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連載/コラム
  • 経営チームの変革

役員層の能力開発は「知の獲得」と「認識のアップデート」から ―行動を阻害する免疫機能と向き合う―

2023.01.31

DX、CX、GX(※1)といった言葉に象徴されるように、これからの経営は環境の変化に応じて様々な領域でのトランスフォーメーション(変革)を繰り返していくことが求められています。
私は、現在30社程の企業の経営者・役員層が集う「知命社中」のプログラム・ディレクターをしていますが、参加している方々が認識しているミッション(使命)はすべて何かしらの変革に関わっています。
変革を牽引していくのは経営トップであり、経営チームを構成する役員層であることは言うまでもありません。しかしながら、これまでの実績や自らの果たすべき役割に対するコミットも高い、言わば「経営の黒帯」の方々でさえ、変革の実現は容易ではありません。

本コラムでは、経営者・役員層が自らの使命を遂行していく上で、自分自身の能力開発に対してどのような課題意識を持たれているのか、それをいかに乗り越えていくかについてお伝えしたいと思います。

経営者・役員層の共通した課題意識

知命社中を通じて、30人の経営者・役員の方々と個別対話を重ねてきましたが、共通して抱かれている課題意識は、次の2点でした。

上記2つの課題について具体的に紐解きながら考えてみます。

1. 圧倒的に知が足りない:アプリケーションとしての「知」の獲得

ここでいう知とは、2つあります。1つは、今・これからの世界・時代をどう認識するか、「複数のテーマや情報を統合していく知」です。この知はパーパス・ビジョン・経営構想などのビックピクチャーを描くために磨くことが必要です。
もう1つの知は、今・これからの世界でどう行動するかの基本姿勢を形成する知であり、古典・教養などをリソースに「現在・過去・未来問わず普遍的で一貫した原理原則を理解する知」です。この知は意思決定・取るべき行動の拠り所になります。

これら2つの知は、言わばアプリケーションのようなものであり、経営の実践と並行して、書籍・識者との対話・社内外のセミナー・研修受講などの機会から新たに獲得をしていく必要があります。しかしながらこういった知の獲得を習慣として行っている人はほとんどいません。多くの会議・意思決定に時間を使う中で結果として30代までに培った技能・経験・知識で対処しているのが実情となってしまっています。

2. 自分の考え方・行動を変えられない:OSとしての「認識」のアップデート

行動を変えられない要因を把握するモデルとして、変革を阻む免疫機能について書籍「なぜ人と組織は変われないのか?」からご紹介します。免疫機能とは、以下の3つの側面から構成されています。

例えば、本心から「権限移譲を進めて後継者を育成したい」と願う場合、本来であればメンバーに機会を付与したり、1on1を通じてメンバーに決断の機会を促すなどの行動が求められます。しかしながら、実際には取るべき行動と反対の阻害行動(例:メンバーが迷っていると自分が判断し、指示までしてしまう)を取ってしまうのが、①変革を阻止するシステムが作動している状態です。

また、②③感覚・認識のシステムの影響は、深く考察する必要があります。例えば、役員層の方は、多くの場合「経営者とは有能で強くなくてはならないし、それが期待されている。だから経営者たる自分もそうあるべき」といった、“経営者=有能であり強い”という認識を持たれています。かつ、これまでの成功体験によってこの認識が強化されていることが多いです。しかしながら、この認識の強さが、複雑・不確実な状況に直面する(自分が不完全であるという状況)と、「頼りないと思われる」「無能というレッテルを貼られる」「これまで成功し続けてきたので失敗はできない」といった潜在的な恐れ・不安の感情を引き起こします。更に、これらの恐れ・不安の感情を解消するために、独善的な意思決定、現場への過度な介入など、理想とは逆の行動を取るという状態に陥ってしまいます。こうした行動の背景に、「リーダーは絶対的に正しくてはならない」という固定観念が形成され、自分の行動を正当化しようとするメカニズムが働いています。

このように、①②③の免疫機能によって変わりたい目標・行動が阻害されてしまいます。

認識のOSをアップデートする鍵とは

免疫機能はいわば「認識のOS」を司っています。経営者に求められる知識・技能などの知、いわばアプリケーションをインストールしても、それらをしっかりと処理するOSが同時に進化しなければ、変化は生まれません。

知命社中では、これからの経営に求められる多様な知のインプットのみならず、認識のOSとなる自己認識をアップデートすることにも多くの時間を割きます。免疫機能をあぶりだす「免疫マップ(※2)」を活用しながら、自分の在りたい姿のみならず、自分の無意識下に置いていた不都合な感情や固定観念も言語化します。こうした不都合な感情や固定観念があぶり出されるのは、決して心地よいものではありませんが、これらを受け入れることで、長年の認識(固定観念)を進化させるという大きな効用があります。

実際に認識のOSがどのようにアップデートされたかの手触り感を実際の事例で確認してみましょう。

出所:「なぜ人と組織は変われないのか」第8章 P286 図8-1、P288 図8-2 を元に作成

この事例のポイントを挙げると、あらゆるシステムや秩序が断片的ないしは不完全なものであり、ましてや自分の認識も不完全であるということを言語化することで受け入れ、これまでの認識(固定観念)を進化させることができたという点になります。

これらの鍵となる営みは、過去~現在で形成された世界の捉え方、行動の基本姿勢、価値観など“自身が正しいと信じているものですら、再考する・手放す勇気を持てるかどうか”です。さらには、手放す勇気を持つために“矛盾や対立を受け入れ、複数の認識を学び・受容できる”というマインドも育んでいくことが必要になります。
「これまでの成功体験で形成された「自己認識を手放す勇気」と新しい考え方を取り入れ実践し認識を進化させていく「学習のマインドセット」。この2つが経営層の認識のOSをアップデートする鍵なのではないでしょうか。

  • (※1) DX:Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)の略。企業がデータとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
    CX:Customer eXperience(カスタマーエクスペリエンス)の略。商品購入前の検討から実際の購入、その後のサポートまで、顧客の購買体験全体のこと。その体験で顧客が得た満足感などの心理的、感覚的な価値も含まれる。
    GX:Green Transformation(グリーントランスフォーメーション)の略。企業や産業構造、社会を変革することで、カーボンニュートラルと経済成長を両立させ、環境負荷を最小化した持続可能な世界、循環型社会を実現すること。
  • (※2) 免疫マップとは、これら裏の目標、”強力な固定観念”を表に出す手法です。改善目標を明文化し、それを阻害している行動を率直に書き出し、裏の目標をあぶりだす。そこに隠れる”強力な固定観念”を見つけ、検証していくというプロセスです。

<参考文献>

  • 『なぜ人と組織は変われないのか』ロバート・キーガン署. 英治出版(2013年)
グロービス・コーポレート・エデュケーションディレクター 福田 亮

グロービス・コーポレート・エデュケーション
ディレクター

福田 亮 / Akira FUKUDA

慶応義塾大学経済学部卒業。コロンビア大学シニア・エグゼクティブ・プログラム(CSEP)修了。
大手総合化学会社での機能性素材の開発営業、クライアント企業との東南アジアにおける合弁事業の設立、新興企業の経営支援・人材育成に携わる会社設立・立ち上げに従事。
現在は株式会社グロービス法人研修部門ディレクターとして人材育成に関するコンサルティング、プログラムコーディネーター、講師など、企業内の人材育成全般に携わっている。

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