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AI時代のミドルマネジメント——「不要論」を超えた3つのルートとは

生成AIやAIエージェントの活用が広がり、企業の関心は、個々の業務をどう効率化するかという段階から、業務プロセスや組織そのものをどう再設計するかという段階へと移りつつあります。そのなかで、特に役割の見直しを迫られているのが、ミドルマネジメントです。これまで彼らが担ってきた現場の情報整理や進捗管理、経営方針を現場へ落とし込む機能の一部は、すでにAIが担える領域になり始めています。
では、ミドルマネジメントは不要になるのでしょうか。AIが代替するのは「ミドルという階層」ではなく、これまでミドルが担ってきた機能です。問うべきは、AI時代のミドルがどのような役割を担うべきかではないでしょうか。
本稿では、グロービス主催カンファレンス「HR AGENDA 2026」に登壇した、みずほフィナンシャルグループ執行役常務CDTO 上ノ山信宏氏、レゾナック・ホールディングス取締役CHRO 今井のり氏との議論をもとに、この問いを読者の皆さんと考えていきます。
ミドルが直面する「3つの危機」
AI時代のミドルマネジメントを考えるにあたり、カンファレンスの冒頭で、私はミドルが直面する課題を大きく3つに整理して提示しました。それは、「役割の空洞化」「変革のブレーキ」「育成の断絶」です。どれも遠い未来の話ではありません。すでに多くの企業で、静かに進行している変化です。
1.役割の空洞化
ミドルマネジメントの業務は、「課題を設定する」「仮説を立てる」「情報を収集する」「選択肢を整理する」「分析・判断する」「実行する」という一連のプロセスで捉えられます。このうち、課題設定や最終的な意思決定は、引き続き人が担う領域です。
しかし、その間にある仮説の検証、情報収集、分析、実行プロセスの管理といった中間工程は、生成AIやAIエージェントが急速に担えるようになりつつあります。これまでミドルが価値を発揮してきた業務の中核が、AIに置き換わり始めているのです。
では、その中間工程がAIに委ねられるとき、ミドルは何を担っていけばいいのか。これは、多くの企業がまだ答えを見出せていない問いではないでしょうか。
2.変革のブレーキ
本来、AIトランスフォーメーションを現場へ浸透させるのは、経営方針を理解し、現場を動かせる立場にいるミドルマネジメントの役割です。一方で、AIによって最も大きな変化を迫られるのも、ミドル自身です。
これまで評価されてきた仕事がAIに置き換わり、管理のあり方が変わっていきます。自分の経験や成功体験が通用しなくなるかもしれません。そうした状況では、人は無意識のうちに現状維持を選びやすくなります。
「これまでのやり方でも十分ではないか」。こうした抵抗は、決して悪意から生まれるものではありません。自らの役割やアイデンティティが揺らぐことへの、ごく自然な反応でもあります。だからこそ、変革の推進役であるはずのミドルが、結果として変革のブレーキになってしまう可能性があるのです。
3.育成の断絶
これまで企業では、「自分が育ったように部下を育てる」という暗黙の育成モデルが機能してきました。新人時代に資料を作り、データを集め、分析し、上司のレビューを受けながら仕事を覚える。その経験を積み重ねて、中堅社員や管理職へとステップアップしていく。これが一般的な育成の流れでした。
しかし、その前提が崩れ始めています。若手が担うはずだった実務の多くを、AIが代替できるようになりつつあるからです。
これからのミドルは、自分たちの通ってきた道が通用しない世代を育てなければなりません。従来の経験則が通用しにくくなるなかで、どのような経験を積ませ、どう成長を支援していくのか。これは、AI時代の人材育成における極めて大きなテーマです。
私は、これら3点が、AI時代にミドルマネジメントが直面する本質的な危機だと考えています。これはミドル本人だけの問題ではありません。組織がミドルに何を期待し、どのような役割を担ってもらうのか。その再定義こそが、これからの企業の競争力を左右する重要なテーマになると考えています。
「上と下をつなぐだけのミドル」の終焉
従来のミドルマネジメントは、組織の階層構造の中で重要な役割を担ってきました。経営が決めた方針を現場へ伝え、現場の情報を整理して上位層へ届ける。組織が大きくなるほど、こうした「上と下をつなぐ」役割は欠かせないものでした。
しかし、AIの進化によって、この前提が大きく揺らぎ始めています。情報の収集・整理・伝達といったミドルが担ってきた重要な仕事の一部を、AIが代替しつつあるからです。その結果、組織のあり方そのものと、人材の配置を根本から問い直す動きが、先進的な企業の間で始まっています。
「部署」から「プロジェクト」へ——役割を分解する
その一つが、レゾナックの取り組みです。今井氏からは、ホワイトカラーにおいて、「“上と下をつなぐ存在”としてのミドルを前提としない組織像」が示されました。仕事を固定的な部署単位で捉えるのではなく、解くべき課題に応じてプロジェクト化し、それに対して必要なスキルを持つ人材を集めるという考え方です。
そこで求められるのは、部署のなかで決められた役割をこなすだけの人ではありません。自らのスキルを活かし、課題解決に貢献できる人材です。
同社ではその実践として、プロジェクト型組織の実証実験を進めています。成果や予算に責任を持つプロジェクトリーダーと、人材育成や配置を担うピープルマネージャーの役割を分け、仕事ごとに必要なスキルをもとに人材をアサインする仕組みです。
ここで重要なのは、単に、すべての部門で階層をなくすということではありません。再現性や品質管理が求められるものづくりの現場では、今後もヒエラルキー型組織が有効に機能するでしょう。一方、変化の速いホワイトカラーの業務では、課題に応じて人とスキルを柔軟に組み合わせる組織が求められます。業務の性質によって、最適な組織の形は異なるということです。
人材が最も活きる場所へ——「スクイーズ」という発想
もう一つが、みずほFGの取り組みです。同社では、事業ごとに5年後の姿を描き、「AIを活用すると、どの業務が減り、何が人の仕事として残るのか」を起点に、組織のあり方を見直しています。リテール、法人、富裕層向けビジネスなど、事業によって人とAIの関わり方は異なるため、目指すべき組織の形も一様ではないという考えです。
その中心にあるのが、コーポレート部門における「スクイーズ」という構想です。AIを前提に業務を見直して人員配置を適正化し、業務効率化によってバックオフィスで生まれた余力を、収益を生み出すフロント部門へ再配置。狙いは人員削減ではなく、人材の力をより発揮できる領域へ移すことにあります。
その前提として欠かせないのが、BPR(業務プロセス改革)です。既存の業務をそのままAIに置き換えるのではなく、「この仕事は本当に必要なのか」「人が担うべき業務とAIに委ねる業務をどう切り分けるのか」をゼロベースで見直しています。AI導入は目的ではなく、その先にある組織変革を実現するための手段だからです。
そこで、みずほFGが注目しているのが、長年バックオフィスで業務を担ってきた人材です。彼らは社内のさまざまなプロセスを横断的に把握していて、どこに無駄や改善の余地があるかを見極める視点を持っています。同社では、こうした人材を選抜してフロント部門に配置し、ビジネスプロセスそのものの設計に関わってもらう取り組みを始めています。
AIの活用が広がるほど、既存業務を深く理解し、プロセスを組み替えられる人材の価値は高まる――その考え方の表れと言えるでしょう。
では、何が残るのか——「情理」と「身体性」
AIの担える領域が広がる一方で、人にしか生み出せない価値もあります。今回の議論から見えてきたのが、「情理」と「身体性」です。
論理では動かない——人を動かす「情理」の力
まず注目したいのは、「情理」、すなわち感情が人の意思決定に与える影響です。人は合理的な判断だけで動くわけではありません。最後の一歩を後押しするのは、相手への信頼や共感であることも少なくないのです。
そのことを象徴するのが、みずほFGにおける投資商品の営業です。テクノロジーの進展により、AIが顧客の資産状況を分析し、最適な商品を提案する未来を思い描きがちではないでしょうか。しかし、上ノ山氏によると、実際に成果を上げている営業担当者の行動を分析したところ、業務時間の約9割を商品説明ではなく、お客様との雑談に費やしていたといいます。
家族や趣味、日常の出来事など、一見すると営業とは関係のない会話を交わします。その積み重ねが「あの人が勧めるなら」という信頼を育み、最後のひと言で「買ってみよう」につながるというのです。つまりお客様を動かしているのは、商品の合理性だけではない。「この人だから」という感情や信頼なのです。
同じことは、組織マネジメントにも当てはまります。今井氏によると、レゾナックが会社統合を進めた際には、CEO自らが全拠点を訪問し、社員と対話を重ねました。「社長の人柄が分かって初めて、経営方針を聞く気になった」という声が多く寄せられたといいます。
どれだけ論理的に経営方針を説明しても、人は必ずしも動きません。「あの人が言うならやってみよう」と思える関係性が、行動を変えることがあります。AIが論理を補完できる時代だからこそ、人の心を動かす「情理」の価値は、むしろ高まっていくのではないでしょうか。
五感で積み重ねた経験が、判断力を養う
もう一つが「身体性」です。現在の生成AIは、膨大なデータをもとに、確率的にもっともらしい答えを生成することを得意としています。しかし、経営は常にその答えを選ぶとは限りません。
みずほFGの上ノ山氏によると、経営では、あえて誰も歩んでいない道へ踏み出すことがあります。常識とは逆の判断をしたり、数字だけでは説明できないこだわりを貫いたりする場面も少なくありません。そうした意思決定を支えるのは、成功や失敗を重ねながら、五感を通じて得た経験です。
直感は頭の中だけでは育ちません。現場へ足を運び、人と向き合い、自ら手を動かすという経験――これらの積み重ねによって、「今回はこの道だ」と判断する力が培われるのです。
だからこそ、AI時代の人材育成では、新たな課題が生まれます。若手が経験してきた情報収集や資料作成をAIが担うようになると、直感を育む機会そのものが不足しかねません。
AIによって仕事は効率化されます。その一方で、「身体性を伴う経験」をどのように設計し、次世代の経営人材にどう積ませていくのか。これは、これからの人材育成にとって極めて重要なテーマになるでしょう。
AI時代のミドルに求められる「3つのルート」
ここまでの議論を踏まえ、私はAI時代のミドルマネジメントには、大きく3つのルートがあると考えています。
1.選抜型ミドル——アジェンダを設定する経営人材
1つ目は、経営人材として組織の未来を描くルートです。AIは与えられた問いに答えることができます。しかし、「何を問うべきか」というアジェンダを設定するのは、人間の役割です。誰も気づいていない課題を見つけ、組織の方向性を示す。その力を持つ人材は、これからも経営の中核を担っていくでしょう。
2.プレイヤー型ミドル——AIとヒューマンタッチを使い分けるプロフェッショナル
2つ目は、自ら価値を生み出すプレイヤーです。AIエージェントを活用して業務を効率化する一方で、顧客と会い、人と人をつなぎ、信頼関係を築いていきます。AIには代替できないヒューマンタッチを武器にする人材です。デジタルとアナログを自在に行き来する力が、新たな競争力になります。
3.EQリーダー型ミドル——人の心を動かすピープルマネージャー
3つ目は、人を育て、可能性を引き出すリーダーです。AI時代だからこそ、人のやる気を引き出し、心理的安全性をつくり、一人ひとりの成長を支援する役割の価値は高まります。レゾナックがプロジェクトリーダーとピープルマネージャーを分けているのも、その考え方を実践する一例といえます。
もちろん、この3つは完全に切り分けられるものではありません。一人のミドルが複数の役割を担うこともあるでしょう。だからこそ、自社のミドルがどのルートに向かうべきなのか、あるいはどの役割を組み合わせて担うのか。その視点から自社に求められるミドル像を考えていくことが重要になります。
両社の実践から見えてきた、これからのミドルを育成するヒント
AI時代のミドルを育てるために、両社はどのような取り組みを始めているのでしょうか。
レゾナックでは、階層別研修をほぼ廃止し、一人ひとりが「自分に今何が必要なのか」を考え、自ら学びを選べる環境へと転換しています。変化の激しい時代には、会社から与えられた研修を受けるだけではなく、自律的に学び続ける姿勢が重要になるという考え方です。
ただ、同社が重視するのはスキルの習得だけではありません。「心のキャパシティ」を広げる経験も重要だと考えています。今井氏は、ミドルが今置かれている状況を「今まで野球をやっていたのに、急にサッカーをやりなさいと言われて、心が戸惑っている状態」と表現しました。直面しているのは「スキルが足りないからできない」という技術的な課題ではなく、役割の変化そのものを受け止められるかという「適応の課題」だからです。新たな知識を身につけるだけでは、こうした変化には対応できません。未知の環境や異なる価値観を受け入れ、これまでとは違う役割に踏み出せるよう、心の受容力を広げる必要があります。
そのため同社は、異文化や異業種の人と議論したり、正解のない問いに向き合ったり、価値観の異なる相手と協働したりする機会を設けています。こうした経験を通じて、変化に適応し、チームとともに成長できる力を育もうとしているのです。
一方、みずほFGでは、ミドルのオーナーシップを引き出すため、あえて従来とは逆のアプローチを試みています。現場で判断に迷った案件を積極的に役員へエスカレーションし、その場で即断・即決する仕組みです。役員が判断を引き受ける姿を見ることで、ミドルの間に「自分たちが決めなければならない」という当事者意識が芽生え始めたといいます。
これらの実践から考えたいのは、自社のミドルが今、何に直面しているのかということです。役割の空洞化なのか、変革への抵抗なのか、それとも育成の断絶なのか。そのうえで、自社のミドルにどのような役割を期待するのかを考える必要があります。
「ミドルは不要になるのか」――その問いに答えを出すことより、どこへ向かうのかを設計することが重要です。自社の組織や人材戦略と照らし合わせ、自社のミドルに何を求めるのか。その問いに向き合うことが、最初の一歩になるでしょう。
