これからの企業変革の在り方(前編)
2022.06.01
断続的に起こっている大きな環境変化に、企業として如何に対応していくかが重要な経営イシューとなっている今日。多くの企業は、破壊的イノベーションによる環境変化が起きてから変革を行うのが実態としてある中、本来は業績が緩やかに悪化し続ける「組織の慢性疾患」の段階で変革に着手すべきであると、埼玉大学経済経営系大学院 准教授 宇田川 元一氏は語る。
環境変化が常態化する中で如何に企業を変えるべきか−−−2022年3月29日、宇田川氏と西 恵一郎(グロービス コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター)によって議論された、HRエグゼクティブコンソーシアム/グロービス共催セミナー「これからの企業変革のあり方」の概要を紹介する。(全2回・前編)
※後編はこちら
(文中の氏名肩書は記事公開当時のものです。)
グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。
多くのクライアント企業との協働を通じて、新しいサービスを創り出し、品質の向上に努め、経営人材育成の課題を共に解決するパートナーとして最適なサービスをご提供してまいります。
目次
企業変革は、対話的な取り組みが大切
まずは宇田川氏による基調講演が行われた。
「『変革』は、今までのものを全部壊してゼロからやり直すことだという議論があるが、決してそんなことはない」と主張する宇田川氏。
この考えのベースになっているのがドラッカーの『保守思想』。理想を設計して、それに合わせて現実を壊すのではなく、今ある技術や資産の活用の方法、新たな顧客の想像などを機会を見つけながら新たに構築していくことを主軸に、ドラッカーは「革命」でなく「イノベーション」を論じた。「この観点から『変革』を考えることが、今企業には必要だ」と、宇田川氏は言う。
その際意識すべきは、変革に着手するタイミングである。多くの企業は、破壊的なイノベーションが台頭し急激に業績が落ち込んだときに、初めて変革に取り組もうとする。しかし、それでは予算もなく打ち手も限られてしまう。また、巷の企業変革論もこうしたフェーズを主に想定している。しかし、本来は、業績が緩やかに落ち込んでいる時期に変革を行うほうが望ましいのは言うまでもない。「組織の慢性疾患」での変革について、宇田川氏は次のように説明する。
「例えば、慢性疾患である高血圧症は、降圧剤を服用すると血圧が下がり、その時は落ち着きますが、病気自体は治りません。この症状に対する治療としては、『セルフケア』を積み重ねていくことが大切で、高血圧症であれば食事と運動です。これをしっかりとやり続けることで、少しずつ良くなっていく。企業も同じで、『新規事業がなかなか生み出せない』、『事業ポートフォリオが変わらない』『横の連携がうまくいかない』などの慢性疾患に対しては、1つの解決策だけでは改善できない。徐々に良くしていくためには、問題が何かを対話的に探りながら、着実に変革を積み重ねることが重要です。」
価値基準を変えることで、既存事業の変革にもつながる
それでは「対話的に変革に取り組む」とは、具体的にどういうものなのだろうか。
「組織変革を実現するためには、まず小さくてもイノベーティブな取り組みを行っている「ポジティブ・デビアンス(逸脱者)」を見つけ出すことが大事。しかし、彼らだけに期待するのではなく、CXOのチームやコーポレート部門スタッフなどの支援者の存在も重要になります」と、宇田川氏は提言する。既存事業とは異なるKPIなどの『価値基準』を新たにつくりデビアンスをサポートしていくのが、支援者たちの役割である。例えば、人事担当者なら、外部のスペシャリストの雇用などで、既存事業の給与テーブルと折り合いがつかない場合は、基準を変更するなどの支援が必要になるだろう。
新たな事業開発をコーポレートが支援するために、①価値基準を変える ②既存事業の変革につなげる ③会社の戦略が変わる、このような三段構えで企業変革するのが大切であると、宇田川氏は言う。
潜在的な不安や不満を観察し、対応していく対話的な取り組みが大事
また、地道な対話的取り組みの成功事例として、宇田川氏はNECの新規事業開発事例を紹介した。多くの企業では、新規事業の開発は重要であり、取り組まなければ「企業としての未来はない」と、ほとんどの社員が共通認識を持っている。しかし、収益がまだ見込めない新たな事業部に、既存の事業部から「人を送り出す」のには不安や不満があり、なかなか難しい。「総論賛成、各論反対」のジレンマである。
NECは、この状況をどのように乗り切ったのか。NECの新規事業を推進したビジネスイノベーション統括ユニットBIU(現在はGIU)の中核人物である北瀬聖光氏にインタビューを行ったところによると、既存の部署が優秀な人を安心して送り出せるように、事業として成果が出るまでは『人材育成』という目的で、効果や存在意義を理解してもらうようにしていったと言う。
「預かった人のスキルレベルはこうでした。BIUでチャレンジすべきテーマに対して、こういう活躍をしました。その結果このスキルアップをして、成長しています。帰任したら、この方はこんな新しいジョブで活躍できます」というような個人カルテを作っていったのだ。
北瀬氏は、各事業部から「なぜ人が出てこないのか」ということを考え、各事業部長の不安や不満をよく観察して、それに対し適切な対処策を検討し、実行していった。対話に必要な「準備、観察、解釈、介入」の4つのプロセスを北瀬氏は丁寧に行ったのだ。「こういう対話的取り組みの積み重ねでしか、前に進まない」と、宇田川氏は言う。
「大手企業はスタートアップになる必要はありません。自社が持っている技術や人、顧客などを活かして体制をつくっていくことが変革には求められる。それを生かすも殺すも、対話的に取り組めるかどうかにかかっています」と、宇田川氏は締めくくった。
企業の変革で役員に求められる「リーダーの両輪」とは
続いて、グロービスの西が、今後の企業が変革を行う上で押さえるべき要諦について説明した。
企業が変革を行うのは、「『資本市場』『商品市場』『労働市場』の3つの市場から受け入れられるためだ」と西は言う。従来のメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用に組織を変える企業が増えたきっかけは、「優秀な若手層が辞めて、どんどん外に行ってしまうからだ」という声をよく耳にする。企業としても対応せざるを得ない程の状況になってきているのだ。これは『労働市場』からのプレッシャーである。またESG対応は、『資本市場』からの要請である。このように今や3つの市場において評価されないと、企業としても持続的な組織が創り出せなくなってきている。
では、それらに対応するためには経営トップはどのように変わっていくべきなのか。従来の経営トップの判断で部下に落とし込んでいく「管理型のマネジメント」ではなく、「ビジョンやパーパス(存在目的)によるマネジメント」に変えていく必要があると、西は言う。
「パーパスというのは上意下達の一方通行ではなくて、双方向のコミュニケーション。個人のパーパスと会社のパーパスを、きちんとすり合わせることが非常に大切になってきます」
パーパスに対して、自分たちがどのようにして、そこに向かっていくのかという「ビジョン」と、リーダーとして何をやるのかという「志(こころざし)」という『リーダーの能力』。更に、頑張った人が活躍できる「フェアネス(公正さ)」と、どのような属性の人であろうと、自分らしく取り組める環境を整える「ダイバーシティ(多様性)」といった『マネジメントスタイル』。この『能力』と『マネジメントスタイル』がリーダーに求められる両輪になるというのが、西の考えである。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。