エンゲージメントを高めるための組織開発のポイント

2021.12.24

「エンゲージメント」という言葉を聞いて何を思い浮かべますか? 組織への忠誠心でしょうか? 仕事へのモチベーションでしょうか? いずれも似ているようで少し異なります。

 

この記事では、「エンゲージメントとは何か」「なぜ今エンゲージメントが注目されているのか」「エンゲージメントを高めるための組織開発のポイントとは何か」をわかりやすく説明します。「年功序列」「上意下達」「同一性の高い組織」に限界が来ていると考える人事の皆さんに、ぜひ読んでいただきたいです。

執筆者プロフィール
五十嵐 苑子 | Sonoko Igarashi
五十嵐 苑子

大手日系ホテルにて主に外資系企業を対象とした法人営業・商品開発に従事。その後、英系リスクコンサルティング会社にて日系企業の海外進出支援に携わり、50カ国にまたがるクロスボーダービジネスの事業開発・プロジェクトマネジメントを行う。現在はグロービス法人部門にて、法人チームのマネジャーとして、金融機関・商社・IT業界等のクライアントに対し、戦略立案・実行、新規事業立案、経営人材育成を目的とした人材育成・組織開発に関わるコンサルティング活動に従事。マーケティング領域の研究グループに所属し、最新の知見を研究すると共に、企業研修の講師としても登壇。
上智大学文学部卒業。マンチェスタービジネススクールにてMBA取得。


第1章 
エンゲージメントとは何か?

エンゲージメントといっても、「顧客・エンゲージメント」や「ステークホルダー・エンゲージメント」など、対象者によってさまざまです。本コラムでは、自社で働く従業員を対象にした、「ワーク・エンゲージメント(以下、エンゲージメント)」に着目し、以下のように定義します。

”ワーク・エンゲイジメントは「仕事に誇りややりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)の3つが揃った状態”1)

このように定義した際、エンゲージメントの達成に向けて認識せねばならない点が、2点あります。

1点目:やりたい(WILL)と思う気持ち

従業員が「熱意」「没頭」「活力」を仕事から得るには、やらねばならない(MUST)ではなく、やりたい(WILL)状態でなければなりません。そのためには、従業員がWILLを追求できる環境が必要であり、すなわち組織と従業員が対等な関係であることが理想的です。

エンゲージメントと似た言葉にロイヤリティがありますが、こちらは会社に対して一方的に「尽くす」「義理を果たす」という意味合いです。ニュアンスが異なる点に注意しましょう。

2点目:今やっていることを、もっとやりたいと思う気持ち

「没頭」からも読み取れる通り、エンゲージメントは、現在進んでいる事柄に対して発生する状態です。ランニングで例えると、走っている最中に「走ることが楽しい、もっと走りたい」と思う状態です。つまり、継続性の要素も含みます。

一方、似た言葉であるモチベーションは、走り出す前に「走りたい」と思う状態です。今からやることに対しての気持ちを表現する際に使用します。

第2章 
なぜ今、エンゲージメントが注目されているのか?

なぜ今、エンゲージメントが注目されているのでしょうか。それはエンゲージメントの向上により、外部環境変化の速さに対応できる組織作りが可能となり、業績・生産性の向上につながるからです。

昨今の外部環境変化の速さは、言うまでもないことでしょう。以前の成功手法のままでは、通用しなくなっていると感じている方も多いのではないでしょうか(例:同一性の高い人たち(主には日本人男性)が、会社に言われたことを一生懸命にこなし、モノを大量生産する)。

昨今の外部環境変化に対応するための解の一つに、個々の従業員が自主自立的に活躍できる組織作りが挙げられます。多様な人材が自らの頭で考え動き、スピーディに環境変化に適応していくことが求められているのです。

そうなると、会社と従業員の関係性も大きく変わります。すなわち、ミッションに共感して志を同じにする仲間がフラットに、自主自立的に働くことが、これからの組織のあり方です(図1)。決して、明確な労使関係を結び、終身雇用が約束されている関係性ではありません。

図1:これまでの勝ち筋と、これからの勝ち筋

図1:これまでの勝ち筋と、これからの勝ち筋

こういった組織を実現するため、従業員一人ひとりがエンゲージメント高く、活躍できる風土が求められています。

またエンゲージメントの高い組織においては、従業員は心身の健康が良く、仕事や組織に対するコミットメントが強く、離職率が低く、仕事のパフォーマンスが高くなると言われています(図2)。その結果、業績・生産性の更なる向上が見込めるでしょう。

図2:エンゲージメント強化は経営の競争力にも直結する重要なテーマ

図2:エンゲージメント強化は経営の競争力にも直結する重要なテーマ2)

注意点として、従業員満足度とエンゲージメントは違うと認識ください。なぜなら従業員満足度は、業績と連動しないからです。

従業員満足度は、今の環境や待遇に満足しているかどうかなので、従業員個人の組織への貢献意欲は測れません。福利厚生の充実などで、従業員満足度を上げることができますが、これは業績・生産性向上への相関はなく、コストアップに終わることも多いです。

ここまでエンゲージメントとは何か、なぜ今注目されているのか、を見てきました。次に、エンゲージメントは何によって高まるのかを解説します。

第3章 
エンゲージメントとは何によって高まるのか?

エンゲージメントについては、さまざまな学術研究がおこなわれています。本コラムでは、JD-Rモデル(図3)を参考に、エンゲージメントを構成する4つの大きな要素を解説します。

図3:JD-Rモデル

図3:JD-Rモデル3)

2-1. 仕事の資源

仕事の資源とは、「仕事において①ストレッサーやそれに起因する身体的・心理的コストを低減し、②目標の達成を促進し,③個人の成長や発達を促進する物理的・社会的・組織的要因」のことです。具体的には上司や同僚のサポート、仕事の裁量、フィードバック、トレーニングの機会、周囲からの承認などがあります。

個々人が仕事を通じて目標達成するには、仕事において身体的・心理的な負担を削減し、従業員の動機づけや仕事のパフォーマンス向上を促進する必要がある、ということです。

2-2. 個人の資源

個人の資源とは、「自身を取り巻く環境を上手にコントロールできる能力やレジリエンスと関連した肯定的な自己評価」のことです。具体的には自己効力感、組織での自尊心、楽観性、レジリエンスなどが挙げられます。

働いている本人が自分に対して肯定的に捉え、自身の軸を持っていると、個人の資源が高まる傾向にあります。

また仕事の資源と個人の資源は密接な関係にあり、一方の資源が高まると、片方の資源が高まることが明らかにされています。

2-3. 仕事の要求度

仕事の要求度とは、「仕事の特徴であり、従業員に身体的努力や心理的努力を要求する程度」のことです。モチベーションやエンゲージメントにプラスに働くこともあれば、マイナスに働くこともあります。

プラスに働く場合は、具体的には「自分の成長を後押ししてくれる業務上のチャレンジングなミッション」が挙げられます。すなわち業務へのチャレンジ度が個々の従業員の力量にマッチしており、かつ、その要求を満たすための「仕事の資源」が与えられていれば、エンゲージメントの向上につながるのです。

マイナスに働く場合は、具体的には「対人業務における精神的な負担」「肉体的負担」が挙げられます。業務負荷が高すぎる、かつ「仕事の資源」が得にくい場合、このような状態に陥り、従業員はストレス反応を示すでしょう。

2-4. ジョブ・クラフティング

ジョブ・クラフティングとは、”働く個人が主観的・主体的に、仕事に新たな意味を見出したり、仕事内容の範囲を変えたりすることです。よりシンプルに表現するならば、「自分で自分の仕事を意義深いものに変えていくこと」”4)です。

つまり、与えられた環境・仕事の中で、創意工夫しながら自分で資源をコントロールしていくことを指します。


(1)~(3)を見ると、「結局は会社/マネージャーが、すべての環境を用意しなければならないのか」とも思えてしまいます。しかし同じ環境・仕事を与えられても、人によって受け取り方は異なり、働きがいを感じたり感じなかったりするものです。

ジョブ・クラフティングを自律的に行える人材の育成も、エンゲージメントの高い組織づくりには重要なポイントといえるでしょう。

第4章 
エンゲージメントを高めるためには誰が何をするべきか?「組織開発」のポイント

エンゲージメントを高めるには、「個人」へのアプローチと「組織」へのアプローチがあります。本記事では「組織」へのアプローチを掘り下げていきます。

組織開発とはそもそも何でしょうか。中原淳氏・中原和彦氏は、著書『組織開発の探求』で、以下のように定義しています。

”計画的な変革であるということ。

行動科学の知識を用いること。

組織の中で起こるプロセスを対象にすること。

組織が適応し、確信する力を高めること。”5)

ではそのためにどのようなアプローチが考えられるでしょうか?組織開発にはいろいろな手法がありますが、同書の中ではシンプルに以下のステップを共通点として挙げています。

”見える化:自分の組織の問題を「可視化」する

ガチ対話:可視化された問題を関係者一同、真剣勝負で対話する

未来づくり:これからどうするかを関係者一同で決める”6)

これをエンゲージメント向上の文脈に当てはめると、例えば以下のようなことがアプローチとして可能です。

4-1. 見える化

まずは現時点で組織におけるエンゲージメントの状態はどうなっているのか、実態を把握するところから始めます。

昨今ではエンゲージメントサーベイを取り入れる企業も増えてきています。サーベイを使わない場合は、インタビューも代替可能です。いずれにしても、エンゲージメント向上を目指す上では、エンゲージメントの状態が測れるツールを選ぶのが良いでしょう(似て非なる「従業員満足度調査」と混同しないこと)。

加えてエンゲージメント向上にあたっては、継続的なアプローチが必要です。一回きりのサーベイで終わるのではなく、定期的なサーベイを実施し、その変化を定点観測していくことが重要です。

4-2. ガチ対話

次に、見える化した組織課題に全員が向き合い、課題の特定・解決に向けた対話を行います。ここでポイントとなるのは、「全員が」というところです。

リーダーが一方的に「これは問題ではない。こっちが問題である」「だからこうやってエンゲージメントを向上させよう」と指示するのではありません。なぜなら「組織にはリーダー自身にも気づいていない課題がある」「従業員一人ひとりの納得感がなければ、エンゲージメント向上にはつながらない」からです。

全員が意見を出せば、衝突が生じる可能性もあります。しかし衝突を恐れず、お互いの違和感・認識のずれをさらけ出すことが重要です。

4-3. 未来づくり

ガチ対話で課題の特定ができたところで、さらに良い組織を作っていくためにはどうしたいか、どうするべきかを議論し、アクションを決定します。

ここでは「仕事の資源」「個人の資源」「仕事の要求度」「ジョブ・クラフティング」を念頭に入れながら、キーとなるドライバーやそれぞれの関係性を特定するのが良いでしょう。

重要なのは「他人任せにしない」「自分事化する」ということです。先述した通り、リーダーが環境・資源を整えるのは重要ですが、同じ環境・仕事を与えられても、人によって受け取り方が異なります。ジョブ・クラフティングの考え方に基づき、従業員一人ひとりが自分にできることを志向することが、エンゲージメント向上の鍵となります。

一方で、このような対話・議論をリードするには一定のスキルが必要です。組織内の誰がこれを実行していくべきでしょうか? アプローチは3つ考えられます。

1つ目は、外部の組織開発コンサルタントに依頼すること。2つ目は、自社内に組織開発専門のファシリテーターを持つこと。3つめは組織内の全てのリーダークラスが組織開発のファシリテーターを務められるように訓練すること、です。

例えばGEなどは、3つ目のアプローチをとっており、そのためのリーダー育成を体系立てて持っています。一方で、リーダークラス全員がそこまでのスキルを持ち合わせるには時間がかかります。そのため多くの企業では、最初は外部のコンサルタントに依頼し、徐々に組織開発専門のファシリテーターを社内で育成していく、というアプローチを取っています。

自社の現状・リソースを鑑みて、適切な体制を整えるのが良いでしょう。

最後に

以上、ここまで「エンゲージメントとは何か」「なぜ今エンゲージメントが注目されているのか」「エンゲージメントを高めるための組織開発のポイントとは何か」を解説してきました。「年功序列」「上意下達」「同一性の高い組織」に限界が来ていると考える人事の皆さんが社内の「エンゲージメント」に向き合うきっかけとなれば幸いです。


引用/参考情報

1) 引用:島津明人、”健康で生き生きと働くために:ワーク・エンゲイジメントに注目した組織と個人の活性化”、日本心身健康科学会、2017年13巻第1号、P.20

2) 引用:経済産業省、マーサージャパン、”平成30年度 ”平成30年度 産業経済研究委託事業(企業の戦略的人事機能の強化に関する調査)、2019年、P.9”

3) 引用:丸子敬仁、”仕事の要求度ー資源モデルー研究蓄積の把握と今後の発展に向けて”、日本労働研究雑誌No.710、2019年9月号、P.82)>

4) 引用:HUFFPOST、”働き甲斐はどう?「やらされ感」のある仕事を変える方法とは”、2021年11月に確認

5) 引用:中原淳、中原和彦、”組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす”、ダイヤモンド社、2018年、Kindleの位置No.349(kindle版)

6) 引用:中原淳、中原和彦、”組織開発の探究 理論に学び、実践に活かす”、ダイヤモンド社、2018年、Kindleの位置No.561-574(kindle版)

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。