GLOBIS(グロービス)の人材育成・企業・社員研修サービス

連載/コラム
  • 経営チームの変革

「両利きの経営」の実行は、経営チームが自身のバイアスに向き合うこと

2022.07.21

DXや社会課題への対応など急速に変化する事業環境に対し、多くの企業は既存事業の効率性や競争力向上に加え、大胆な新規事業やイノベーションの創出が求められています。
経営陣は、常にこの二律背反、つまり「両利きの経営(※1)」の実現に向けて日々事業に向き合っています。
「両利きの経営」とは、既存事業を「深化」させ、収益力・競争力を強固にしつつ、新領域を「探索」し、新しいビジネスを育てることです。同時に、高いレベルでバランスさせながら経営することを目指します。まさに経営の本質とされる一方で、実行上の難易度は極めて高いのが実情です。本コラムでは、実際にお客様と取り組んできた経験を踏まえ、両利きの経営を目指す上で、最低限押さえたい組織体制のポイントについて考えたいと思います。

新規事業(探索事業)と既存事業(深化事業)を担う組織を分ければうまくいく?

これまで革新的なビジネスを生み出せた企業の実例を紐解くと、その多くが1つの組織内に「探索事業」と「深化事業」を分離させるような組織体制を取っていたことは知られています。但し、体制上の分離は事業フェーズに応じて一考の価値はありますが、「両利きの経営」を実行する上での十分条件ではありません。探索ユニットは、独立性だけでなく、既存事業の資源(ブランド、技術、プラットフォーム、販売チャネルなど)も必要とします。したがって、「分離」と「統合」を絶妙に両立させる必要があります。一般的に、経営陣の多くは、このことを理解しているものの、タイミングよく既存リソースを活用しきれなかったり、既存ビジネスの考え方が、探索事業にも強要されてしまう例がよく見受けられます。

そこで求められるのが、経営チームの意思決定システムの再構築です。

無意識に「利き手」で意思決定してしまうことをいかに防ぐか

探索事業の意思決定は、これまでのビジネスで熟知した慣習、資源(情報・技術等)など経験値の範囲内(=「利き手」)で、無意識に行われやすくなります。ポラロイドもコダックも破綻する前、多数の新しいデジタル画像処理能力や、エレクトロニクス分野で素晴らしい技術を培っていました。しかしながら、当時の経営陣は、既存事業の軸で判断し、それらを商業化できなかったことはよく知られています(※2)。同様の現象は、今でも多くの企業で大なり小なり起こっています。特に、既存事業に長く務める幹部により、探索事業に強い懸念や反発が示され、結果として「利き手」による意思決定がなされるケースです。このような意思決定を経営陣が繰り返していては、両利きの経営の実現は、一層難しくなってきます。

経営チームに必要な4つのプロセス(CDCA)

「利き手」で意思決定することを回避するために、以下4つのプロセス( CDCA )を経営チームとして再構築することが必須であると考えます。

(図:グロービス作成)

1.業界ではなく産業構造とステークホルダーの変化を捉え直す
Capture Industrial Transformation.)

業界内の動向を詳しく分析するだけでなく、産業構造の変化を捉え直します。なぜなら、断続的な変革は業界外のディスラプターから引き起こされることも多いからです。そのためには、企業が活動する産業そのもの、消費者を含めて取引を行う市場そのものが、どのようにトランスフォームされつつあるのかを常に捉え直す「場」を設ける必要があります。全体像を把握し、その地図の一部として、自社はどのように地図を書き変えることに挑戦するのかに向き合います。

2.その地図の中での自社の未来(変革後の姿)を描く
Design your company’s future on the Industrial Ecosystem Map.)

社内外のステークホルダーに共感を生み出せるビジョンやパーパスの再構築を行います。経営チーム全体で協力が必要なことを正当化する共通の北極星を「腹落ち」ができるまで徹底的に議論します。ビジョンには、その“解像度の高さ”、“目的地までの距離”、“風景の魅力”が内包されることが望まれます(※3)。それが実現できない限り、「探索事業」と「深化事業」は互いにナレッジ還流も進まず、邪魔や脅威とみなす非生産的な対立の可能性が後々まで残り続けていきます。これらを実現する前提として、経営陣同士がお互いのことをもう一度深く理解し合うことも重要になります。マイクロソフトのサティア・ナデラ氏がCEOに就任された直後、経営執行チームの会議に、心理学者マイケル・ジャーベイス氏を招聘し、経営執行チームメンバー一人一人の人生観やライフラインを語り合い、経営チームの共鳴状態を創り出したエピソードは有名です(※4)。

3.経営チームが腹落ちできるまで「変革ストーリー」を構築する
Create “Transformation Story” until executives make total sense.)

「2」を目指し、既存事業のポートフォリオと、探索事業をどのように展開していくのかのシナリオをストーリーとして経営陣一人一人が腹落ちできるまで議論し、描きます。経営チームとしてのコミットメントをつくるために、経営陣の報酬を、単独事業の業績や財務指標ではなく、全社的な評価基準で再設定する企業も存在します。「変革ストーリー」を経営チームで具体的に描いておくことで、ミドル層や現場に対して、早いタイミングで、一定の説得力を持って発信や対話を繰り返し、組織を巻き込みながら変化を受け入れる機会を作っていくことができます。

4.適切な探索事業のプロセスを、スタート時に合意しておく
Agree on the process of growing an explorational business.)

新規事業創出のプロセスや考え方は実に多種多様です。また、進行しながら、軌道修正が求められるケースは頻繁に起こり得ます。そのため、探索事業の短期・中期での育て方について、経営チーム全体で、スタート段階である程度合意しておく必要があります。これができていないと、軌道修正時に、「ほら見たことか」と評論家的な意見を言う幹部が突然現れるなど、その後の支援・体制に悪影響を及ぼします。実際に、新規事業プロセス、組織体制、支援の役割分担など、経営陣間で認識がばらついたままスタートさせている企業が多いように感じます。その結果、探索事業が進み始めると、お互いの認識齟齬が露呈し始め、意思決定に混乱が生じていきます。

上記1~4のCDCAプロセスは、(強烈なリーダーシップを発揮されるオーナー企業を除き)経営トップだけが描き、そのトップが探索事業を支援・保護しようとするだけでは不十分です。日本企業の場合、経営メンバーがまず一体となりオーナーシップを持って、このプロセスに全力で臨む状態をつくることで、大きく変わっていくと感じています。社内の葛藤をうやむやにしたまま突き進んでしまうと、力関係に差がある社内のレガシー事業が、探索活動の終焉を導きます。

新たな組織能力の獲得は、J型カーブを描く

経営チームとしての一体感や意思決定パターンの再構築を行ったとしても、「両利きの経営」の実行が安泰になるわけではありません。「両利き」という新たな組織能力を獲得するチェンジプロセスにおいては、組織パフォーマンスは一旦下がる「J字型カーブ(※5)」を描くことが多くなります。つまり、すでに出来上がったこれまでの組織体制や意思決定、仕組みを変える場合、一時的に大きなコミュニケーションロスも発生してきます。また、探索と深化で矛盾したことを要求し、探索チームの新たな人材登用、資源配分・連携は、中間管理職や現場のスタッフに一定の負荷を突きつけます。つまり、実際には、成熟事業、成長事業、探索事業の3つが組織内に同居し、複数の調整が入らざるを得ないため、短期ではパフォーマンスが上がらないフェーズが発生します。ここが1つの正念場となります。そのため、これらの事業フェーズの実態把握を、経営チームとの定例会により、「本音の対話」・「進捗管理」・「学習の共有」を継続させていく必要があります。決して、経営トップと、一部の探索ユニット責任者だけの閉じたコミュニケーションにしてはなりません。経営チームとしての結束力を最大限に高め続けていくことが肝要です。

テクノロジーの進展や社会課題への要請に加え、新型コロナウィルスや昨今の国際情勢の混乱に伴い、事業環境はますます大きく変動する中、「両利きの経営」を実現する組織能力を獲得することは重要です。ただ、難易度も高く、長期戦です。途中で中断してしまうと、組織は学習性無力感に陥りやすくなり、その後の新規事業への取り組みに対するマイナス認知が全社に蔓延してしまう恐れすらあります。すぐにPLとしての成果は出なくとも、既存の深化事業と新規の探索事業が共存する組織カルチャーを半永久的に創り上げられるか。組織において「両利きの経営」を可能にする能力を常態化していくことが求められています。

<参考文献>

  • (※1) Tushman, M. L., & O’Reilly III, C. A. (1996). Ambidextrous organizations: Managing evolutionary and revolutionary change. California management review, 38(4), 8-29.
  • (※2) O’Reilly III, C. A., & Tushman, M. L. (2016). Lead and disrupt: How to solve the innovator’s dilemma. Stanford University Press.
  • (※3) Carton, A. M., Murphy, C., & Clark, J. R. (2014). A (blurry) vision of the future: How leader rhetoric about ultimate goals influences performance. Academy of Management Journal, 57(6), 1544-1570.
  • (※4) Nadella, S., Shaw, G., & Nichols, J. T. (2018). Hit Refresh Intl: The Quest to Rediscover Microsoft’s Soul and Imagine a Better Future for Everyone.
  • (※5) Boak, G., & Thompson, D. (1998). Mental models for managers: frameworks for practical thinking. Century Business.
グロービス・コーポレート・エデュケーションマネージャー 井上 佳

グロービス・コーポレート・エデュケーション
マネージャー

井上 佳 / Kei INOUE

国内コンサルティングファームにて、上場企業から中小企業、官公庁の組織開発、人事制度設計、営業拠点再生プロジェクトに従事。中四国支社責任者、東京本社所長、新支社の立ち上げを経験後、グロービスに参画。現在は、通信、メーカー、商社、食品、素材、航空など様々なクライアント企業の新規事業支援、経営体制支援、人材・組織開発の企画・実行に携わっている。
英イーストロンドン大学応用ポジティブ心理学修士(MAPPCP)、英ケンブリッジ大学Sustainability Leadership Program修了、国際ポジティブ心理学会(IPPA)会員。

関連記事

連載/コラム
2022.02.17
企業変革は戦略、組織、そして組織カルチャーの変革である
  • 組織風土改革
  • 経営チームの変革
連載/コラム
2021.10.12
経営会議をアップデートし、企業競争力を高める
  • 経営チームの変革
連載/コラム
2023.01.31
役員層の能力開発は「知の獲得」と「認識のアップデート」から ―行動を阻害する免疫機能と向き合う―
  • 経営チームの変革