人的資本経営で陥りがちな3つの罠と実行上のポイント

2023.01.16

前回のコラムでは、人的資本とは何かについて解説しました。本コラムでは、人的資本経営の全体像を確認しながら、実現において陥りがちな罠や実行上のポイントについて見ていきます。

執筆者プロフィール
太田 昂志 | takashi ota
太田 昂志

システムインテグレーターを経てグロービスに参画。法人向け人材育成・組織開発コンサルタント、定額制動画学習サービス「GLOBIS 学び放題」の事業開発担当マネージャーを経験。
現在はグロービス経営大学院教員として、ビジネススクールや法人研修で論理思考・人事組織系科目の教鞭を執る他、教育プログラム開発も担う。また、テックカンパニーの取締役 最高人事責任者(CHRO)、経済メディアNewsPicksのトピックスオーナーも務める。大阪大学卒業、グロービス経営大学院修了(成績優秀者表彰)


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第1章 
人的資本経営の全体像

まずは人的資本経営の全体像から見ていきましょう (図1)。

図1:人的資本経営の全体像

図1:人的資本経営の全体像

企業が目指すゴールのひとつは、中長期的な企業価値創造の実現です。皆さんがどのような企業で、どのような職種で働いていようとも、その仕事は最終的に企業価値創造の実現に向かっています。その実現に向けて、社員が同じ方向を向き、考え、行動できるように、各社とも経営理念・パーパスを定め、経営戦略を立案し言語化しています。

しかし戦略は、描いただけでは実現しません。戦略の実行を担う人材が必要です。つまり戦略策定と同時に、あるべき人的資本も定める必要があるわけです。では、具体的に何に取り組む必要があるのでしょうか。

あるべき人的資本を定めた後、取り組むべきは現状と比較してギャップを抽出し、ギャップを埋めるための人事戦略を検討を行うことです。具体的には、経営戦略実現に必要な能力を持った人材を必要な数だけ獲得するために、採用や育成・配置などの人事全般に関する計画を立て、実行することです。

このように人事戦略を検討していきますが、人事戦略も策定したら終わりではありません。経営戦略と連動しているかを再確認した上で、①人的資本の可視化と②人的資本の価値向上のサイクルを回していきます。具体的には、可視化されたデータを基にステークホルダーと議論をし、より実現可能性の高い戦略へブラッシュアップを重ね、情報開示をして更に可視化できる領域を増やしていくことです。このサイクルを回し続けることが、人的資本経営の実現において重要な取り組みと言えます。

この取り組みを進める上で、人材版伊藤レポートで提唱されたのが、3P5Fモデルです (図2)。3P5Fモデルとは、図2に示されている3つの視点と、5つの構成要素で表されており、人的資本経営を現場で実行する上で参考になります(図3)。

図2:3P5Fモデル (概要)

図2:3P5Fモデル (概要)

図3:3P5Fモデル (詳細)

図3:3P5Fモデル (詳細)

3Pとは3つの視点です。すなわち、経営戦略と連動しているか、ギャップを定量的に把握できているか、実行を通じて企業文化に定着できているか、の3つです。

5Fとは5つの共通要素を指します。すなわち、人材ポートフォリオを動的に備えられているか、知・経験のD&Iがあるか、従業員がリスキルや学び直しができているか、従業員のエンゲージメントが高いか、時間や場所にとらわれない働き方が実現されているか、です。

人事戦略を策定する上で、これら3つの視点、5つの共通要素が備わっているかどうかが重要です

第2章 
人的資本経営の実現にあたり、陥りやすい罠

ここからは、グロービスがさまざまなクライアントと議論する中で見えてきた、陥りがちな三つの罠と、罠を回避するためのポイントをご紹介しましょう。
①「結局、これまでと変わらないよね」の罠、
②「何となく連動しているからOK」の罠、
③「取れるものからデータ化しよう」の罠です。


2-1. 「結局これまでと変わらないよね」の罠

一つ目は、「結局これまでと変わらないよね」の罠です。

特にありがちなのが、人事戦略を策定する際に、さまざまな人の意見を集めすぎてしまうことです。現場の課題をくみ取ることは大切ですが、やり過ぎてしまうと、様々な人事課題を集約したものが人事戦略になってしまいます。結果、いつもと同じような戦略が策定されてしまうのです。

こうならないように、経営戦略を策定する際に人事戦略も同時に定めることをお勧めします。従来のように経営戦略が策定された後に人事戦略を策定するのではなく、人事的目線から経営戦略の策定に関与し、戦略を把握した上で人事戦略も策定することが重要です (図3)。

図3:人事戦略策定のプロセス

図3:人事戦略策定のプロセス

こうすることで、経営戦略の実現に直結する人材ポートフォリオのギャップが明確になるため、人事戦略の中期・単年計画で重点的に取り組むべきポイントが定まり、実行に移すことができるようになります。

また、戦略策定時にデータの取得・分析も考えておくと良いでしょう。(図3の灰色の矢印)。実行によって得られたデータが可視化されるため、その後に分析しやすくなり、計画へフィードバックすることで、人事戦略をブラッシュアップすることが期待できます。


2-2. 「何となく連動しているからOK」の罠

2つ目は、「何となく連動しているからOK」の罠です。

人的資本経営の実現に向けては、経営戦略と人事戦略の連動が不可欠です。しかし「経営戦略を意識してみたが、具体性が足りないのではないか」というお悩みも、よくお聞きします (図4)。

図4:経営戦略と人事戦略の連動

図4:経営戦略と人事戦略の連動

経営戦略と人事戦略の連動で見落としがちなのは、経営戦略のロードマップ化と人材ポートフォリオ (全社の総人数・組織構造と部門編成) のあるべき姿が具体的になっていない点です(図4右側)。意識するレベルに終わらず、職責を明確に定め、仕事を定義し、必要な人材像を定義していく必要があります。これが出来ていれば、人材ギャップが見えてきて、採用・育成・配置など具体策が検討できるようになります。


2-3. 「取れるものからデータ化しよう」の罠

3点目は、「取れるものからデータ化しよう」の罠です。

人的資本の情報開示において、自社にとって必要な指標の選定とデータ化は、最も難しい取り組みの一つでしょう。特につまずきやすいのが、想定したデータが思うように取得できないことです。結果的に取得すべき指標ではなく、取得しやすい指標から選択してしまう。このような企業様も多数見受けられます

これを回避するには、計画段階でデータ活用の5つのステップを描いておく必要があります (図5)。

図5:データ活用の5つのステップ

図5:データ活用の5つのステップ

すなわちデータを取得する前に、ロードマップを描いた上で選んだ指標に基づき、データ分析・収集の手法を定め、分析方法をあらかじめ設計しておくことです。

最初の段階でこうしたステップが織り込まれていないと、取りやすいデータばかりを見ながら先に進んでしまい、活用の壁や投資対効果の壁に阻まれてしまいます。

自社のデータ活用に課題感のある企業様は、この5つのステップで抜けているものは無いか、躓いているステップはどこかを、確認してみてください。

では、この3つの罠を回避すれば、人的資本経営は実現できるのでしょうか。実はもう1つ、大事なポイントがあります。次項でそのポイントを押さえていきましょう。

第3章 
人的資本経営の実行に重要なポイント

ここまで人的資本経営の実現について、様々な視点で見てきました。しかしここまで解説してきたポイントは、実は計画策定に関するものがほとんどです。

もちろん計画策定も重要です。しかしどんなに美しい戦略を描いても、現場で実行されなければ意味がありません。では、人的資本経営の実行を担うのは、誰でしょうか。

人事の皆さまではありません。もちろん、人事の皆さまが現場に入り込む必要はありますが、全ての従業員に対してコミュニケーションを取り、ハンズオンで実行支援をしていくのは、リソース的に難しいでしょう。

成功の鍵は、実行を担うミドルマネジメントです。ミドルマネジメントに、人事の皆さまのハブとなってもらい、従業員への育成を進めてもらうことが不可欠です。

この観点から、ミドルマネジメントが担う役割も進化させていく必要があります。現場と経営の要という役割、そして部下育成の役割。その二つの視点で整理してみましょう (図6)。

図6:ミドルマネジメントが担う役割

図6:ミドルマネジメントが担う役割

3-1. 経営と現場の「要」

これまでミドルマネジメントは、チーム視点を持って経営の意図を理解し、現場に翻訳するとともに、現場の状況を上位に伝えていくことが求められてきました。しかし、これからは自チームだけではなく、会社全体の視点を持って、経営意図の翻訳や現場状況の上位伝達を行わねばなりません。会社視点を持ち、戦略実現に必要な施策は何なのか、人的資本として何が必要なのかを、経営と共に模索する姿勢が必要になります。

3-2. 部下育成の責任者

部下育成についても同様です。これまでは自組織を中心に必要な能力を定義し、ギャップ解消のための成長支援、そして自組織においてのキャリア支援などを行えば十分でした。ただこのような考え方は、画一的な人材育成にしか繋がりません。

そうではなく、一人ひとりの意思・強みにフォーカスした育成に変えるとともに、自律的なキャリア支援を行う必要があるわけです。

自組織以外、つまり他部署・他事業部、場合によっては他社も含め、部下が活躍できる可能性・キャリアがあれば、リーダーとして示してあげる。そのような役割が、ミドルマネジメントに必要になってきているのです。

第4章 
最後に

本コラムでは人的資本経営を実行するにあたり、陥りやすい難所と乗り越えるためのポイントをご紹介しました。計画策定と計画実行の両輪を回すことが重要であり、そのために人事の皆さまが果たすべき役割はますます広がっています。

本コラムが、皆さまの会社で人的資本経営を推進する際の一助になれば幸いです。より詳細を知りたい方は、動画セミナーも公開していますので、ぜひご視聴ください。

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引用/参考情報

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。