企業理念の実践にこだわるオムロンならではの人的資本経営を定義し、会社と社員がともに成長する組織の実現を目指す

2023.10.13

日系5社のCHROが集まり、富士通株式会社が主催し、グロービスがファシリテートする形で、企業価値向上につながる人的資本経営の実践について6回にわたり議論した「CHROラウンドテーブル」。
今回は、本ラウンドテーブルに参加したオムロン株式会社 取締役 執行役員専務 冨田雅彦氏と、モデレーター役を務めたグロービス・コーポレート・エデュケーション フェロー 西恵一郎が本ラウンドテーブルの取り組みを振り返る。更に、オムロン様の人的資本経営の構想やその背景についても語った。

(左)オムロン株式会社 取締役 執行役員専務 冨田雅彦氏<br /> (右)グロービス・コーポレート・エデュケーション フェロー 西恵一郎

(左)オムロン株式会社 取締役 執行役員専務 冨田雅彦氏
(右)グロービス・コーポレート・エデュケーション フェロー 西恵一郎

執筆者プロフィール
グロービス コーポレート エデュケーション | GCE
グロービス コーポレート エデュケーション

グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。

多くのクライアント企業との協働を通じて、新しいサービスを創り出し、品質の向上に努め、経営人材育成の課題を共に解決するパートナーとして最適なサービスをご提供してまいります。


▼コラムに関連するお役立ち資料はこちら▼
資料ダウンロード「ESG経営における人的資本価値向上の在り方」



CHROラウンドテーブルでの人事データ分析は「人事部門の近未来」

オムロン様では、2022年度から長期ビジョン「Shaping The Future 2030(SF2030)」がスタートしている。冨田氏がCHROラウンドテーブルへ声をかけられたのは、SF2030が始まろうとしていた時期だった。SF2030で具体的にどのような取り組みを行い、企業価値とどう繋がるのかのストーリーを考えていたタイミングだったという。

「自社の人財戦略が他社から見てどう感じられるのか、そして参加各社の取り組みや理由も詳しく聞きたいと思いました」と、冨田氏は当時の思いを振り返る。

6回にわたる本ラウンドテーブルは刺激的な機会であり、自分を問い直す場にもなったという。各社の施策と背景に触れたことによる学びもあり、SF2030で定めた目標や施策に対する考え方に、本ラウンドテーブルでの気づきを一部取り入れた。

また、目に見えない人の能力やエンゲージメントの可視化にチャレンジしたいと思っていた冨田氏は、富士通様の人事データ分析を見て、「人事部門の近未来を見たように思います」と語る。

富士通様では、人事データと、評価、業績、労働時間など他のデータを繋ぎ合わせて分析し、仮説検証を回しており、本ラウンドテーブルではこうしたデータ分析からの示唆が共有された。オムロン様でも、今後データ分析に力を入れていきたいと考えているという。

オムロン株式会社 取締役 執行役員専務 冨田雅彦氏

オムロン株式会社 取締役 執行役員専務 冨田雅彦氏

オムロンらしさを言葉に定義し、人的資本経営を実践する

SF2030では、ビジョンステートメント「人が活きるオートメーションで、ソーシャルニーズを創造し続ける」を掲げている。事業を通じて社会価値と経済価値の創出に取り組み、企業価値の最大化を狙う。

これを持続可能にするためのKSFのひとつが「価値創造にチャレンジする多様な人財づくり」だ。人財づくりのゴール(ビジョン)は「会社と社員が、より良い社会をつくるという企業理念に共鳴し、常に選び合い、ともに成長し続ける」。会社と社員は対等な関係であり、ともに成長することがオムロンの人的資本経営の意義であり、目指すことだと明確に示している。

更に、人的資本経営では三つの“連動”が必要だと考える。会社と個人のWill(やりたいこと、ありたい姿)の連動、事業戦略と人財戦略との連動、会社の成長と個人の成長の連動だ。求める人財像についても明確に定義されており、そのために重要な取り組みとして、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)がある。

「最初に、オムロンにとってのD&Iとは何かを言語化しました。ダイバーシティは、“より良い社会づくり”へ挑戦する多様な人たちを惹きつけること。会社としての魅力を上げ、企業理念に沿ってより良い社会づくりをすることがダイバーシティだと思うのです。インクルージョンは、一人ひとりの情熱と能力を解放し、多様な意見をぶつけ合うことでイノベーションを創造して成果を分かち合うこと、と表現しました」(冨田氏)

D&Iを加速させる8つの取り組みと成果目標も定めている。冨田氏は、「いずれもオーソドックスな施策ですが、オムロンの現状をふまえて長期ビジョンの実現に繋がるテーマをピックアップしました」と述べる。成果目標には、戦略を実現するためのタレントを獲得して活躍できるようにするための人財ポートフォリオや、成長意欲のある人に投資して能力を高める人財開発投資、VOICE(ボイス)と呼んでいるエンゲージメントサーベイのスコアを上げることなど、具体的な内容が並ぶ。

D&Iコンセプト

図1:D&Iコンセプト1)

中でも特徴的なのは、企業理念を実践し、社会課題解決の成果を分かち合う取り組みである、「The OMRON Global Awards(TOGA)」である。本取り組みは2012年から続いているもので、社員が日々の仕事の中で企業理念の実践にチャレンジすることを定め、全社員に共有する。企業理念の実践にこだわるオムロン様ならではの取り組みだ。

TOGAでは、成果を報酬として分かち合うものもあれば、称賛という形で共感して分かち合うものもあるという。冨田氏は、「TOGAは日常業務そのものであり、仕事に追加して行うものではありません。会社と個人のWillが連動する、重要な取り組みです」と語る。

オムロン様の人的資本経営をよく知るグロービスの西は、特筆すべき点を挙げる。

「オムロン様は、長きにわたって社会課題の解決に愚直に向き合うとともに、きちんと収益も出し続けている企業です。多くの日本企業がこれからやろうとしていることを、時間をかけて形に落としてきました。これからは、人財ポートフォリオをつくり、社会課題の解決や事業ポートフォリオと連動させていく。そして、これらがデータによって可視化され改善が進むという、多くの企業にとって参考になる先進的な取り組みをされています。

人的資本経営やD&Iなどのテーマについても、自分たちのユニークネスも含めた定義をしっかりと作っているので、施策が地に足がついたものになっていると感じます」(西)

グロービス・コーポレート・エデュケーション フェロー 西恵一郎

グロービス・コーポレート・エデュケーション フェロー 西恵一郎

人的資本経営の指標として定めた「人的創造性」

オムロン様では、目標や施策を検討する際、「現場に浸透すること」を重要視しているという。人的資本経営が企業価値向上にどれほど寄与しているのかを定量的に測る指標として定めた「人的創造性」も、現場への落とし込みを緻密に考えたものだ。

人的創造性は、「付加価値額÷人件費」というシンプルな計算式で定義されており、全社でも部門単位でも計算できる内容になっている。

そして、付加価値の成長を実現する因子を三つ設定し、付加価値を生み出す人財に対する施策の考え方としている。一つ目が適所適材。事業ポートフォリオに連動して、人財を適切に配置していく取り組みだ。二つ目は人財が能力を獲得するためのプログラムを質量ともに提供し、ケイパビリティを上げること。三つ目はエンゲージメントだ。人財がもつ能力を存分に発揮してもらえる環境づくりを進める。

オムロン 人的創造性の考え方(資料提供:オムロン株式会社)

図2:オムロン 人的創造性の考え方(資料提供:オムロン株式会社)

人的創造性は、計算式だけを見ると労働生産性や労働分配率といった指標と類似しているが、込めた思いは異なる。冨田氏によると、人的創造性を策定するにあたり、こだわった点が三つあるという。言葉の定義、考える順番、そして矢印の数と向きだ。

はじめに、付加価値と人件費という言葉の定義をした。付加価値はオムロン様が市場に向けて創り届けた価値の大きさだ。人件費は財務上コストになるが、あくまで人の価値をお金に置き換えたものと考え、人財の価値の総和と捉える。

次に、付加価値を成長させて企業価値を最大化するために、人財が能力を発揮してもらうための投資をするという、考え方の順番にもこだわる。

最後のこだわりは、矢印の数と向きだ。計算上は、人件費を下げれば人的創造性は上がる。しかしオムロン様は人件費にもしっかり投資して、それ以上の付加価値を生むという思いを矢印の表現に込めた。

西は、この人的創造性について、「オムロン様の、人への向き合い方を感じる内容だと思います」と語る。

「ものづくり企業であることを超えて、人が価値を発揮する可能性に本気で向き合う思想を感じます。人件費は貸借対照表には示されず、財務的には資産ではない中で、企業がもつ資産と捉えて定量化し、仕組みに落とすチャレンジが素晴らしいと思います。シンプルでありながら思想と深さがある計算式だからこそ、現場に浸透するのでしょう」(西)

人的創造性は、2024年度の目標として2021年度比で7%向上を目指す。「非常にチャレンジングな目標です。しかしながら、ストレッチをかけた目標がなかったら新たな発想は生まれませんから、あえてこの目標を定めました」と、冨田氏は決意を語った。

オムロン株式会社 取締役 執行役員専務 冨田雅彦氏

オムロン株式会社 取締役 執行役員専務 冨田雅彦氏

主体性を育み、多様なニーズに応じて学べる環境づくり

付加価値を成長させる因子のひとつであるケイパビリティを伸ばすために必要なのが、人財開発への投資だ。冨田氏は、「リスキリングというよりもアップスキリングをする考えのもと、社員一人ひとりの力をより高める、または複数の力をもつことを目指しています」と語る。

冨田氏は、ロミンガーの法則(人が成長するのに必要なものは経験が7割、フィードバックが2割、人材育成が1割といわれる)を例に挙げる。経験を付与して、フィードバックからの気づきを増やすとともに、土台となるスキルを獲得するための教育プログラムを拡充していく、とOJTとOff-JTの両方を含めた人財育成の構想を述べる。

オムロン様が学びの場を作るときに重視するのは、多様性、主体性、選択性の三つだ。学びたい分野の多様化に応じるために、幅広いプログラムを用意し、学びたい意思がある人に機会を提供していく。選択性は多様性や主体性と表裏一体だが、「学ぶ内容を自ら選べるから主体性が高まるし、多様性を保つために選べる環境を用意していく」(冨田氏)という。

主体性は一朝一夕には高められないものだ。オムロン様では、社員の主体性を引き出すために、上司も部下もWillを伝え合い、各自のWillを実践できる場を作るなど、職場の心理的安全性を育む取り組みを進めている。冨田氏は、「こうした風土づくりに魔法の杖はありませんから、ソフトとハードの両面で地道に施策を続ける必要があります」と考えを語る。

ソフト面の施策として、世界各国でのマネージャー層へのトレーニングがある。SF2030の非財務目標の一つにある、「多様な人財の能力を引き出すマネジメントトレーニングを、グローバル管理職が100%受講する」に該当する取り組みだ。

具体的には、D&Iのベースとなる心理的安全性の向上をテーマにし、各国の課題に合わせたトレーニングを行う。日本では、マネージャーが部下からフィードバックを受けるための組織づくり、アメリカではアンコンシャスバイアスといった内容だ。

また、グロービスはオムロン様へ、選抜層のグロービス・マネジメント・スクール(GMS)およびグロービス・エグゼクティブ・スクール(GES)の通学や、オンライン動画サービスであるGLOBIS 学び放題を提供している。冨田氏は、選抜層は他社のビジネスパーソンから大いに刺激を受けて欲しいと考え、他流試合にこだわっているという。

西は、オムロン様の人財育成における支援について、こう述べる。

「今後もオムロン様の人財育成に寄与するために、一緒に中長期で戦略に向き合い、グロービスが強みにしている部分で貢献していきたいと思います。戦略の全体像を理解することでお互いに良い関係性を築けますし、グロービスが提供するサービスを効果的に活用していただけると考えています」(西)

会社と個人が対等な関係を築き、ともに成長する組織へ

オムロン様が全社員に期待するのは、”Will”を起点に価値を創出すること、リスクを恐れずに”Try&Learn”を続けること、そして情熱と能力を解放し合い共に”Value-up“することだ。この三つのキーワードを含めたメッセージは辻永社長から全社員へ伝えられ、社員一人ひとりによる社会課題の解決に向けた行動を後押しする。

冨田氏は、今後の人的資本経営を進めるにあたり「目指すのは、会社と社員がともに成長し続ける対等な関係になること。一人ひとりが主体的に成長して欲しいと思うと同時に、社外からも『オムロンに来たら成長できる』と言われる会社になりたいと思います」と今後の展望を述べた。

(左)オムロン株式会社 取締役 執行役員専務 冨田雅彦氏
(右)グロービス・コーポレート・エデュケーション フェロー 西恵一郎

 

▼コラムに関連するお役立ち資料はこちら▼
資料ダウンロード「ESG経営における人的資本価値向上の在り方」

引用/参考情報

1)引用:D&Iコンセプト、オムロン株式会社、2023年9月確認

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。