企業価値向上につながる人的資本経営のカギは、 ストーリーづくりと人事データ活用

2023.07.27

去る2023年5月16日、「日系5社CHROが提言!企業価値向上につながる人的資本経営とは」と題したカンファレンスを、富士通株式会社様とグロービスの共催で実施した。

前半は富士通株式会社様より、日系5社のCHROが人的資本経営のあり方や実践方法について議論した「CHROラウンドテーブル」の背景や内容についてご講演いただいた。
後半は富士通株式会社様、丸紅株式会社様とグロービスのパネルディスカッションを行った。

■開催日時:2023年5月16日(火)14:00〜15:30
■場所:オンライン開催(Zoom)
■主催:富士通株式会社、株式会社グロービス

執筆者プロフィール
グロービス コーポレート エデュケーション | GCE
グロービス コーポレート エデュケーション

グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。

多くのクライアント企業との協働を通じて、新しいサービスを創り出し、品質の向上に努め、経営人材育成の課題を共に解決するパートナーとして最適なサービスをご提供してまいります。


富士通株式会社様 ご講演(抜粋)

スピーカー:平松 浩樹様(富士通株式会社 執行役員EVP CHRO)

富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO 平松 浩樹氏

富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO 平松 浩樹氏

■CHROラウンドテーブルとは
富士通株式会社が主催した「CHROラウンドテーブル」において、グロービスは、富士通、パナソニックホールディングス、丸紅、KDDI、オムロンのCHROとともに、人的資本経営の実践に向けて、各社の経営戦略・施策や実際の人事データに基づく仮説の検証や提言内容を議論しました。本ラウンドテーブルは2022年3月より6回にわたって開催し、2023年4月、その内容を「CHRO Roundtable Report」として発行しました。

■日系企業には、人的資本経営にまつわる共通課題がある
CHROラウンドテーブルの開催には、日本企業にとって人的資本経営の実践が喫緊の課題となっている背景があります。従来の日系企業では、長期雇用による時間をかけた体系的な教育が重視されてきたにもかかわらず、人事は変わらなければならないという論調に違和感を抱いていました。また人的資本情報の開示が求められる中、開示が目的化してしまうことへの問題意識もあったのです。

そこで「人材版伊藤レポート2.0」の指摘に基づき、経営戦略と人材戦略を紐づけた人的資本経営のあり方や具体的な実践方法を見出し、持続的な成長を実現するために各社CHROと議論する場を設けることにしました。

■各社の人的資本経営の共通点をもとに生み出された「人的資本価値向上モデル」
本ラウンドテーブルは、まず各社の経営理念やパーパス、全社戦略と事業戦略、さらに人材戦略と施策、そして課題感を共有しました。これらの内容から共通点を見出し、アウトプットとして生まれたのが、「人的資本価値向上モデル」です。このモデルは、人的資本を考える構想フレームになると考えています。

富士通「CHROラウンドテーブル」人的資本経営を考える構想フレーム:人的資本価値向上モデル

出所:富士通「CHROラウンドテーブル」人的資本経営を考える構想フレーム:人的資本価値向上モデル

このモデルでは、人事が取り組む施策は大きく2つの目的に大別されることを示しています。1つは成果を出すための施策。企業理念・パーパスに基づいてビジョンや戦略が描かれ、収益を上げるために行われる施策がマッピングされます。図中の青色部分は成果を生み出すための取り組みであり、戦略実現に必要な人材ポートフォリオの獲得や、配置・評価などが該当します。

一方、2つ目は成果を作る土壌づくりの施策。図中では赤色部分は持続的な効果を生むための取り組みが該当します。エンゲージメントの向上や人材の流動化、個人のキャリア、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)などの施策が当てはまります。これらの施策は業績との関係性を直接示すことが難しいため、KPIとして捉えるのが妥当と考えます。

この2種類の取り組みは、どちらかに偏ることなく両立させていくことが重要です。

■人的資本価値向上モデルに自社の取り組みを当てはめて可視化
次に、「人的資本価値向上モデル」に各社の施策を当てはめ、人事施策どうしの関係性をストーリーとして捉えました。こうして戦略から個別施策までの全体像を可視化した後、KPIやモニタリング方法、人事データの活用方法を模索しました。

また、本モデルに沿って整理した各社の人的資本経営に対して、他4社のCHROからフィードバックを受けることによって、多くの気づきを得られました。

■富士通の人的資本経営ストーリー
一例として、富士通の人的資本経営を「人的資本価値向上モデル」にマッピングしたものが下図です。

出所:富士通「CHROラウンドテーブル」人的資本経営を考える構想フレーム:人的資本価値向上モデル

出所:富士通「CHROラウンドテーブル」人的資本経営を考える構想フレーム:人的資本価値向上モデル

富士通は、DXカンパニーへシフトするため、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスのもと、「Fujitsu UVANCE」というクロスインダストリーで社会課題を解決する事業モデルを掲げています。

この実現のためにHRビジョンを定め、ジョブ型の人材マネジメントに移行しました。目指す人材ポートフォリオの実現に向けて、社内外の人材流動化を重視し、社員自身がキャリアオーナーシップをもつ取り組みを行っています。また、エンゲージメントの向上を図るために、現場のマネージャー層に対して、自組織のビジョン策定や効果的な1on1ミーティングを行うためのスキルアップ策も実施中です。

「人的資本価値向上モデル」を通じて自社の人事施策を俯瞰すると、経営戦略に紐づいた人材戦略のストーリーがイメージできるようになります。この取り組みによって、私自身も施策どうしの関係性が改めて理解できたと同時に、人材戦略のストーリーを現場へ落とし込むことの重要性も感じました。

■人事データは、人材戦略のストーリーで捉えて活用することが重要
本ラウンドテーブルでは、富士通の人事データを用いた分析も行いました。指標となりうる既存データを集め、各本部の売上や利益、さらには社員一人当たり売上や利益の伸長率との相関を分析したのです。その結果、ポスティングやキャリア採用など個人の意思で当該本部に所属している人数割合と業績との間に正の相関が見られました。人材流動化の促進に力を入れている当社としては嬉しい結果です。

本結果はもう少し時間をかけた詳細な検証が必要です。人事施策は、何か一つの取り組みを実施したからといって、すぐに人材や組織の成長につながるわけではありません。人材戦略をストーリーで捉え、どうデータを取得して分析するかを全体像の中で描くことが重要です。

■自社の強みを再認識し、改革を推進する勇気を得られた
「人的資本価値向上モデル」を通して各社の人的資本経営を見ることによって、自社の特徴や強みを再認識できました。

また、他社のCHROから自社の人的資本経営にフィードバックをいただくという経験は大変貴重でした。CHROは人事のトップであり、社内からは率直な意見を得ることが難しいものです。本ラウンドテーブルを通じて、悩みや難しさがある中でも人事改革をやり切ろうという勇気を得られたことが、自分にとっての最大の収穫だったと感じています。

パネルディスカッション(抜粋)

パネリスト:

平松 浩樹様(富士通株式会社 執行役員EVP CHRO)

鹿島 浩二様(丸紅株式会社 執行役員 CHRO)

モデレーター:

西 恵一郎(株式会社グロービス グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター)

■経営戦略に沿った人材戦略を策定し、実行責任を負うのがCHRO

西:
まずパネリストのお二人に、日本企業におけるCHROが果たす役割について、お考えをうかがえればと思います。

平松様:
経営戦略の中の人材戦略をCEOや他のCXOとともに作り、実行に責任を持ち、障害があれば改革します。これに加え、戦略的人事を行うのもCHROの役割だと思います。

鹿島様:
経営戦略と人材戦略をつなぐ役割だと思っています。一度経営戦略とリンクさせて策定した人材戦略がその後経営戦略から乖離しないようにしていくことが大切です。

■人的資本経営によって変化した、人事の役割

西:
人的資本経営が着目され始める前と現在とを比べて、人事の役割に変化を感じますか。

西 恵一郎(株式会社グロービス グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター)

西 恵一郎(株式会社グロービス グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター)

鹿島様:
以前は、人材戦略を経営戦略上の必要性から説明することはあまり意識しておらず、人事が行った制度改革を人事の視点で説明することが大部分でした。現在は経営視点での説明がより強く求められていると感じています。この点が大きな違いですね。

平松様:
2つの変化を感じています。1つ目は、投資家とのコミュニケーションです。当社が実施している投資家向けのESG説明会で、「人材戦略について聞きたい」と言われたことがあります。そのときは、富士通には社外の投資家にご理解いただけるほど練りあげた人材戦略があるだろうか、と考えざるを得ませんでした。 2つ目は、人への投資とリターンの観点です。これまでも人への投資は意識していましたが、業績や成長というリターンを想定して人材へ先行投資する発想は乏しかったと気づきました。

西:
人材戦略が、投資家が投資したくなるような説得力を持つものであるか。この会社が中・長期的に成長すると判断できるだけのロジカルなストーリーがあるか。今、さまざまな企業が、こうした可視化や説明責任を果たす努力をされています。

鹿島様:
そうですね。投資家に加え、社員もこうした説明を求めていると、最近、特に思うようになりました。

西:
お二人からそれぞれ、過去との違いを踏まえながら現在の人材戦略や施策をお話いただけますか。

平松様:
富士通は、パーパスドリブン企業になると決断した頃から、人事にも変化が出てきました。 従来は、現状の課題への対症療法的に施策を行っていましたが、ありたい姿や将来の世界像からバックキャストして、人材像を描き、人材戦略を策定する姿勢に変わってきたと思います。みんなが向かう方向を信じて進むには、このやりかたでないと難しいことがわかってきましたね。

鹿島様:
CHROラウンドテーブルが始まった頃、富士通のデータを見て圧倒されました。当社はここまでのデータを蓄積できていませんから、ここから始めなくては、と考えました。 そのため、今は、エンゲージメントサーベイの結果を部署、階層、年齢、性別などの切り口でクロス集計して分析しています。組織と個人の間に存在するエンゲージメントの状態を明らかにすることは、人材戦略のアウトプットとして有効だと考えたからです。 エンゲージメントというと、全社平均スコアが何点、といったことが注目されがちですが、部署や階層ごとに捉えることがとても大切だと考えています。課題を発見したら改善プロジェクトを走らせています。従来は、ここまで細やかな対応はしていなかったので、新しい成果だと思っています。

丸紅株式会社執行役員 CHRO 鹿島 浩二氏

丸紅株式会社執行役員 CHRO 鹿島 浩二氏

■人事データの利活用は、仮説を立てながら段階的に進めるべき

西:
この5、6年は組織や人のデータの可視化が進み、企業がそれをどう経営に活かすかを考えるフェーズに入ってきたと思います。 CHROラウンドテーブルに参加した5社だけでなく、日本企業全体が人事データを経営に活用していければと考え、他社でも再現できるノウハウ、プロセス設計、課題などは今回のレポートですべて開示しています。

平松様:
いつか日本企業の参考になるアウトプットができたら、くらいの思いで始めたラウンドテーブルでしたが、CHROの方々と議論し、アイデアを熟成させ、考えれば、成果は出るものだと実感しましたね。

西:
個人的には、人的資本経営を一つのモデルに落とし込めたのは、最初のブレイクスルーだったと思います。

鹿島様:
この気づきは非常に大きかったですね。それぞれの項目のつながりもかなり議論したので、ストーリーに落とし込みやすくなったと思います。

西:
CHROラウンドテーブルが成果を出すうえで大きかったのは、平松さんが富士通のデータをすべて開示してくださったこと。そこには平松さんの思いがあったのですか。

平松様:
人事が豊富にもっているデータを、人材施策やビジネス戦略に活かしきれていないとの思いがありました。 また、データ分析そのものに時間をかけることは本質ではないとも思っていました。本質は専門性を持つ方々を巻き込んで、データからナレッジを蓄積し、戦略や施策の立案に活かすことです。ならば、さまざまな知恵や経験を持つCHROの方々に素材として使ってもらうことが望ましいし、その方が私たちにとっても大きなメリットがあると考えました。

富士通株式会社執行役員EVP CHRO 平松 浩樹氏

富士通株式会社執行役員EVP CHRO 平松 浩樹氏

鹿島様:
実際の分析や結果を目の当たりにしたことには、大変インパクトがありました。データに基づいた人材戦略は、これからの人事の機能として、社内でやるか社外に出すかはさておき、必須だと思いました。

西:
必ずしもきれいなデータが取れるとは限らないなどの懸念もありましたが、平松さんはどうお感じでしたか。

平松様:
データ分析作業に携わった方々は、試行錯誤の連続で大変だったと思います。まずは、使えそうなデータだけで分析をやってみました。 そうすると今度は、どういうデータが必要か、これを人事データとして使いたい、といった欲が出てきます。この状態になると、やるべきことが絞り込めてきますね。

西:
試作をし、仮説を立ててから取るべきデータを考えた方が効率的ということですね。今回は富士通様のデータを分析し、人事と経営指標の相関関係までは導くことができました。次のステップはどう考えていますか。

平松様:
ここまで来たら、因果関係の把握にチャレンジしたいですね。年数が経てばさらにデータやフィードバックも増えるので、可能かと思います。

鹿島様:
当社は、まずは十分なデータを整備するのが最優先ですね。また、データを扱う体制を整えることにも力を入れたいと考えています。

■ストーリーがあることで、社内外のステークホルダーへの説得力が増す

西:
人材戦略において、ストーリーを作成することの意味や力についてはどう捉えていますか。

鹿島様:
今回のCHROラウンドデーブルで、人材戦略を説明する側から聞く側に回って、人事制度を経営戦略と結びつけて説明していただいたことは刺激的でした。社内外でこの様な説明の仕方を実践していきたいです。

平松様:
対社内と対社外の二つの観点で、それぞれ意味があると思います。 対社内においては、ストーリーによって、社員が人事制度や人事施策を腹落ちできるようになると考えています。これまでは、各制度や施策が何の役に立つのか、曖昧にしか理解できていなかったと思うのです。 そして、対外的には、投資家、就職志望の方々などに、より魅力的な説明ができるようになると考えます。

西:
社内の事業部長や部門長に対して、数字とストーリーが一体となった形で人事施策を説明すれば、より理解を得やすくなり、施策を実行しやすくもなると思います。 今回のCHROラウンドテーブルで得られた知見をぜひ各社で活用いただき、今後、その成果を語っていただきたいと思います。 当社では、社員が自律的なキャリア形成をすることで人材流動化が高まり、その結果、モチベーションや学習時間の向上といったさまざまなインパクトをもたらしています。今後も人材流動化を施策の中心に据え、ストーリーづくりやデータ検証をしていきます。

■最後にご登壇者より一言

平松様:
「人的資本価値向上モデル」を、ぜひ多くの企業で実践していただき、ブラッシュアップしていきたい。各社における人的資本経営の出発点になるだろう。必要があれば、当社から支援もしたいと思う。

鹿島様:
人事の力が試される時代が訪れており、裏を返せばチャンスでもあると考えている。日本企業全体で力を合わせて、人事のあり方を進化させていきたい。

※グロービスでは、企業の価値向上につながる人的資本経営の実現に向けたご相談を承っております。ご相談や本レポートに関するお問い合わせはこちらよりご連絡ください。

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※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。