階層別研修の設計・運用で考慮すべき3つのポイント
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大谷 康人
階層別研修は多くの企業で導入されています。しかしその設計プロセスや運用のノウハウは、意外と知られていません。本コラムでは、階層別研修の設計・運用で考慮すべきポイントを3つの視点・考え方からお伝えします。新たに人事に着任した方や「今更聞けない・・」とお悩みの方まで、幅広い方々にTipsをお届けします。
第1章
階層別研修の抱える課題
階層別研修とは、役職階層別の教育体系に沿って行う研修です。たとえば係長昇格のタイミングで行う新任係長研修、課長昇格のタイミングで行う新任課長研修など、一定以上の組織規模であれば大なり小なり導入されている研修でしょう。
しかしながら階層別研修の設計プロセスは、意外と知られていません。その結果、以前から実施しているという理由で、長ければ十数年もの間、形をあまり変えることなく教育プログラムを提供し続けている例もあります。しかし、先行き不透明なVUCA(Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(不透明))の時代において、同じ教育を続けることははたして妥当なのでしょうか?
こうした問題意識の中、ここ2~3年の弊社への相談として、階層別研修を見直したいという依頼が増えています。たとえば「教育体系そのものを見直したい」「新しい階層別研修のあり方を模索したい」「企業内大学を設立したい」などが挙げられます。しかし、新たな教育体系をゼロから構築するには何から手をつければよいのか、活路を見出しづらいのも事実です。
本コラムではそうした課題の解決に向け、階層別研修の設計プロセスと運用フェーズのポイントをお伝えします。まずは設計プロセスから見ていきましょう。
第2章
階層別研修の設計プロセス
~今ある育成モデルを改善するか、ゼロから創り上げるか~
階層別研修の設計は、大別すると2つ。「今ある既存の育成モデルを一部改善する」もしくは「新しい体系をゼロから創り上げる」のどちらかです。それぞれについて解説していきます。
1-1. 今ある既存の育成モデルを一部改善する場合
既存施策の一部を入れ替えたり、必要に応じて補填や追加、削減・統合したりするケースです。既存の施策を部分的に見なおすため、シンプルかつ最小限の工数でブラッシュアップが可能です。たとえば以下の例は、一部改善に当たります。
- 評価基準や制度が変わるため、評価者研修を一部刷新・導入する
- 行動指針やWayが策定されたタイミングで、浸透施策として若手層に研修の場を追加で設ける
- 現場の要望を受け、プレゼンテーション講座やマーケティング研修をラインナップに加える など
一部改善の際には、全体の整合性が取れていることを確認すべきです。整合性が取れていないと、ラインナップは充実しているけれど全体としてのつながりが見えない「幕の内弁当」状態になってしまいます。必要な要素は揃えていても、全体として何を目的に、何をメッセージとして各階層にアプローチしていく取り組みなのか、分からなくなるケースは往々にしてあります。幾度となく部分見直しを図った結果、育成体系としての原型を留めていなかったというケースもよくある話です。その結果、時間をかけて受講してもメッセージが伝わらず、研修そのものが形式的な通過儀礼となる可能性があります。これで本当に目的は達成できるのでしょうか。
こうした事象は、階層別研修の設計経緯やそこに込められた意図が、次代に上手く引き継がれず改善を続けた結果としてよく耳にします。良かれと思い追加・修正を加えてきたことが、逆に本来の意図や設計趣旨を見えにくくしてしまったということであれば、大変残念な結果です。もし下記の問いに明確に答えられない場合は、もしかすると「ゼロからの構築」が必要かもしれません。
- 自社の階層別教育の狙いは?
- どのようなメッセージを各層に投げかけ、成長を促していくのか?
- その狙いや成長の方向性は、自社の経営方針や社内外の環境変化と対応しているか?
1-2. まったく新しい体系をゼロから創り上げる場合
ゼロから新たに構築していく場合は、どのように設計していけばよいのでしょうか。図1に、人材育成カリキュラム設計の全体像を示しました。4つのステップに分けて見ていきましょう。
ステップ1:育成方針の検討
階層別研修をどのような場にしていきたいかという、グランドデザイン(全体構想)を検討します。階層別研修の目的を定める重要なステップです。図2の箇所に当たります。
階層別研修の目的というと、ビジネスリテラシーやマネジメントスキルといったスキルセットに注目が行きがちです。一方、リーダーとしてのマインド醸成や、事業・組織のあり方そのものを自ら考えさせることを狙いとしたカリキュラムも年々増加しています。たとえば理念・Wayの浸透や自社らしいリーダーの育成が挙げられます。背景には、M&A後のPMI(Post Merger Integration:M&A後の効果最大化を目指した統合プロセス)やグローバル化による、自社らしさの再統合や追求があるようです。
ステップ2:各階層の人材要件の設計
次に着手すべきは、あるべき人材要件の設計です。図3の箇所に当たります。
このステップを経ると、各階層における人材要件に整合性を持たせながら、育成施策であるコンテンツやプログラムを具体的に考えられるようになります。ステップ1で確認した育成方針を念頭に、下記の項目を具体化していきます。
- どのような段階を経てステップアップしていって欲しいのか(階層の数・時間軸)
- 各段階においてどの様な状態であって欲しいのか(階層ごとの状態定義・要件定義)
言語化に向けたアプローチはさまざまです。メジャーな手法として、客観的なアセスメントやハイ・パフォーマーへのインタビューで実態を把握し、分析・考察を加えていく方法があります。チェックすべきポイントは、定義した人材像が自社を取り巻く環境や時代に合致しているか否かです。外部環境の変化が激しい業態であれば、時間軸は相応に早くなるでしょう。各階層の期待役割が高度化すれば、要件定義も変えていかねばなりません。
ステップ3:ギャップポイントの明確化(課題設定)
次は、どこに課題があるかを明確にします。図4の箇所に当たります。
具体的には各階層のあるべき人材像と現在の社員を比較し、どの点においてどの程度ギャップがあるのかを明らかにします。読者の方の中には「現場とは距離もあるし、社員は何百人・何千人いる。現状把握など不可能では?」と思われる方も多いでしょう。筆者もその考えに共感します。
では、どうすればいいでしょうか。たとえば現場と接点を持ち、事業部長や支店長からのヒアリングを通じて実態を浮き彫りにしていくという方法があるでしょう。現場に精通し、かつ社員の強みや弱みを俯瞰している方々から情報を得ることは非常に大切です。育成施策を展開していく上で、現場とのコネクションや関係性深化は欠かせない要素です。これを機に、現場が何を考え、どのような人材・組織課題を持っているのかに触れておけるとよいでしょう。
また社内で取得しているエンゲージメントサーベイや360度評価、MBOなどの人事考課情報も活用できます。人事だからこそ活用できる貴重な情報資源ですが、意外と忘れられがちです。これらのデータを駆使してギャップポイントをクリアにできると、その後の打ち手検討に自信を持って取り組めるでしょう。
筆者からのアドバイスとして、1~3のステップに多く時間投入していただきたいと考えます。階層別研修の検討と聞くと、コンテンツや具体的な研修プログラムといった「How」から考えてしまいがちです。しかし、育成方針・人材要件定義・課題設定が適切でないと、本当に自社に必要な育成施策を打てない可能性が出てしまいます。1~3のステップをしっかり考え抜くことで、本当に自社に必要な施策に取り組めます。
ステップ4:各階層のコンセプト・打ち手となるプログラムの検討
コンセプトの検討とは、課題解決に向けてどのような要素を取り入れていけばよいかを考える施策です。図5の箇所に当たります。
今までのステップで描きたい階層別研修の輪郭は見えてきているはずなので、具体的な打ち手の前に、コンセプトを考えましょう。コンセプトが決まれば、打ち手であるコンテンツや具体的なプログラム内容を精査し、選定できます。
コンセプトの検討で留意すべきは、メッセージの統一性です。特に一定以上の規模の企業であれば、階層の数も一階層あたりの人数も多くなり、複数のパートナー企業に研修を依頼する状況が出てくるでしょう。その際、パートナー企業によってメッセージや中身に統一性がなければ、コンセプトが台無しです。内製・外注の選定(どこまで外注し、どこまで内製で行うか)や、パートナー企業の選定(軸となるパートナー企業をどこにするか、どのような基準で選定するか)にも最低限の意識を払う必要があります。
予算上の制約や従来の付き合いなど、選定の際はさまざまな論点が頭をよぎるので、優先順位を頭の片隅で考えておくことが大切です。
設計ステップにおける主要検討論点
階層別研修の設計方法を、4つのステップに分けて説明してきました。実務においては、図6のように検討すべき論点の表を作成しておくとよいでしょう。論点を明確にしておくことで、検討すべき論点の抜け漏れ防止、関係部署とのスムーズな意見交換・情報共有が行えます。
第3章
運用フェーズで留意しておくべき点
~実際の運用場面で立ちはだかる壁~
研修プログラムやコンテンツも見えてきて、やっと一息・・・。そんなほっとした気持ちとは裏腹に、実際に設計した研修の運用段階で、思わぬ壁が立ち塞がることがあります。代表的な壁を、2つご紹介します。
3-1. 受講対象者をどこまで広げるか
階層別研修を新たに立ち上げた場合、受講対象層の判断は非常に悩ましいものです。階層別に対象が分かれているはずなのに、なぜ悩ましいのでしょうか? それは、たとえ同じ課長クラスであっても、経験・思考・意欲に幅があるからです。着任間もない方もいれば5~10年キャリアを積んだ方もいるはずです。学習意欲が高いベテランの方であれば、「自分の課長就任時には研修の機会がなかった」と不公平を感じることもあります。一方、「自分は経験豊富なベテランだから、研修など必要ない」と口にする方もいるでしょう。
特に立ち上げ初期は、受講対象層に頭を悩ませる人事の方は多いようです。以下2点の大切なことを意識してみると良いでしょう。
- 定義と根拠を明確にする。たとえば「新しい階層別研修は着任何年目までを対象とし、一巡した後は新任者のみを対象とする。なぜならば・・・」のような定義と根拠を現場に示す
- 納得いくまで現場と対話を重ねる。現場からフィードバックをもらい、定義に反映させること
このような地道な活動により現場の納得感を得られます。また、共に考えるというプロセスを踏むことで、現場の当事者意識を引き出すことも可能です。こころよく対象者を送り出して貰うためには、細やかなオペレーション面にも気を配らなければいけません。
3-1. 各現場で実施される教育機会とのバッティング
各現場で営まれている育成施策や機会がすでにあり、バッティングが生じてしまうケースです。運用段階で発覚するケースも少なくありません。その場合はどちらを優先すべきか/どのように折り合いをつけていくべきか、大変悩ましい決断を迫られることになるでしょう。妥協してしまい、うまく棲み分けと整合がつけられない企業様も多く見られます。
可能であれば、設計段階から各現場(HD体制であれば各事業部やグループ会社)の教育機会や施策に関心を持ち、共通で提供されるべき教育と各現場に委任すべき教育を把握することが大切です。一度設計が固まってしまうと、軌道修正は容易ではありません。コンセプトの検討段階で、各現場の教育内容には目を向けておきましょう。
代表的な壁を2つご紹介しました。それぞれの企業に応じてさまざまな壁が起こり得るため、あらゆる壁を想定して備えを打つことが成功のカギといえます。
第4章
時代にマッチした提供方法を
~働き方改革や時短、生産性~
設計・運用にあたり、平等で開かれた教育機会の提供は検討すべきテーマです。たとえば止むを得ない時短勤務によって教育機会が制限される状況は、本来あるべき姿ではないでしょう。高齢化社会による介護問題、本社-地方支店との教育格差なども、今もなお解消しきれていない問題として挙げられますし、今後ますます増えていくことが予想されます。ダイバーシティや働き方改革、生産性といった時代の変遷やニーズに応えていくための工夫は、提供側としては当然必要です。筆者も固定的な1つのあり方に縛られる必要性はないと考えています。
平等で開かれた教育機会を達成するヒントとして、テクノロジーの進化による教育提供法の多様化があります。オンライン教育やe-Learning・動画教育など、目覚ましい進化を遂げています。5Gによる通信の大容量化やEd-Techに代表されるテクノロジーの進化が、時代と教育を繋げる1つのヒントになることは間違いありません。弊社でも効果的な動画学習サービスや、オンラインを活用した企業内教育のご相談が年々増加しており、サービスも常に進化し続けています。
時代の変化やあり方に対応した工夫・方法を柔軟に組み合わせながら、適切な場を適切なタイミングで提供していくことにも、ぜひ挑戦してみてください。
第5章
最後に
本コラムでは「階層別研修」をテーマに、現行の研修を改善する手法とゼロから設計する手法をご紹介し、階層別研修を運用するうえで壁となるポイントや、教育の提供方法についても解説しました。新たに人事に着任された方や、これから育成体系を検討される方々にとって少しでも参考になると幸いです。もし階層別研修の設計でお困りのことがあれば、ぜひグロービスへご相談ください。
グロービスでは、育成研修のプログラム提供やコンテンツ・デリバリーに留まらず、教育の設計段階から一緒にお手伝いするための実績・知見が豊富にあります。皆様のお問い合わせをお待ちしております。
※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。
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