社員の心に火をつけ、「共創型人材」育成に邁進するCHROが歩む道

2024.10.16

昨今、人的資本経営の高まりなどの理由から、日本でも大企業を中心にCHROを置くケースが見られてきた。各社CHROのキャリアは様々であり、社内の人材を登用することもあれば、社外から招聘するケースも見られる。

株式会社レゾナック・ホールディングス(以下、レゾナック)の取締役 常務執行役員 最高人事責任者(CHRO)である今井のり氏は、1995年に旧日立化成へ入社。以来、経営企画、広報・IR、アメリカ駐在や事業責任者など要職を歴任。企業統合プロジェクトでは、旧日立化成側のリーダーも務めた。

社内のあらゆる立場を経験したからこそ発揮できるCHROの価値や現在の取り組み、日本企業におけるCHROの現状などについて、グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクターの内田圭亮と対談した。

(左)株式会社レゾナック・ホールディングス 取締役 常務執行役員 最高人事責任者(CHRO)今井のり氏
(右)グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター 内田圭亮

執筆者プロフィール
グロービス コーポレート エデュケーション | GCE
グロービス コーポレート エデュケーション

グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。

多くのクライアント企業との協働を通じて、新しいサービスを創り出し、品質の向上に努め、経営人材育成の課題を共に解決するパートナーとして最適なサービスをご提供してまいります。


本気で変革を実現するために、CHROに着任

今井氏は新卒で旧日立化成へ入社し、一貫して同じ会社でキャリアを歩み続けている。オープンイノベーション担当や広報・IR、経営企画など様々な経験を積み、6年半にわたるアメリカ駐在では営業を経験。帰国後は事業責任者を歴任し、旧昭和電工との統合プロジェクトをリードする。同プロジェクトにおける旧昭和電工のリーダーは、現CEOの髙橋秀仁氏だった。

「髙橋とは、統合後にどのような会社にしていくべきかを一年以上議論しました。その中で、『新会社では本気で変革をしたいと思っているので、CHROを担ってほしい』と打診があったのです」(今井氏)

当時、今井氏は人事部門の経験がなかったものの、「CEOと思いを共有してリーダーシップを発揮できることが重要だ」と髙橋氏から話があり、CHROになることを決断したという。本気で変革をしたいという志は、今井氏も同じだったからだ。

レゾナックでは、変革に対する経営陣の強いコミットメントのもと、CHROの配下に各事業部門のHRBP(HRビジネスパートナー)を配置し、部門リーダーと一緒に人事課題に向き合う体制を整え、人と組織の戦略実現に邁進している。

株式会社レゾナック・ホールディングス 取締役 常務執行役員 最高人事責任者(CHRO)今井のり氏

株式会社レゾナック・ホールディングス 取締役 常務執行役員 最高人事責任者(CHRO)今井のり氏

事業特性上の必要性から「共創型人材」を育成

レゾナックは人材戦略として「共創型人材の育成」を掲げる。志を持ち、会社や部門を超えて自律的につながりながらお客様が求めるイノベーションを起こすのが、同社が考える共創型人材だ。

この人材戦略は、機能性化学メーカーであるレゾナックの事業モデルと密接に結びついている。「我々は、お客様の要望に合わせて機能を生み出すスペシャリティケミカル企業です。トップダウンで戦略が下りてくるのを待つのではなく、お客様と対話し、何度もすり合わせをしながらお客様や社会の求める機能を提供していく自律性が必要になります」と今井氏は述べる。

共創を実践し、志や自律性を育む

共創型人材育成の具体的な施策としては、「スキルを身につける場」と「自律的に経験する場」を用意している。

スキルを身につける場のひとつに、オリジナルの研修プログラムである「共創型コラボレーション力強化研修」がある。共創に必要な要素として「心理的安全性の確保」「アンコンシャスバイアスの排除」「発信力」「傾聴力」「ファシリテーション力」の5つを掲げ、受講前に360度フィードバックを受け、自己認識をする。研修で知識を学んだうえで3か月後に再度360度フィードバックを行い、実践度合いを見る内容だ。マネージャーを中心に1,300人以上の社員が受講済だという。

共創を経験する場も多く設けている。社員が組織の垣根を超えてチームを組んで、パーパス・バリューを踏まえた行動目標を立て、その発揮度合いを発表する事前エントリー制のグローバルアワード「AHA! (Awards of Harmony)」など、共創を促す仕掛けが豊富だ。共創を実践することによって社員一人ひとりの志が磨かれ、自律性がより育まれるという好循環を生み出す。

こうした施策とともに、役職名での呼称廃止や、服装規定のカジュアル化など、大小あらゆる施策の積み重ねで、フラットな組織カルチャーの醸成を目指す。イノベーションを起こすには、役職や部門を越えて共創することが欠かせないからだ。

内田は、同社の人材戦略に対して「全ての要素が綺麗につながっている」という印象を抱く。レゾナックは事業戦略上の必要性をもとに「共創型人材」を定義しているからこそ、人材戦略が実現されることによって、事業戦略の実現可能性が高まるのだ。

特筆すべきは、「共創型コラボレーション力強化研修」を髙橋CEOをはじめとする経営層からトップダウンでスタートしている点だ。多くの企業は、役員以上に研修参加を求めることが憚られてしまい、ミドル層以下に限定して実施することも珍しくない。内田は、「トップ自ら研修を受講する姿勢は、人材戦略の実効性を高める」と述べる。

引用:人材育成、resonac recruit site、2024年9月に内容確認

引用:人材育成、resonac recruit site、2024年9月に内容確認

「スモールスタート、クイックウィン」を徹底

今井氏が意識しているのは「現場の肌感覚を大事にする」こと。社内の要職を歴任してきた今井氏らしい視点だ。世界各地の拠点へCEOの髙橋氏とともに足を運び、できる限り多くの従業員と直接対話している。

「現場に行ったからこそ発見できる課題があります。拠点リーダーの雰囲気や、対話の場における従業員の反応などをもとに、次の施策をどう動かすべきか、帰り道にCEOと話し合うのです。アジャイルに施策を考え、実行しています」(今井氏)

部下となる人事部門のメンバーにも、アジャイルに物事を考えるよう促す。人事部門は、人事制度など全社に影響が及ぶ業務を扱うがゆえに、慎重に物事を進める傾向がある。だからこそ、「スモールスタート、クイックウィンでやってみようと促しています」とメンバーの背中を押しているという。

「社員の個性を解き放ちたい」

今井氏のここまでの道のりは、決して平坦ではなかったはずだ。人事経験がなく、被買収企業の出身者が統合時にCHROとなり人事チームを立ち上げたことへ、社内からの懸念がなかったわけではない。さらには、統合の意味合いを従業員に腹落ちしてもらうことも必要だった。目指す人材や組織の姿を実現するために、どのメンバーでどのような議論をすべきかにも神経を尖らせ、会議体もゼロから慎重に作り上げた。

逆風の連続のように思えるが、今井氏は「今やっていることの全てが楽しい」と笑顔で言い切る。「とにかく変革をしたかった。不合理なものをなくして、従業員一人ひとりの個性を解き放ちたいという思いがありました。皆が様々な施策に真剣に取り組み、着実に変わっていく光景を見ると、涙が出るほど嬉しいのです」。

今後は、パーパスとバリューの浸透を更に加速する考えだ。「従業員一人ひとりが人生で大切にしていることと、当社のパーパスの重なりに気づいてほしい。会社は、従業員が自己実現するための『器』です。会社と従業員が一緒になって、より良い社会をつくりたいですね」と展望を語る。

CHROに求められる役割と要件

ビジネスのあらゆる機能を経験した後にCHROに就任した今井氏と、多くの企業における組織変革を支援してきた内田が考える「CHROの役割と要件」はどのようなものか。

今井氏は、対社内と対社外の役割がそれぞれあると考える。社内における役割は、マインドチェンジを促すことだ。

「CHROは、人の心に火をつける役割があります。不確実性が高い時代において、我々は経験のない課題に立ち向かい、価値を生み出さなければなりません。そのためには、心のキャパシティを増やしていくことが重要だと思うからです」(今井氏)

社外に対する役割は、ステークホルダーへの説明責任だ。「好業績をあげたとしても、投資家はその再現性を求めます。業績に影響を及ぼす組織構造や行動様式、企業文化など非財務分野への注目が集まっているのです。CHROは、企業価値最大化に向けてCEOの経営パートナーとして機能し、社内外を繋ぐことが求められます」と語る。

内田は、社員のマインドセットにまで責任を負う点が、人事機能全般の「管理」を担う人事部長との大きな違いだと述べる。ESG経営が注目される時代において、投資家は従業員の心の状態にまで着目するようになった。今井氏と同様に投資家への説明責任の観点も挙げ、「CHROは、経営者の一人としての覚悟が求められるのです」と強調する。

グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター 内田圭亮

グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター 内田圭亮

事業経験がCHROのミッション遂行に生かされる

CHROの要件として、内田は「経営感覚と現場感覚の両方を持ちながら、ビジョンの到達に向けて組織や人、カルチャーの状態を高い視座で見て変革に導く意識が欠かせない」と述べる。

今井氏は内田の話を踏まえ、「アメリカでの営業や事業責任者の経験が、CHROのミッションを果たすうえで大きく役立っています」とこれまでのキャリアを振り返る。

事業がどのように創出され、お客様とどう向き合い、利益を生み出すのか、身をもって体験したからこそ、事業戦略に深く紐づく人材戦略にこだわりを持つ。さらに、相手を深く知り、思いを伝え、双方で合意をするという営業スキルや、事業責任者として自分よりも経験値が高いメンバーもいるチームをまとめる経験も、CHROとして組織を率いるミッションに生かされている。

日本企業にCHROが浸透するために

近年は日本でもCHROを置く企業が増えているものの、その割合はまだ低い。CHROの役割や重要性を見出せていない企業も散見されるのが実態だ。

レゾナックでは、統合にあたって欧米企業をベンチマーク分析した際、日本と欧米で大きな違いが見られたのは、CHROの役割だった。「欧米企業におけるCHROと、日本企業の人事部門の機能は大きく違うとわかったのです」(今井氏)。特に、経営陣が戦略的に組織カルチャーを醸成することへコミットメントを示している点が、日本企業に不足していると痛感したという。

今井氏はその背景を「数値目標を追いかけるマネジメントスタイルで成功してきたために、非財務的情報の重要性が十分に理解されていない可能性がある」と見立てる。例えば財務領域は統一された財務基準がある。従業員のマインドセットや組織カルチャーの醸成は各社各様であり、ルールも答えも存在しない。それゆえに、CHROのミッションを見出すことが難しくなる。

内田も、「経営は、財務など可視化できるものにはすぐ着手するが、ソフトイシューに対しては何をすべきかが見出しにくいのです。その複雑性の高さを目の当たりにして、CHROを設置する検討が前に進まないことも多くあります」と、同じ課題意識を抱く。

CXO(企業の各機能の責任者)のうち、CHROが最も供給不足のポジションだという。今井氏も内田も、より多くの方にCHROを目指してもらい、日本企業での浸透が進んでほしいと願う。

「CHROに求められるのは、人の可能性を信じられること。人の可能性を最大限に発揮させることで組織が変わり、企業が変わり、提供価値が増大して社会が良くなっていく。この連鎖の原点は人であると信じる人材が、事業経験を積んだり、経営視点を持ったりした後にCHROになると価値を発揮すると考えます」(内田)

「人は誰もが、自分でも気づいていないポテンシャルを秘めています。これをどれだけ引き出せるかが企業価値向上につながると考えています。そして、私のようなキャリアを持つCHROは日本では稀であるように、それぞれが自分の個性を生かしたクリエイティブなCHROで良いと思うのです。例えば、データドリブンのHRもできるようになってきたので、今までとは違う科学的アプローチで変革を推進するCHROが現れてもいいのではないでしょうか」(今井氏)

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。