世界の潮流を地政学とジオテクノロジーから考える

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  • グロービス コーポレート エデュケーションのプロフィール

    グロービス コーポレート エデュケーション

新型コロナパンデミックをきっかけとして、世界は歴史的な転換期を迎えました。

混迷を深める世界経済の下、日本企業が生き残るためには、世界を新しい視点で捉え、進むべき道を素早く判断して実行することが重要です。しかし、我々を取り巻く環境の未来予測は非常に困難になってきています。そのため企業経営者は、世界の潮流を捉えるために地政学、地経学、ジオテクノロジー(地技学)の観点を取り入れ、中長期的な視点で未来を切り拓く力が益々必要になると考えます。

本レポートでは、G-Agenda Vol.1にもご登場いただいたJSR株式会社の小柴満信名誉会長をお招きして、2021年7月2日(金)に行ったGLOBIS経営者セミナー『世界の潮流を地政学とジオテクノロジーから考える』の概要を紹介します。(注:セミナー概要は末尾をご覧ください。文中の氏名肩書は記事公開当時のものです。)

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3つの世界の潮流を認識して、乗り越えるための対策を講じる

セミナーの前半では、JSR株式会社 名誉会長 小柴満信氏による基調講演が行われました。

企業を取り巻く環境が大きく変化し、未来予測が難しい時代には、戦略をもとにアジャストできる組織づくりを行うために、まずやるべきは「時代認識」です。そこで、予測される3つの潮流について共有していただきました。

「『短期的な潮流』では、アメリカのMMT(現代貨幣理論)により膨れ上がる債務とベーシックインカム(壮大な社会実験)、そして所得(富)の格差によって経済の行方が不透明で、脆弱な状況がインフレなどを招く恐れがあります。『中期的な潮流』になると、『量子技術』や『衛星コンステレーション』などの加速するテクノロジーの変化と、中国とQUAD(D10も含む)との技術覇権争いが2020年代の経営を制限する境界条件になっていきます」と語る小柴氏。

『長期的な潮流』では、アメリカと中国の覇権をめぐる対立・混迷の末、新しい世界秩序へ突入。「中国はデジタル人民元を通じて、基軸通貨(金融覇権)を含めたアメリカの覇権を奪おうと目論んでおり、10〜15年続くアメリカと中国を中心とした対立(パワーゲーム)の中、日本企業はアマゾンのジャングルを生き抜いていくような時代になるだろう」と、小柴氏は危機感を募らせます。

この3つの潮流を踏まえて、最後に小柴氏から「企業経営への示唆」として次のことが提言されました。

  • 地政学的観点からエコノミーは長期的なダウントレンドが続き、短期的な潮流では債務が膨れ上がっている今、事業のポートフォリオを見直すべきは「デレバレッジ」。これで経済的な落ち込みがあっても、企業は乗り越えることが可能になる。
  • またダウントレンドではM&Aのチャンスなので、バランスシートの強化も不可欠に。そして企業収益の向上のみならず、事業モデルを変革してPERやEBITDAのマルチプルの向上を目指し、事業モデルの変革で企業バリューを上げていく必要がある。
  • 世界の危機を救うのはサイエンスとテクノロジーの進化である。デジタルビットを凌駕する量子ビットなどの生産性を経営に導入することで、さまざまな危機に対応できる。
  • インターネットを含む次世代通信網は地経学的に最重要インフラになる。それと同時にサイバーセキュリティが企業の最重要課題に挙げられ、21世紀の新しいコーポレートガバナンスにとって地政学的な視点のみならず地経学、ジオテクノロジー(先端技術の地政学)は重要な視点となってくるだろう。

企業の意思決定の質を高める3つのステップが重要

セミナーの後半は、10年にわたりCEOとしてJSRを牽引してきた小柴氏と、同社の経営人材の育成に携わってきたグロービス西によるパネルディスカションが行われました。

今経営者にとって、企業の意思決定の質をどのように高めていくかが大きな課題となっています。それを解決するには、「『重要性の認識』『役員への理解促進』『意思決定の実行』の3つのフェーズがある」と西は語り、そのプロセスに対して、小柴氏が自社の事例をもとに具体的に説明されました。

『重要性の認識』については、「CEO就任後、最初に1年半ほどかけて、不変的な世界のマクロトレンドを調査して、『地球温暖化』『新興国市場』『食糧供給と人口爆発』『デジタル変革』の4つのテーマに沿って、2030年までの事業戦略を構想しました」(小柴氏)

実際、小柴氏が予測したように、構想から十数年経っても、この4つのテーマは不変のトレンドであり、それゆえJSRは順調に事業を伸ばしていくことができたと言います。

「今後は短中長期の潮流がある中で、必ずしも良好でない経営環境と市場経済のボラティリティーは高くなり、こういった変わらないトレンドをしっかり見定めて、事業戦略を創ることが大切です」と小柴氏は強調します。

その後の『役員への理解促進』そして『意思決定の実行』においては、

「ファクトを徹底的に調べ上げ、CEOとしての中長期の考えを1枚の『ビジョンピクチャー』に分かりやすくまとめること。そして、重要な取り組みについては可視化して、経営層と認識を揃えていくことをやりました」(小柴氏)

続いて、西は「CEO退任後も、企業がこれまでの考えを『継承』させていくために、やるべきこと」について尋ねると、小柴氏は「次世代の経営層にとって『納得感』が得られる提案をすること」だと述べました。

「私がCEOの頃から模索していたJSRの石油化学事業(エラストマー事業)の嫁入り先(売却先)を、2021年5月に現経営トップの2名が見つけて実現してくれたのがその一例です。しっかりと納得できれば改革は継続していくことができます」(小柴氏)

DXは社内のカルチャー改革。ステップを踏んで進めていくことが大切

この後、量子を中心とした最先端技術を経営にいかにして導入させていくべきかというテーマで議論が交わされました。

西からの「量子技術を含めてDXを使えるようにするには、どういうプロセスが必要なのでしょうか」という質問に対して、「まずはリアルな情報を『デジタル化』する。次にデジタル技術を使って業務プロセスを可視化したり、効率化したりしていく『デジタライズ』を行うべきです」と小柴氏。

DXを推進しているJSRでは「ラボ(研究所)をサイバースペースで実現して、将来はそのスペースを顧客に開放し、共同研究なども行っていく構想を計画している」と言います。

「それによって、お客様のエンゲージメントが上がり、3年かかっていた開発を1年でできるようになり、最終的には新しいビジネスモデルをマネタイズすることも可能になります」(小柴氏)

「DXにいきなり取り掛かるのではなく、ステップを踏みながら進めていくのは、他社とのコラボレーションなど、自社の『カルチャー変革』を起こす必要があるからだ」と、西が述べました。

「2020年代には世界は大きく変わっていきます。それに備えるためには、地政学はもちろん、量子ビットなどの先端技術を経営戦略に取り込む発想も非常に求められてきます。新たな世界秩序といった変革が起きたときに、自分たちに何ができるのかバックキャストしていくこと。そのために、テクノロジーのロードマップや、自社の立ち位置を常に認識しておくことが重要です。これによって今後起こりうる大変革が、企業にとってのリスクではなくオポチュニティとして捉えることができるのではないでしょうか」(小柴氏)

<本セミナーにおけるポイント>
地政学的観点からエコノミーは長期的なダウントレンドにあり、短期的な潮流ではアメリカなどの債務も膨れ上がっている。その波に飲み込まれようにするためには、「デレバレッジ」で事業のポートフォリオを見直すこと。またデジタル変革などの企業の組織変革を通してPERやEBITDAのマルチプルの向上、すなわち事業モデルの変革で企業バリューを高めていくことも重要。
企業の意思決定の質を高めていくには、不変的な世界のマクロトレンドを見出し、それに基づいて事業戦略を練ること。さらにCEOとしての中長期的な考えを1枚の『ビジョンピクチャー』に分かりやすくまとめ、重要な取り組みについては可視化して、経営層と認識を揃えていくこと。
新たな世界秩序といった変革が起きたときに、自分たちに何ができるのかバックキャストしていくこと。
そのために、テクノロジーのロードマップや、自社の立ち位置を常に認識しておくことが大切。
セミナー開催概要
■開催日時:2021年7月2日(金)10:00-11:30
■会場:Zoomによるオンライン配信
■登壇者

【講演者】
小柴 満信 氏
JSR株式会社 名誉会長、経済同友会 副代表幹事
千葉大学工学部卒業、同大学院修了。

米国ウィスコンシン州立大学大学院材料科学科在籍の後、1981年に日本合成ゴム株式会社(現JSR株式会社)に入社。研究所にて半導体材料の開発に従事。
1990年に米国シリコンバレーにあるグループ会社JSR Micro Inc.に赴任、半導体材料事業の米国市場での地位確立に尽力。
帰国後、2004年に取締役に就任、2006年常務取締役、2008年専務取締役として半導体材料事業拡大を推進、2009年代表取締役社長に就任の後、2019年より代表取締役会長、2020年取締役会長、2021年6月に現職。

【モデレーター】
西 恵一郎
株式会社グロービス
グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター
顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事
早稲田大学卒業。INSEAD International Executive Program修了。

三菱商事株式会社に入社し、不動産証券化、コンビニエンスストアの物流網構築、商業施設開発のプロジェクトマネジメント業務に従事。B2C向けのサービス企業を立ち上げ共同責任者として会社を運営。
グロービスの企業研修部門にて組織開発、人材育成を担当し、これまで大手外資企業のグローバルセールスメソッドの浸透、消費財企業のグローバル展開に向けた組織開発他、多くの組織変革に従事。グロービス初の海外法人を立上げ、現在、グロービスの中国法人(顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司)の董事及び副総経理を務めながら、日系商社 海外法人の新規事業アドバイザーを務める。論理思考領域、マーケティング、グローバル戦略、リーダーシップの講師を担当。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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