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インタビュー
  • サステナビリティ経営

サステナビリティを追求する「企業理念経営」

2021.12.20


SDGsやESGといった言葉が一般にも知られるようになり、これまでの社会や産業のあり方が根本的に問われる時代になってきました。オムロンは創業間もない頃から、社会的課題の解決によってよりよい社会をつくることを企業としての使命に掲げています。立石文雄会長は、自社の企業理念が単なる文言に留まらず、社員一人ひとりの日々の仕事の中で実践されるべく、様々な施策を打ち出してこられました。時代の趨勢を先取りしていたかのようなオムロンの活動はなぜ可能だったのか、その要諦はどこにあるのか、グロービスの西との対談で解き明かします。(※本インタビュー記事の部署・役職、プロフィールは2021年9月取材時点のものです)

企業理念は“壁にかけた絵”であってはならない

企業の求心力の源泉を創業家から企業理念に

西:

今日、世界は様々な課題を抱え、大きな転換期にあるようです。そうした中で御社は、社会的課題の解決を事業として、持続可能な社会づくりに取り組まれてきた極めて先駆的な企業であると感じます。まず、これまでどのような発想、視野で企業運営をされてきたのかを伺いたいと思います。

立石:

弊社は事業を通じて社会の発展に貢献することを使命と考えてきましたが、その拠り所は、創業者の立石一真が1959年に制定した社憲です。「われわれの働きでわれわれの生活を向上しよりよい社会をつくりましょう」というその一文に企業としての基本精神がすべて込められています。

西:

社憲を定めようと判断されたのはなぜですか。

立石:

社憲を定めるまでに11年の歳月をかけていますが、その過程で三つの転機があったようです。一つには日本中で労働争議が頻発していた時代に、経営側と社員がどうすれば同じ方向を向くことができるだろうか、という創業者の「苦悩」がありました。もう一つには、そうした中で創業者が米国を視察した際の体験…米国民が星条旗への思いやフロンティアスピリットという共通理念のもとに団結して力を発揮する姿を目の当たりにしたことに強く「感銘」を受けたようです。そしてもう一つは、経済同友会のセミナーで触れたという“企業とは社会に奉仕するために存在する”という考え方に、理念の重要性を「確信」したと聞いています。



立石様 写真
オムロン株式会社 取締役会長 立石 文雄氏


西:

理念を経営の仕組みにまで落とし込むには相当のご苦労があったのではないでしょうか。

立石:

これはいくつかの段階を経ています。1990年に社憲の発展形である企業理念を策定(※1)しました。その後、創業者が亡くなり、創業者を直接知る人が少なくなったこと、2003年に創業家以外から初めての社長を出したことをきっかけに、2006年に企業の求心力を、創業者・創業家から企業理念に移すことを宣言しました。
企業理念を求心力にすれば、誰が経営トップになっても求心力は影響を受けずに組織は発展していけます。また企業理念は、“壁にかけた絵”であってはならず、業務の中で実践されるべきものと考えていますから、その点でも企業理念を求心力にした判断は正しかったと思います。

オムロン企業理念(※1)

社憲(Our Mission)
われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう

私たちが大切にする価値観(Our Values)
・ソーシャルニーズの創造
私たちは、世に先駆けて新たな価値を創造し続けます。
・絶えざるチャレンジ
私たちは、失敗を恐れず情熱をもって挑戦し続けます。
・人間性の尊重
私たちは、誠実であることを誇りとし、人間の可能性を信じ続けます。

出所:オムロン株式会社「企業理念」、2021年9月に確認
西:

最上位に掲げた企業理念のもとに、経営のスタンスなども明文化されていますね。

立石:

経営のスタンスは企業理念を経営でいかに実践するかを示したもので、「長期ビジョンを掲げて社会的課題を解決する」、「真のグローバル企業をめざして公正かつ透明性のある経営をする」、「ステークホールダーと責任ある対話をし信頼関係を結ぶ」という三つの柱からなります。さらにそこから、10年ごとの「長期ビジョン」と「オムロングループマネジメントポリシー」を示しています。特にマネジメントポリシーは3、4年の準備を重ねて2017年に施行し、これによってマネジメントルールを日本国内だけでなく、世界共通のものにできました。グローバルという点ではこれは大きな転換点だったと思います。

オムロンの原点にあるのはベンチャースピリット

事業とサステナビリティを一体化

西:

多くの企業では、CSRなどは、事業と一線を画した慈善活動といった色彩が強いですね。それに対し、御社では社会的課題の解決自体が事業であり、収益に結びついています。これを可能にした要因は何でしょうか。

立石:

もちろん、一つには創業期から「事業を通じて社会に貢献する」という考え方があったことで、それが自動改札機をはじめとする無人駅システム、電子式自動感応信号機、金融機関などのCDやATMといった世界初の製品群にもつながりました。その原動力になったのは創業以来受け継いできたベンチャースピリットです。創業者は本拠地の京都で地元財界の方々と組んで日本初のベンチャーキャピタルを設立したこともあります。チャレンジはたとえ失敗しても学びがあるものですから、社員には大いにチャレンジしてほしいと考えています。もう一つは、2017年からの最終の中期経営計画にサステナビリティ目標をはじめて設定したことです。本当は、長期ビジョンに組み込んでいきたかったのですが、過渡期であったので中計で組み入れました。2022年からスタートする次期長期ビジョンには、サステナビリティ目標を組み込む予定です。オムロンでは、事業とサステナビリティ(持続可能性)を一体化していることも鍵だと思います。

西:

よくある慈善事業やメセナ(芸術文化支援)の発想とは違うわけですね。

立石:

その通りです。事業とサステナビリティを別々にすると経営の負担が重くなります。しかし一体化すれば、事業によって社会的課題を解決し、そこで上がった収益をまた社会的課題の解決に投入するという拡大再生産が可能になり、経営的にも効率が高まります。

西:

ただSDGsは一般的に言って、かなり大きな枠組みですから、具体的に事業に落とし込むには工夫が必要になりますね。

立石:

そうです。そこでオムロンでは事業本部(カンパニー)ごとの非財務目標をSDGsに関連付けました。企業全体のミッションはあっても、現場からすると、「遠くの理想」になりやすいので、自分事として受け止めてもらうように2014年4月にカンパニーごとにビジョンを定め、社員の理解を促しました。事業ごとに直結するテーマを設定することで自分事として取り組みが進み、大きく変わりましたね。社員が自身の事業の中で、社会的課題の解決に取り組むようになったのです。

西:

そうしたきめ細かな施策があるからこそ、理念とミッションとチャレンジがうまくつながっているんですね。ところで、企業理念の中で「ソーシャルニーズ」という言葉を使われていますが、これもオムロンならではですよね。一般的には「顧客ニーズ」と言うことが多いと思うのですが。

立石:

確かにそういう企業は珍しいでしょうね。もちろんビジネスはお客様あってこそで、顧客ニーズはとても大切ですが、オムロンでは、顧客ニーズへの対応というより、まずわれわれがお客様に先立ってソーシャルニーズを発見することが重要と考えています。そうすることで、より高い次元での価値提供を行うことができるわけです。最近はお客様もソーシャルニーズへの関心は高く、こうした考えに共感いただくことも増えています。

未来を見通す羅針盤「SINIC理論」

西:

オムロンと言えば、立石一真さんの打ち立てた「SINIC(サイニック)理論」(※2)も有名です。科学・技術・社会の相互関係を人類史的に俯瞰したこの理論の驚くべき点は、非常に早い時期に今日の社会のありようを予測し、しかもそのように変遷していることですね。

立石:

SINIC理論は言わば経営の羅針盤としての役割を果たしています。「よりよい社会をめざす」と考えても、その「よりよい社会」とはどのような社会なのかが明確でなくては、どこに向かえばよいのかわかりません。その意味でSINIC 理論は未来への教科書となり得ます。

西:

SINIC 理論によれば現在は「最適化社会」で、2025年くらいから「自律社会」になると予測されています。

立石:

オムロンではSINIC 理論を参考に、過去からのフォーキャスト(順算思考)で10年間の長期ビジョンを立案してきました。しかしAIやIoTといった技術が普及し始めたことから、2017年からスタートした中計では、2020年のさらに10 年先の世界を見据え、2030年に向けて社会構造や人々の価値観がどのように変化するのかを描きました。来年度から2030年をゴールとする新たな長期ビジョンがスタートします。次期長期ビジョンに向けて、あるべき社会の姿からバックキャスト(逆算思考)してギャップを炙り出し、不足するリソースをどう補っていけばよいのか、今、議論を重ねているところです。

西:

自社に先行する対象がいるときはキャッチアップに専念すればよいのですが、不確実性が高い状況ではキャッチアップというより、自分が先頭に立って未来を作っていく必要があり、この点、日本企業は上手くできていない印象です。しかしオムロンの場合、先頭に立ってもバックキャストが可能になっている。これはSINIC理論の力なんですね。

立石:

創業者も「経営で最も大切なのは未来を予測することだ」とよく言っていました。

グローバルに理念を浸透・実践する仕組みをつくる

西:

企業理念を浸透させる手段についてはどうお考えですか。

立石:

企業理念は、基本は一貫していますがより伝わりやすいように時代に合わせて少しずつ変化させています。これまで1998年、2006年、2015年と3回の改定を行っているのですが、考えてみれば約8年おきに見直してきたことになります。世の中の変化の周期がそれぐらいなのかもしれませんね。理念に対する共感を広げ経営に落とし込むための要は、共感と共鳴の場を広げること、そして価値観を一方的に押し付けるのではなく、自発性を尊重することですね。

西:

具体的な手段としてはどのようなことをされましたか。

立石:

社長が各事業所を回り、若手社員と膝詰めで語り合う「社長車座」、企業理念について会長の私と現地幹部社員が語り合う「企業理念ミッショナリーダイアログ」などがあります。私が会長に就任したのは2013年ですが、この年から2020年にかけて、海外18拠点で38回、総計700名の現地幹部社員と対話を重ねました。
現在はコロナ禍のため、オンラインで実施しています。昨年リモートで実施したアジアパシフィックエリアのダイアログでは、現地幹部社員66名と交流し、参加者がこれからどのようにして「企業理念」を実践していくのかということを語り合いました。一回のダイアログには3、4時間をかけています。

西:

オムロンの本気度を感じますね。実践例としては先日拝見した、TOGA(The OMRON Global Awards)が印象的です。グローバルな規模で企業理念を実践されていることがよくわかり、非常に感銘を受けました。

TOGA (The OMRON Global Awards )

オムロングループが2012年から始めた、チームで企業理念に基づくテーマを宣言し、実践する活動で、社会的課題の解決、社会・顧客への価値創造について話し合い、情報共有する機会となっている。ルールは、旗(テーマ)を立て宣言する、チームで挑戦する、企業理念の実践であること、の三つ。チームは部署やエリアを横断した編成も可能。プロセスを重視するので失敗事例でもチャレンジとして評価の対象となる。毎年エリアごとにプレゼンテーションと選考会を実施、13の優れたテーマを選出し、議論が交わされる。
立石様 写真
立石:

ありがとうございます。TOGAは業績表彰的な催しではなく、将来に向けた企業理念の実践やチャレンジを発表し、共有する場です。9回目を迎えましたが、初期とはかなりテーマが変化してきました。社会的課題を発見しながら解決をめざし、新しい事業を推進しようとする事例が増えています。TOGAはオムロンの成長に欠かせない取り組みになっています。

西:

企業理念の実践はもとより、それがイノベーションにつながっている事例も多いですね。しかも世界の各拠点が日本の本社を気にせず、自立的に、柔軟に取り組んでリバースイノベーションが起きていることにも驚きました。

立石:

ヨーロッパで形になったアイデアが南米で使われるといったように、日本を介さず、海外拠点同士で連携することも少なくありません。また現地企業との連携も多いですね。これはオムロンがその国に進出させていただいたことに応え、現地企業と一緒にその国の社会的課題を解決したいと考えているからです。オムロンでは現地企業が顧客となる比率も非常に高いと思います。



立石様 写真
オムロン株式会社 取締役会長 立石 文雄氏

サステナビリティは事業と一体化して進めるべきもの

ますます重視される非財務的価値

西:

企業がサステナビリティに前向きに取り組み、社会との共存をはかるという潮流は続くと思いますが、今後についてどうお考えでしょうか。

立石:

これからの企業は、利益もさることながら、サステナビリティなどの社会的価値の創出がますます必要になるでしょう。それを進めていくと結果的に非財務的価値が増えていきます。オムロンの時価総額に対する非財務的価値の割合は現在72%で、これは電子・電機業界の中ではかなり高い方だと思います。非財務的価値はこれからさらに重視されるでしょう。今後、ミレニアル世代やZ 世代が社会の中心を占めるようになると、この意識は一層強くなると思います。

西:

他企業の参考になるご意見があれば伺いたいと思います。

立石:

繰り返しになりますが、サステナビリティの追求と事業を一体化することを心がけるべきだと思います。一体化すれば経営への負担は小さくなり、社会的課題の解決は進み、非財務的価値が増します。また一人ひとりの社員にとっては、課題解決が“自分事” になり、それがモチベーションアップにもつながります。オムロンではこうした正のスパイラルを積極的に回し、これからも社会により多くの価値を提供していきたいと考えています。



集合写真


<参考>
(※2)オムロン株式会社 「未来を描く『SINIC理論』」、2021年9月確認 

対談を終えて

サステナビリティ経営は、企業における価値創造のあり方を大きく見直すほどの重大な変化であることを改めて感じました。社会価値を実現する中で、経済価値を作り出していくためには、従来の仕組みの改善では到底追いつけません。そこには企業そのものを変革させ、イノベーションを作り出していくことがセットで必要だということが、立石会長との対談を通じて深く理解できました。本対談でお伺いした、創業から長年取り組まれたからこその創意工夫や考え方を通じて、ヒントを得ていただけたら幸いです。(西)

オムロン株式会社 取締役会長 立石 文雄氏

オムロン株式会社
取締役会長

立石 文雄 / Fumio Tateishi

1949年7月生まれ。1972年慶應義塾大学商学部卒業後、1975年に立石電機(現オムロン)に入社。以来、企業理念経営の推進に携わり、組織改革や制度構築を手がけてきた。1997年取締役、ヨーロッパ現地法人トップとなる。1999年執行役員常務、2001年グループ戦略室長を経て、2003年執行役員副社長兼インダストリアルオートメーションビジネスカンパニー社長に就任。2008年取締役副会長、2013年取締役会長となり、現在に至る。

株式会社グロービス マネジング・ディレクター 顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事 西 恵一郎

株式会社グロービス マネジング・ディレクター
顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事

西 恵一郎 / Keiichiro Nishi

株式会社グロービス マネジング・ ディレクター 顧彼思(上海)企業管理諮詢有限公司 董事。早稲田大学政治経済学部卒業。INSEAD IEP 修了。2000 年に三菱商事に入社。グロービスでは 法人向けコンサルティグ事業で、リーダー育成、組織開発を伴う組織変革に一貫して従事。2011 年から中国法人立上げを行い、2017 年から法人事業の責任者を務める。

※本インタビュー記事の部署・役職、プロフィールは2021年9月取材時点のものです。
   
グロービス・コーポレート・エデュケーションフェロー 西 恵一郎

グロービス・コーポレート・エデュケーション
フェロー

西 恵一郎 / Keiichiro NISHI

早稲田大学卒業。INSEAD International Executive Program修了。三菱商事株式会社に入社し、不動産証券化、物流網構築や商業施設開発のプロジェクトマネジメント業務に従事。その後、グロービスの企業研修部門にて組織開発、リーダー育成を通じた多くの組織変革に従事。グロービス初の海外法人を立上げ、現地法人の経営を経て、コーポレート・エデュケーション部門マネジング・ディレクターとして事業責任者を務める。
現在は、グロービス・コーポレート・エデュケーションのフェローとして、グローバル戦略、リーダーシップ、アクションラーニングの講師を担当する。経済同友会の中国委員会副委員長(2018、2019、2020)。また、富士通株式会社のCEO室Co-Headとして、全社経営戦略を担う。

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