G-Agenda 2021年 冬号 Vol.3

SXの実現に向けたサステナビリティ経営の在り方

  • AGENDA TALK サステナビリティを追求する「企業理念経営」

    オムロン株式会社 取締役会長 立石 文雄
    株式会社グロービス マネジング・ディレクター 西 恵一郎

  • Director's Eye サステナビリティ経営の実現~社会的課題解決と業績向上の両立に向けて~

    株式会社グロービス ディレクター 新村 正樹

  • Conference Report 取締役会のあり方とは コーポレート・ガバナンス改革を考える

(会社名・役職等は取材当時)

AGENDA TALK

立石 文雄Kazuo Tadanobu

1949年7月生まれ。1972年慶應義塾大学商学部卒業後、1975年に立石電機(現オムロン)に入社。以来、企業理念経営の推進に携わり、組織改革や制度構築を手がけてきた。1997年取締役、ヨーロッパ現地法人トップとなる。1999年執行役員常務、2001年グループ戦略室長を経て、2003年執行役員副社長兼インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー社長に就任。2008年取締役副会長、2013年取締役会長となり、現在に至る。

西 恵一郎Keiichiro Nishi

株式会社グロービス マネジング・ディレクター 顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 薫事。早稲田大学政治経済学部卒業。INSEAD IEP修了。2000年に三菱商事に入社。グロービスでは法人向けコンサルティング事業で、リーダー育成、組織開発を伴う組織変革に一貫して従事。2011年から中国法人立上げを行い、2017年から法人事業の責任者を務める。

本気で向き合う情熱がグローバル事業を動かす

SDGsやESGといった言葉が一般にも知られるようになり、これまでの社会や産業のあり方が根本的に問われる時代になってきました。オムロンは創業間もない頃から、社会的課題の解決によってよりよい社会をつくることを企業としての使命に掲げています。立石文雄会長は、自社の企業理念が単なる文言に留まらず、社員一人ひとりの日々の仕事の中で実践されるべく、様々な施策を打ち出してこられました。時代の趨勢を先取りしていたかのようなオムロンの活動はなぜ可能だったのか、その要諦はどこにあるのか、グロービスの西との対談で解き明かします。

企業の求心力の源泉を創業家から企業理念に

西:今日、世界は様々な課題を抱え、大きな転換期にあるようです。そうした中で御社は、社会的課題の解決を事業として、持続可能な社会づくりに取り組まれてきた極めて先駆的な企業であると感じます。まず、これまでどのような発想、視野で企業運営をされてきたのかを伺いたいと思います。

立石:弊社は事業を通じて社会の発展に貢献することを使命と考えてきましたが、その拠り所は、創業者の立石一真が1959年に制定した社憲です。「われわれの働きでわれわれの生活を向上しよりよい社会をつくりましょう」というその一文に企業としての基本精神がすべて込められています。

西:社憲を定めようと判断されたのはなぜですか。

立石:社憲を定めるまでに11年の 月をかけていますが、その過程で三つの転機があったようです。一つには日本中で労働争議が頻発していた時代に、経営側と社員がどうすれば同じ方向を向くことができるだろうか、という創業者の「苦悩」がありました。もう一つには、そうした中で創業者が米国を視察した際の体験…米国民が星条旗への思いやフロンティアスピリットという共通理念のもとに団結して力を発揮する姿を目の当たりにしたことに強く「感銘」を受けたようです。そしてもう一つは、経済同友会のセミナーで触れたという“ 企業とは社会に奉仕するために存在する”という考え方に、理念の重要性を「確信」したと聞いています。

西:理念を経営の仕組みにまで落とし込むには相当のご苦労があったのではないでしょうか。

立石:これはいくつかの段階を経ています。1990年に社憲の発展形である企業理念を策定※1しました。その後、創業者が亡くなり、創業者を直接知る人が少なくなったこと、2003年に創業家以外から初めての社長を出したことをきっかけに、2006年に企業の求心力を、創業者・創業家から企業理念に移すことを宣言しました。
企業理念を求心力にすれば、誰が経営トップになっても求心力は影響を受けずに組織は発展していけます。また企業理念は、“ 壁にかけた絵”であってはならず、業務の中で実践されるべきものと考えていますから、その点でも企業理念を求心力にした判断は正しかったと思います。

西:最上位に掲げた企業理念のもとに、経営のスタンスなども明文化されていますね。

立石:経営のスタンスは企業理念を経営でいかに実践するかを示したもので、「長期ビジョンを掲げて社会的課題を解決する」、「真のグローバル企業をめざして公正かつ透明性のある経営をする」、「ステークホールダーと責任ある対話をし信頼関係を結ぶ」という三つの柱からなります。さらにそこから、10年ごとの「長期ビジョン」と「オムロングループマネジメントポリシー」を示しています。特にマネジメントポリシーは3、4年の準備を重ねて2017年に施行し、これによってマネジメントルールを日本国内だけでなく、世界共通のものにできました。グローバルという点ではこれは大きな転換点だったと思います。

事業とサステナビリティを一体化

西:多くの企業では、CSRなどは、事業と一線を画した慈善活動といった色彩が強いですね。それに対し、御社では社会的課題の解決自体が事業であり、収益に結びついています。これを可能にした要因は何でしょうか。

立石:もちろん、一つには創業期から「事業を通じて社会に貢献する」という考え方があったことで、それが自動改札機をはじめとする無人駅システム、電子式自動感応信号機、金融機関などのCDやATMといった世界初の製品群にもつながりました。その原動力になったのは創業以来受け継いできたベンチャースピリットです。創業者は本拠地の京都で地元財界の方々と組んで日本初のベンチャーキャピタルを設立したこともあります。チャレンジはたとえ失敗しても学びがあるものですから、社員には大いにチャレンジしてほしいと考えています。もう一つは、2017年からの最終の中期経営計画にサステナビリティ目標をはじめて設定したことです。本当は、長期ビジョンに組み込んでいきたかったのですが、過渡期であったので中計で組み入れました。2022年からスタートする次期長期ビジョンには、サステナビリティ目標を組み込む予定です。オムロンでは、事業とサステナビリティ(持続可能性)を一体化していることも鍵だと思います。

西:よくある慈善事業やメセナ(芸術文化支援)の発想とは違うわけですね。

立石:その通りです。事業とサステナビリティを別々にすると経営の負担が重くなります。しかし一体化すれば、事業によって社会的課題を解決し、そこで上がった収益をまた社会的課題の解決に投入するという拡大再生産が可能になり、経営的にも効率が高まります。

西:ただSDGsは一般的に言って、かなり大きな枠組みですから、具体的に事業に落とし込むには工夫が必要になりますね。

立石:そうです。そこでオムロンでは事業本部(カンパニー)ごとの非財務目標をSDGsに関連付けました。企業全体のミッションはあっても、現場からすると、「遠くの理想」になりやすいので、自分事として受け止めてもらうように2014年4月にカンパニーごとにビジョンを定め、社員の理解を促しました。事業ごとに直結するテーマを設定することで自分事として取り組みが進み、大きく変わりましたね。社員が自身の事業の中で、社会的課題の解決に取り組むようになったのです。

西:そうしたきめ細かな施策があるからこそ、理念とミッションとチャレンジがうまくつながっているんですね。ところで、企業理念の中で「ソーシャルニーズ」という言葉を使われていますが、これもオムロンならではですよね。一般的には「顧客ニーズ」と言うことが多いと思うのですが。

立石:確かにそういう企業は珍しいでしょうね。もちろんビジネスはお客様あってこそで、顧客ニーズはとても大切ですが、オムロンでは、顧客ニーズへの対応というより、まずわれわれがお客様に先立ってソーシャルニーズを発見することが重要と考えています。そうすることで、より高い次元での価値提供を行うことができるわけです。最近はお客様もソーシャルニーズへの関心は高く、こうした考えに共感いただくことも増えています。

未来を見通す羅針盤「SINIC理論」

西:オムロンと言えば、立石一真さんの打ち立てた「SINIC(サイニック)理論」※2も有名です。科学・技術・社会の相互関係を人類史的に俯瞰したこの理論の驚くべき点は、非常に早い時期に今日の社会のありようを予測し、しかもそのように変遷していることですね。

立石:SINIC 理論は言わば経営の羅針盤としての役割を果たしています。「よりよい社会をめざす」と考えても、その「よりよい社会」とはどのような社会なのかが明確でなくては、どこに向かえばよいのかわかりません。その意味でSINIC 理論は未来への教科書となり得ます。

西:SINIC 理論によれば現在は「最適化社会」で、2025年くらいから「自律社会」になると予測されています。

立石:オムロンではSINIC 理論を参考に、過去からのフォーキャスト(順算思考)で10年間の長期ビジョンを立案してきました。しかしAIやIoTといった技術が普及し始めたことから、2017年からスタートした中計では、2020年のさらに10 年先の世界を見据え、2030年に向けて社会構造や人々の価値観がどのように変化するのかを描きました。来年度から2030年をゴールとする新たな長期ビジョンがスタートします。次期長期ビジョンに向けて、あるべき社会の姿からバックキャスト(逆算思考)してギャップを炙り出し、不足するリソースをどう補っていけばよいのか、今、議論を重ねているところです。

西:自社に先行する対象がいるときはキャッチアップに専念すればよいのですが、不確実性が高い状況ではキャッチアップというより、自分が先頭に立って未来を作っていく必要があり、この点、日本企業は上手くできていない印象です。しかしオムロンの場合、先頭に立ってもバックキャストが可能になっている。これはSINIC理論の力なんですね。

立石:創業者も「経営で最も大切なのは未来を予測することだ」とよく言っていました。

※2 参考:未来を描く「SINIC理論」(オムロンコーポレートサイト)

グローバルに理念を浸透・実践する仕組みをつくる

西:企業理念を浸透させる手段についてはどうお考えですか。

立石:企業理念は、基本は一貫していますがより伝わりやすいように時代に合わせて少しずつ変化させています。これまで1998年、2006年、2015年と3回の改定を行っているのですが、考えてみれば約8年おきに見直してきたことになります。世の中の変化の周期がそれぐらいなのかもしれませんね。理念に対する共感を広げ経営に落とし込むための要は、共感と共鳴の場を広げること、そして価値観を一方的に押し付けるのではなく、自発性を尊重することですね。

西:具体的な手段としてはどのようなことをされましたか。

立石:社長が各事業所を回り、若手社員と膝詰めで語り合う「社長車座」、企業理念について会長の私と現地幹部社員が語り合う「企業理念ミッショナリーダイアログ」などがあります。私が会長に就任したのは2013年ですが、この年から2020年にかけて、海外18拠点で38回、総計700名の現地幹部社員と対話を重ねました。
現在はコロナ禍のため、オンラインで実施しています。昨年リモートで実施したアジアパシフィックエリアのダイアログでは、現地幹部社員66名と交流し、参加者がこれからどのようにして「企業理念」を実践していくのかということを語り合いました。一回のダイアログには3、4時間をかけています。

西:オムロンの本気度を感じますね。実践例としては先日拝見した、TOGA(The OMRON Global Awards)が印象的です。グローバルな規模で企業理念を実践されていることがよくわかり、非常に感銘を受けました。

TOGA (The OMRON Global Awards )オムロングループが2012年から始めた、チームで企業理念に基づくテーマを宣言し、実践する活動で、社会的課題の解決、社会・顧客への価値創造について話し合い、情報共有する機会となっている。ルールは、旗(テマ)を立て宣言する、チームで挑戦する、企業理念の実践であること、の三つ。チームは部署やエリアを横断した編成も可能。プロセスを重視するので失敗事例でもチャレンジとして評価の対象となる。毎年エリアごとにプレゼンテーションと選考会を実施、13の優れたテーマを選出し、議論が交わされる。

立石:ありがとうございます。TOGAは業績表彰的な催しではなく、将来に向けた企業理念の実践やチャレンジを発表し、共有する場です。9回目を迎えましたが、初期とはかなりテーマが変化してきました。社会的課題を発見しながら解決をめざし、新しい事業を推進しようとする事例が増えています。TOGAはオムロンの成長に欠かせない取り組みになっています。

西:企業理念の実践はもとより、それがイノベーションにつながっている事例も多いですね。しかも世界の各拠点が日本の本社を気にせず、自立的に、柔軟に取り組んでリバースイノベーションが起きていることにも驚きました。

立石:ヨーロッパで形になったアイデアが南米で使われるといったように、日本を介さず、海外拠点同士で連携することも少なくありません。また現地企業との連携も多いですね。これはオムロンがその国に進出させていただいたことに応え、現地企業と一緒にその国の社会的課題を解決したいと考えているからです。オムロンでは現地企業が顧客となる比率も非常に高いと思います。

ますます重視される非財務的価値

西:企業がサステナビリティに前向きに取り組み、社会との共存をはかるという潮流は続くと思いますが、今後についてどうお考えでしょうか。

立石:これからの企業は、利益もさることながら、サステナビリティなどの社会的価値の創出がますます必要になるでしょう。それを進めていくと結果的に非財務的価値が増えていきます。オムロンの時価総額に対する非財務的価値の割合は現在72%※で、これは電子・電機業界の中ではかなり高い方だと思います。非財務的価値はこれからさらに重視されるでしょう。今後、ミレニアル世代やZ 世代が社会の中心を占めるようになると、この意識は一層強くなると思います。

西:他企業の参考になるご意見があれば伺いたいと思います。

立石:繰り返しになりますが、サステナビリティの追求と事業を一体化することを心がけるべきだと思います。一体化すれば経営への負担は小さくなり、社会的課題の解決は進み、非財務的価値が増します。また一人ひとりの社員にとっては、課題解決が“自分事” になり、それがモチベーションアップにもつながります。オムロンではこうした正のスパイラルを積極的に回し、これからも社会により多くの価値を提供していきたいと考えています。

サステナビリティ経営の実現~社会的課題解決と業績向上の両立に向けて~ ~言語や文化の異なる人々とビジネスを成し遂げる力~

新村 正樹株式会社グロービス ディレクター

サステナビリティ経営は世界的潮流に

皆さんの会社では社会的課題やサステナビリティに取り組んでいるだろうか。多くの場合、Yesだと思う。SDGs、Society 5.0、統合報告書やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への取り組みなどのほか、中期経営計画にサステナビリティへの取り組みを記載する企業も増えた。かつてのCSRとは質が違い、より事業や組織運営に密接に関わる活動になってきた。

どう取り組むかは産業分野や業種によっても異なる。もともと環境関連分野やDX の領域に強みを持っている企業、グリーン&デジタル産業への投資の追い風を受けている企業などは、本業を通じての社会的課題解決への取り組みが業績に直結する。

一方、調達や製造、物流や製品の使用などにおいてサステナビリティへの取り組みを行っている企業は負荷が大きい。自社の主力製品・サービスの産業構造が変革期を迎えている企業(モビリティ産業など)も、サステナビリティが業績向上に直結するとは限らない。しかしそうした企業でも取り組まざるを得ないことも事実。そうしなければこの世界的潮流に押し流され、ビジネスチャンスや市場を失うからだ。

ではもう一歩踏み込んで、社会的課題やサステナビリティへの取り組みが収益や業績の向上に結びついているか、と尋ねたら、Yesと答える企業は少ないのではないだろうか。その理由を解き明かしつつ、解説していく。

経営陣の中に存在するギャップ

まず企業が、社会的課題の解決やサステナビリティの実現、SDGs達成に向けて取り組むようになった基本的な理由を考えると、大きく次の4点が挙げられよう。

1つめは外圧。ESGや2050年のカーボンニュートラル宣言、新車のEV 化目標、GPIF の投資方針、TCFDと東証プライムの基準など、政府や金融市場からのプレッシャー。

2つめは市場性。カーボンニュートラルは企業へのプレッシャーであると同時に成長領域でもある。政府や企業の投資により、約束された巨大市場が見込まれる。

3つめは、自社の理念やパーパスの体現。業績に結びつく場合はCSVであるし、そうでない活動だとCSRとしての取り組みになる。波及効果として企業理念が具現化できていることは、企業のブランド価値向上につながる(ここまでの3点は、図1を参照)。

4つめは、他の多くの企業が取り組んでいるから、世のトレンドに従おうという受動的な理由。

私の業務でも、サステナビリティ経営についての相談は近年ますます増えている。特に経営全般を見る立場にいる方は高い意識を持つ人が多く、現状維持に甘んじてはビジネスの規模が縮小していくという危機感もある。

ところが、管掌領域や責任範囲によって意識に差があり、目の前の目標や事業部門の業績を担う責任者になると、社会的課題の解決を新事業に結びつける志向は薄れる。このギャップは、企業がサステナビリティ経営を推進する阻害要因となる。これをどう解消するかが重要だ。

社会的課題の解決をイノベーションの起爆剤に

また、意欲的な企業を見ていくと、前述した4つの理由以外の動機に突き動かされていることがわかる。それはイノベーションへの期待だ。例えば、巻頭インタビューにあったオムロンのTOGAはその事例の一つだろう。とはいえ、企業がイノベーションを目指すとき、多くの場合、P.11 図2のように既存ビジネスとその周辺領域にこだわる傾向がある。これはアプローチしやすいように見えるからだが、探索し尽くした分野でもあり、実際には困難だ。本業主体で考えると、CO2排出量の削減、省エネルギーなど、どこにでもある取り組みに終始してしまう可能性が高い。むしろ新しい領域に注目する方がイノベーションの可能性が広がるとも言える。

一方、本業で環境関連技術に関わっている企業はイノベーションにおいても有利なように見える。しかしこうした分野には世界中から企業が殺到する(レッドオーシャン化している)。業種や本業が何であれ、先入観を持たず、取り組むことが大切だろう。

社内障壁をなくし事業開発プロジェクトで人を育成

三では、サステナビリティを経営に取り入れていくために、必要な施策を考えてみたい。単に理念や環境変化への適応というお題目で終わらせるのではなく、実際の取り組みや行動に落とし込んでいくことが重要である。

まず、1つめに経営陣による議論が必要だ。経営陣がサステナビリティについて学び、自社なりに意味を定義し、つながりを確認する。自社として取り組む領域を決めなくてはならない。ただ、役員合宿や勉強会では、社内の力学、社会的課題への理解不足などが障壁となってあるべき議論ができない場合がある。そこで第三者がファシリテーターとして入り、この障壁を壊し、議論の活性化や方向付けをすることも有用である。グロービスでもファシリテーターとして役員会議に参加する事例は多い。その目的は経営陣に、サステナビリティへの取り組みが一過性でやり過ごせる取り組みではないこと、不可逆的であり、今取り組まなければステークホルダーから選ばれなくなること、故に本気で取り組まなければならないことを認識してもらうことだ。

2つめに実際のプロジェクトを行うことも効果的である。社会的課題を解決して収益化を目指す事業開発プロジェクト、例えば、自治体と組んでの地方創生プロジェクトなどだ。

事業開発の経験のない参加者たちにも、本番環境を用意し、単なる机上の学習ではなく、事業化を前提として取り組んでもらう。ここで外部のコンサルタントがアウトプットづくりまで踏み込むと、自発性、再現性が損なわれる。地方創生につながる持続性のある事業を検討し、地域の人を巻き込んでいく事業開発の壁に向き合い参加者自身が乗り越えていくように、適切なフィードバックを行っていくことがカギになる。

次世代リーダーを育て動かすことが組織を変える

そして3つめが、次世代のリーダー層に向けたサステナビリティ経営の浸透だ。日本企業の場合、要となるのは「影響力のあるミドル」。人望があり、意欲のあるミドルが変わると組織も変わるのである。具体的には、部長、課長、若手の3層で、各層20名程度を選抜して次世代リーダー育成を行い、そこで経営陣への提言を実施する企業が多い。テーマは、自社の本業に近い領域ではなく、社会的課題を扱う機会も増えている。

難しいのは、社会的課題についての表面的なインプット(有識者の講演や見学ツアーなど)だけでは受け身の姿勢になってしまい、提言のために何かすればよいという形式的な取り組みに落ちてしまうことだ。本当に大切なのは、次世代リーダー自らが気づくこと。選抜人材には知的好奇心の強い人も多い。自発的なリサーチを通じて、解決すべきだと強く思う社会的課題を自ら特定できれば、主体的に取り組むことができるだろう。

同時に彼らには、社会価値と経済価値を両立させるビジネスモデルを、とことん考えてもらうことが重要だ。いかに対価を得られるレベルで課題を設定し、解決策を描くかを試行錯誤しなくてはならない。次世代リーダーにはその難しさに向き合い、乗り越えてもらうことが必要だと思う。

当然のことだが、社会的課題は1社だけではどうにもならないことも少なくない。他の部門や企業、自治体などとパートナーシップを組む必要がある。そこまで主体的に社内外とのつながりを求めていくことでイノベーションが起きる。
さらに、彼らの提言を、経営陣がどう受け止めるかも非常に重要だ。フィードバックには経営陣の見識も求められる。採用に値する提言は、継続検討や社内のプロジェクトへの取り込みを行い、実行まで移していく経営陣のコミットも求められる。経営陣にも、次世代リーダーにも求められるハードルは高いが、そこまで取り組むことで組織が変わってくる。

株式会社グロービス
ディレクター
新村 正樹 Masaki Niimura

上智大学法学部国際関係法学科卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院EDP(Executive Development Program)修了。株式会社ジャパンエナジー(現ENEOS株式会社)にて法務、販売に従事した後、2000年グロービスに入社。スクール部門、ファカルティ・コンテンツ部門を経て、現在はコーポレート・ソリューション部門のディレクターとして企業の人材育成、組織開発に携わるほか、人・組織、変革領域に関するコンテンツ開発、グロービス経営大学院の教員、企業研修の講師も務める。企業向けのアクションラーニングでは、社会的課題解決やテクノベート領域での成長戦略立案、事業開発のプロジェクトを担当している。

コーン・フェリー/グロービス共催 コーポレート・ガバナンス改革を考える 取締役会のあり方とは

2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂・施行され、
プライム市場に上場する企業は形式・実質面共に
取締役・執行役員改革が求められることに。
企業価値を高めるために、今後日本企業はどのようなガバナンス体制を構築していけばいいのか。
2021年9月24日にコーン・フェリー/グロービス共催コーポレートガバナンス・サミット
「企業のガバナンス体制をいかに構築するか」を開催した。
本サミットでは、コーン・フェリーの柴田氏が、
ガバナンスの高度化を推進させる論点についてプレゼンテーションを行い、
先進的なガバナンス改革を実践している明治安田生命保険の根岸氏が
事例をもとに社外取締役に期待することについて講演した。
また、多くの大手・外資系企業で社外取締役を務める岡氏と平手氏を迎え、
グロービスの西による司会進行のもと日本企業が取り入れるべき
ガバナンス体制の要諦などについてディスカッションが行われた。

取締役会だけでなく執行体制の見直しまで踏み込んだ改革が必要

本サミットのオープニングでは、グローバルで取締役会コンサルティングの豊富な実績を持つコーン・フェリーの柴田彰氏が登壇。コーポレート・ガバナンスを通じて経営を高度化させるための論点について説明した。

2021年6月に東京証券取引所から施行されたコーポレートガバナンス・コードの改訂により、本腰を入れてガバナンス改革に乗り出す日本企業が増えてきた。社外取締役の人材不足が各所で指摘されており、これを機に取締役会の構成を再考するために、取締役のスキル・マトリックスから着手という企業も出てきている。しかし、まだまだ形式的なガバナンス対応に留まっている企業が多いと、柴田氏は警鐘を鳴らす。「日本企業では、監督と執行の未分化という問題があり、取締役と執行の完全分離は避けて通れない検討テーマになってきています。そのため、ガバナンス改革は取締役会だけではなく、経営執行体制の見直しまで踏み込まなければなりません」

つまりガバナンス改革では、取締役会と経営執行体制の双方をセットで考えていく必要があるというのだ。そこで、まず取締役会においてポイントになるのが「取締役会が目指すべき姿」である。グローバル企業における取締役会をリサーチすると、次の4つの発展段階があることが分かった

  1. 第1段階…コンプライアンス上のリスクをヘッジするための「基礎段階」
  2. 第2段階…全取締役が企業の長期目標と戦略を共有し、将来の成長を主導する「成長志向」
  3. 第3段階…新たなビジネスモデルと組織への変革を取締役会が後押しする「変革実現」
  4. 第4段階…高次な視点からガバナンスを行える「真のダイバーシティー」を持った「永続的な発展」

最終的な発展形にある「真のダイバーシティー」については、柴田氏は次のように補足した。「多くの企業ではまだまだ外形基準のダイバーシティーを整える傾向が強いですが、本来のダイバーシティーは進化論的なアプローチで考えるべきだと思います。企業を永続的に発展させていくために、どういう論点が想定されて、どういう社外取締役を選ぶべきか、自社なりのロジックを立てていくことが重要です。GAFAの取締役会などを見れば分かるように、多様な意見こそ自分たちを進化させることができます。日本企業もこうした発想をもっとキャッチアップしていくべきだと思います」

一方、経営執行体制は、人に紐付いた「メンバーシップ型」から脱却していく、次の4つの発展段階が考えられるという。

  1. 第1段階…執行役員の明確な定義がなく、“ 人”に紐付いた「メンバーシップ型」
  2. 第2段階…執行役員をポストと捉え、機能を明確にする「ジョブ型」の導入
  3. 第3段階…各役員ポストの人材要件を定義して、「適所適材」を強化
  4. 第4段階…ビジネスモデルの変革に必要不可欠な「CXO 制」の導入

「ここで注意すべきは、執行体制を段階的に進化させることです。メンバーシップ型からいきなりCXO 制を導入して、役割が明確にならないまま組織を再構築しても、本当の意味での経営の機動性は高まりません。上記の4つのステップを踏んで体制を整備していくことが大切です」

このあと、先進的なガバナンス改革を実践している明治安田生命保険の根岸氏が事例をもとに社外取締役に期待することについて講演を行った。

ガバナンスの高度化に必要不可欠なこととは

サミット後半では、日本企業が取り入れるべきガバナンス体制の要諦などについて、ディスカッションが行われた。

西:まず、みなさんにお聞きします。ガバナンスを機能させるために何が重要ですか。

岡:私は「経営陣のスタンス」だと思います。会社が社外取締役にどういった姿勢で接するかという点です。
今回のコーポ−レートガバナンス・コードの改訂で、社外取締役のスキル・マトリックスに経営経験が求められるようになりました。また他社での経営経験を有する経営人材を社外取締役に入れることを求めています。日本は、これまで終身雇用でしたから、経営経験が1社だけで、モニタリングボードは未経験、といった社外取締役も多いわけです。そうなると、執行力の弱い企業ほど「執行と監督」を分離できずに、取締役会が混乱をきたしてしまう可能性があります。この課題を解決するためには、経営陣で自社のボードの方向性を議論して、固めておく必要があります。

平手:私も「経営陣のスタンス」が鍵になると思います。まだまだ日本企業は、監督する側と、執行する側が重複しており、社内組織の責任レベルの延長線上に取締役のポストがあるように思います。執行と監督を分離する重要性を、若い社員も含めてしっかりと教育していくことが大切です。

西:日本では、「所有と経営」が一体化している企業が多く、「所有と経営」や「監督と執行」を分離していくことが、今後ビッグイシューになってくると思います。そこで、私からも質問なのですが、監督することが不正の抑制機能として大きな役割を担っていると思いますが、企業のパフォーマンスを向上させるという点では、いかがでしょうか。

平手:昨年の6月まで、私がコーポレート・オフィサーを務めていた武田薬品工業では、2019年に6兆2000億円でアイルランドの製薬大手シャイアーを買収しました。この案件が非常に好事例だと思います。
この買収の計画段階では、取締役会でも非常に活発な意見が交わされました。もし執行側と取締役側が未分化の状態でこの案件を進めていたら、おそらく株主総会での厳しい質問に対して適切な説明を行えるまでの議論は尽くせなかったと思います。そのくらい、あらゆる方面からこの買収の妥当性を検討し尽くしました。

西:執行と監督が分離しているからこそ、正しい方向で戦略的な議論ができ、企業としても最大限のパフォーマンスを発揮できたということですね。

根岸:私は、経営者がどれだけ今の経営に危機感を持っているかだと思います。経営者は説明責任を必ず求められます。この説明責任は極めて重大で、何かリスクが起こったときの真意にもなります。それともう1つ大事なのは、主役は取締役でも執行役員でもなく、あくまで経営者だということです。経営者は「会社として将来こういうことを目指したい」という考えを持って、社外取締役の方々と議論を重ね、様々な刺激や気づきをもらわなければなりません。経営者はそれを忘れないでほしいですね。

柴田:根岸さんがおっしゃったように、私も経営者が取締役会の力をどれだけ信じられるか、ここに全てがかかっていると思います。様々な意見を聞くことによって、企業のガバナンスを高度化できる。それを腹の底から信じている経営者のいる企業が実現できますし、それが信じられない経営者の企業は形式だけで止まってしまいます。

このあとサミットは質疑応答へと進み「サクセッションプラン(後継者育成)」や「報酬の妥当性」を進める上での、社外取締役に対する準備について更なるディスカッションが行われた。コーポレート・ガバナンスの現状とこれからについて、様々な角度からの問題が提起され、意見を交わす場となった。

テキストはこちらhttps://globis.jp/article/56714