CHROの役割は「攻め」の人事――歴史ある大企業で新たな未来を築くチャレンジ
2024.10.16
歴史ある日本企業が、新たな成長に向けてどのように組織を変革し、歩みを進めるべきか。
P&GやGEといった名だたる外資系企業で人事として活躍し、メルカリのCHROとして急成長をけん引した木下達夫氏。パナソニック ホールディングス株式会社(以下、パナソニック)の執行役員 グループCHROに着任したのは、2024年7月のことだ。
木下氏は、いわゆる「日本の大企業」に所属するのは今回が初めてとなる。歴史と伝統を兼ね備えたパナソニック ホールディングスのグループCHRO として現状をどう捉え、どのような未来像を描くのか、グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクターの内田圭亮と対談した。
グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。
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(左)パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCHRO 木下 達夫氏
(右)グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター 内田圭亮
パナソニックが変革できれば、日本社会が変わる
木下氏は、外資系企業2社で人事としてキャリアを積んだ後、「この先は日本社会に貢献したい」と考え、メルカリに入社。CHROとして、グローバル展開や上場前後の成長に携わった。
2024年にパナソニックグループへ転身したのは、「外資系とスタートアップという、二つの経験のコンビネーションを最も生かせる場所」だったからだという。「日本社会でプレゼンスがあり、世界で事業展開している会社において、組織をアップデートするチャレンジは面白いと感じました」と木下氏は思いを語る。
パナソニックが外部からCHROを招聘することは、木下氏自身も想像していなかった。しかし、グループCEOである楠見雄規氏から、同社の経営哲学ともいえる「経営基本方針」を実践できる会社にし、過去の延長線上にはない変革を本気で行いたいとの話をもらい、グループCHROに就くことを決めたという。
経営基本方針は、パナソニック創業者の松下幸之助氏から脈々と受け継がれてきた考えが詰まったものだ。ところが、事業が多角化し、組織が拡大するにつれ、この浸透が薄まってしまったという。
「改めて創業の原点に立ち返り、経営基本方針を実践するための阻害要因を取り除いていけば、変革を進められると考えています。そして、パナソニックのような大企業で変革を実現できれば、多くの日本企業の参考になるでしょう。パナソニックが変われば、日本が変わるという思いを抱いています」(木下氏)
パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCHRO 木下 達夫氏
働きやすさが向上し、
次のテーマは挑戦を促す文化醸成
2024年7月にパナソニック ホールディングスのグループCHROに就任した木下氏は、役員や社員との対話を重ねている。「経営基本方針が実践しにくくなっている真因は、まだ掴めていない」というが、対話を通して様々な発見が得られている。
「長い歴史があるため過去を壊しにくいという声がある一方、2022年に事業会社制になったことでスピード感が出てきたという、良い兆しも生まれています。人事制度関連では、事業会社単位でジョブ型の導入を始めました。福利厚生でも、パナソニック コネクトが卵子凍結への費用補助を導入するなど、先進的な動きが多く見られます」(木下氏)
さらには、フラットな組織文化をつくるために、役員も他の従業員と同じオフィスエリアで勤務したり、カジュアルな服装での出社を奨励したりしている。コロナ禍でリモートワークも導入され、ハイブリッドワーク(出社とリモートワークを組み合わせた働き方)が定着し、この数年で働きやすさが格段にアップしたという。
次なるチャレンジは、働きがいの向上だ。木下氏は、「挑戦を促す文化を育む必要があると考えています。自分の能力以上のストレッチアサインメントを行い、失敗もしながら学びを得て、成果を出すとともに本人の成長につながる経験を増やしていきたい」と語る。
パナソニックグループは、社員が自らの仕事の責任者だと自覚する「自主責任経営」、一人ひとりが独立経営体の主人公である「社員稼業」という考えが経営基本方針にあり、自主性を重んじてきた会社である。しかし、近年は実践しきれていないという課題意識は、他の役員陣も同じように抱いているという。経営が苦しい時期もあったため、役員陣がかつて経験してきたチャレンジの機会を今の社員には十分に提供できていないのではないかという自省の念もある。
木下氏は、真面目に仕事に取り組む社員が多いからこそ、できていないことを改善するための会話が多くなっていると感じている。この状況を打破し、一人ひとりのポテンシャルを解放して、社員同士がお互いのチャレンジを称え合い、熱量あふれる組織にすることへグループ各社のCHROとともに向き合いたいと述べる。
「パナソニックは、しっかりとした経営哲学があり、本当に優秀な人材が揃っています。組織も個人もポテンシャルにあふれているからこそ、社員が働きがいをもつために新たなチャレンジの機会を提供し、経営基本方針を体現する社員を増やしていきたいですね」(木下氏)
多様性を強みに、
非連続成長を実現できる組織へ
木下氏が目下取り組んでいるのは、グループの行動指針である「Panasonic Leadership Principles」を体現する組織にすることだ。経営基本方針に沿ってチャレンジをした社員に対して正当に報いるようにするなど、制度の策定のみならず運用に注力すべきだと考える。「人事の原理原則は経営陣をはじめ組織全体で合意を取り、運用のノウハウはできるだけ現場に任せ、モニタリングの仕組みを整えていきたいと考えています」(木下氏)。
各組織を率いるリーダー層は、オペレーショナルな業務に強く、事業を安定成長させることに長けている。一方で、広い世界を見て、非連続な成長をスピーディーに推進する点が不足しているという。
こうした課題を乗り越えるためには、多様な社員を登用し、新たなアイデアを事業に取り込んでいくリーダーシップが求められる。パナソニックでは近年、経営陣の経験値における多様性が増し、変革を本気で実現する体制にしていることが窺える。木下氏のみならず、パナソニック株式会社 空質空調社社長である片山栄一氏も外部から登用されているほか、パナソニック コネクトCEOの樋口泰行氏は一度社外のキャリアを経験している出戻り組だ。
「今後は、若手や女性をもっと要職に登用していかなければならないと考えています。登用は自然発生的には進まないので、意思をもって、外部からの採用も含めサクセッションを進めなければなりません」(木下氏)
図:PLP(Panasonic Leadership Principles)_パナソニック ホールディングス株式会社より提供
経営者として
「攻め」の人事を推進するのがCHRO
一貫して人事のキャリアを歩んできた木下氏へCHROと人事部長の違いを問うと、「CHROは、『C』(Chief)が付くことが一番の違い。つまり、CHROは経営者なのです」と述べた。
「経営者の一人として、自社のあるべき未来像から逆算して経営戦略を描き、その中で人的資本経営の位置付けを考え、企業価値を上げる役割を担うのがCHROです」(木下氏)
そして、日本でも近年CHROが普及し始めた背景には、これまでの人事部長はオペレーショナルな要素が強かったことがあるのではないか、と木下氏は見立てる。労務や福利厚生といった「守り」の要素だけでなく、カルチャー醸成や働きがいの向上など「攻め」の人事も求められる時代になった今、人事部長では担いきれない「攻め」をCHROに期待されているのだ。
グロービスの内田も、木下氏と同じ考えをもつ。「経営者として経営戦略に対して責任をもち、人事を経営の側面から考えるのがCHROです。それに対して人事部長は、人事戦略に則って各機能を実行し、管理する役割があると考えます」(内田)。リーダーシップがより求められるのがCHROであり、マネジメント要素が強いのが人事部長であるという。
グロービス・コーポレート・エデュケーション マネジング・ディレクター 内田圭亮
自社の事業と歴史を理解する重要性
CHROの要件として木下氏が挙げるのが、チェンジマネジメント力(変革を推進するステップを描いて成功に導く力)、そして自社の事業とコンテキスト(文脈)への深い理解だ。
「経営者として、事業理解に基づいて戦略を描くスキルは不可欠です。そして、あらゆる物事には背景があります。それを知らずして経営をすると表層的なアプローチにしかならず、効果が出たとしても一過性のものになってしまう恐れがあります」と木下氏は強調する。創業100年を超えるパナソニックの歴史や経緯を理解し、尊重したうえで、未来から逆算することで、過去・現在・未来に一貫性のある戦略人事ができるという。
このように、木下氏が人事にも「攻め」が必要であり、コンテキストが重要だと考える原体験に、GEにおける工場のカルチャー改革がある。当時は海外に生産移管が進み、これまでの大量生産から少量多品種の生産を担う工場への転換が迫られていたという。現場の士気が下がる中、顧客視点で自分たちの強みを活かした新しい挑戦を掲げて現場発の変革を推し進めた結果、エンゲージメントスコアが大幅に改善した。
「社員の中に眠っている思いにもう一度火を付けると、意識がこんなにも変わることを実感しました」と、木下氏は自身の原点となる経験に思いを馳せる。そして、変革のきっかけを掴むには過去の歴史の理解も欠かせないことを学んだ。GEの工場改革では、その工場が歩んできた歴史や社員の誇りを知ることが必要だったのだ。
内田は木下氏の話も踏まえ、CHROに求められるのは「深い人間理解に基づき、人の可能性を信じて、人事という可視化しにくい領域の重要性を語り、具体的な施策に落とし込んでいくこと」と述べる。これまでの資本主義社会では、ややもすると人間性が置き去りにされがちだったが、これからは人間中心に考えることに注目が集まる。そうした時代においてCHROが果たす役割はますます大きくなるだろう。
明るい未来を確信し、確実な一歩を踏み出す
木下氏は「変革を担う人には、誰よりも明るい未来を思い描くことが求められる」という。GEでの工場変革や、メルカリにおけるグローバル化の道のりを思い起こすと、変革の途中では必ずネガティブな声があがったという。その際に大切なのは、明るい未来への確信を抱き、確実に成果を出せそうな最初の一歩を踏み出すリーダーシップだ。社員が小さな変化を実感することで、変革が更に前へ進む。
その際にCHROが取るべきスタンスとしては、「否定から入らないこと」が重要だという。人は否定をされると萎縮してしまい、自己効力感が下がってしまう。そのような状態の社員が、明るい未来をつくることなどできるわけがない。健全な危機感を醸成しつつ、「自分たちは変われる」という自己効力感を社内に生み出すことが変革には欠かせない。
スムーズなサクセッションに向けて
日本企業でCHROを設置している企業はまだ低く、CHROのサクセッションは今後重要性を増すアジェンダとなる。それをいち早くメルカリで経験した木下氏は、「仕事を属人的にせず、自分が役職から離れても、その効果が持続する状態にしておくことが重要。私自身も、『パナソニックに嵐が来て去っていった』と思われないよう、腰を据えて多くの仲間と一緒にミッションを果たしていくとともに、サクセッションも真剣に考えていきたいと思います」と今後の展望を語った。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。