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人的資本経営を進めるために ~企業価値向上に繋がる情報開示・データ活用とは~

2024.07.18

人材版伊藤レポートの公開やコーポレートガバナンス・コード改訂による人的資本の情報開示の義務化以降、投資家サイドからの無形資産に関する開示要求はもちろん、自社のデータの可視化や活用に向けて着手し出した企業も多いのではないでしょうか。しかしながら、「どのようなデータを可視化するべきか分からない」、「データが揃っていないので分析して活用することなどできない」、「そもそもどのような分析が必要か分からない」など、お悩みの方も多いのではないでしょうか。多くの企業において、人的資本データの可視化や活用は手探りで進められている段階です。ここでは、必要なデータの見極め方や、一からデータを収集する場合に留意しておきたいことを考えます。

企業価値を高めるために必要なデータは、理想と現状の両面から考える

人的資本経営を進めるためには、情報開示の義務化に対応し報告義務を果たすこと、外部ステークホルダーへのPRとして情報開示を行うことだけでなく、データを戦略的に活用し“企業価値を高めること”が必要です。その目的を果たすためには、自社のビジネス・戦略にあったデータを用意しなくてはなりません。
そもそも、企業価値を高める人的資本データとは何でしょうか。人的資本に関する情報開示のガイドライン(ISO30414)は参考にはなりますが、この全ての項目についてデータ収集や分析を行う必要はありません。前回のコラムでも述べたように、人的資本経営を推進するためには、大前提として、自社のビジネスと整合した人事・組織戦略、人材ポートフォリオが必要です。具体的には、「顧客や社会にもたらす価値を最大化できるのはどのような人材か」、「彼ら・彼女らがどのように働けば価値を最大限にできるのか」を考え、それを定量的に示すデータは何かを検討することが理想です。
しかし、ビジネスの成果や企業価値向上に繋がる(もしくは繋がっている可能性が高い)データを見つけ、「人的資本経営を実践できている」と社内外に証明することは簡単ではありません。人材や組織に関連するデータがどのようにビジネスの成果に繋がっているか、直接的な因果関係は見えにくいものです。そのうえデータや分析結果の開示が人材や組織のパフォーマンス改善に繋がるまでには時間がかかるもので、即効性は期待できません。そうなると、本当にこのデータに意味があるのか?と投げ出したくなることもあるでしょう。さらに、人事で取得できるデータだけでは十分ではなく、他の部門にも協力してもらう必要があります。なかなかデータが揃わないことで、分析自体を断念したくなってしまうかもしれません。しかし、ここで諦めてしまっては、人的資本経営の実現が遠のいてしまいます。

そこでまずは、現時点で取得できるデータから検討していくことも一案です。例えば、エンゲージメントスコアは多くの企業で人的資本データとして定期的に取得され、開示されている項目です。単純にスコアが上がった・下がったと一喜一憂するだけでなく、一歩踏み込むことをお勧めします。例えば「企業理念への共感」や「仕事へのやりがい」など特に自社で重視すべき項目を決め、そのスコアと業績の関連を見るなど、今あるデータの分析から始めることで、どのようなデータを重視し施策を検討するべきか仮説を立てることができます。その仮説を検証するサイクルを回していくことで、ビジネスの成果、企業の価値向上に繋がる(もしくは繋がっている可能性が高い)確からしいデータが見つかる可能性が高まります。仮説検証のサイクルを何度も行う地道な活動ではありますが、ビジネスに貢献し企業価値を高めるために、挑戦してみる価値があるのではないでしょうか。

人事部門以外からデータ収集するためには、目的の共有とフィードバックが必要

“企業価値向上に繋がるデータ”には、現時点で人事部門にあるものだけではなく、売上・利益などのビジネスに関する定量データや、現場にある人材・組織のデータも含まれます。そのようなデータを入手するためには現場とのコミュニケーションが必要となりますが、なかなか社内の協力が得られないと感じたことはないでしょうか。どの部門も目の前の業務で忙しい中で、新たなデータを取得する、分析のためのデータを整理するとなると、作業負荷が増えるためネガティブな反応をされてしまうこともあるでしょう。もちろん簡単にデータを取得できるような仕組みやシステムなどを整備することも必要ですが、その前に改めて考えていただきたいことがあります。

まず、データを収集・活用する目的、つまりビジネスの成果に貢献するためのデータ収集であることを、相手のメリットを踏まえて伝えられているでしょうか。なぜそのデータを取る必要があるのか、そのデータを取ることがビジネスや従業員にどのようなメリットをもたらすのか(もたらす可能性があるのか)をしっかりと伝えることができているか振り返ってみてください。単に「人的資本経営のためにデータを取得したい」だけでは、データを出す側の「手間がかかる」というデメリットを払拭することはできません。
また、データを入手したあと、その後の分析結果を現場に共有することも重要です。結果の良し悪しに関わらずフィードバックし、次にどのような行動を取るべきかを一緒に検討することで、関係性を築くことに繋がります。そうすれば、また新たなデータの収集が必要になった場合も協力してもらいやすくなるでしょう。
このようなアクションの前提として、人事メンバー一人ひとりがビジネスの成果、中長期的には企業価値の向上に貢献するという意識で取り組むことができているか、このような人事機能を備えた組織づくりができているか、人的資本経営は人事だけの営みではないという他部門理解が得られているかが重要であり、人的資本経営を戦略的に推進するうえでのカギとなります。データの可視化、収集、活用という具体的な取り組みももちろん大事ですが、自社の人事メンバー一人ひとりはもちろん、各部門のキーマンを巻き込み、経営マターとして人的資本経営を理解し、目的を持って取り組むことができているか、改めて振り返っていただけたらと思います。

グロービス・コーポレート・エデュケーションシニア・コンサルタント 鶴谷 未恵

グロービス・コーポレート・エデュケーション
シニア・コンサルタント

鶴谷 未恵 / Mie TSURUTANI

大学卒業後、総合人材サービス会社にて製造業を中心とした幅広い企業に対する中途採用支援を経験したのちに、同会社の人事として、採用、人材育成業務に従事。
2019年よりグロービスに入社し、企業の経営課題解決を目的とした、人材・組織の領域におけるコンサルティングを担当。入社以来、コンサルタントとして顧客企業の選抜・階層別研修から、HRBPやDX人材など特定の職種やテーマに関する複数のプログラムの企画、設計、運営に携わっている。

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