GLOBIS(グロービス)の人材育成・企業・社員研修サービス

導入事例
  • 新規事業創造
  • 組織風土改革

老舗企業でイノベーションを起こし続ける組織変革へのチャレンジ

小野薬品工業株式会社 2022.03.03

創業300余年の歴史と伝統を持つ小野薬品工業株式会社様。2021年にイノベーションの創出を目的としたOno Innovation Platform(以下、OIP)をスタートさせました。その取り組みについて同社のBX推進部 部長 三戸 仁様にお話を伺いました。(部署・役職はインタビュー当時)

背景と課題

企画前に抱えていた課題感

製薬企業の中でも新薬の研究開発を手掛けている企業は、ビジネスの特性上、新薬を生み出し続ける必要があるため、連続的にイノベーションを起こすことがとても重要です。そのため、「イノベーションを起こさないといけない、イノベーションを起こそう」という認識は全社でありました。
しかし、イノベーションの起こし方、そのために必要な知識や経験が具体的な形で社員に提供できていたかというと不足していました。
私は新規事業の検討やLP出資を通じて、VCやベンチャーとの接点が増え、彼らの熱量や取り組み方、視点、行動力など様々なものを学んでいます。これらを他の社員にも知ってもらいたいと感じました。こうしたノウハウや刺激を社内に取り込まないと「井の中の蛙」になってしまうという強い危機意識もありました。

もう1つは、製薬業界特有の「パテントクリフ(特許の崖)」の存在です。新薬に関する特許が切れた後は、ジェネリック医薬品が発売され売上が激減してしまいます。社内では、売上が大きく伸びたときには「神風が吹いた」という表現をする方がいます。このような運任せの状況では、いずれは会社が潰れてしまうことにもなりかねません。そうならないためにも、全社員が“自分が変革を起こすんだ”くらいの圧倒的な当事者意識と危機感をもって行動できるように、やる気に火をつける必要があると感じていました。

そんなときに、私の所属していたDX推進部署でのミッションが、DXの対象を既存事業(社員が使うDX)から、顧客への新たな価値創出(顧客が使うDX)へとシフトし、本格的に新規事業の創出に取り組むようになりました。(その後、2021年10月からBX推進部に変更)

BX推進部 部長 三戸 仁様

本プログラム前に考えていたゴール

先に述べたように、製薬会社では大型製品となるようなイノベーションを生み出しても、特許が切れるタイミングでその大きさに応じて業績が一気に落ちます。それを補うには連続的にイノベーションを起こし続ける事がとても重要になります。そう考えると、いつの時代にも存在する少数のイノベーターに委ねるのではなく、イノベーターの割合を増やすために、挑戦が奨励されなければならないと考えました。そこで、私たちが目指したのは、新しい提案がもっと奨励され、提案者(挑戦者)が応援・支持される風土の醸成です。

これまで、新たな提案や計画に対しては、レビューなどの場で鋭い視点を持った方から、厳しい指摘を受けることが多くありました。もちろん大事なことではありますが、このように提案者(挑戦者)ばかりが指摘を受け、辛い思いをする状態が続けば萎縮してしまって、誰も積極的にチャレンジングな提案をしなくなってしまいます。

そうなると挑戦する絶対数を十分に確保できなくなるばかりか、イノベーションに到達する割合も低くなり、連続的にイノベーションを起こす土壌が作れません。

挑戦する人を増やし、周りの人が彼らを応援し、フォロワーになっていく企業文化を根付かせていく。そしてイノベーションに挑戦することを通じて個人の成長をも楽しめる会社にしたいと考えました。

検討プロセスと実施内容

本プロジェクトを推進するにあたり、意識したこと・懸念点

社員が積極的に参加するためには、経営層の理解が絶対必要だと思っていましたので、まず社長にご理解いただいた上で、経営層全体へ提案しました。最終的に経営層が承認して、「やろうぜ!」とみんなの背中を押さない限り、現場の社員はもちろん、組織の要となるミドルマネジメントも動かないと考えたからです。

一方、懸念したのは、OIPのコンセプトや、自分の想いなどは、社員にどこまで伝わるだろうかという点です。特に「イノベーション」という言葉だけでは、「R&D部門のもの」と誤解されてしまい、「私には関係ない」と考える社員も出てくる可能性がありましたので、そう思われないように気をつけました。また、「新規事業」に特化したものになり過ぎないように配慮も行いました。例えば、イノベーションにもさまざまな種類があることを伝える資料を作ったり、本業である創薬事業にも役立つ情報を加えたり、自分の想いを込めた動画などを作成したりして、発信していきました。

プロジェクト推進にあたり、こだわった点

OIPは、「学習の場」「経験の場」「挑戦の場」という3つで構成されています。

「学習の場」であるONO Innovation Cafeでは、「イノベーションについて『知る』」、「実際にイノベーションを起こした人などに『触れる』」、「顧客視点でビジネスを創ることを『体験する』」といった、『知る・触れる・体験する』の3つの機会を設けています。『体験する』機会では、グロービスの大牧さんにも講師としてご協力いただきました。企画だけでなく講師として同じ社員では言いづらい部分をご指摘いただいたり、厳しい問いかけをしてくださったりして、グロービスの皆さんには「汚れ役」も担っていただき、非常にありがたかったです。

「経験の場」では、ベンチャーの熱意・スピードを直接経験できるように、ベンチャー企業に1年間出向できるプログラム「V2V(Voyage to Venture)」を提供しました。

「挑戦の場」では、従来の主戦場としている医薬品事業と新規事業の両方にチャレンジできるようにしました。特に新規事業は、これまで当社では提案できる機会がなかったので「HOPE」という社内ビジネスコンテストを開設しました。

このように、新規事業と(新薬の)既存事業に誰もが「挑戦」できる場を作ることで、当社ならではの「両利きの経営」を具現化し、さらに学習や経験ができる仕組みを通じて、イノベーションをさらに推進できるようにしました。

社員が『強制的』ではなく『自発的』に取り組み、『制度』ではなく『文化』になって、初めて真のイノベーション体質の会社になると考えています。そのためには、一人ひとりがイノベーションに挑戦するべき理由を持っていること。その上で、会社としても「社長を含めた周囲の後押し」や「一歩踏み出せるツール」など、様々な環境整備を進めてきました。

「学習の場」で野口さん(グロービス担当コンサルタント)にご提案いただいた「Innovation Cafe」の「知る、触れる、体験する」という仕組み(コンセプト)はとても良かったと思います。

◆関連サービス(共通目的、共通言語・仕組みづくり)
InnovationCafeの構成

3つに分類することで、それぞれの参加率などが分かり、どんな施策を次に打つべきなのかということを体系立てて考えられるようになりました。当初、私たちが考えていた「体験する」だけでは、人も集まらなかったでしょうし、イノベーションに対する熱量や本気度がないまま「体験する」機会を与えられても、社員も継続できなかったと思います。

私が今後OIPで実現したいと思っていることとして、社員一人ひとりが提案力を高めるプログラムがあります。居酒屋で「ぼやく」会社の不満は、なかなか実行まで辿り着けません。しかし、「ぼやき」というのは問題意識の起点になりますので、提案力さえ身に付ければ、提案の量が増え、実行率も上がり、会社を今以上に変革させることができます。

そこで重要になるのは、関係者のパラダイムを理解した上で、ストーリーを描けることです。提案を聞く人(経営層や上司)がどういうふうにそれを受け止め、どんなリスクを考えるのか。当事者の気持ちになってストーリーを組み立てられることです。

実際、私自身OIPを経営層にプレゼンする際には、「一番刺さるポイントはどこか」「一番困るのはどんな観点なのか」というパラダイムを、提案する相手一人ひとりに対して考え、ストーリーを変えました。その結果、OIPが採択されたのだと思っています。それを、みんながやれるようになれば、もっと様々な提案が生まれるはずです。

成果と今後の展望

OIPの成果と受講生の変化

V2VやHOPEへのエントリー率は、事務局の目標をはるかに超えていました。イノベーションそのもの、さらには新たな視点の獲得、成長に興味を持った社員が思った以上に多かったのは嬉しい結果でした。

参加者の声としても「まさにこんな話が聞きたかった」「今後のチャレンジに活かせる情報源や、相談できるメンターをもっと増やしていきたい」「現場感、そしてビジョン実現へ向けた行動の重要性を感じた」などのポジティブな意見や、「イノベーションを楽しむ文化にしてきたい」「大きな夢を描き、その仕掛けを作ることが大切だ」といったOIPのミッションに共感した感想が数多く寄せられました。

またアンケートでは、「会社の取り組みを理解したい」「社長や経営者の考え方を知りたい」という声が、OIPのサイトを見る理由として一番多いことが分かりました。私たちは発信しているつもりでいても、まだまだ伝わっておらず、このあたりはもっと伝え方などを改善していくべきだと考えています。

OIPを実施するにあたっては、事前に様々な企業の新規事業開発担当者や運営責任者にヒアリングを行いました。そこで学んだことがあります。それは、イノベーションに挑戦する数が一定数ないと、良質なイノベーション(結果)が生まれないということです。ビジネスコンテストにはKPIやKGIとなる指標があり、それは「千三つ(せんみつ)」と言われています。1000件挑戦して、3件成功するというもの。そのくらいイノベーションを起こすのは難易度の高いことなのです。

そうした背景から、1年目は「イノベーションの数」を追うのではなくて、その起点である「挑戦母数(挑戦者数)」を上げることに目標を置きました。

挑戦母数を増やすことは、1年目でイノベーションが1つ生まれるよりも、ケイパビリティの土台づくりにはつながるはずだと考え、社長には「最初の3年間は挑戦数を優先して、実績(質)を問わないでください」とお願いしました。

最初に参加したイノベーターによってOIPの評判が広まると、新たに挑戦する人が増え始めます。参加者たちで次第に成長を実感できるようになると、自発的に挑戦者同士のコミュニティが生まれ、互いに切磋琢磨し合う風土になっていきます。少しずつですが、そうした空気が生まれつつあります。

今後の取り組み

イノベーションを起こし続けるためには、いろんな血を入れて行く必要があると思います。その1つが「オープンイノベーション」です。当社は「オープンイノベーション」という言葉が盛んに使われるようになる以前から、大学など研究機関との提携を通じて新たな創薬シーズを見出し、そのシーズを出発点として画期的な新薬の創製につなげてきました。ですが、このOIPはまだ社内に閉じられた取り組みになっています。将来的にはOIP自体を解放して、Innovation Cafeなどに他社の従業員に参加してもらったり、「HOPE」を他企業と合同で行ったりして、他の企業を巻き込んでいきたいと考えています。

一企業でできることは限られていますし、他社の従業員とコラボレーションすることで、これまでにはない考え方や違った視点などを吸収でき、多彩な事業が生まれる可能性が広がっていきます。ただ、そう簡単に進められないと思いますので、時流に合わせて、慎重に仕掛けていければと思います。

担当コンサルタントの声
野口 晶平

イノベーションを日常的に生み出す取り組みは、多くの企業にとって関心の高いテーマではないかと思います。

本プロジェクトを伴走支援させていただく中で、私が最も印象的だったのはご担当の三戸様の「覚悟」です。もともと三戸様はDXの責任者をされており、OIPのような会社全体の風土改革はご自身の業務範囲を超える施策です。ご自身の業務で多忙を極める中、「本当に小野薬品工業にとって必要なことは何か?」を熟考され、弊社との壁打ち議論を経て、OIPの全体構想に辿り着かれました。

部門を超えた施策を全社的に打つ場合、業務範囲を超えたり、既存ルールを(一部)壊してでも、自社にとって必要なことを経営陣に提案し、同意を取り付ける必要があります。また、全体構想の同意を得た後も、具体策について「総論賛成・各論反対」されるリスクもあります。これらハードルを三戸様は一つ一つ丁寧に乗り越えていかれました。プロジェクト成功の背景には、ご担当者の覚悟も肝であることを本記事を通してお伝えできたらと思います。
今後も小野薬品工業様に寄り添い、新しいチャレンジをご一緒していきたいと思います。

担当ファシリテーターの声
大牧 信介

OIPの構想段階から、Innovation cafeの実現まで約1年、全体設計・具体策の企画議論や講師として関わらさせていただきました。三戸様は様々な施策のプロコンを検討され、経営陣の認識、組織の状態を踏まえ、目的と課題を明確にされていました。そしてOIPの全体構想とその第一弾としてInnovation cafeが実現しました。新規事業のアイデア創出には、イノベーティブな人材の数が必要、そのための組織風土づくりからという展開です。組織風土づくりは、一見掴みどころがなく、成果の見えにくい取り組みですが、cafeの参加人数や反応がとてもよく、この後に続く、V2V、HOPEなどのエントリーに繋がりました。また、デザイン思考をもとに新規事業コンセプトを創るセッションでは、スタートアップが取り組み始めているテーマに近いアイデアも多くありました。この取り組みを通じて、短期間にスタートアップ的に新規ビジネスのアイデアを創出できる手応えを得ました。また、初期コンセプトはスタートアップ、PMF達成後のスケールアップは大企業という共創の可能性もあります。

製薬企業は、これまでもバイオテックからのライセンス導入やM&Aで、新薬ポートフォリオを拡充してきています。従来から外部の知見を事業化する活動を行ってきていますので、今後新薬以外の事業創出も期待できると思います。

新規事業創出は、成功確率が低く時間もかかる取り組みです。事業を創る活動と、組織を創る活動の両輪を回し、一過性に終わることなく、イノベーションにつながる事業創出活動を継続していただきたいと思います。

関連記事

2024.05.28 ナガセヴィータ株式会社
経営戦略と人財戦略をつなぐ、パーパス浸透へのチャレンジ
  • パーパス経営
  • 組織風土改革
2024.01.31 花王株式会社
時代の変化を捉え、新たな価値創造ができるマーケターを育む
  • 新規事業創造
2023.11.21 株式会社日本住宅保証検査機構(JIO)
会社の未来をかけた事業変革 ~経営者候補を軸に、次の時代の柱を創出する~
  • 新規事業創造