戦略人事として人事部が育成で果たすべき役割
- 戦略人事/HRBP
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篠田 泉
昨今、「戦略人事」や「HRBP(人事ビジネスパートナー)」という言葉をよく耳にするようになりました。しかし戦略人事やHRBPとは何か? 今までの人事と具体的に何が違うのか? はイメージしにくい方も多いのではないでしょうか。本コラムでは、戦略人事やHRBPについて、事例も踏まえて解説します。
第1章
戦略人事とは? HRBPとは?
1. 戦略人事とは
そもそも「戦略人事」とはどのような意味なのでしょうか。戦略人事という言葉を提唱したデイビッド・ウルリッチ教授は、戦略人事とは”ビジネス上の戦略に人材経営戦略と方法を関係づけること”と定義しています1)。
言いかえれば戦略人事とは、人・組織を経営戦略に連携・連動させることで、競争優位を目指そうとすることです。その際の人事の役割は、自社の戦略が実現するように組織“を”合わせていく形で貢献すること、となります。
この考え方は、人事機能の大きな転換を促します。なぜなら戦略を実現するためには、人事からの能動的な働きかけが必要だからです。つまり、人事は今までの主たる機能である「管理・運用」から、「能動的な価値創出」への役割変化を期待されている、といえるでしょう。
2. HRBP(人事ビジネスパートナー)とは
皆さんは「HRBP(人事ビジネスパートナー)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。HRBPとは、人事の一機能を指し、その役割は、企業戦略・事業戦略に基づいた人事戦略の構築と実行です。
ウルリッチ教授は、戦略人事の役割を4つに分けて定義しました(図1)。そのうち、企業/事業戦略と人事戦略を紐づけ、実行する役割をHRBPと呼んだのです。
昨今同義/セットで使われることも多い「戦略人事」と「HRBP」という2つの言葉ですが、その関係を、図2に表しました。整理すると、戦略人事=”経営と人・組織を連動させる考え方そのもの”、HRBP=”戦略人事を実現するための人事の一機能”、といえます。
つまり、HRBPの役割こそが、「戦略実現に対して能動的に価値創出する」という人事の新たな期待役割を実現するカギなのです。
では近年、「戦略人事」「HRBP」という言葉をよく耳にするようになったのはなぜでしょうか。その理由は、人事を取り巻く環境変化から説明できます。
第2章
戦略人事が求められる背景
~変遷する人事の役割~
戦略人事が求められるようになった背景には、外部環境の大きな変化が挙げられます。変化の激しい経営環境で企業が戦略を変えていく中で、戦略実現に組織を追いつかせる必要が増していること、そして人事が経営に直接的な価値貢献する必然性が生じているのです。
2000年代半ば頃から長期化するデフレにより、国内市場の縮小/グローバル化が加速しました。先行き不透明な中、多くの企業が生き残りを賭け、変革や新規事業の創出を迫られることになります。
その結果、これまで以上に変革を可能にする人材の重要性が増し、人材こそが競争優位を築く根源だという考え方が広く浸透しました3)、4)。
こうした中で、描いた戦略の実行能力を備える組織を作る活動が、人事に求められるようになってきたのです。
加えて、コスト削減や生産性向上が求められる風潮の中で、直接的な価値創出に結びつきにくい人事機能がアウトソースされるようになったことも、役割変化を加速させた要因の一つです。より直接的な価値貢献ができなければ人事は必要ない存在と見なされかねないので、役割のシフトが後押しされたと考えられます。
ここまで戦略人事の考え方や、戦略人事が必要な背景についてご説明してきました。しかし、具体的な戦略人事の実現方法はまだイメージできないと思います。次項から、戦略人事の実現に向けての重要論点2つ「人材育成と組織開発」「人事担当者の役割シフト」について説明していきます。
第3章
戦略人事における人材育成と組織開発
~なぜ重要か~
戦略人事の実現に向けた重要論点の1つ目は、人材育成と組織開発です。
戦略人事は戦略実現に貢献するために、人事や組織にまつわるあらゆるアプローチを駆使する必要があります。中でも人材育成と組織開発は重要なピースなので、人材育成部門との密な連携が欠かせません。
昨今のコロナ禍に代表されるように、多くの企業は変化が激しく予測の難しい環境下での経営を迫られています。企業に求められることは、戦略をより柔軟かつスピーディーに変化させ、対応していくことです。
戦略が変化するということは、それを実行する組織もその能力を柔軟に変化させねばなりません。そのためには、必要な組織能力と現状とのGAPを特定し、組織能力の拡充を図る必要があります。
GAPの特定と組織能力の拡充こそ、戦略人事の重要な役割です。そのカギとなるのが、人材育成と組織開発の推進、すなわち組織と人材を変化させるきっかけの提供といえるでしょう。
一方で読者の中にはこう考える方もいらっしゃるかもしれません。「組織と人材を変化させることが目的ならば、人材育成と組織開発以外にも打ち手はありそうだ」、と。たとえば採用。新たな人材像に適した人材を採用することも、組織と人材を変化させるきっかけとなることは間違いありません。
しかし多くの企業にとって、求める人材像がAからBに変わったとしても、Aの一斉解雇/Bの大量採用は困難です。特に無限定雇用(勤務地、職務内容が限定されずに採用する方法)を採用している多くの日本企業にとっては、現実的といえません。
結局のところ戦略人事においては、新たな能力を獲得させていく人材育成と組織開発が、重要な役割を担っているといえるでしょう。
第4章
戦略人事を実現させるために
~人事はどう変わるべきか~
戦略人事の実現に向けての重要論点の2つ目は、人事自体のあり方の見直しです。人事自体のあり方を変えていくことは、非常にチャレンジングな取り組みでありますが、その要となるのがHRBPの存在ともいえるでしょう。
次項よりHRBPを社内に設置するイメージを持っていただくため、組織の中での位置づけと必要なスキルセットについて解説します。
1. 組織の中でのHRBPの位置づけ
HRBPは通常、担当部門を持ち、担当部門の戦略推進に必要な人・組織施策の提案・アドバイスを部門長の右腕として行います(図3)。
そして、具体的な施策の実行が必要な場合は、本社人事機能(採用/育成/労務/報酬等)と連携をしながら行います。
HRBPと今までの部門人事との違いは、部門人事が本社人事の支部としてのオペレーショナルな業務が中心であるのに対して、HRBPは部門の戦略実行のために自律的に動くことです。
2. HRBPに求められるスキルセット
HRBPの役割を実践するには、どのようなスキルセットが求められるのでしょうか。筆者は4つのスキルが必要になると考えます(図4)。
2-1:企業・事業戦略の理解
まず、自社/自事業部の戦略の理解が必要になります。担当部門や自社が置かれる経営環境を理解し、自社の戦略の方向性を理解することが大切です。
加えて、戦略を実行する上での課題について、自身なりの仮説を導出する力も必要です。
2-2:組織能力の特定
事業戦略を把握したうえで、新たに獲得すべき組織能力を特定する力も求められます。
まず現状の組織能力を把握します。その際には、7Sなどのフレームワークを活用できるでしょう。7Sとは、組織の状態をハード面(組織構造や制度など)とソフト面(人材スキルやリーダーシップスタイルなど)で分析するマッキンゼーのフレームワークです。
組織能力の把握後、戦略実行において課題になる組織能力を特定します。たとえば戦略実行上、人材の「量/質」が不足する場合や、優秀人材を評価し引き上げていくための「制度」が不十分である、などです。
ただしHRBPは、必ずしも各人事領域のスペシャリストと同等レベルで詳細を把握している必要はありません。重要なことは、目の前に起こるさまざまな事象から、戦略実行上のキードライバーとなる組織能力の課題を特定することです。
2-3:変革を導く実行プランの策定
さらに、具体的な実行プランを策定するスキルも必要となります。
そのためには各人事領域において、押さえるべき論点を把握しておく必要があります。また具体的な施策の実行は、HRBP自身が行う場合もあれば、本社人事(CoE)に依頼/連携することもあります。そのため、情報共有や連携が重要です。
2-4:実行におけるファシリテーション
計画を策定する一連のプロセスにおいて、ステークホルダーを巻き込むためのファシリテーションスキルが求められます。
HRBPのステークホルダーとしては、主要カウンターパートの部門長に加え、本社人事や経営陣、部門のラインマネージャーなどが挙げられるでしょう。多様なステークホルダーから意見を抽出し、合意を取りながら進めていくには、高いコミュニケーション力・交渉力に加え、意見を引き出しながらまとめていく高度なファシリテーション能力が求められます。
総括すると、HRBP=”担当部門の社内人事コンサルタント”、といえます。社外コンサルタントと異なる点は、提言だけではなく実行も求められる点です。実行のためには、人事としての目線に加え、部門長の視座を理解すること、現場の状態を把握すること、などの幅広い能力が求められます。まさにこの点が、今までの人事との違いだといえます。
3. HRBPの支援プロジェクト事例のご紹介 ~富士通株式会社様の事例~
本コラムをここまで読んでも、実践に向けてはまだ壁を感じる方も多くいらっしゃるかもしれません。
当然のことながらHRBPへの役割シフトは大きな転換であり、一足飛びで成し遂げられるものではないでしょう。しかし先の見えない今だからこそ、人材という重要資源を最大限活用し経営に貢献することは、企業にとっても人事担当者にとっても大きな価値がある変化だといえます。
ここからは実際に人事の役割シフトに大きく踏み切り、HRBPの育成プロジェクトに取り組んでいる富士通株式会社様(以下、富士通様)の事例をご紹介します。
富士通様は通信・情報システム/サービスを提供する企業であり、2019年から本格的にDX企業(=パーパスドリブン+データドリブン)への変革に取り組んでいます。戦略が大きく転換する変革期において、事業本部への権限移譲を高め、スピードを持った経営への転換を進めており、人事制度としてJob型の導入を進め、組織・制度・カルチャーの総合的な転換にチャレンジされています。こうした中、全社及び事業本部がDX戦略を推進する伴奏者として人事の貢献は必須であり、HRBPの活躍が期待されているのです。
富士通様にも部門人事担当者はいましたが、HRBPのように戦略と組織能力を整合させるために、企画実行を担っていく人材はあまりいませんでした。しかしDX企業への変革を実現するには、HRBPの存在が欠かせないという確信から、そして、人事部門の新しいキャリア開発への想いを込めてHRBPプロジェクトが始動しました。
本プロジェクトの概要は以下の通りです。
【本プロジェクトのゴール(参加者の状態)】
・担当する事業本部の部門長に、一定の品質の人・組織に関するレポートを示唆として示すことができる
・戦略に組織を合わせるための具体施策を提案・実践に導く
【本プロジェクトの構成】
本プロジェクトは3つの要素(インプット、レポート作成、レポート作成の伴走)で構成されています。
<インプット>
まず、HRBPに必要なスキルセットである①企業・事業戦略の理解、②人・組織開発の理解、について学ぶことで、HRBPとして必要な知識の基礎固めをします。
インプットフェーズにおけるゴールは、①外部環境分析から担当部門の進むべき方向性を導き出すための考え方を身に着けること、②進むべき方向性の実現に向けて、組織運営や経営資源について仮説を持つための考え方を身に着けること、です。
経営戦略や経営資源を捉える視点は人事実務からは少し距離があり、馴染みの薄い人事担当者が多いので、一定トレーニングを要するケースが多いと想定されます。
<レポート作成>
レポート作成フェーズは、以下のようなプロセスで進めていきます。
(1) インプットで得た考え方をベースに、実際にHRBPとして担当する事業本部の経営環境を分析し、部門戦略について深く理解する
(2) 部門戦略を実現する上での人・組織の課題を特定する。必要に応じてさまざまな情報収集(エンゲージメントサーベイ・人員計画書・人事評価などのデータや、部門長その他からのヒアリング)を実施する
(3) 情報を総合的に分析し、戦略実行における人・組織上のキードライバーの特定を行う
(4) 課題が特定できた段階で、課題を解決するための変革プランを導き出す。変革プランの検討においては、必要に応じて部門長や本社人事なども巻き込みながら行っていく
レポート作成フェーズのゴールは、部門長に組織課題を提言し、必要に応じて変革プランを提案するまでの一連のプロセスの実践、としています。
<レポート作成伴走>
本プロジェクトでは、グロービスの講師・コンサルタントも富士通様のある事業部に向けたレポート作成を実際に行っています。富士通様のHRBPの方はグロービスの講師・コンサルタントと一緒にプロセスを経ることで、自身が実践するための具体的なイメージを持ち、再現するためのヒントにします。
参加者は今後、HRBPとしてより一層高いレベルの人・組織面のコンサルテーションを自律的に行い、担当部門長の右腕として組織変革を推進すること期待されています。本プロジェクトが人事の役割シフトの布石となる、重要なチャレンジであることは間違いありません。
第5章
最後に
本コラムでは「戦略人事」「HRBP」の概要と、その必要性、実現方法についてお伝えしてきました。変化の激しい時代だからこそ、組織変革を牽引させる人事の力が重要になっています。言いかえれば、人事が戦略実現の可否を握っていると言っても過言ではありません。今こそ、人事が変化を牽引し、組織変革の原動力となるときなのです。
引用/参考情報 |
1) 引用:デイビッド・ウルリッチ著、”MBAの人材戦略(日本語)”、日本能率協会マネジメントセンター、1997年、P.15 2) 参考:デイビッド・ウルリッチ著、”MBAの人材戦略(日本語)”、日本能率協会マネジメントセンター、1997年、P.34 を参考に筆者作成 3) 参考:磯崎彦次郎著、”日本企業の人事管理の変遷と今後のあり方に関する考察 -人ベースと仕事ベースの統合に向けた人事管理方針の模索-、経済科学論究、第11号、2014年4月 4) 日本の人事部、”日本における人事制度の変遷と企業意識”、2020年10月に内容確認 |
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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