リスキリング推進と育成プログラム設計のポイント〜施策の実践性を高めるアプローチとは〜

公開日
テーマ
  • グロービスの人材育成
  • ビジネススキル強化
  • 人材育成
  • 人的資本経営
執筆者
  • 木村 良輔のプロフィール

    木村 良輔

    グロービス講師

「リスキリング」に注目が集まっています。2022年、岸田総理は5年で1兆円もの予算を投資し、国として本腰を入れて社会人のリスキリングに取り組む姿勢を示しました。

こうした動きを目の当たりにした人事担当者の皆さまの中には、自社でもリスキリング施策を行おうと考えている方もいるのではないでしょうか。

しかしながら、施策の検討ばかりを急ぎすぎてしまうと、自社にとって本当に意味のあるリスキリングとは乖離してしまう恐れがあります。

そこで今回は、リスキリングとはどのようなことであり、なぜ必要とされているか、そして各企業がリスキリング施策を設計する際に押さえるべきポイントを考えていきます。

第1章 
リスキリングは、企業が責任を持って行うもの

まず、リスキリングの定義を押さえておきたいと思います。リスキリングは英語の「reskill」を由来とし、「新たなスキルを習得させる」という意味をもちます。

メディア等では、社会人が個人で学ぶことをリスキリングと表すケースも見られますが、本来の意味は、企業が従業員に対して、今とは異なる業務に就くために必要なスキルを獲得させることです。あくまで実施する責任は企業側にあり、新しい業務に生かすことを前提としてスキルを強化する点が特徴です。

なお、類似概念として「アップスキリング」や「リカレント教育」があります。アップスキリングは、日本語ではスキルアップといわれるもので、今の仕事で必要なことを学ぶものです。リカレント教育は、個人が就業と学習を繰り返す、生涯学習の意味合いをもつ言葉です。

「誰が教育機会を提供するのか」「業務内容は変わるのか」の2軸でこれらを整理すると、下図のようになります。

図1 類似概念との違い
図1 類似概念との違い

第2章 
なぜ、企業は社員のリスキリングに取り組むべきなのか

次に、リスキリングに注目が集まり始めた背景を見ていきます。

2018年に開かれた世界経済フォーラムで、第四次産業革命時代におけるリスキリングの重要性が指摘されたことを契機に、世界的な注目度が増してきました。

日本でも、デジタル化の進展によって多くの職が失われる可能性があり、国の産業を変化させていかないといけないという危機感から、リスキリング推進の動きが出ています。2022年、岸田政権はリスキリング支援に5年で1兆円の予算を投じると表明したことは、多くの人を驚かせました。

図2 リスキリングの潮流
図2 リスキリングの潮流

数々の調査によると、スキルを獲得することによって国の発展にメリットをもたらすことがわかっています。オンライン学習サービスを提供する教育団体Courseraの調査では、1人当たりGDPとスキル習熟度には正の相関があり、所得格差とスキル成熟度には負の相関関係が見られました。リスキリングの推進は、国の経済を成長させ、格差を解消していくことに繋がるのです。

図3 左:一人当たりGDPとスキル習熟度の関係性、右:所得格差とスキル習熟度の関係性 (出所:coursera 「Global Skills Index2020」)
図3 左:一人当たりGDPとスキル習熟度の関係性、右:所得格差とスキル習熟度の関係性
(出所:Coursera 「Global Skills Index2020」)

では、このようなマクロトレンドがあることはわかったものの、なぜ各企業でもリスキリングに取り組む必要があるのでしょうか。

企業がリスキリングに取り組む目的としてよく挙げられるのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進、人的資本開示、イノベーション創出といったことです。ただし、これらも企業経営における手段のひとつに過ぎません。リスキリング施策を考える際には、さらに上段の目的を意識することが重要です。

上段の目的とは、外部環境の変化をふまえ、事業をどのように変えて自社を持続的に成長させていくのか、ということです。DXやイノベーションは、その事業変革の手段だと位置付けられます。

図4 企業がリスキリングに取り組む意味合い
図4 企業がリスキリングに取り組む意味合い

リスキリングというと、「DX人材の育成」を想起しがちですが、事業を変える度合いや方向性は各社各様です。ゆえに、リスキリングの目的も企業によって異なります。DXよりもSX(サステナビリティトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)の重要性が高く、これらのスキル習得が優先的になるケースもあるでしょう。

リスキリングの目的を考える際は、DXなどのバズワード(曖昧な定義のまま広く世間で使われてしまう用語)に踊らされず、自社なりの意味合いを見出すことが重要です。

第3章 
リスキリング施策を設計するポイント

リスキリングの目的を押さえたうえで、いよいよ施策の検討に入ります。ここでは、以下A〜Dの4つのプロセスで考えていきたいと思います。

  • A:自社ビジネスの変化の理解
  • B:求められる人材像の再定義
  • C:求められるスキルの再定義
  • D:育成プログラムの設計
図5 リスキリング施策の設計プロセス※1
図5 リスキリング施策の設計プロセス1)

このステップを見ると、これまでの人材育成施策の検討プロセスとさほど変わらないと感じるかもしれません。リスキリングならではの難しさを挙げると、外部環境の変化が激しいがゆえに、求められる人材像やスキルを定義する際、以前とは大きく異なる定義になることがあります。そのため、人事担当者としては、過去の取り組みの延長線上で施策を考えにくくなるのです。

こうした難しさもふまえて、リスキリング施策を検討する際に陥りがちなパターンを3つ(下図の①〜③)ご紹介しながら、検討のポイントを考えていきたいと思います。

図6 陥りがちなパターン※1
図6 陥りがちなパターン1)

陥りがちなパターン①:ビジネスの変化や求める人材像をどのように考えるべきかがわからない

リスキリング施策を検討する際、「どのような人材が必要か」をいきなり考えてしまうケースが散見されます。いくら社内で議論しても求める人材像が決まらず、施策の検討がいっこうに進まない状態に陥ってしまうのです。

検討する際は、ご紹介した4つのプロセスのA(自社ビジネスの変化の理解)から始めることが肝要です。PEST分析などを用いながら、世の中の変化をふまえて自社の事業や組織はどう変わるべきなのかを押さえると、求める人材像を描きやすくなります。たとえば、下図のような問いを立てながら考えるとよいでしょう。

図7 考えたい問い(例)
図7 考えたい問い(例)

ビジネスの環境変化を考えることは、育成施策の検討と距離感があるように感じられるため、疎かにしがちです。しかしながら、リスキリング施策は自社のビジネスを持続的に成長させるために行うのですから、実は、外すことのできない重要な論点なのです。

なお、こうした環境変化や戦略の分析は難しい取り組みでもあります。グロービスのコンサルタントは、環境分析や人材像の検討からご支援しておりますので、必要に応じてぜひお声がけください。

陥りがちなパターン②:デジタルスキルに意識が偏りがち

近年、デジタルスキルの重要性が謳われており、全社員にデジタル教育を行う企業の事例も目にするようになりました。こうしたニュースに影響を受けてしまい、リスキリングといえばDX教育である、とイメージしてしまうこともあるかと思います。

テクノロジーの進化が著しい中、ビジネスパーソンがデジタルスキルを磨くことはもちろん大切なことです。その一方で、あらゆる業務で必要となる問題解決力や企画力、リーダーシップといったビジネススキルも、時代の変化に応じて進化させていかなければなりません。デジタルスキルにばかり意識が偏り、従来から必要とされるビジネススキルのアップデートに考えが及ばなくなるのは避けたいことです。

Courseraの発表によると、問題解決力などのビジネススキルは、データやテクノロジーに関するスキルと比べると、スキルを生かせる「賞味期限」が長いとされています。

データサイエンスやテクノロジーは日進月歩の勢いで進化するため、スキルの半減期(労働市場でスキルの価値が半分になるまでの年数)が短いことは感覚的にもわかるかと思います。そのため、この分野は、絶えず最新のスキルを習得し続ける必要があるともいえます。

図8 スキルの賞味期限 (出所: Coursera 「Global Skills Report 2021」)
図8 スキルの賞味期限
(出所: Coursera 「Global Skills Report 2021」)

また、2020年の世界経済フォーラム(WEF)では、2025年に必要となるスキルのトップ10が発表されました。このうち、テクノロジーに関するスキルは2つに留まっており、その他は問題解決力やリーダーシップといったビジネススキルが多くを占めています。

図9 2025年に必要なスキル(出所:Future of Jobs Report 2020, World Economic Forum)
図9 2025年に必要なスキル
(出所:Future of Jobs Report 2020, World Economic Forum)

こうした結果から、デジタル化が進む時代であっても、ビジネススキルの重要性は変わらないことが感じられるかと思います。リスキリング施策においては、デジタルスキルのみならず、時代を超えて生かせるビジネススキルを進化させることも、ぜひ重視していただきたいと思います。

また、さまざまな企業の人事担当者様のお話を伺う中で、リスキリング施策を検討するにあたり、社員が現状どの程度のスキルをもっているのかがわからず、悩まれるケースも少なくないと感じます。業績評価や資格、自己評価、研修受講履歴などをできる限りデータ化し、リスキリング施策の検討に活用しようとしている企業も見られますが、客観的に比較できるデータが少なく、解釈が難しいという声もあがっています。

こうしたお悩みの解決策の一例として、グロービスがご提供している能力測定テスト「GMAP」を用いることで、経営に関する基礎知識や論理思考力の保有度合いを可視化することができます。延べ55万人を超える受験者と比較した偏差値方式でスコアが出されるので、個々人が学ぶ領域を検討するにあたっての参考になります。

陥りがちなパターン③:ビジネス環境や人材像と整合性が取れていない育成プログラムを考えてしまう

リスキリングをするための育成プログラムを考える段階では、それまでに検討した人材像やスキルの定義と整合していない内容になってしまわないよう、注意が必要になります。「全社員が平等に学べるeラーニングにしよう」といったように、導入しやすいと感じる施策に飛びついてしまわないようにしたいものです。

こうした状況を避けるためには、まずA〜Cのプロセスで検討したことを言語化することが重要です。A〜Cのプロセスをしっかり考えることで、育成の目的や対象者、必要なスキルといった事項も明確になっていきます。

そのうえで、育成プログラムの検討にあたっては、下図の選択軸に照らして、何を重要視するかをクリアにすることをおすすめします。たとえば「学びの到達度」であれば、リスキリングする分野について知識を習得する(分かる)程度でよいのか、実務で使いこなす(できる)レベルまでになってほしいか、といったことです。

図10 プログラム選択の幅と施策の特徴
図10 プログラム選択の幅と施策の特徴

育成の手段となるプログラムには、eラーニングや集合研修といったものがありますが、それぞれに学びの到達度や時間の自由度などに特徴があります。

eラーニングは手軽に知識を習得できますが、実際のビジネスで使いこなすレベルになるのは難しいかもしれません。また、eラーニングだけで学ぶ必要性の喚起はしにくいでしょう。一方で、本人が学びたいタイミングで学べるという時間の自由度がありますし、一人あたりのコストも低く押さえられます。外部で学ぶスクール型研修は高いコストがかかりますし、決まった時間に学ぶ必要があるものの、eラーニングに比べるとスキルの習熟度は高くなります。

スクール型研修の一例として、グロービスのGMS(グロービス・マネジメント・スクール)GES(グロービス・エグゼクティブ・スクール)があります。いずれも3か月間の期間をかけて学び、他社の方々とディスカッションすることを通して視野が広がり、成長意欲が喚起されるという特徴があります。

GMSは特定の科目を学び、GESは同じ役職の方々で経営の全領域を総合的に学ぶプログラムとなります。一人からでも派遣していただけるので、各企業のニーズに合った形でご利用いただきやすいプログラムです。

人事担当者の皆さまは、こうしたプログラムごとの特徴を理解したうえで、どの対象者にどのような育成を行いたいのか、そして現実的なプログラム選択の軸を考えながら育成プログラムを決定することが重要になります。

第4章 
リスキリング施策の事例:テレビ業界A社

実際のリスキリングの事例として、テレビ業界A社の施策をご紹介します。

かつては優れたコンテンツを制作すれば多くの人に視聴してもらえたテレビ業界も、近年は動画配信サービスなどからもコンテンツが提供されるようになり、従来の勝ちパターンが通用しなくなっています。

多種多様なプレーヤーとの競争が強いられているという変化に直面し、必要な人材像やスキルも変える必要性が生じました。事業を構想するときに必要とされるスキルの「BTC(Business、Technology、Creative)」でいうと、これまでは優良なテレビコンテンツを生み出すC(Creativity)に注力してきたのがテレビ業界です。

ところが、環境変化によって、A社のリーダー層には、外部環境や視聴者の変化を理解したうえで、自社が選ばれるための戦略立案力が求められるようになりました。「BTC」のC(Creativity)だけで戦い続けることは難しく、B(Business)とT(Technology)の必要性が高まったため、A社では、リスキリング施策に着手することにしたのです。これらの分野の育成施策はA社の内部で実施することが難しかったため、グロービスがプログラム設計をご支援しました。

A社のリスキリング施策では、中核人材となる40代以上の社員のうち、部門推薦があり意欲がある方を対象としました。論理思考力やマーケティング、経営戦略の領域に関しては、戦略や施策の立案に生かせるレベルのスキルを習得し、テクノロジーに関しては基礎知識をつけることになりました。

育成プログラムを決める際は、多忙なメンバーが多い点を考慮し、学ぶ日程の選択肢を設けられることを重視して検討を進めました。

図11 テレビ業界A社の育成プログラムの設計
図11 テレビ業界A社の育成プログラムの設計

以下の図が、育成プログラムの全体像です。先ほどご紹介した能力測定テスト「GMAP」で現状の経営知識の保有度合いを明らかにしたうえで、学習がスタートします。

リスキリングをする重点分野とした論理思考力やマーケティング、経営戦略については、6か月間をかけてGMSへ通学していただき、実践レベルまでの理解を目指しました。その他の経営知識やテクノロジーの知識については、動画学習サービス「GLOBIS 学び放題」を用いて、各自の都合がつく時間帯に基礎レベルを学ぶことにしました。

そして最後に、6か月間の成長度を把握するために、再度「GMAP」を受験し、自社の課題を検討して発表することで、実践に繋げていく構成としました。

図12 テレビ業界A社の育成プログラム
図12 テレビ業界A社の育成プログラム

この育成プログラムを経て、「GMAP」のスコアが向上したという成果を得られたことに加え、受講者からの以下のような感想が多く挙がりました。

  • GMSでの他社のビジネスパーソンとの交流やGMAPを通して、自分が足りていない点を客観的に知ることができた
  • 今まで培ってきた経験や技術だけでなく、リーダーとして新たに学び続けないといけないと感じた

まさに、この育成プログラムにおける狙いを受講者の方々に感じていただいた取り組みとなりました。

第5章 
最後に

本コラムでは、リスキリング施策の目的や、検討する際のポイントについて考えてきました。

リスキリングは、自社が持続的に成長していくために行うものです。今回ご紹介したプロセスを参考にしていただき、社内外の環境変化や今後の事業の方向性と整合性を取りながら、求める人材像やスキル、そして最終的な育成プログラムに落とし込んでいただければと思います。

今回お伝えした内容が、各企業におけるリスキリングの取り組みの一助になれば幸いです。本コラムに関連するお役立ち資料も公開しておりますので、ぜひご覧ください。

引用/参考情報
1)「自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング」後藤宗明、「リスキリングする組織——デジタル社会を生き抜く企業と個人をつくる」リクルートワークス研究所 を参考にグロービスにて作成

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。

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