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カーボンニュートラルを経営戦略として考える

2023.07.06

前回のコラムでは、気候変動問題が企業計画に及ぼす影響と企業に求められる対応を説明しました。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)がグローバルスタンダードとなったことで、排出量の測定・可視化など、情報開示ばかりが先行している印象を受けます。しかし、それでは新しい企業価値の創出には繋がりません。今回は、脱炭素社会の実現を後押しする動きと、カーボンニュートラルを超えて“カーボンネガティブ”に取り組む企業を紹介します。

金融機関が主導するムーブメント

前回のコラムでご紹介したCOP(国連気候変動枠組条約締約国会議)では、気温上昇を1.5℃以内に抑えることを定めたパリ協定をはじめ、世界共通の目標が掲げられてきました。しかし、COPでは国レベルで議論が行われるため、参加国すべての合意を得ることが難しい側面もあります。COP26では、各国政府の思惑が交錯する中で、国だけでなく企業や金融機関が主導する動きに注目が集まりました。

その中の一つが、世界中の機関投資家、特に資産家(アセット・オーナー)と資産運用会社(アセット・マネージャー)、さらに銀行などが多数加わった、ネットゼロに対応するグローバルな金融機関の有志連合(Glasgow Financial Alliance for Net Zero:GFANZ)です。GFANZにおいては銀行、保険、資産運用会社等、約450機関が2050年までのネットゼロにコミットしています。各機関の資産額は130兆ドル(約1京4700兆円)にのぼり、今後30年間に、ネットゼロ達成のため約100兆ドル規模を投じることが期待されています(※1)。

ESG投資の拡大は以前のコラムでも触れている通りですが、世界的にはカネ余りの状態です。こうした背景からもGFANZのような動きは加速していくと思われ、今後もカーボンニュートラル実現のための投資は増大していくでしょう。実際に、国際エネルギー機関(IEA)が発行する年次報告書「世界エネルギー投資2023」でも、太陽光発電への投資額は既に石油開発への投資額を上回る見通しが発表されています(表1)。日本企業もこうした潮流を機会と捉え、より環境負荷の少ないビジネスへと転換していくことが必要です。

表1世界の石油投資と太陽光発電への投資額の比較(2013年/2023年)
出所:IEA World Energy Investment 2023(※2)

ジャストトランジション(公正な移行)とは

ここまで説明してきたように、これからの企業に求められるのはサステナビリティの観点も含めたポートフォリオマネジメントです。特に、投資撤退が加速している石炭・石油事業のように縮小していく事業においては、事業構造を転換させながら、新しい成長領域で収益の柱を作っていかなければなりません。ここで気を付けなければならないのは、事業撤退により、職を失ってしまう人が出ないようにすることです。

これをジャストトランジション(公正な移行)と呼びます。ジャストトランジションは、石炭から石油へのエネルギー転換期に鉱山労働者が大量失業してしまったことへの反省から生まれた考え方です。脱炭素社会への移行に伴い、経済的な損失を被る産業や労働者に対して、可能な限り負の影響を減らしつつ、新しい産業で雇用を生み出すことで、うまく次の段階へとシフトしていくことを目指しています。トヨタのウーブン・シティもジャストトランジションの一環であるといえるでしょう。

近年はリスキリングの必要性が盛んに叫ばれていますが、脱炭素社会の実現に向けてもリスキリングは重要です。撤退・縮小しなければならない事業に従事する人材に対して、新しい事業領域でも活躍してもらえるように育成していくことになるでしょう。単純なスキルセットだけでは、勤労意欲を損ないかねません。外部環境の変化と自社が目指すビジョン、そこで果たしてもらいたい役割などを伝えながら、個々人の意識をアップデートしていくことが必要です。

カーボンネガティブに取り組む企業事例

近年、カーボンニュートラルを目標として掲げる企業も増えてきました。カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするというものです。企業活動を通じて排出される量を極力減らしたうえで、削減しきれなかった分は森林保全等によりCO2の吸収量を増やす、あるいはクレジットを購入することで相殺します。では、カーボンネガティブとは、どういうことでしょうか?カーボンネガティブとは、差し引きゼロを超えて、排出量よりも吸収・削減量の方が多い状態のことです。ここでは、カーボンネガティブにコミットしている企業を紹介します。

1. マイクロソフト

マイクロソフトは、脱炭素、水資源、廃棄物、生態系保全の4つの領域でサステナビリティに対する取り組みを進めており、2030年のカーボンネガティブ実現を目指しています。具体的な数値目標は以下の通りです。

マイクロソフトの取り組みは自社内だけに留まりません。Climate Innovation Fund (気候イノベーション基金)を設立し、温室効果ガス削減や除去など、新しいテクノロジーを開発する企業やファンドに積極的に投資しています。2024年までに、気候変動に対するソリューションのための新技術創出に10億ドル(約109億円)を投資すると発表しており、既に、炭素回収・貯留・除去といった複数の技術を支援しています(※3)。

さらに同社は、2050年までにすべての産業においてカーボンニュートラルを実現するロードマップを策定するイニシアチブ「Transform to Net Zero」の設立メンバーにも加わっています。このイニシアチブには、NIKE、ユニリーバ、ダノン、スターバックス、メルセデス・ベンツなどが名を連ねており、産業の枠を超えた取り組みが加速しています(※4)。

2. 花王

独自のESG戦略を掲げる花王も注目すべき企業の一つです。同社は2019年4月にESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」(キレイライフスタイルプラン)を策定し、19の重点取り組みテーマを設定して、脱炭素にも取り組んできました。2021年には、2040年にカーボンゼロ、2050年にカーボンネガティブを実現する、という新しい目標を打ち出しています。

具体的な設定目標は以下の通りです。

同社の分析によれば、花王の製品ライフサイクルの各段階で排出されるCO2のうち、製品の使用時に排出される量が最も多いようです(※5)。消費者にとって身近な製品を扱う花王が節水製品の展開を進めていくことで、消費者側の意識変革が促されることも期待されます。

今回は、カーボンニュートラル実現に向けた流れを後押しする金融機関の役割と、脱炭素社会への移行に伴い重要となるジャストトランジションという考え方、そして、カーボンニュートラルを超えてカーボンネガティブを目指す企業の取り組みを紹介しました。企業経営者にとっては、カーボンニュートラル実現に向けた動きを、TCFDに準拠した情報開示と狭義に捉えるのではなく、産業構造の転換期に生まれる新しい成長機会と捉えることが必要です。

グロービス・コーポレート・エデュケーションマネージャー 本田 龍輔

グロービス・コーポレート・エデュケーション
マネージャー

本田 龍輔 / Ryusuke HONDA

日本福祉大学大学院国際社会開発研究科卒業(開発学修士)
大学卒業後、地域活性に取り組むNPO法人での活動を経て、独立行政法人国際協力機構(JICA)の実施する青年海外協力隊事業に参画し、パプアニューギニア独立国へ派遣。農村地域において生活改善や植林を中心とした環境保全活動に取り組む。帰国後はJICA東京にて、行政や教育機関、NPO/NGOとの協働を通じた国際協力の裾野拡大や人材育成に携わる。グロービス入社後は、法人営業部門にて、顧客企業の人材育成・組織開発に関わる設計・提案活動に従事。SDGパートナーズでは、企業のサステナビリティ方針策定・実施、ESG情報開示、価値創造モデルの設計プロセス等を支援している。

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