女性リーダー育成の3つの壁
近年、「女性活躍推進」の取り組みは多くの企業で検討が進められており、女性本人に対する育成施策も徐々に実施がスタートしています。筆者も、こと「女性リーダー育成」に関して、多くの企業様からお悩みを伺い、また研修現場を通して実情に触れる機会を得てきました。
その経験を踏まえると、女性リーダー育成には以下の3つの壁があることが分かってきました。
本コラムでは、一つ一つの壁の乗り越え方を解説します。
神戸大学工学部卒業。大学卒業後、IT企業に入社し、システム構築やプロジェクトマネージに携わる。
グロービス入社後は、企業向け人材育成組織開発部門(コーポレート・エデュケーション)において、人材育成・組織開発プロジェクトの企画・設計・運営に従事。IT、サービス系企業、製造業など幅広く業界を担当している。
女性リーダー育成の壁その1:
人選の壁とその乗り越え方
1-1 人選の壁の事例
何故女性だけに絞ったリーダー育成は人選が難しいのでしょうか? また、実際にどの様に人選すると、どのような人材が集まるのでしょうか? いくつかの事例をもとに考えてみましょう。
一定要件で選抜したA社の例
A社では、グループ会社も含めて対象にし、ある一定条件(役職要件、年齢幅)を提示して選抜を行いました。その結果、これまで歩んできたキャリア(経験)に大きなばらつきのある対象層が集まりました。具体的には
(1) 入社時から将来はリーダーを目指して業務に取り組んできた方(キャリア志向がある)
(2) 一般職で入社し、その後総合職になった方
(3) エリア採用や派遣社員として入社し、その後、正社員転換した方
などです。
これだけキャリアの異なる方が集まると必然的にベースの知識や視座・視点に大きなばらつきが生じます。そして当然プログラムへの期待値も異なります。たとえばA社においては (1) の方々から「もっとスキルを強化する内容にしてほしい」という声が上がりました。
もともと男性と同等に仕事に取り組んできた (1) の方々にとっては、「女性のみを対象としたことでスキル強化へのフォーカスが甘くなった」と映り、不満につながったのでしょう。
逆に、例えば目指すスキルレベルを「(男性も含めた)リーダー育成並み」に設定したとすれば、(2)、(3)グループから「ついていけない」という不満が出たことは想像に難くありません。選抜、とりわけ複数の組織それぞれに枠を決めて人を出す場合に、このような反応があることは想定する必要があるでしょう。
意欲あるリーダー候補を期待して公募したB社の例
B社は、条件範囲を比較的広く設定し、公募で受講者を募りました。それによりある程度、意欲・能力の高い方が集まることを想定しましたが、そうとも言えない現状がありました。具体的には、
(1) 本来参加頂きたい方(将来のリーダーを期待する方)が手を挙げない
(2) 意欲はあるが経験・スキルの面で若干不足している方が手を挙げる
という状態が発生したのです。
(2) の一例をあげれば「自分がこの会社で貢献しつづけるためにスキルアップしたい」という理由で手を挙げた方がおられました。一般的に「女性は能力が高くても自分で手を挙げない」という傾向があると言われています。
そのため、(1)についてはそれを見越してあらかじめ上司に後押しをお願いしておくなど事務局の対策が取られるようになっていましたが、(2)についても想定し、対応を決めておく必要があったのです。
女性リーダーはそもそも特定条件での母数が少ない。そのため、どのような人選方法を取っても、男性を対象とした研修より意欲・スキル共に大きなばらつきが生じてしまいます。これが「人選の壁」です。
1-2 人選の壁の乗り越え方
上記の通り、いずれの人選方法を取っても、男性を含めた育成の時以上に大きなばらつきが生じることが分かりました。
現時点で女性活躍の機会が十分でない企業にとっては、このばらつきを人選の段階で押さえることが難しいでしょう。そのため、ある程度のばらつきがあることを前提に研修を組み立てる必要があります。
しかしながら、スキル・マインド共にばらつきが大きい対象層全てに対して満足度の高い内容を企画することは非常に困難です。ここでは、人選に際して気をつけたい点を解説します。
1-2-1. ゴール設定の明確化
「次世代リーダーの育成」なのか、「リーダーを目指しても良いという状態を作る」のか、「リテンションを高める」のかなど、研修のゴールをどこに置くのかを明確にし、関係者で十分に認識合わせをしておくことが重要です。
なぜならば、受講者のばらつきが大きいためです。ここの設定にあいまいさが残っていると、取り組んでいる間にぶれが生じてきます。
1-2-2. メインターゲットをどこに置くかを明確にしておく
上記記載の通りばらつきが大きい中、全ての方にマッチする研修内容を提供することは難しいものです。そのため、「TOP層の引き上げ」なのか、「平均的に全体を底上げする」のか、「BOTTOM層も含め全員が付いてこられる内容にする」のかといった、メインターゲットとなるゾーンの設定の明確化も重要です。
当然、そのゾーンから外れる方にとっては消化不良感が残ったり、逆に初歩的な内容に感じたりすることもあると思います。ですが、ある程度割り切ることが重要です。ここも全ての方が満足するようにと考えてしまうと、やはり内容にぶれが生じてしまうからです。
ゴール設定と対象層の特定が重要なことは、研修の企画をされたことのある方なら「当たり前」と思われるかもしれませn。しかしながら「女性活躍推進」との名前がつくことで、急に検討すべき論点が増え、通常の研修企画と勝手が異なる状況となった結果、誰も満足しないであろう玉虫色の企画に陥ってしまうケースを、筆者は見てきました。
ビジネスパーソンとして求められる能力は男性・女性問わず同じであることを考えると、あまり「女性向けプログラム」を特別視しすぎることなく、これらの基本をしっかりと押さえることが重要と、筆者は考えます。
女性リーダー育成の壁その2:
モチベーションの壁とその乗り越え方
2-1 モチベーションの壁の2つの傾向
モチベーションの壁は、具体気には以下の2つがあります。
それぞれについて、具体的に見ていきましょう。
2-1-1. 女性を対象とした取り組みへの冷めた視点
女性リーダー育成プログラムに参加することになり、「せっかく与えられた機会だから頑張ろう」「キャリアアップを目指しているのでチャンスだ」と前向きに捉える方は一定割合いらっしゃいます。
しかし、表向きはポジティブにふるまっているが、本音を聞いてみると実はネガティブな意見が数多く出てくるということがあります。 以下の声は、その一例です。
・政府の方針に従っているだけで本気ではないのではないか
・参加することで、管理職になることを強要されると困る
コメントからは「本当に自分のためになるのか」という不信感、冷めた視点があることがうかがえます。
2-1-2. 「リーダーになる」ことへの拒否反応
人事部の方とお話をしていると女性はリーダーになりたくないという人が多いという声をよく聞ききます。確かに受講者の多くも「私はリーダー(管理職)になりたくない」と言っていました。しかし本当にそうなのでしょうか。
ある企業において、自身が仕事上大切にしている価値観やこだわりを考えるセッションを取り入れたことがあります。その際に出てきたキーワードは「自らが主体的に行動して成果を出す!」「成果に対するこだわり」「新たなチャレンジ」などでした。
これらのキーワードこそ、まさにリーダーに求められる要素、企業がリーダーに身につけて欲しいと思っている要素でしょう。つまり、口では「リーダーになりたくない」と言っているが、実際のところはリーダーとしての行動を志向している人も多いのです。
このギャップはどこからくるのでしょうか。過去の取り組みで見えてきたのは、「リーダー」=「管理職」、「管理職」=「長時間労働で自分が先頭に立って周りを鼓舞して引っ張る人」という固定概念があり、そのようなリーダーにはなりたくない(なれない)という考えでした。そうであるならば、リーダーの概念が変われば、なりたいと言う人が増える可能性はあると、筆者は考えます。
「リーダーになりたくない」という女性たちの言葉を鵜呑みにすると、本質を見誤ることになるかもしれません。
2-2 モチベーションの壁の乗り越え方
ここまで、多くの女性リーダー候補が抱えるネガティブなマインドに注目してきまいsた。ではこれらのマインドを変え、モチベーション向上を実現するためにはどの様にすべきでしょうか。過去の事例から、重要と考えられる点を解説します。
2-2-1. 取り組みの目的を明確に伝える
自社で女性活躍を推進する理由は何か、また女性リーダー育成を実施するのは何故か、という目的を、受講者本人にも明確に伝えることが重要です。
ある企業では事実として、女性に能力開発が必要な理由を率直に説明しました。その会社では同じ職位でも男女で得られる経験や育成機会に差があり、結果として能力差が顕現化していたのです。「だから不足している能力を埋める研修をする」と受講者に伝え、能力開発に向けたマインドセットに成功しました。
もちろん、伝え方は組織風土や受講者の状態に合わせて工夫する必要があるものの、重要なのは上述のような「私のためになるのか」という不信感に向き合っているというサインを示すと同時に、マインドセットを実施することです。
2-2-2. 対象者の状況に合わせたマインドセットの実施
当初は「リーダーになりたくない」と思っている受講者も多いため、段階を踏んでリーダーになることに対するモチベーションを高めていくことが重要です。例えば、プログラム当初は「リーダー」よりは「個人としてモチベーションが高まる要素は何か」に焦点を当て、進行して行くことも1つの考え方でしょう。
また、オリエンテーションに過去受講者に参加頂き、当時の不安や懸念、プログラムを受講して感じたことなどをリアルに語って頂くのも、不安感やネガティブ感情を軽減する機会となり効果的です。
2-2-3. 自分らしいリーダー像を描くこと
上述の通り、受講者はかなり固定されたリーダー像(管理者像)を持っています。そのため、女性リーダー育成において重要なことは、固定されたリーダー像を押し付けるのではなく、一人ひとりがなりたいリーダー像を描けることです。
このプロセスを研修で実現するには精緻な設計が必要ですが、実際にプログラムに組み込んだ筆者の経験では、リーダーになることに対して前向きな姿勢が表れてきたことが検証されていました。
上記に加え、講師や他社からのゲスト、受講生同士など同じ女性同士で刺激を受けることも、総じてモチベーションを高める1つの手段として有効です。
女性リーダー育成の壁その3:
組織の理解の壁とその乗り越え方
3-1 組織の理解における2つの壁
受講者の方々が研修において様々な気づき・学びを得、自らのありたいリーダー像の実現に向けて頑張ろうという状態を作れたとしても、職場でその方々が十分に活躍できているかというと、そうではないという話を聞くことがあります。
特にどのような点が難所となってくるのでしょうか。以下の2つが大きな壁になっているケースが多いと、筆者は感じています。
それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
3-1-1. 上司の関与の仕方
女性部下が研修を通してありたい姿を考え、その実現に向けて前向きな姿勢で業務に取り組んでいこうとしても、実際に育成にあたる上司の関与が変わらない限り、結果としてチャンスが与えられず、受講前と同じ業務を繰り返すだけになってしまうという話をよく聞きます。
ではなぜ上司は変わらないのでしょうか? 要因は色々あると思うが、①変わらなければならないという認識がない、②どのように変えれば良いかわからない、などの話を伺うことが多いです。
①変わらなければならないという認識がない
そもそも女性部下が受けた研修の内容を知らないため、本人がどう変わったかを上司が理解していないことが多いです。その結果、研修終了後に自分のサポートが必要だという認識がないため、適切なサポートがで来ていないケースがよくあります。
②どのように変われば良いかわからない
研修を通して女性部下が変わったことは感じているものの、自分の関与をどのように変えれば良いかわからないケースです。
研修内容を上司に認識してもらった上で、適切なサポートをして頂けるよう研修終了前までに仕組みを整えておくことが必要です。
3-1-2. 組織風土とのGAP
近年、制度自体は各社整えつつあると思うが、実際に運用が上手く回っていないため多様な働き方が出来ないという声を多く聞きます。
また、過去からの慣例で勤務時間帯や取引先との関係などにより特定職種には女性がいない、長時間残業して頑張る人間が評価される傾向があるなど、組織風土として多様性のある働き方がしづらいという話も聞こえてきます。
女性リーダー研修では多様な価値観を認め合い、自分らしいリーダー像を描くことの重要性を伝えることが多いです。そのため、この様な風土だと自らが目指したいリーダー像とのアンマッチが生じてしまい、ありたい姿を目指すことをあきらめてしまう可能性もあります。
組織風土を変えていくことは容易ではないが、継続して取り組む価値があると言えるでしょう。
3-2 組織の理解の壁の乗り越え方
組織風土や従業員の認識により乗り越え方は様々考えられますが、ここではリーダー研修と絡めたいくつかの対応方法についてご紹介します。
3-2-1. 女性リーダー研修への上司・メンターの関与
まずは女性部下がどのような研修を受講しているのか、その研修を通してどのように変化したのか上司の方々に理解して頂くことが、職場でサポートして頂く上での一歩になります。そのため、研修開始当初から上司の方に関与して頂くことが重要です。
例えば女性部下が受講する初回のオリエンテーションへの参加や、最終コミットメントの聴講などが考えられます。また、受講者1名1名にメンターを付け、研修期間中伴奏してサポートして頂くような取り組みも解決策の1つでしょう。メンター制度を通して、組織全体にも女性活躍に対する意識付けが広がっていくという効果も期待できます。
3-2-2. 上司向け研修の実施
女性部下が持つ価値観や多様なリーダー像を受け入れ、その活躍を支援するためには、上司自身が多様性を受け入れる必要があります。しかしながら、自らとは異なる価値観を受け入れることは簡単ではありません。
そのため、女性リーダー研修と並行して上司向けの研修を設け、多様性を受け入れることの重要性とその方法論について考えることで、多様なリーダーが活躍できる職場作りに繋がり、結果として女性が活躍できる機会も増加すると考えられます。
組織風土の変化には時間がかかる。最近女性リーダー育成に着手した組織においては、女性活躍に対して総論賛成ではあるものの、現場ではなかなか十分な理解が得られていないのが現実でしょう。
しかし、岩盤のように固い企業組織であっても、目を凝らせば地殻変動の兆しをそこここに見出すことができます。報じられる限りでも、ここまで男性ばかりだった金融機関の法人営業部で女性を抜擢するなど、組織を刷新する動きが見られます。
組織風土変革においても、女性リーダー育成に対する会社の本気度が問われているのです。
まとめ
本コラムでは、女性リーダー育成の3つの壁について説明したうえで、それらの壁の乗り越え方について解説しました。
この記事の要点を簡単に整理すると以下のとおりです。
- 女性リーダー育成には、「人選の壁」「モチベーションの壁」「組織の理解の壁」の3つが存在する
- 人選の壁
- 人選の壁とは、女性リーダー研修への参加者は、意欲・スキル共に大きなばらつきが生じてしまうことを指します
- そのため、ゴール設定の明確化、メインターゲットの設定などが効果的です
- モチベーションの壁
- モチベーションの壁とは、リーダーになることに対して、ご自身が冷めた目で見てしまうことを指します
- 対策として、「取り組みの目的を明確に伝える」「対象者の状況に合わせたマインドセットを実施する」「自分らしいリーダー像を描く」などが効果的です
- 組織の理解の壁
- 組織の壁とは、「上司の関与」と「組織風土とのGAP」により、女性リーダーが現場で活躍できないことを指します
- 対策として、上司向け研修を実施し、上司のマインドを変えることが効果的です
コラム『女性リーダー研修に必要な3つのエッセンスやプロセス・比較基準を解説』を参考になるので、是非ご一読ください。