グロービス流「リーンスタートアップ」~企業内研修を通じたイノベーション創出~リーンスタートアップ成功のポイントは「視野を広く持つこと」

公開日
テーマ
  • リーンスタートアップ
  • 役員育成
  • 次世代リーダー育成
執筆者
  • 川上 慎市郎のプロフィール

    川上 慎市郎

新規事業開発において日本企業が苦手とする「組み合わせの新パターン」に成功するためには? 社内研修でリーンスタートアップを学ぶ連載第3回は、前回に続き、リーンスタートアップでつまずきやすいポイントとその乗り越え方を考えます。

前回は、リーンスタートアップの研修を行う場合の5つのステップと、その中で押さえておかなければならないつまずきのポイントと乗り越え方について、まず1つ目のステップを見てきた。

リーンスタートアップのフロー図)

今回は2つ目以降のステップについて、同様に考えていきたい。

Step2:解決したい問題と解決法のアイデア出し

アイデア出しの段階での最大のつまずきポイントは、初期アイデアが小さい、あるいは壮大で抽象的すぎるという点だ。その原因はどのようなところにあり、どうすれば乗り越えられるのだろうか。

もっとも多いのが具体的な市場ニーズをふまえず、技術的なシーズ〈種〉だけを考えているパターンだ。イノベーションの発想は、生活の中から、あるいは世の中全般の動きを見る中で養われる。人々の関心の在り処にアンテナを張ることや、「こうなるとよいな」という未来の絵姿から逆算することが重要であり、自社視点だけでは非常に偏った現実性に欠けるアイデアしか出てこない。

1つ例を挙げよう。初期アイデアとして「災害時用の高機能飲用水の開発」というアイデアを出したチームがあった。災害時の飲用水の需要の高さは言うまでもなく、そこに高機能を乗せることでさらに困っている被災者の役に立てる。自社の技術も使えそうだ。戦略の教科書的には良い着眼点であると言えそうだ。

でもこのアイデア、ちょっとおかしい。東日本大震災をはじめ、大きな災害を経験された方は思い出してみてほしい。地震発生後の「飲用水」の課題はまず第一に「ガソリンが不足していて水が運べない」であり、それに並行して「備蓄水があるはずだがどこにあるか分からない」「備蓄はあるが分配ルールがなく全員に行きわたらない」等々の問題が起きていた。つまり「水以外の問題」が大きく、ここで水の品質に関するニーズははるかに劣後する。震災を体験した生活者の話を聞いたり、彼らの視点に立って考えてみたりすれば気づいたであろうリアリティが、自社・自分の狭い視点からは欠落してしまうのだ。狭い視野からは「小さい」「具体性を欠いた」アイデアしか生まれない。

ではどうすれば視野を広く持つことができるのか。重要なのはシーズ発想とニーズ発想の「衝突」を起こすプロセスを踏むことだ。

まずこのフェーズでは、事業の対象となるお客様のニーズや、世の中の具体的で差し迫っている問題が受講者に見えていないことが多いので、それらをきちんと体感するようなリサーチ(市場調査)の機会を与えることが重要だ。ニーズが明確になれば、次はシーズ発想で考える。自社が持っている技術をもとに、思いがけない用途で解決する策を考えるのだ。そして、その用途が本当にお客さんにニーズがあるのかをインタビューなどで聞きに行く。このように初期フェーズで「シーズ発想」と「ニーズ発想」の衝突を測ることができれば、相当筋の良いアイデアが期待できるだろう。

シーズ発想とニーズ発想の衝突から生まれたイノベーションを1つ紹介しよう。Cerevoという家電ベンチャーがある。「ネットと家電で生活をもっと便利に・豊かに」を企業スローガンに掲げ、ネット接続型家電の企画・開発を手掛ける企業だ。

この企業が最初に売ろうとしたのは、インターネットを通じて操作できる高機能のビデオカメラだったという。しかし、この製品は全く売れなかった。製品を見たある顧客は「ビデオカメラはいらない。インターネットを通じて市販のビデオカメラを遠隔操作できるアタッチメントだけを売ってほしい」と同社に相談してきた。すでにビデオカメラを持っている顧客にとって「ネットにつながる」というだけでまた新たなビデオカメラを買うという動機は薄かったのである。同社は戦略を変更し、ビデオカメラの販売を止めて、コントローラだけを売り出し、成功した。

このように自分では思いもつかない発想をお客様は持っているので、それをきちんと聞くことが筋の良いアイデアを生む上で非常に重要なのである。

Step3:プロトタイピングと顧客ヒアリング

プロトタイプ、すなわち試作品を作り、お客様や第三者のフィードバックを受けるのはリーンスタートアップのハイライトである。よく相談を受けるのは、「プロトタイプが作れない」という悩みである。

スマホのアプリなどなら、スマホ画面はせいぜい名刺サイズなのでそのサイズで「紙芝居」を作成すればイメージを伝えることはできる。しかし例えば新しい店舗業態の提案をするときに、数千万円かけて新しい店舗を出店するのは現実的ではない。このような場合「プロトタイプが作れないのでこのアイデアはあきらめる」という発想になり、かえって新しい発想を縛る原因になりかねない。プロトタイプ作成に行き詰まったらどう乗り越えれば良いのだろうか。

まず、「プロトタイプ」を作ることが自己目的化するのは本末転倒である。プロトタイプの在り方に対する筆者なりの考え方は、「○○のようなお店があったら、嬉しいですか」という提案の「○○」をきちんと表現していれば、顧客から適切なフィードバックを得ることができるのでプロトタイプとしての目的は達せられると考える。そして、この本質さえ押さえていれば、プロトタイプのやりようはいくらでもあるはずだ。

例えば店全体を感じてほしいならば全体像を絵に書きおこしてみると良い。それでもさらに空間の表現が難しいなど、プロトタイプ作りに行き詰まる点があるかもしれない。しかし、検証したいことが店の中のある商品の置き方で、手に取ってもらえるか否かであれば、すでにある別のお店の中を一部改装して実験しても良い。

従来プロトタイプは、画面のユーザーエクスペリエンスが成果のすべてを決するという携帯端末等において重視されてきた。しかしそうではない製品の場合は、試作品の形態や出来に必ずしもこだわる必要はない。視野を広く持ち、提案をどのように顧客に体験してほしいかを見定め、そこを測ればプロトタイピングにはなるという発想に立つことが、本質的かつ成果志向というものであろう。

Step4 :ビジネスモデルの設計とスケール化

実は、リーンスタートアップ研修の最後にして最大の落とし穴は、事業規模の検証が難しいという点にある。お客様のニーズを確かめても聞けるのはせいぜい数十人、がんばっても数百人。とすると本当に市場があるのか、ニッチビジネスになってしまうのではないかと経営陣が懸念するのも無理はない。大企業においては事業化計画の最低ラインは低く見積もっても売上高十億円、それ以下の規模であればそもそも事業化するメリットは見えないだろう。

リーンスタートアップで扱う製品・サービスはニッチマーケット向けであることが多い。したがって、リーンスタートアップを通じて事業のイノベーションを実現するには、ニッチ市場だから魅力に乏しいという発想ではなく、ニッチ市場をいかにして規模化するかという、視野の広い発想が必要である。それが、ニッチを乗り越える「プラットフォーム発想」だ。

「プラットフォーム発想」とは具体的にはこのようなものだ。当初の事業はニッチユーザーをターゲットとしたものになることが多い。しかし、そのニッチユーザーがそれを喜んで使っているということに魅力を感じている他の人々や企業などがいるはずだ。例えば、「高齢のペットの体調を管理するペット用センサー」を開発したとしよう。このようなセンサーを実際に必要とするのは、ペット持ち主の中で10%にすぎないかもしれない。しかし、「ペットの体調に強い関心を持つ人」に対してなんらかの製品・サービスを仕掛けたいと考える人はどうだろうか。動物病院、ペット向けグッズのメーカーなどなど、異なるターゲットが見えてくる。そのように、ニッチマーケットそのものを無理やり広げようとするのではなく、そのマーケットに興味を持つ人を捉えてそちらを新たな事業機会と捉えていくような発想が必要だ。このようなニッチマーケットをどんどんつなげていく発想が「規模化」の課題を解決する「プラットフォーム発想」である。

このプラットフォーム発想の強みは、膨大な設備投資が不要であることが多い点だ。企業の役割といえば、すでに世の中に存在するサービスとニーズをつなぎさえすれば良いのである。

Step5:ストーリーテリング

さあ、いよいよ磨き上げてきた事業提案を投資家(会社の経営陣)の前で披露するときが来た。ここでのフィードバックが、事業化できるか、あきらめるかを決するのだ。

企業研修では、この役員発表会は非常に厳しく試練の場となることも少なくない。もっともよく目にするのは「なぜこの事業をうちでやるのか分からない」という経営陣からの指摘にメンバーが答えられず、立ち往生するというシーンである。

メンバーは提案に意欲を燃やして盛り上がっているが、チームの外部であり検討のプロセスもさほど共有していない投資家(経営陣)から客観的に見てみると、なぜこのメンバーがこの事業を行うのか、会社としてなぜ出資する必要があるのか、意味合いが見えない。これがファンドレイズの場であれば、打つ手はない。

企業研修という育成を目的とする場では、最終発表の手前でまずは経営陣とどのようなフィードバックをするかという観点をよく共有しておくべきである。新規事業に期待する規模要件や領域などの要件を、事務局や講師が仲立ちしてメンバーと役員がすり合わせておくのである。このようなプロセスを通じて、メンバーも仲間内の目線ではなく自社の「ビジョン」や経営上の課題解決という、一段高い観点から自分たちの事業のストーリーを磨くことが可能になる。

ここまで、リーンスタートアップ研修でつまずきがちなポイントとその乗り越え方を見てきた。では、このようなリーンスタートアップ研修を実施することのメリットとはなんだろうか? その効果効用については、実際に研修を実施した企業サイドの声をこちらから参照されたい。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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