人材戦略とは? 戦略と人材を連動させる5ステップ・難所の乗り越え方を徹底解説
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最近よく耳にする「人的資本経営」や「人材戦略」。
企業経営における“人材の価値”がこれまで以上に問われる時代になりました。とはいえ、こうした言葉を聞くだけで、少し身構えてしまう方もいるのではないでしょうか。
「人的資本経営、人材戦略、人事戦略…似たような言葉が多くて、何がどう違うのか分からない」
「人材が重要なのは理解しているけれど、何から手をつければ良いのか……」
そのような戸惑いを抱える人事・人材育成担当の方にこそ、ぜひ読んでいただきたいのが本コラムです。
ここで取り上げる「人材戦略」とは、人材を新たな価値創造や差別化を生み出す源泉として、事業戦略の実現、ひいては企業成長につなげる一連の取り組みを指します。
グロービスでは、年間3,400社以上の人材育成を支援している知見をもとに、経験の浅い方にもわかりやすく、実務にすぐ活かせる「人材戦略の基本」を解説していきます。難しい専門用語は出来るだけ避け、図解や事例も交えてご紹介しますので、ぜひ気軽に読み進めてみてください。
特に以下は、「人材戦略」に関する具体的な施策を進める際、大いに参考になるので必見です。
- CHAPTER 2
人的資本経営や人事戦略と人材戦略の関係性について分かりやすく整理してまとめています - CHAPTER 5
人材戦略の構築・実行のために企業が取り組むべき5つのことについて、具体的に解説しています - CHAPTER 6
上記の取り組みを進めるうえでの難所と、その乗り越え方をお伝えします
皆さんの会社の人・組織の力を最大限引き出していくために、自社に合ったアプローチを一緒に探していきましょう。
「人材戦略」とは
「人材戦略」とは、人材を新たな価値創造や差別化の源泉として、事業戦略の実現、ひいては企業成長につなげる一連の取り組みを指します。
企業が戦略を実行するうえで、人材が重要な存在であることは、これまでもこれからも変わりません。
しかし、近年企業を取り巻く環境変化は著しく、たとえば以下のようなものが挙げられます。
- カーボンニュートラルや少子高齢化など社会課題への対峙
- 生成AIに代表されるテクノロジーの活用
- グローバル競争の激化
過酷な競争環境の中で、企業が持続的に成長していくには、社員一人ひとりの潜在能力を更に引き出し、組織全体の力へと結びつけることがカギとなります。
こうした背景のもと、「人材戦略」が企業経営の最重要課題のひとつとして論じられるようになりました。
詳細についてはCHAPTER5で詳しく紹介しますが、人材戦略を考えて実行していく際には、以下の3つを連動させながら、事業戦略との整合性のとれた形でサイクルを回していくことが大切です。

- まず、パーパスや経営戦略、事業戦略といった企業の最上位方針を踏まえ、各事業で成果を出すために必要な人材ポートフォリオ(※1)を設計し、現状とのギャップを把握します
- 次に、そのギャップを埋めるために、採用や異動、人材育成などの人事施策を講じていきます
- 更に、人材開発会議(※2)などの場を通じて、育成の進捗や課題を確認しながら、必要に応じて再度育成や配置転換を行い、人材ポートフォリオを強化していきます
このようにサイクルを継続的に回していくことで、事業戦略と連動した「人と組織の力」を高めていくことができます。
※ 1.経営戦略を実行するために、社内のどこに、どのようなスキルやマインドを持った人材が、どの程度在籍しているかを整理・可視化したもの
※ 2.社員一人ひとりの現状と可能性を定期的に見直し、今後の成長に向けた方向性を組織的に議論する場
人的資本経営・人材戦略・人事戦略の関係性

本コラムをお読みいただく方の中には、「人的資本経営、人材戦略、人事戦略、どれも同じことではないか?」と感じられている方もいるかもしれません。
ここで、人的資本経営・人事戦略と人材戦略の関係性を改めて整理しておきましょう。
それぞれの定義や関係性を示すと下図のようになります。

本図は、「人材戦略」という言葉が、より上位の経営戦略や、現場の人事施策とどう関係しているのかを示したものです。どのレイヤーも「人材を扱っている」という点では共通していますが、見ている視点が異なるため、それぞれ役割が異なります。
- 人的資本経営(経営視点)
企業の中長期的な価値向上を目的に、人材を「資本」として捉える経営のあり方。経営層が人材の重要性を認識し、戦略の中核に据えることが出発点です。 - 人材戦略(事業視点)
事業成長のために必要な人材像や人数、配置・育成の方針などを設計するフェーズ。事業戦略をいかに人材面で実現するかを考える、いわば「橋渡し」のレイヤーです。人材を価値創出や競争優位の源泉と捉えるのが特徴です。 - 人事戦略(人事視点)
人材戦略を現場で実行に移すための制度・施策の設計・運用が人事戦略の役割です。採用、育成、配置、評価、報酬など、HR機能が担う実務領域がここに該当します。
このように、「人材戦略」は独立したものではなく、上位の戦略(人的資本経営)・現場での人事施策と密接に連動しており、それぞれが異なる視点から人材を捉えています。
図を読み解く際は、単に「レイヤーが違う」というだけでなく、「誰の視点で何を実現しようとしているのか」という観点で違いを認識いただければと思います。
人材戦略が重要度を増す3つの背景
3-1.労働市場のひっ迫
このコラムにアクセスしていただいた方の多くが体感されていると思いますが、日本国内外を問わず労働市場はかつてないほどひっ迫しています。
以下は総務省による「総務省 令和6年版 高齢社会白書」です。日本国内の労働生産人口(15~64歳:薄いオレンジ色部分)を見ると、1995年をピークに減少傾向が続いていることが一目で分かります。

加えて、もう一つの大きな変化として挙げられるのが、働き手の流動化です。
かつて日本国内では限定的であった「転職」という選択肢が、今では若手を中心に当たり前のものとなり、企業間での人材獲得競争は一層激しさを増しています。
このような環境の中で企業が持続的に成長していくためには、採用に力を入れるだけでなく、今いる社員の成長と定着をどう支援するかがより重要なテーマとなっています。
社員一人ひとりが「この会社で働き続けたい」と感じるには、やりがいと働きやすさの両立が欠かせません。こうした環境を整えることが、結果的に社外からも魅力的な企業として認識され、採用力の強化にも繋がっていきます。
つまり、労働市場の構造的な逼迫を乗り越えるためにも、「人材戦略」は今や経営における中核的なテーマとなっているのです。
3-2.企業価値を生み出す源泉が「モノ」から「人・知」へと変化
かつてのビジネスは、「ものづくり」、すなわち高品質な製品をいかに効率よく作るかが企業価値の中心でした。しかし近年では、無形のサービスやユーザー体験が重視されるようになり、事業競争のあり方も大きく変化しています。
その象徴的な例が、自動車業界です。
<自動車業界の例:自動運転時代、「体験」が新たな価値になる>
自動運転技術の進化により、「運転する」という行為そのものが不要になる時代が現実味を帯びてきました。そうなると、移動のあいだに「人が何を感じ、どう過ごすか」が、車の価値に直結するようになります。
たとえば――
- 乗っている人の感情や好みに合わせて音楽や照明が変わる
- リモート会議の予定に合わせて、静かなルートや通信環境の良いエリアを自動で選択する
こうした機能が当たり前に求められるようになってきており、もはや競争の焦点は「車体そのものの性能」ではなく、“体験価値”をいかに高めるかにシフトしています。 つまり、これまで企業価値の中心だった「モノ」ではなく、人の感情や行動に寄り添う“知”や“サービス設計力”が、企業競争力のカギを握る時代に入ってきたのです。
企業が価値を生み出す源泉が無形のフィールドに大きくシフトしていることは、フォーチュンの企業価値ランキングの変化からも見て取れるでしょう。
2000年頃のフォーチュン・グローバル500では、自動車や石油、電機などの製造業が上位を占め、その企業価値の多くは工場や設備、在庫といった有形資産に支えられていました。
Fortune Global 500 Ranking (2000)

しかし2024年の同ランキングでは、Apple、Microsoft、Amazon、Google(Alphabet)、Metaといった、いわゆるGAFAMに代表されるテック企業が軒並み上位に名を連ねています。
Fortune Global 500 Ranking (2024)

これらの企業は、人材や知的財産、ブランド、組織文化といった「無形資産」こそが価値の源泉であるという点で、旧来型の製造業とは本質的に異なります。
この背景には、テクノロジーが広く普及し、誰もが手軽に活用出来るようになった現代ならではの構造変化があります。特別な設備投資が必要な一部の業界を除けば、新規参入のハードルは格段に下がり、気づかぬうちに見たことのない企業や新サービスが、あなたの会社の競合になっている──そのような時代です。
だからこそ、企業は他社との違いをどう生み出すか、新しい価値をどう創造するかを真剣に考える必要があります。そして、そのカギを握るのが「人材」ということです。
現時点では、AIがクリエイティブな発想を生み出したり、新市場を開拓したり、顧客との関係を築いたりすることは容易ではありません。こうした無形の価値を創り出す力は、依然として「人」にしかないのです。
このことからも、企業の競争力を高めるうえで、人材の成長と活用にいかに戦略的に取り組むかが、今後の企業価値を大きく左右すると言えるでしょう。
3-3.働く人の価値観の多様化
働く人々の価値観が大きく変化している点にも目を向ける必要があります。
特に若い世代は、企業がどのようなパーパスにもとづき、どのような社会課題の解決を目指しているのかに関心を持ち、働きやすさとやりがいの両立を重視する傾向があります。
こうした価値観の多様化に向き合わなければ、人材の定着や確保に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。
「最近の若手はすぐ辞める」といった声を耳にすることもありますが、彼らは決して気まぐれに職場を変えているわけではありません。自分らしく働ける環境や共感出来る企業を真剣に探しているのです。
もし企業が社員の価値観に無関心であったり、その姿勢が伝わってしまった場合、社員は期待を持てず、より自分に合う環境を求めて離れていく可能性が高まります。
更に今は、社内の雰囲気や企業姿勢がSNSなどで簡単に外部に伝わる時代です。そうした情報が企業の評判や採用活動に影響を与えることも珍しくありません。
だからこそ企業は、多様化する価値観に真摯に向き合い、「社員を大切にしている」という姿勢を社内外に発信することが、これまで以上に重要になってきています。
「人材戦略」の構築・実行に取り組む4つのメリット

前章で見てきたように、企業を取り巻く環境変化や価値観の多様化が進む中で、人材戦略の重要性はますます高まっています。
ここでは、企業が人材戦略に取り組むことで得られる代表的な4つのメリットについて整理します。
いずれも、事業の持続的成長や企業価値の向上に直結する要素であり、実務に落とし込むうえでも有益な視点です。
4-1.事業戦略実行性の向上
人材戦略にしっかりと取り組むことで、企業の事業戦略はより現実的かつ実行可能なものになります。
たとえば、各事業に対して「どのような人材が、どのくらい必要か」といった人材の質と量を明確に定義したうえで、採用・配置・育成などの人事施策を実行出来れば、戦略に必要な人材を計画的に揃えられるようになります。
人材が適切に確保されていれば、事業戦略は単なる構想にとどまらず、現場で着実に動き出す“実行力ある戦略”として機能するようになるのです。
※人材戦略の構築ステップについては、CHAPTER 5.人材戦略の構築・実行のために企業が取り組むべき5つのステップで詳しく解説します。
4-2.エンゲージメントの向上
人材戦略を通じて、社員の成長や適所適材の実現、望むキャリア形成の機会が得られるようになることで、従業員のエンゲージメント向上が期待されます。
また、人材戦略の方針や考え方の社内浸透は、「この会社は人を大切にしている」という明確なメッセージとしても機能します。
このような環境が整うことで、
- 従業員エンゲージメント(会社の方針への理解、共感、貢献意欲)
- ワークエンゲージメント(仕事に対する熱意・没頭・活力)
といった、組織・個人両面でのエンゲージメント向上が見込まれます。
4-3.人材獲得力の向上
人材戦略の取り組みが高度に実行され、社内の成長機会や挑戦の風土が整備されると、外部に対してもポジティブな企業イメージが広がっていきます。
たとえば、
「あの会社は、若手でも挑戦出来る」
「成長出来る環境が整っている」
といった声が社員から自然に発信されることで、企業の魅力が外に伝わりやすくなります。
このように、内側から醸成された魅力が、結果として採用力の強化にも繋がっていくのです。
4-4.イノベーションの創出
人材が適材適所で活躍し、成長の機会を得られる環境が整えば、その力が最大限に発揮される状態が生まれます。
その結果として、
- 従来にない新たな価値提供のアイデア
- サービス・製品の改善提案
- より高度な業務プロセス設計
など、組織の中からイノベーションが生まれやすくなるのです。
このように、人材戦略の実行は、単なる人事施策にとどまらず、企業全体の変革と価値創造を後押しする源泉となり得ます。
これらのメリットを最大限に活かすには、実行可能な人材戦略の設計が欠かせません。
続くCHAPTER5では、「人材戦略をどのように構築し、実行に移していくのか」について、ステップごとに詳しく解説していきます。
人材戦略の構築・実行のために企業が取り組むべき5つのステップ
前章では、人材戦略に取り組むことで得られるメリットについてご紹介しました。
では、その戦略を実際に構築・実行していくためには、企業はどのようなステップを踏めば良いのでしょうか。
この章では、年間3,400社以上の人材育成・組織開発を支援しているグロービスの知見をもとに、人材戦略を具体的に形にしていくための5つの重要な取り組みについて、順を追って解説していきます。
いずれも、制度や施策単体ではなく、事業戦略と整合性を持ちながら「人と組織をどう動かすか」という視点で捉えることがポイントです。

5-1.中長期の事業ビジョンや事業戦略上、必要となる人材要件の定義
人材戦略の第一歩は、「どのような人材が必要なのか」を明確にする=人材要件の定義です。
企業は単一事業だけでなく、複数の事業で構成されていることが一般的です。それぞれの事業戦略の実現に向けて、求められる能力、知識、経験、資質などを具体的に整理していくことが求められます。
限られた人材リソースの中で、社員が力を発揮しながら成長出来るようにするには、「何が求められるか」の明文化が不可欠です。これがなければ、採用すべき人材像や育成方針の舵取りも出来ません。
また、1つの事業内でも多様な役割が存在するケースが多く、たとえば営業組織であればインサイドセールスやフィールドセールス、オペレーション担当など、複数の人材像を定義する必要がある場合もあります。
更に、新たな事業領域が含まれている場合は、既存のハイパフォーマーの特徴にとらわれず、新しい視点で人材要件を再設計することも重要です。必要に応じて社内外の有識者の知見やアドバイスを採り入れると良いでしょう。
5-2.人材ポートフォリオの設計
人材要件を明確にした後は、それぞれの人材がどのくらい必要なのか=人材の数の見積もりが必要です。この人材の「質と量」の全体像を可視化したものが、「人材ポートフォリオ」です。

なお、実務ではこのステップは前項の人材要件定義と並行して行ったり来たりすることが一般的です。
参考:人材ポートフォリオという考え方の背景
人材ポートフォリオという考え方は、日本固有のものです。
現在、日本企業の間でもジョブ型の導入が進められていますが、完全な移行は現実的には難しい場面も多くあります。長らくメンバーシップ型を前提としてきた日本においては、仕事(ジョブ)よりも先に人材があるという考え方が主流であり、これはジョブ型雇用とは大きく異なるからです。
だからこそ、両者の考え方を踏まえつつ、日本企業ならではの最適解を模索する過程で「人材ポートフォリオ」という枠組みが有効なアプローチとして注目されるようになったのです。
ジョブ型雇用への移行の難所・成功させるポイントについて知りたい方はこちら
5-3.人材の可視化とギャップの見極め
人材要件の定義、そして人材ポートフォリオの設計によって、「どのような人材がどれくらい必要か」という目指すべき姿が見えてきました。
次のステップでは、現状の社員一人ひとりが、その姿にどれだけ近いのかを把握する=人材の可視化とギャップの見極めに取り組む必要があります。
実は、このステップで躓いてしまう企業が多いです。これまでの日本企業では、社員の能力やスキル、特性といった情報を客観的に可視化・蓄積する仕組みが十分に整ってこなかったことが主な理由として考えられます。
人事評価や査定結果といった情報は蓄積されていても、主観が含まれやすく、かつ昇格や査定タイミングによって調整が加わっているケースも少なくありません。そのため、必ずしも実際の能力やポテンシャルを正しく反映しているとは言い切れないのが実態なのです。
この壁を乗り越えるには、以下の2つの観点が重要となります。
5-3-1.過去の人事評価にとらわれず、一定の基準を設けて再評価する
まず、職務経験を通じてどのような能力・知識・経験が得られるのかをパターン化し、それをもとに社員を人材要件に照らして再評価することが求められます。
ただし、これを企業内で完結するにはかなりの時間と労力を要します。そのため、必要に応じて外部のアセスメントサービスを活用し、能力・資質・知識レベルなどを客観的に可視化することも一案です。
そこで得た情報は、タレントマネジメントシステム等に蓄積することで、人材を可視化し、誰が人材要件に適しているのか、目指す人材ポートフォリオとのギャップ(人材需給の不一致)がどこにあるのかを精査していくことができます。
人材ポートフォリオを活用したタレントマネジメントの実施についてのコラムはこちら
当社コラム「人材ポートフォリオを活用してタレントマネジメントを効果的に実施しよう!」
5-3-2.社員の志向性に配慮したコミュニケーションを重視する
次に重要なのは、社員の志向性への配慮です。たとえ人材要件に合致する社員が見つかったとしても、本人が異動や新たな業務を望んでいなければ、配置転換がきっかけで退職につながるリスクがあるからです。
もちろん、社員全員の希望を満たす配置が叶うわけではありません。ただし、社員の志向性を把握し、その異動がどのような意味を持ち得るのか、会社として何を期待しているのかを丁寧に伝えることが、信頼関係の構築や想定外の離職リスク低減につながります。
グロービスのワンポイントアドバイス
人が人を評価する行為には、どうしても主観が入りやすくなります。そのため、社員の評価は出来る限り多面的に行うことが重要です。
たとえば
・社内では、上司からの評価だけではなく、メンバーや他部署からの評価も採り入れる
・能力、資質、知識レベルについては外部のアセスメントサービスを活用する
こうした工夫を通じて、出来る限り客観性を担保することがポイントになります。
アセスメントについて徹底解説した記事はこちら
当社コラム「効果がでるアセスメント研修とは? メリット・デメリットと企画のポイントを解説」
5-4.社内人材を最大限活かす環境・仕組みの整備
採用と育成は本来両立すべきものですが、企業が常に外部から必要な人材を確保出来るとは限りません。そのため、まずは現在の社員のポテンシャルを最大限活かしながら成長を促す環境を整えることが重要です。
育成の文化を根付かせることは、結果的に企業の魅力を高め、優秀な人材の採用にも繋がります。
5-4-1.人材の需給ギャップを埋めるために育成する
まずは、企業が求める人材と、現時点で社内にいる人材との間にどのようなギャップがあるのかを明確にすることが、育成の出発点となります。
そのギャップを埋めるための手段としては、OJT(業務を通じたスキル習得)、社内研修、オンライン学習ツールの活用などが考えられます。
たとえば新規事業開発を担う人材には、営業経験で培った「顧客志向」や「合意形成力」に加え、「ビジネスモデルの理解」や「事業立ち上げの知識」といった新たな知見が求められるでしょう。これらを業務内で習得できない場合は、必要に応じて学習機会を提供することが重要です。
5-4-2.社内を“転職市場”と捉え、リスキルを促進する
社員がキャリアを考える際には、「企業がどのような人材を求めているのか」「自分には何が足りないのか(スキルギャップ)」を把握することが重要です。これが本来のリスキル=新たな職務に就くための能力習得という考え方です。
目指す姿が不明確なままでは、目の前の業務に必要なスキルアップ(アップスキル)だけにとどまり、企業全体としての人材ギャップ解消にはつながりません。
だからこそ、社内をひとつの転職市場と見立て、社員が自律的にリスキル出来る仕組みや環境を整備することが、企業と個人の持続的成長のカギとなります。
リスキリングについて徹底解説した記事はこちら
当社コラム「リスキリングとは? 実施する5つのステップと成功事例・取り組むコツ」
5-5.各種人事制度と連動した人材開発会議の運営
企業が持続的に成長していくためには、社員一人ひとりの現状と可能性を定期的に見直し、今後の成長に向けた方向性を組織的に議論する場が必要です。
少なくとも年に1回以上は、「人材」をテーマにした議論・対話の機会を設けるべきでしょう。
その際、ぜひ意識したいのが次の3つのポイントです。
5-5-1.人材の「これから」を議論する場を明確に設ける
多くの企業では、「人材開発委員会」や「人材委員会」といった場を設けていますが、人事評価とセットで実施しているケースも見られます。
しかし、人材の「これから」をしっかり議論するには、人事評価の場とは明確に切り離して運営することが望ましいです。なぜなら、評価が中心になると、議論の焦点がどうしても直近の成果や課題に偏りがちになり、中長期のキャリア形成や可能性に目が向きづらくなるからです。
育成や将来の活躍を見据えた対話の場として位置づけることで、社員の成長に対する組織的な見解を共有出来るようになります。
5-5-2 客観的な情報を活用し社員の成長の方針を明らかにする
人材開発会議では、対象となる社員の上司やHRBP(※3)、CHRO(※4) などが集まり、その社員の今後の成長に向けて、どのような能力開発が必要かをしっかり擦り合わせましょう。
このとき、議論が印象論に偏らないようにするためには、アセスメント結果、研修での行動観察、人事評価履歴などの客観的な情報を活用することが欠かせません。
こうした情報を基にすることで、社員の強みや成長課題に目を向け、具体的な育成方針や支援策の検討がしやすくなります。
※ 3.「Human Resource Business Partner」の略称で、人事領域から経営者・事業責任者を支えるビジネスパートナーのこと
※ 4.「Chief Human Resources Officer」の略称で、企業の最高人事責任者のこと
5-5-3 全体最適の実現に向けCxOクラスを巻き込む
人材に関する意思決定を全社視点で行うためには、CxO(CEO、CFO、CSO、CHROなど)の巻き込みが不可欠です。
企業によっては本社人事と各事業部とのパワーバランスが異なり、特定の事業部が社員を囲い込むような状況が生じると、全体最適が損なわれてしまうリスクがあります。
たとえば、ある事業部で育成された社員Aさんが、将来的に重要な役割を期待されているとしても、全社視点や本人の志向性・成長課題を踏まえたときに、他部署での活躍の方が望ましいという判断もあり得ます。
こうした判断を適切に行うには、求心力と遠心力のバランスを保ち、全体を俯瞰出来るCxOの参画による意思決定が重要です。
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人材戦略実行における難所を乗り越える方法

ここまでお伝えしてきたように、企業が持続的に成長し、競争優位を確立するためには、人材戦略の実行が不可欠です。
しかし、いざ実行に移そうとすると、様々な壁に直面することも事実です。
この章では、企業が人材戦略を実行する際に特に躓きやすい5つの難所を取り上げ、それらをどう乗り越えていくかのヒントを紹介します。
6-1.経営層を巻き込む
人材戦略の実行には、経営陣の理解とコミットメントが不可欠です。なぜなら、現在のように人的資本経営が重視される時代においては、戦略的な人材育成に対して経営レベルでの意思決定とリソース投資が必要だからです。
しかし、経営層の中には、「優秀な人材は自ら成長するもの」という旧来の価値観を持ち、人材育成の組織的推進の重要性を十分に認識していないケースも見受けられます。
そのため、人材戦略を経営課題として位置づけ、その重要性を定量的なデータとともに示すことが重要です。たとえば、人的資本に関する開示義務が進む中で、育成施策と業績の相関関係を示すなど、経営層にとってのメリットを明確に伝える必要があります。
また、人事部門単独でのアプローチではなく、HRBPや人事部長と連携しながら働きかけることで、経営層の協力を引き出す可能性が高まります。経営層の巻き込みなくして、全社的な人材戦略の成功はありません。
6-2.事業部門やHRBPとの連携を強化する
人材戦略の実行においては、本社人事だけでなく、事業部門やHRBPとの連携が不可欠です。なぜなら企業規模が大きくなるほど、各事業の現場が求める人材要件を本社人事が正しく把握し、最適な施策を打つことが難しくなるからです。
本社が一律の基準で人材要件を決めたとしても、事業側の実態とずれてしまう可能性が高く、「この基準はうちの事業には合わない」といった反発が生じかねません。
こうしたズレを防ぐには、現場のニーズを的確に把握出来る仕組みと関係性の構築が必要です。具体的には、HRBPが各事業部と密接に連携し、本社と現場の橋渡し役を果たすことが求められます。
あわせて、特に高度な専門性が求められる人材要件を定義する際には、社内で「この領域ならこの人」と認識されている信頼ある専門人材からお墨付きを得るなど、現場のリアリティと納得感を担保する工夫も重要です。
本社人事はHRBPの活動を後押し出来るよう、適切なリソース配分とサポート体制の整備を行いましょう。事業部門との定期的なすり合わせを通じて、変化に柔軟に対応出来る人材戦略を構築していくことが重要です。
▶HRBPの役割や、効果的に機能させるためのポイントについて確認したい方はこちら
<当社コラム>「HRBP完全ガイド:役割や仕事内容・人事との違い・導入成功のカギをプロが徹底解説」
6-3.社員の不安を取り除く
Chat-GPTなどの生成AIをはじめとするテクノロジーが急速に普及しています。このような状況下において、皆様の会社の中でも、「私たちの仕事はテクノロジーに置き換えられてしまうのではないか…」、「これから仕事はどのように変わってしまうのだろうか…」という不安を抱えている方が一定数いらっしゃるのではないでしょうか。
こうした不安を放置せず、安心して挑戦出来る環境を整えることも人材戦略の一環です。
企業はこのような社員の不安を取り除き、安心して仕事に取り組める状態をつくる必要があります。
社員の不安を和らげるためには、企業が一貫したメッセージを継続的に発信することが重要です。 たとえば、
- 社員はこれからも変わらず重要な経営資源であること
- テクノロジーの進化は、仕事を奪うものではなく、むしろ新しい挑戦の機会を生み出すものであること
これらのメッセージは経営トップや人事部門から繰り返し伝え、各現場の管理職層にもその方針を浸透させていくことが求められます。
6-4.「キャリア自律」という言葉に逃げない
強い組織をつくるために、社員が自律的に学び成長していくことを求める「キャリア自律」「自律学習」という言葉が注目されていますが、それを社員任せにしすぎることには注意が必要です。
社員にとって、自律的なキャリア形成や学びの継続は容易なことではなく、支援のないままに任せてしまうと、能力開発の方向性に偏りが生じるリスクもあります。
やや極端な例ですが、仮に企業が能力開発の全てを社員の自律に委ね、社員全員が新規事業開発に関する学習ばかりをしていたとしましょう。確かに、新規事業開発の人材プールは充実するかもしれません。しかしその一方で、業務効率化を推進する人材や、チームメンバーを巻き込みながら既存事業をマネジメントする人材といった、組織運営に欠かせない人材プールが一向に充足されないという事態も起こり得ます。
重要なのは、事業戦略に基づいて必要な人材プールを満たすことです。人事部門は、社員の自律を尊重しつつも、異動や研修などを通じた育成機会を意図的に設計し、自律学習とのバランスを見出していくことが、人材戦略を成功に導くカギとなるでしょう。
▶お役立ち資料のご紹介:「キャリア自律を促す4つのアプローチ」を無料でダウンロードする
▶「キャリア自律」の難所や、日本企業が持つべきマインドセットについて詳しく知りたい方はこちら
<当社コラム>組織を強くする「キャリア自律」とは ~企業が支援する意義と、促進・定着に導く方法~
6-5.ミドルリーダーの声を吸い上げ、経営‐現場を繋ぐハブ人材となるべく支援する
人材戦略は、経営層と人事部だけでなく、現場の中核を担うミドルリーダーの巻き込みが成功のカギを握ります。
現場には、事業や部門単位で育成の責任を担っているリーダーが存在します。こうしたミドル層が、事業戦略・人材戦略を理解し、社員の能力ギャップを埋める支援をすることが、戦略の実行力を高めるポイントになります。
また、配下の社員がどのようなキャリアを望んでいるかを把握し、適切な育成・配置につなげるのもミドルリーダーの役割です。
一方で、ミドルリーダーは昨今の人材不足に伴いプレイヤーを兼任せざるを得ない状況にあることや、価値観の多様化に伴いマネジメントの難易度が非常に高まっています。
人事部の皆様はこのような事実にも目を向け、現場ミドルリーダーの現実に寄り添い、必要な支援を届けることが求められます。
▶ミドルリーダーを学びの面からサポート
「管理職・マネジメント研修」のページも確認する
6-6.中長期的に成果を出す覚悟を決める
ここまで述べてきた人材戦略を実行していくことは、決して簡単な道のりではありません。たとえば、経営層の巻き込み、HRBPとの協業、事業部門の巻き込み、そして現場レベルにまでわたる理解の浸透──その全てが、本当に骨の折れる営みだと言えるでしょう。
また、時に「本当に成果は出ているのか?」「人材にこれほどまでのリソースを割くべきなのか?」といった厳しいプレッシャーにさらされる瞬間が訪れるかもしれません。
だからこそ、人材戦略の実行には相応の時間が必要であるという覚悟を持つことが重要です。これは決して、「短期間で成果を出すことを諦めよう」という話ではありません。
むしろ、いきなり大きな成果(財務インパクト等)を狙うのではなく、小さな成功を積み重ねていくというスタンスが現実的かつ効果的です。
人事としては、まずどのような“小さな成果”をデザインするかがカギになります。それは企業の状況によって異なりますが、本コラムで紹介してきた内容を参考にしながら、
- どのような成果を目指すのかを予め検討し、
- その成果を関係者としっかり共有しながら、
- 推進体制を強化していく
こうした丁寧な歩みが、やがて大きな成果につながっていくはずです。
貴社の人材戦略を具体的に進める最初の一歩をサポートします
グロービスに問い合わせる
人材戦略の実現に向けたご相談は、ぜひグロービスにお任せください

ここまでお読みいただいた皆様は、きっとこう感じているのではないでしょうか。
「人材戦略って、やるべきことが本当にたくさんあるんだな……」
「進めたほうが良いことは理解した。でも、どこから手をつけたら良いのか分からない」
「現場も忙しいし、経営も巻き込まなきゃいけないし……正直、大変そうだな」
そのとおりです。人材戦略の構築・実行は、単なる施策の導入ではなく、経営・人事・現場が一体となって動いていく、まさに“全社を巻き込むチャレンジ”とも言えます。
そのため 理想を描くことはできても、いざ実行に移そうとすると、現実の壁に直面する場面が多々あるのが実情です。
そこで、グロービスでは人材戦略の実現に向け、実務に根ざした形でのご支援を行っています。
以下はその一部のご紹介です。
- 人材要件定義の支援
人事部の皆様と共に、事業戦略実行に必要な人材像を定義します。当社が一方的に要件を提示するのではなく、各事業部や人事部門への丁寧なインタビューを通じて、貴社に最適な人材要件を共に導き出す伴走型の支援を行います。
- 人材要件を踏まえた育成体系の構築支援
階層研修、選抜研修、公募研修、テーマ別研修、自己研鑽支援制度など、現状の育成施策をヒアリングしたうえで、人材要件を踏まえて育成体系全体をどう見直すべきかを設計・アドバイスします。
- 人材要件を踏まえた個別の研修プログラムの企画・運営
育成体系全体像を踏まえ、個別の研修プログラムの企画・運営のご支援も可能です。
これまで多くのお客様の人材育成をご支援してきた中で培った実践知をもとに、特に優先的に取り組むべき能力開発課題(=人材要件と現状との間にある大きなギャップ)を明確にし、そのギャップをどう埋めていくかという観点から、最適な研修プログラムをご提供します。
- HRBP育成プログラムの企画・運営
HRBP組織を立ち上げたばかりの企業様には、HRBPの基本役割や必要なスキル・考え方の枠組みをご提供します。既に成熟したHRBP組織を持つ企業様には、課題に応じた個別最適な支援をご提案します。
▶ グロービスによる実際の支援事例はこちら:富士通のHRBP育成事例
- アセスメントの実施
能力・資質・知識レベルの可視化に向け、以下のような多様なアセスメント支援が可能です。
・研修プログラムにおける行動観察
・360度評価
・適性・資質の分析
・論理思考力やビジネス知識の測定
- 人材開発会議の立ち上げ・支援
まだ人材開発会議を設けていない企業様に対し、会議体をゼロから立ち上げる支援が可能です。
どのような目的で会議を実施するのか、会議参加者の対象範囲、各会議における論点の設定、会議当日のファシリテーションの支援まで、トータルで支援いたします。
- 経営/役員会議・合宿の支援
CxOクラスの皆様を巻き込みながら人材戦略を実行していくための手段の一つとして、経営/役員会議・合宿等で人材戦略のアジェンダを取り扱うことは非常に有効です。
グロービスでは、そうした場面におけるアジェンダ設定から当日のファシリテーションまで、豊富な実績をもとに支援が可能です。
なお、人材戦略に限らず、経営・戦略全般に関する会議運営のご支援も承っております。
▶ グロービスによる実際の支援事例はこちら:セガフェイブの経営合宿支援
上記以外にも、貴社の課題に応じて柔軟に支援をご提供しています。まずはお気軽にご相談ください。
人材戦略実行のカギは、人事部こそ事業に精通したプロであること

人材の重要性が高まっていることについては、ここまでの章でも繰り返しお伝えしてきました。人材戦略を実行に移すには、経営層の巻き込みや事業部門との連携をはじめとする、様々なステークホルダーとの協働が欠かせません。
では、その中で人事部門はまず何に取り組むべきでしょうか。
私は、人事部門が「自社の事業を徹底的に理解すること」こそが、その出発点だと考えています。
単なる「人事の専門家」にとどまらず、事業部門と対等に議論が出来る、いわば“事業のプロフェッショナル”としての人事部を目指すべきだと思うのです。
事業理解の深い人事担当者であれば、事業部門とより強固な協業体制を築くことが出来るでしょう。 たとえば、
「人事の○○さんは、私たちの事業を本当によく理解している」
「あの人がいれば、安心して人材の相談が出来る」
といった声が自然と事業部門から上がるような存在。 それが、これからの人事に求められる姿ではないでしょうか。
事業に対して深い理解があるからこそ、戦略の実現に必要な人材要件を高い解像度で捉えることが出来る。そして、どのような人材がどれだけ必要かという具体的な人材ポートフォリオも描けるようになります。
人事が事業の“外側”ではなく“内側”に立ち、事業推進の一翼を担うパートナーとなる。これが、人材戦略を本当に動かす力になると、私は信じています。
まとめ
「人的資本経営」や「人材戦略」という言葉を耳にする機会が増える中で、改めて「人材」が企業経営の中心的なテーマになりつつあることを実感されている方も多いのではないでしょうか。
本コラムでは、経験の浅い方にも分かりやすく「人材戦略とは何か」から始まり、その構築・実行方法、実行上の難所、更には人事部門のあり方に至るまで、幅広い視点で解説してきました。
改めて、ここでお伝えした主なポイントをまとめます。
✅ 「人材戦略」とは何か?
人材を価値創出や差別化の源泉として、事業戦略・企業成長につなげる一連の取り組みであり、経営課題としての重要性が高まっている
- 労働市場の逼迫
- 企業価値を生み出す源泉が「モノ」から「人・知」へと変化
- 働く人の価値観の多様化
- 事業戦略の実行性が高まる
- エンゲージメントが向上する
- 人材獲得力(採用力)が強化される
- 組織の中からイノベーションが生まれる
- 中長期の事業ビジョンや事業戦略上、必要となる人材要件の定義
- 人材ポートフォリオの設計
- 人材の可視化と見極め
- 社内人材を最大限活かす環境・仕組みの整備
- 人材開発会議の設計・運営
✅ 実行時に立ちはだかる難所と、その乗り越え方
経営層の巻き込み、事業部門やHRBPとの連携、ミドルリーダーの支援、社員の不安への対応、自律型人材育成への向き合い方など、丁寧な対話と計画的なアクションがカギとなる
✅ グロービスでは、実行に向けた多様なご支援が可能です
人材要件定義、研修プログラム設計、HRBP育成、アセスメント、人材開発会議の立ち上げ支援など、貴社の課題やフェーズに応じた伴走支援をご提供できます
人材戦略の実行は、決して簡単なものではありません。しかしながら、今後の企業競争力や価値創出を大きく左右する「変革の起点」であることもまた事実です。
本コラムが、「何から始めれば良いのか」「どこで悩みやすいのか」を整理する一助となり、皆様の会社にとっての“人と組織の未来”を考えるヒントになれば幸いです。
そして、もし一歩を踏み出す際に伴走者が必要であれば、ぜひグロービスにご相談ください。
