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人的資本経営を進めるために ~施策導入の前に考えたいこと~

2024.03.27

人事領域やマネジメントを担う皆さんにとって、「人的資本経営」という言葉を聞かない日はないのではないでしょうか。人材版伊藤レポートをきっかけに人的資本経営の必要性が広く伝えられ、コーポレートガバナンス・コード改訂により人的資本の情報開示が義務化されるなど、具体的な対応が企業に求められるようになってきました。そのような流れの中で、人的資本の開示に向けたデータの収集や活用、また開示に留まらず、実際に企業価値を高めるための人事施策の企画・実行など、人事への期待も大きくなっています。待ったなしの状況に追い込まれる中で、何か早く手を打たなければと、データの開示さえすればよいとまでは言わずとも、対応策・手段の議論に終始しがちになってしまうことはないでしょうか。ここでは、具体的な対応策を検討する前に、今一度考えておきたいことをまとめます。

人事が直面する、現場との隔たり

経済産業省は、人的資本経営を「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上に繋げる経営のあり方」と定義しています。価値創出の源泉である人材がどの程度社内にいるのか、その人材にどのような投資を行っているかを開示することで、投資家をはじめ、幅広いステークホルダーから選ばれる企業になることが人的資本経営を行う目的といえるでしょう。
企業価値の測り方については様々な議論がありますが、大前提として、企業は、顧客やその先の社会にもたらす価値を最大化していくことで持続的な成長を創ります。そのため人的資本経営を進めるにあたっては、まず「顧客や社会にもたらす価値を最大化できるのはどのような人材か」、「彼ら・彼女らがどのように働けば価値を最大限できるのか」を具体的に考える必要があります。これは企業によって異なりますし、複数の事業を持つ企業であれば事業領域ごとに異なるかもしれません。

多くの企業では、既に自社のあるべき人材像や働き方を定義し、人事施策を企画・運用していると思います。例えば、人材育成のためのトレーニング、エンゲージメント向上やキャリア自律を促すための1on1等の取り組みなどです。しかし企画側の意図に反して、現場からは「忙しいのに、なぜ今これをやるのか」というネガティブな声が挙がるなど、思うように施策が浸透せず悩ましいという人事の方の声を聞くことも少なくありません。

施策導入の前に考えたい2つのこと

企業価値を高めるためにと企画された施策も、現場で正しく運用されなければ狙った効果は得られません。本来ビジネスの成果創出にも繋がるはずの施策が、現場で受け入れられない理由は何でしょうか。2つの問いを元に考えてみたいと思います。

まず1つ目に、価値を創出する人材像や働き方について、具体的にイメージできているでしょうか。また、そのイメージは現場と一致しているでしょうか。
人材の多様性はもちろんのこと、ビジネス環境も複雑性を増しています。そのような中で自社のあるべき人材像を一言で定義することは難しく、どうしても抽象的な言葉になってしまうことはあります。しかし、施策を検討する人事の方々には、この人材像やそれぞれが働く姿について、できるだけ具体的なイメージを持っていただきたいと思います。その上で施策の目的を伝えられれば、現場の皆さんの理解度は各段に上がるでしょう。
現場をマネジメントするリーダー層も、自社や自部門のビジネスにとってどのような人材が必要か、どのような働き方が望ましいかを具体的にすることは簡単ではないはずです。だからこそ、まずは人事が現場のビジネスを理解した上であるべき人材像を提示し、それが現場の認識と合っているのか、対話を繰り返すことが大切です。互いの理解を深めながら、あるべき人材像をすり合わせ、ブラッシュアップしていくことにより、効果的な施策の運用に繋がっていくと考えます。

2つ目に、人事が企画する施策が、価値を創出する人材をサポートするためのものであるということが現場に伝わっているでしょうか。特に比較的規模が大きな企業では、人事の中でも担当する領域が部やチームに分かれています。例えば、育成は人材開発部が、キャリア開発やエンゲージメント向上は組織開発部が、評価や配置は別の部が…といった具合です。そのような場合、スピード感を持って対応できるというメリットはある一方で、各々が施策を検討し運用を行うことで、他の施策との連動や整合性が分かりにくいまま現場に展開されてしまいます。結果、本来実現したい狙いや効果が薄れてしまうということが起こりがちです。一つひとつの施策の目的や運用方法を伝えるだけでなく、一連の施策は価値を創出する人材の育成や望ましい働き方を実現するためにあるという大目的と、それを実現するための施策同士の繋がりを説明することが大切です。(人事施策の全体感の整理や繋がりを検討したい方は、ぜひこちらの記事もご覧ください。)

“人的資本経営”と聞くと、大きなテーマ故に気後れしてしまうかもしれません。ですが、自社のビジネスにおいて価値を創造できる人材をどう育み、最大限に活躍してもらうかを考え、現場とその認識を共有し、共に取り組む関係をつくっていくことが人的資本経営の基盤であることは間違いありません。人事の方には、施策を企画する前に、また現状運用されている施策について、現場と目指したい、あるべき人物像や育成の方向性が揃っているか、そのための対話ができているか、さらに各々の施策の目的はもちろんのこと、施策同士の繋がりを現場に分かりやすく伝えることができているか、今一度振り返っていただけるとよいかと思います。

グロービス・コーポレート・エデュケーションシニア・コンサルタント 鶴谷 未恵

グロービス・コーポレート・エデュケーション
シニア・コンサルタント

鶴谷 未恵 / Mie TSURUTANI

大学卒業後、総合人材サービス会社にて製造業を中心とした幅広い企業に対する中途採用支援を経験したのちに、同会社の人事として、採用、人材育成業務に従事。
2019年よりグロービスに入社し、企業の経営課題解決を目的とした、人材・組織の領域におけるコンサルティングを担当。入社以来、コンサルタントとして顧客企業の選抜・階層別研修から、HRBPやDX人材など特定の職種やテーマに関する複数のプログラムの企画、設計、運営に携わっている。

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