「コンテクスト×コンテンツ」が学びの成果の鍵~制約のあるコンテクストを“解釈”しなおす(前編)

2020.09.04

「完璧なリーダー、完璧な意思決定などこの世に存在しない。それでも、リーダーは組織を成功に導くために、完璧さを目指すべきでないか? リーダーは、自分の任務と役割を理解したうえで、時に感情を排し、これらと自身の人間性との折り合いをつけながら、結果を出さなければならない」 (キリンビバレッジ株式会社 執行役員 マーケティング本部マーケティング部長 山田雄一氏 研修講演スライドより)

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グロービス コーポレート ソリューション | GCS |
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グロービスではクライアント企業とともに、世の中の変化に対応できる経営人材を数多く育成し、社会の創造と変革を実現することを目指しています。

多くのクライアント企業との協働を通じて、新しいサービスを創り出し、品質の向上に努め、経営人材育成の課題を共に解決するパートナーとして最適なサービスをご提供してまいります。


ブランド作りは、人づくり。キリンの未来を創る人のリーダーシップを考えたい

芹沢:
キリングループのブランド作りを支えるマーケティング部門の組織能力開発を漆間さんが担当され、グロービスもプログラムを長年にわたり担当させて頂いていますが、今回のブランドマネージャー研修実施の背景について教えてください。

漆間:
マーケティング部門はキリンの人材輩出拠点でありたいと思っています。そのため、今回の研修はマーケティング部門という枠組み以上に、「未来のキリンのリーダーを作る」という思いで、育成に携わる全ての人がコミットしています。特にこの3年くらいは、ブランド作りと同じくらい、人材育成を重視してきました。最初は育成の仕組み作りから始めて、工夫を重ねて3年が経過しましたが、ブランドマネージャーが最も先頭にたって成長してきた人たちです。

そして数年後には、次のトップリーダーになっていく人たちだと思っているからこそ、さらなる上の立場のリーダーシップを考える場にしたい。また、ブランドマネージャー研修は毎年実施しているものではありません。今回、改めてキリンの未来を創るリーダーをどのように育成するかという課題意識のなかで、新たに企画を開始しました。加えて、キリンビールとキリンビバレッジが連携してブランドマネージャーの育成を実施できる体制が整ったこともあり、その機会を活かすほうがより良いのではないか?がきっかけでした。

芹沢:
両社が連携してブランドマネージャーを育成する姿勢は、グループ全体で人材を育成していくという経営の意思やメッセージを感じます。

漆間:
キリンビールとキリンビバレッジはグループの中でも大きなブランドを持ち、ブランド力は未来の資産にもつながるものです。その意味でも、そのブランドマネージャーは、未来を作るトップリーダーの卵だということを伝えるメッセージになっていると思います。

芹沢:
キリンさんは多様なカテゴリーでブランドをお持ちですが、それぞれでパフォーマンスを出しつつも、ブランドを越えてのナレッジの共有をもっと大事にしてきたいというお考えもあるのでしょうか?

漆間:
昔は売上も考え方もビールに軸足が置かれていた傾向がとても強かったですが、飲料のみならずカテゴリーが広がっているのは確かです。加えて、人材が多様化したという影響もあります。中途採用や多事業から来た人は、お酒とか飲料の経験やカテゴリーの知識はないけど、食品や他消費財でのブランド経営や育成ナレッジなどのスキルを持っていて、これまでの経験をベースに活躍する人が増えています。

その方々の実績や成長をみて、カテゴリーにとらわれずブランド経営についての力を発揮できることがブランドマネージャーの強みであるということを、新卒から当社に在籍している人が再認識して、では自分たちもどうするかべきかを改めて考えるようになったと思います。

「一日」という制約の中で、意思決定の重さをいかに深く考えてもらうか?

芹沢:
キリンさんのマーケティング人材には5つのコンピテンシーがあり、ブランドマネージャー研修の場では、コンピテンシーの一つである「リーダーシップ」を高めるという意図がありました。ただし実施できる時間は「一日」のみ。この限られた時間の中で何をベースに議論するべきかをディスカッションし、結果としてエベレストの遭難事故という実話に基づいた『Mount Everest – 1996』というケースを扱うことなりました。

これは1996年に2人の経験ある登山家が、商業的登山隊を結成し、2つのチームでエベレストに挑んだもの。数ヶ月にかけて登山の準備と本番が行われるが、この間に2つのチームはリーダーが十分な指揮をとれなかったり、度重なるミスが起きたり、チーム内でコミュニケーションがとれなかったりした結果、多くの命が失われ、大惨事を招いたという有名なケースです。この『Mount Everest – 1996』は、山田雄一様(キリンビバレッジ 執行役員)から「ぜひ、これを使って議論したい」と希望をいただき実施することになったわけですが、そのあたりの意図など教えて頂けますか?

漆間:
ブランドマネージャーの育成の仕組みを作ったのが山田です。山田は留学経験があり、自分がリーダーシップを学んだ一番のケースとして、「いつかこのケースを扱いたい」と、前々から強い希望をもってました。『Mount Everest – 1996』では、もし自分がその意思決定を迫られたら本当に苦しく、どっちも選びたくないと思う選択を常に迫られます。

ブランドマネージャーは、経営の目線がある程度見えているからこそ、常に苦しい意思決定を迫られている立場です。そこに加えて、キリンビールとキリンビバレッジが合同で育成する重要なタイミングが重なり、自社の未来を担うリーダーを作る今回の研修において「リーダーの意思決定の重要性」を考えてもらうために必要だと、山田と私と宮田さん(グロービス:キリン様担当コンサルタント)で議論して決定しました。

宮田:
育成の仕組みを作った2015年から、山田様から『Mount Everest – 1996』のご希望を頂いていましたが、当時、グロービスでは扱っておらず、別ケースにて実施をしていたんですよね。ただ、今回はキリンビールとキリンビバレッジが初めて合同でブランドマネージャー研修という大きな意味を持つ場においては、「このケースしかない」と、改めてご依頼いただいたのが経緯ですよね。

「人間は障害があるとそれを乗り越えたい、それがインサイトだ」

芹沢:
なるほど。そして、『Mount Everest – 1996』を使用したプログラム設計など、5月の実施にむけてディスカッションを重ねながら準備を進めている時、コロナショックが訪れました。当時、研修をやるべきか否か、やる場合の方法論など、貴社ではどんな議論がされたのでしょうか?

漆間:
当社としてはお客様の安全と、社員の安全がなによりも最優先でした。特にリスクが差し迫ってきた3月頃からは、テレワークの推奨がされてましたが、生産拠点に携わるスタッフはお客様の商品の拠出は止められない。安全性を最大限守りながら、どうするかに注力した時期だったため、3月4月の育成関連の取組みは、ほぼ延期しました。その中で、やや落ち着いてきた5月に、今回のブランドマネージャー研修が迫っていて、「どうするか?」は相当議論しました。

初の合同研修であり、意味のある場だからこそ実施したい、でも「リアル実施」は難しいだろう。実施するなら「オンライン」という選択になる状況。正直にいうと、延期を考えていました。というのも、当社は集合研修をオンラインで実施したことが無かったので、オンラインの発想がありませんでした。オンライン=一方通行の知識のインプットで、リアルで双方向に議論を重ねることで成長していくプログラムは、「できない」、「延期して、秋ぐらいに実施できたらいいね」という論調でした。

芹沢:
なるほど。マネジメント研修はリアルでないと難しい、オンラインではリアルのような熱い議論は難しいというイメージがありますよね。漆間様からその意向を伺い、宮田と一緒に訪問しました。漆間様の葛藤も踏まえつつも、「キリンさんにとって重要で、意味のあるプログラムはこの時期でも実施するべき。オンラインでも十分に目的を果たせる」という説明を差し上げ、意思決定を変えていただいた経緯などお話頂ければと思います。

漆間:
「延期するためにどうするか」の議論だと思っていたので、驚きました(笑) 打合せに同席したリーダー陣も、「ちょっと無理かもね」と思っていましたし。ただ、2つのお話が、意思決定を変える要素でした。一つは、「大学院ではオンラインで講義を行っていて、このやり方ならリアル以上の学びの場が作れる」という具体的な方法論を聴いて、びっくりしたと同時に、「そういうやり方もあるんだ」と気づいたこと。

二つ目は、「コロナショックの時期だからこそ、リーダーシップを学ぶ意味がある」とお話いただき、納得したことです。特に、後者の「今だからこそ学ぶ意味がある」という点が当社の考え方と意思決定を変える後押しでしたね。

宮田:
あの時、芹沢が「人間は制約があればあるほど、それを超える力が湧きあがってきて、イノベーションを生むはずだ、それがまさに経営です」とお伝えしたんですよね。

漆間:
そう、思い出しました。山田が芹沢さんの言葉を復唱したうえで、「人間は障害があるとそれを乗り越えたい、それがインサイトだ」と言って頷いたんですよね。あれが、意志決定を変えた瞬間でした。

オンラインコンテンツで学びを進化させる(後編)に続く

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。