進に貢献。2020年取締役、2021年より取締役兼常務執行役員兼COO。
株式会社グロービス マネジング・ディレクター 顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 薫事。早稲田大学卒業。INSEAD IEP修了。2000年に三菱商事に入社。グロービスでは法人向けコンサルティング事業で、リーダー育成、組織開発を伴う組織変革に一貫して従事。2011年から中国法人立上げを行い、2017年から法人事業の責任者を務める。
日本企業のグローバル化を見ると、製造業では積極的に海外進出を進めている企業が多くある一方で、サービス業はまだまだこれからと言えるでしょう。しかしサービス業としてグローバル化に成功し、急速に成長した稀有な例があります。それがリクルートグループです。数多くの失敗や試行錯誤を重ねつつも、Indeedの買収とその大幅な事業成長に成功し、今や売上高の半分近くが海外事業からもたらされるようになりました。その立役者の一人が瀬名波文野さん。リクルートグループがいかにグローバル化に取り組み、なぜ成功できたのか。グロービスの西が、瀬名波さんにご自身の歩みとともに聞きました。
強烈な洗礼から始まったロンドン赴任
西:リクルートのグローバルビジネス展開に以前から注目していました。ですから今回、瀬名波さんとお話しする機会を大変楽しみにしています。瀬名波さんがグローバル事業に携わるようになったのは、ロンドンに赴任されたのが始まりでしょうか。そこに至るまでの話も少し聞かせてください。
瀬名波:私が入社したころは、海外事業はなくて。最初の配属先は経営企画室で、楽しかったしやりがいもありましたが、ずっとそこにいると現場の苦労や商いの醍醐味を理解できない寒いビジネスパーソンになりそうだったので、「最も厳しい現場に出してください」と上司に直談判しました。結果的に、人材関連事業で超大手企業を担当する営業部署に配属してもらいました。
西:そこですばらしい業績を挙げられたと聞きました。
瀬名波:成果も出ていてやりがいもあったのですが、ある時、たまたま参加した研修がきっかけで大きくキャリアを転換することになります。当時の事業トップがリーマンショック時の経営者としての葛藤について話していて、彼の視座や事業への愛に衝撃を受けました。初めて、「経営者を目指してみたい」と思ったんです。ちょうど会社がグローバル展開に乗り出した時期で、英国の人材派遣会社を買収し、そこを立て直すための経営補佐を募集していました。
西:そこに手を挙げたのですね。
瀬名波:そうです。応募には、英語はもちろん、駐在経験、マネジメント経験、ファイナンス知識などいくつかの条件が必要でしたが、ほとんど私は該当しなくて。でもとにかくチャレンジしたいという意志を伝えたところ当時の上司が面白がってくれ、採用してもらうことができました。
西:立て直しということは相当厳しい業績だったわけですね。その会社をリクルートはなぜ買収したのでしょうか。
瀬名波:経緯をお話しすると、人材派遣事業では、まず先に国内で経営メソッドが確立されていたんです。そのメソッドを導入して、実際に国内で自社よりも大きな競合企業(スタッフサービス)を買収して既に成果を挙げていました。当時は、そのメソッドが海を越えて通用するか試してみよう、というような時期でしたので、厳しい業績のところを買収するのでよかったんです。むしろそれは伸び代というように見えていましたから。そのひとつがこの英国の会社だったのです。
西:ロンドンでは、どんな状況でしたか。
瀬名波:まさに孤立無援でした。現地の方々にしてみれば、聞いたことのない極東の一企業に買収され、そこから20代の女性がやってきて経営に意見してくるわけですから、冗談じゃない、というのが本音だったでしょうね。私の提案はまったく聞いてもらえず、情報も入ってこない。半年くらいは何をやってもうまくいかず、家でも会社でもたった一人で、かなりつらかったですね。
悪化した業績をキックオフで公表
西:何がターニング・ポイントになったのでしょう?
瀬名波:悪戦苦闘の中で私が気づいたのは、根本的な課題は、会社の危機的な経営状態をほとんどの社員が知らないということ。そこでCEOに、キックオフミーティングを開いて社員に会社の現状を知らせ、業績回復のための施策や提案を伝えるべきだと言ったんです。
西:CEO の反応はどうでしたか。
瀬名波:激しく反対しましたね。業績が悪いことを開示すれば優秀な社員から辞めていってしまうという彼の主張も十分理解できますから。しかし、今の業績では非常に厳しいリストラをせざるを得ない。そこに議論の余地はない。何も知らせずに実行したら、社員の不信感は大きくなるばかり。それならばむしろ問題を共有し、皆で現実に目を向けてこそ活路が開けるはずだ、と説得しました。資料は私が書くからと重ねて頼み、なんとか同意を得たんです。
西:その結果はどうでしたか?
瀬名波:危機的な業績が一目瞭然の棒グラフがスライドに映し出されたそのとき、全員が息を飲む音が舞台袖にいた私にもはっきり聞こえました。そこで空気が一気に変わったのを今も覚えています。社員が現実に向き合ったこのとき、ロンドンに来て初めて一つ仕事をした、と思えました。
西:20代後半、しかも赴任してわずか半年ほどで、普通そんな過酷な立場には置かれないし、経営に真っ向から向き合う機会もないはず。買収側なので、経営ポジションを取ってそのパワーを使って改革もできたはずだが、瀬名波さんはそれなしでやるべきと考えて実行した。すごいことだと思います。
瀬名波:状況はシンプルで、すべきことは明確でしたからね。それに私は心底、事業を良くしたかったし、できるとも思っていた。
西:それには現場の理解が必要ということですね。それをポジションパワーではなくリーダーシップ一つでやり遂げたことに感嘆します。CEO の様子はどうでしたか。
瀬名波:キックオフの後には彼も手応えがあったのでしょう、その夜、初めてビールで乾杯したのを覚えています。そこからは私がセンターに立って変革を進めていき、一年後には社長を任せたい、とバトンを渡してくれました。
西:まさにターニング・ポイントだったのですね。
瀬名波:こういう経験ができたことはものすごくラッキーだったと思います。自ら望んで行ったものの、何もかもうまくいかず、自分の能力や経験がいかに足りないかという事実と向き合い、そのうえで腹を括って、成果を出すことができた。
西:私も中国に日本人一人で行って合弁事業をしたことがありますから、瀬名波さんのそういうアウェイ感はわかります。最初、冷ややかな反応だったものが、こちらの本気が伝わると、打ち解けていきますよね。
瀬名波:そうですね。私がこの仕事ですごく感謝しているのは、本当のダイバーシティを経験できたこと。人種も文化もキャリアも世代も全く異なる人々が、事業で一緒に勝っていくことで本当の仲間になれた。私の人生における大きな財産になったと感じます。
ジャカルタの風景が生んだIndeed買収
西:その後、帰国され、今度は、米国の求人検索エンジンのIndeed に関わられたのですね。
瀬名波:はい。人事室長をしていたとき、Indeedを手伝ってもらえないかと出木場(出木場久征氏・リクルートホールディングス代表取締役社長兼CEO)から言われ、2018年から本拠地のテキサス州オースティンに駐在しました。
西:そこからはリクルートホールディングスの執行役員、さらにCOO、取締役、と大活躍されていますが、そもそもリクルートはどうやって事業をグローバル化できたのでしょうか。
瀬名波:私が入社する前の2000年頃からグローバル展開が議論されていました。国内の人口減少などを受け、海外にリソースを振り向けるべきだと。そこで2000年代はバーティカルモデルで、情報誌ビジネスを、中国で自前で展開しようと試みたんですが、結局うまくいきませんでした。そこから学んで、今度は勝ちパターンを国内で確立した派遣事業をM&Aという手段で、米国で最初に展開しました。
西:Indeedとの出会いはどのように?
瀬名波:きっかけは出木場が、旅行事業のM&A 候補先企業を求めてジャカルタに出張したときに見た風景です。当時のジャカルタでは、車両あたり3名以上乗っていないと市内を走行できない、という交通規制があり、女性たちが他人の車に乗車してわずかなお金を稼いでいたのです。出木場が、他の仕事を探さないのか、と尋ねてみると、「どうやって仕事を探せばよいのかわからない」との返事。世界中で仕事探しの領域には改善の余地があるなと直感した。そこからたどり着いたのがIndeedなんです。
西:それにしても、よく経営陣が投資を決断しましたね。
瀬名波:彼の、一瞬の直感を経営戦略に昇華させるまでのスピードや精度は、運ではなくて地道なプロセスの賜物です。徹底的に買収候補を探し、議論を重ねるなかでIndeedに出会った。それでも役員会は大反対でした。売上高は当時60~70億円程度、利益も出ていない企業を 1000億円以上で買収すると起案している訳ですから。
西:その大反対を乗り越えられたものは何ですか。
瀬名波:グローバルに事業展開しなければこの先はないという認識は共通していました。またリクルートではほとんどの新規事業が社員のアイディアから始まっているし、役員の誰もが、身の丈以上の何かを「やりたい」と言ってチャレンジしてきた経験があるから組織全体として「やりたい」には寛容です。言い出しっぺが自分でやるという文化なので、買収後も出木場はオースティンに駐在してIndeed のリーダーとなりました。
西:それはすばらしい企業文化ですね。
3カ年計画や中経は作成しない
西:企業組織を変えようとするとき、グローバルに通用する方向に導くには何をすべきでしょうか。
瀬名波:我々も日々試行錯誤です。新しく始めたことも、やめたこともあります。グローバルで勝負できる報酬制度を新設した一方で、例えば配当性向30%とか、中期経営計画などはやめました。もちろん長期のビジョンは明確にあり、それに沿って毎年 IRガイダンスは出しますが。いずれにしても、日本流や自己流を貫くのではなく、まずはテックジャイアントから謙虚に学ぶことが大事かなと思います。
西:人材についてはどうですか。 瀬名波 役員も含めて適材適所でやっています。リクルートは新卒文化と思われていますが、実は国内でも約8割が中途入社者です。役職は最も向いている人に任せるという発想です。
西:日本企業が世界標準で運営するのが難しい理由は報酬面にも出てきますね。
瀬名波:そうなんです。知恵を絞って新しい報酬体系を作りました。ポートフォリオを進化させていく途上にいる我々にとって、日本企業だけのベンチマークではグローバルの採用マーケットで全く勝負できないし、一方で一気にアメリカのテック企業と同じ様に何十億も報酬を出すというのも一足飛び過ぎるなぁ、と。そこで、3つの全く異なる事業ポートフォリオの変化にともなって、報酬そのものも変わっていく、というメカニズムにしまし た。ポートフォリオがHR テック事業に寄るほど報酬もそこに近づき、そうでないなら離れていくという連動的な仕組みにしたということです。
西:HR テック領域の売上が急速に増えましたね。
瀬名波:そうですね。海外比率は 2010年に1% 未満だったのが今では55%を超えています。
西:国内事業を減らさずに海外事業を足し算してこの比率まで持っていったことは驚異的です。また製造業でなくサービス業で海外売上高比率50% 超えという日本企業は稀有です。リクルートのグローバル化成功の軌跡は、サービス業全般に勇気を与えてくれると思います。
瀬名波:ありがとうございます。でも本当にまだまだです。ジャイアントの背中がようやく見えるか見えないかという位置についたくらいだと思っています。
事業成長と社会貢献を両立させるために
西:今回、私がお聞きしたかったもう一つのテーマがサステナビリティについてです。ここに来て社会へのコミットにかなり注力されています。グローバル企業としての責任感からでしょうか。
瀬名波:2020年に取締役に就任するにあたって色々なことを考えました。HRマッチング市場で世界一になりたいという目標を掲げていましたが、宇宙から見たら、どの企業が世界一かどうかは本質的に意味がないな、と。大きくなっていく私たちの影響力をいかに社会にとって良いことに使うかが大事だと思いました。ちょうど時を同じくして、コロナがあって。世界中でたくさんの人が仕事を失う中で、あらためて自分たちの生業である「人と仕事を結びつけること」の意義を強烈に意識するようになりました。
西:そこからサステナビリティ方針が出てきたのですね。
瀬名波:そのとおりです。方針をきちんと言語化し、具体的な定量目標をおくことで、ドライブをかけています。
西:本業+マテリアリティと設定される企業が多い中で、リクルートは本業を通じたマテリアリティ実現とされていますね。どのようなお考えによるものですか?
瀬名波:事業の横で何かちょこっといいことをする、ということではなく、骨太に、事業の真ん中で社会に貢献するべきだという考えは元々強くありました。例えばOECD のデータによれば、「世界の人々の40%は仕事を失うと3カ月で貧困に陥る」という現実があり、それに対して「2030年に就業までに掛かる時間を半分にする」という目標を掲げました。貧困に陥る人を少なくするという意味でも仕事探しのスピードは重要ですが、同時にこれは我々のマッチングの精度が圧倒的に高くなっている、つまり、競争優位が高まり業績にもつながることを意味しています。サステナビリティを事業の真ん中で実行するからこそ世界を変えられる。そんな気持ちでやっています。まだ道半ばですけどね。
西:収益力と社会的インパクトの両立ですね。そこに瀬名波さんの本気度を感じます。2030年を迎えたとき、世の中が変わり、新しい価値観が浸 透していたらすばらしいと思います。これからも、日本で、世界で、リーダーとして活躍されることを応援しております。
高橋 亨グロービス•ヨーロッパ(GLOBIS Europe) President&CEO
『異文化だから』で片付けない
海外で多様なメンバーや取引先と信頼関係を築き、共に成果をあげるために大切なことは何だろうか。
巻頭のリクルートホールディングス・瀬名波さんのエピソードからもわかるように、「異文化を言い訳にしないこと」をまずは指摘したい。海外のビジネスでは様々な困難に直面する。そうした際、実に多くの日本人がその理由を、“異文化” に求 めがちだ。曰く、「アメリカでは…「」中国では…「」中近東では…」と来て「…だから仕方がない」などと決めつける「ではの守※」の思考に陥ってしまう。ビジネスがうまくいかない理由を、その国や地域の特殊性(異文化)によるものと思い込んでしまうわけだ。しかしこれでは問題の本質を見逃すことになる。これまでグローバルに展開する様々な企業の海外事業支援・組織変革に携わってきた経験から、海外で働くビジネスパーソンがぶつかりやすい壁を次の四つのフレームワークとして整理した。
(1)発展段階の壁…その国の経済の発展段階によってビジネスの仕方が異なる。例えば新興国で のビジネスの成功要因と、経済の成熟期を迎えた日本のような市場での成功要因は異なり、仕事や働き方に対する価値観にも差が出て、その隔たりが壁になる。
(2)ビジネス領域の壁…日本では通常、営業、販売、マーケティング、製品開発といった具合に担当職務は分かれているが、海外に出た途端、一人で複数の製品やサービスを扱ったり、複数の職務領域をカバーしたりすることはよくある。慣れない領域に取り組むことが壁となる。
(3)組織での役割の壁…日本では部課長クラスの社員が海外拠点ではより高位の役職に就いて多数の部下を持つ、ときには拠点トップとして組織を牽引しなくてはならないことはよくある。
(4)文化の壁…前述の文化や民族性の壁である。一口に文化と言っても世代、宗教、生活習慣など様々あって複雑だ。
こうしたフレームワークを知るだけで、海外における問題の真の原因を判断しやすくなり、安易な異文化論に陥らずにすむはずだ。
※ではの守:「海外ではこうだから日本もこうすべき」などといった語り方をする人を、「〇〇では」という口癖から「ではの守(出羽守)」という。
言語化し、仮説を立てて行動する
ビジネスパーソンにとって非常に大切なのは、これまでの 知識や経験に安住せず、学び続けることだ。特に海外では、未知の世界でビジネスを切り開かねばならないから尚更だ。学ぶ力の高い人を観察すると、①「言葉にする力(」言語化能力)、②「やってみる力」(意図した行動力)、③「繰り返 しやる力」(継続力)の三つの力が優れていることがわかる。
「異文化だから」で、見落としてしまう四つの壁
出典:「海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない」英治出版
①に関して、日本社会は言語に頼らない暗黙知の文化が強いと言われるが、言語化によって他者と思考を共有するスキルは海外での組織活動には欠かせない。②は言い換えれば、仮説検証的な実践のことだ。行動と言うと、とりあえずチャレンジしてみて偶然に効果の出る場合もあるが、異文化環境では行動の意図を明確にして、属人的な経験に留まらないようにする努力が必要だ。そして、海外で難易度の高いビジネスを成功させるには、トライアンドエラーが前提にある以上③が大きな意味を持つ。
加えて、これから重要になってくるのは「情緒的な信頼関係構築力」。社内外を問わずオンラインで仕事ができる昨今では、一緒に仕事をするメンバーが同じ部署や同チームであることの意味は薄くなりつつある。だからこそ、権限や権力と関係なく「この人となら一緒にやれる、やりたい」という関係を作れる力、パーパスや社会的価値への共感をベースにした関係構築力が求められるのだ。
グローバルリーダーに必要なマインドセット
海外で仕事をするとき、リーダーシップが重要であることは言うまでもない。前述の(3)の組織での役割の壁に関係しているが、海外拠点では部下もビジネススコープも拡大することが多い。
そこで日本人リーダーのマインドセットとして必要となるのは、第一に「ギブ&テイク」ではなく、「ギブ&ギブ」。いかに徹底して相手のために尽くせるか。会社の一員としてではなく、個人としてどれほど人間的な信頼関係を築けるかを考えなくてはならない。
第二に三つのEが挙げられる。Engagement(仕事を進める際に、お互いが同じ土俵に乗り、互いの関与をコミットすること)、Explanation(なぜこのビジネスを行うのか、なぜこの仕事が重要なのかを、論理的に説明すること)、Expectation(仕事を行ううえで、どのレベルの成果を求めるかの期待値を事前に具体的に示すこと)である。特に日本企業には「暗黙の了解」で物事が進む文化があるため、Expectationを見落としやすい。
第三は、コミュニケーション量を増やすこと。慣れない外国語(ほとんどの場合が英語)で意思疎通をしなければならない。複数の海外拠点立ち上げを経験した私の実感では言いたいことの60%くらいしか伝わらないもので、聞く側も60%くらいの理解力とすれば、60%×60%=36% 程度しか伝わっていないことになる。だからこそ、コミュニケーションの量と機会を格段に増やさなくてはならない。単純計算で日本人同士で話す場合の3倍話してやっと同程度通じるかどうかである。しかし現実には外国人社員との対話や議論を十分にしていない日本人リーダーは実に多いと感じる。「自分の言うことが現地スタッフになかなか伝わらない」と嘆く前に、まずは3倍のコミュニケーションをとることからはじめてほしいと思う。
組織文化の形成過程
出典:「グロービス MBA 組織と人材マネジメント」ダイヤモンド社
そして第四に、自社独自の文化を創る意識を持つことだ。グロービスではリーダーを含む組織構成員の「思考」、「言葉」、「行動」が組織文化を形成すると位置づけている。その起点となるのがリーダーの思考様式である。リーダーは自分の考え方の特徴をはっきりと意識したうえで、使う言葉、伝え方、行動を考えなくてはならない。それらが社内の他のメンバーに影響し、その思考を促すからだ。組織はリーダーの鏡であると言われる所以である。
70%の成功確率で進むことができるか
日本人リーダーに足りない要素の一つにリスクの取り方がある。海外でビジネスをしていると頻繁にcalculated risk(計算されたリスク)という言葉が出てくる。海外の企業の場合、新たな事業などに取り組むとき、50%から70%の成功確率でも前へ進もうとする姿勢がある。そうしなければビジネスチャンスを逸するという意識が強い。これが多くの日本企業だと、成功確率70%なら、打って出るより、リスクの30%を下げる方に注力する傾向が強い。そうすると、当然日本企業の行動は遅くなってしまう。海外に進出する日本企業に必要なのは、成功確率100%でなくても前へ進める力を身に付けることである。
困難を乗り越えて前に進む原動力は、個人の志
仮に70%の成功確率で前へ進めようとしたとき、同じ社内からも批判は出やすい。海外拠点は当初は利益が上がらないのが通常だ。一方で先が見えづらい中で必要な投資を進めなければならず、こうした状況で社内の批判を抑えコンセンサスを取るだけでも、大きな困難を伴う。そうした軋轢に向き合い続けることは、並大抵なことではない。
軋轢や批判があっても、海外で事業に取り組み続けるために何が必要かと言えば、結局は個人の志、個人としてのパーパスである。個人としてやりたいことは何かを問い、それを会社というプラットフォームを用いて、海外でいかに実現するか。その思いを海外に赴任した一日目から自覚し、行動することが、海外での成功への第一歩だと私は考えている。
President&CEO 高橋 亨 Toru Takahashi
大学卒業後、丸紅株式会社に入社。イラン、ベルギーでの計8年間の駐在を含め、一貫して海外事業に携わる。この間、様々な海外プロジェクト、取引先や投資先への経営支援、海外拠点の立ち上げなど、グローバルに展開する企業の海外事業支援を行う。その後、グロービスに転じ、企業研修部門にてクライアント企業の人材育成に携わる。日系企業のグローバル化に伴い、グロービス・チャイナ、グロービス・アジアパシフィック、グロービス・タイランドを設立し、現在は、グロービス・ヨーロッパの代表として、自ら現地でクライアント企業の組織変革、海外拠点の人材育成支援に携わる。著書に、『海外で結果を出す人は、「異文化」を言い訳にしない』(英治出版)、共著に『MBAマネジメントブック2』(ダイヤモンド社)がある。
企業における「人的資本」への注目度が、近年非常に高まっている。
今回のセミナーでは、従業員がより活躍するために重要な
ダイバーシティ&インクルージョンや働き方改革、また、それを実現するための施策や
企業の競争優位に繋げるためのヒントを人的資本の観点から解説。
グロービス経営大学院 教員の林恭子の講演をダイジェストで紹介する
ダイバーシティの浸透には段階がある
ダイバーシティ&インクルージョンという言葉は、今ではビジネスの世界で当たり前に使われるようになった。林はまず、ダイバーシティの定義から紐解いた。
「ダイバーシティには大きく、表層的なダイバーシティと深層的なダイバーシティがあります。表層的なダイバーシティは、性別、年齢、人種、学歴など外部からわかる属性のこと。深層的なダイバーシティとは、パーソナリティ、価値観、態度、嗜好、習慣、仕事経験など外部から見えず、時間の経過による変化もある属性を指します」
このようにダイバーシティは人間の持つあらゆる属性を意味するが、それが増えることは組織にどのような影響を与えるのだろうか。
「多様性が広がれば、得られる情報や、出てくる意見が多彩になり、物事を多面的に捉えることが可能になります。
これはプラス面。一方、人間の根本的な性向として、自己と他者を分けて考え、さらに自己が優れ、他者が劣っていると思いたがる。また、自分と類似した人間同士であれば理解しやすく、コミュニケーションが円滑に伝わることも事実。これらはマイナス面と言っていいでしょう。つまり単に多様性を増やせば組織はうまくいくとは限らない。プラス面を得るためには、自覚的にマイナス面を低減する取り組みが必要になります」(林)
そこで必要になるのがダイバーシティ&インクルージョンだ。組織との関係で見ると、ダイバーシティのありかたは3つのステップから分析できる。
「最初のステップは、昔ながらの日本企業によくあった多様性のない組織。従来と違う属性は、排斥するか従来の属性に同化する。2番目のステップは、ダイバーシティは存在するが、異なる属性は互いに関わらず、別個の世界を形成し、暗黙的な区別や排斥も存在する。3番目がインクルージョンされたダイバーシティ。それぞれの属性が元来の性質を発揮しつつ、他の属性と関わりあっている形です」(林)
多様性から生まれる競争力
あらためて、企業にダイバーシティが必要な理由を考えてみると、「競争に勝つため」に集約される。企業活動においてダイバーシティが競争優位を生み出す領域としては、コスト、資源獲得、マーケティング、創造性、問題解決、システムのフレキシビリティと数多い。
前述の表層的なダイバーシティで言えば、外国人や女性のトップ・管理職が増えれば、グローバル化や企業イメージ向上に役立つかもしれない。「しかし大事なのは、深層的なダイバーシティによるプロダクトやプロセスのイノベーション効果です。新しい発想で製品やサービスを開発したり、多様な顧客ニーズに対応したりと、企業の競争力を高めることにつながるのです」と林は言う。
ある世界的な人事コンサルティングファームは、イノベーティブな企業に共通する特徴を6点あげているが、その一つが「人材の多様性」だ。また「パラダイム」という概念を打ち出した著名な科学史家トーマス・クーンは著書の中で「本質的な発見によって新しいパラダイムへの転換を成し遂げる人間のほとんどが、年齢が非常に若いか、或いはその分野に入って日が浅いかのどちらかである」と書いている。
イノベーションにとって、先入観にとらわれない視点の重要性には幾多の例がある。
若き日のダーウィンは、もともと生物学者ではなく地質学者として調査船に乗り、ガラパゴス諸島を訪れた。同乗の生物学者たちは、珍しい動植物の採集に熱中していたが、ダーウィンはこの島の生物全体に起こったことを思索し、それが進化論のきっかけとなった。また、恐竜絶滅において最も有力とされる隕石衝突説を唱えたアルバレズ父子は父が物理学者、息子は地質学者で、古生物学者にはない知識と発想がこの説につながった。不可能と言われた低燃費のロータリーエンジンを開発したマツダ(東洋工業)の設計・開発陣も、もとは自動車でなく、戦時の戦闘機設計をしていた人々。しかも平均年齢25才という若手の技術者たちであった。
「社会科学者スコット・ペイジは、高度な能力を持つ、似たような人を集めた集団と、能力はそれほどでなくても多様性のある集団に、各種の問題解決をさせ、比較研究しました。その結果、解決する力は多様性のある集団の方が優れていることがわかった。一様な集団は何人集まっても一つの視点、発想にしかならないが、多様性のある集団からはさまざまな視点、解決法が出てくるからです」(林)
さらにイノベーション研究の第一人者クリストン・クリステンセンによれば、IQは遺伝によって80~85%は決まるが、創造性(クリエイティビティ)が遺伝に依存するのは30%くらいで、70%は後天的に伸ばす余地があるという。「イノベーターには、本質的な質問をする力、人的ネットワークを使う力、さらに出てきた要素を組み合わせる力が重要。その前提は、現状に異議を唱え、リスクを取ること。これらは経営の意思決定であり、リーダーの示すべき判断でもある」と林は語る。このように、ダイバーシティの効果はインクルージョンと一体となって初めて発揮される。ある監査法人系ファームの研究によれば、インクルーシブな文化が醸成された組織は、イノベーションの起きる確率を6倍に、変化への適応力を6倍に、ビジネスパフォーマンスが向上する可能性を3倍に、財務目標を達成する可能性を2倍に高める傾向があるという。つまりダイバーシティ&イクルージョンは、競争力を得るために積極的に取り組むべきことなのだ。
公平性と一体感が組織力を高める
近年では、ダイバーシティとインクルージョンに加え、エクイティ(Equity/公平・公正)の必要性が謳われる。エクイティはイクォリティ(Equality/平等)とは異なる。イクォリティの場合、一律の支援を指す場合が多い。しかし人によってさまざまなハンディキャップが存在するため、一律の支援ではなかなか差が埋まらない。
「従ってハンディキャップのある人が機会を失わずにすみ、全員が同じスタートラインに立てるようにするには、ハンディキャップのある人をフォローする仕組みを用意する必要がある。しかし恵まれた立場にいた人にとっては、それが不公平な優遇に見えて不満を抱く可能性もある。そのため経営陣など、エクイティを推進する側は、目的と覚悟を持って臨むことが非常に大切になります」(林)
さらに最近ではダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンに、Belongings(一体感、帰属性)を加える動きもある。「一体感は組織へのエンゲージメントを高めます。エンゲージメントとは従業員と企業がパートナーシップで結ばれる信頼関係のこと。これがあれば従業員は企業というパートナーのために、自発的に行動し組織の力が向上するのです」(林)
こうした背景の中で日本全体を見ると、人を資本ととらえ、その成長のために投資しようという動きが出てきた。これは現在の岸田政権の成長戦略にも反映されている。また日本社会の長寿化によって、働くシニア人材が急増しているため、今後はダイバーシティの対象としてシニア層も重要になってくるだろう。
無意識の偏見を越えて前進する
ではダイバーシティ&インクルージョンの実現にとって越えなければならない難所とは何だろうか。これには大きく二つある。一つはアンコンシャス(無意識)バイアスだ。「人は無意識に、“ 男性(女性)だからこう”、“ ○○国人だからこう”といったステレオタイプな偏見で判断していることがあります。これが組織に同化すると集団同調バイアスにもなる。またインポスター症候群と呼ばれる自分への過小評価に陥る人もいる。これらを乗り越える必要があります」(林)
もう一つはリーダーシップのあり方だ。現在はVUCAの時代と言われるように、正解がわからない時代。かつては正解を予測し、リーダーの指揮のもと計画を立ててそこに向かうことができたが、今はそれが困難になっている。「何が売れるのかリーダーですら不明な時代であり、誰もが学びながら前に進むしかない。リーダーシップもかつての実行型フレームから、学習型フレームへと転換する必要があります。リーダーには、メンバーの意見を積極的に聞き、挑戦を促すため心理的安全を確保し、各メンバーの才覚を引き出し、それを一つにまとめる力が求められています」(林)
インクルーシブ・リーダーシップに求められる資質としては、「目に見えるコミットメント」「謙虚さ」「バイアスへの認識」「他者への好奇心」「文化的知性」(異なる文化への適応)「効果的なチームワーク」(他者への権限委譲)がある。
最後に、これからのリーダーに求められる姿勢として、「リーダーシップに対する危機感を持ち、その在り方を変える必要を受け入れる」、「自分の言動を振り返り、フィードバックしては変えていく」、「何のためにダイバーシティ&インクルージョンを実現するのか目的意識を持ち、どうしたいかを明確な言葉で発信する」、「多様な人を認めつつ、一体感を作り出すためにパーパスなどを共有、浸透させ、メンバーを巻き込んでいく」ことを挙げた。