昇進・昇格試験の種類と導入のポイント

2021.06.04

誰を昇進・昇格させるべきか?という問いは、多くの人事の頭を悩ませていることでしょう。
社員数が増えれば増えるほど、価値の高い人材を発掘し、適切に評価することは難しくなります。

近年、昇進・昇格の判断サポートのため、試験による個人の能力・資質の可視化ニーズが高まっています。本コラムでは、昇進・昇格試験の導入を検討している方を対象に、その種類と導入のポイントについて解説します。

執筆者プロフィール
楠 智子 | Tomoko Kusunoki
楠 智子

大学卒業後、株式会社みずほ銀行に入社。富裕層担当として、資産運用の提案営業に従事。

その後、パーソルキャリア株式会社(旧 株式会社インテリジェンス)に入社し、株式会社ベネッセiキャリアへ出向。大学・大学生のキャリア教育・就職支援に関する講座の企画・提案・運営、また留学支援にも従事。

グロービス入社後は、法人企業向け事業に従事。製造業、不動産、広告、IT等幅広い業界を担当し、企業変革や戦略実現の支援を目的とした人材育成体系の構築支援、研修プログラムの企画・設計・実施を行う。

グロービス経営大学院 経営研究科(MBA)卒業。


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第1章 
昇進・昇格に良くある課題

今、多くの企業が誰を昇進・昇格させるべきかの判断に悩んでいます。

経営環境の変化が激しい中、組織は変化に素早く適応することが求められます。素早く適応するには、変化にスピーディーに対応できる人材、つまり経営にとって価値の高い人材を早急に見つけ出し、育成・登用することが重要です。

しかし多くの社員を抱える企業が価値の高い人材を育成・登用することは、決して簡単ではありません。組織の中核を担う昇進・昇格者の判断はとりわけ大きな課題です。優れた人材の確保、より重要なポストへの登用、次世代リーダー選抜への布石などに関わるからです。この課題を解決する手段の1つとして、昇進・昇格試験における個人の能力・資質の可視化への注目が高まっています。

第2章 
昇進・昇格試験への期待

組織が昇進・昇格試験へ期待することとして、評価への「客観性と納得性」が挙げられます。筆者が人事担当者の方々と議論していると「これまでは上司の定性的な評価で昇進・昇格を決めていた」との声をよく耳にします。評価の際に客観的な指標を用いて、多くの人が納得する手法を導入している企業は意外と少ないのかもしれません。

そこで今回は、昇進・昇格試験に的を絞り、試験の種類と導入のポイントを表1のように整理したうえで、それぞれについて解説します。個人の能力・資質の可視化による「客観性・納得性」も踏まえてお伝えします。

表1:試験の目的別一覧1)

測定目的・対象 測定手法(代表的な例を記載) No.
職務特性 職務要件/人材要件 職務適性検査/リーダー適正 種類1
個人特性 能力特性 知的能力 能力適性検査 種類1
実践的能力 多面的観察(例:360度評価) 種類2
アセスメントセンター方式 種類3
性格特性 性格 性格適性検査 種類1
指向特性 興味・指向(態度)適性検査 種類1
精神分析検査
意欲 レポート(論文)
アチーブメント
(成果・功績)
知識 レポート(論文)/面接 種類4
業績 人事評価 種類5
実技 実技試験

第3章 
試験の種類と導入時に気を付けたいポイント

試験の種類1:適性検査

能力・資質を評価する代表的なツールが適性検査です。古くから普及しており、能力・性格・興味などの個人差を定量的に把握できるものです。ここでは、3種類の適性検査をご紹介します。

能力適性検査

能力適性検査は、知的能力や作業能力を測定する検査です。業務を効果的に進めるための能力や、複雑性が高く困難な環境で課題を発見・解決する能力があるかを見極めます。ペーパー上で何らかの課題処理をさせ、その力量を測定する方法が一般的です。

性格適正検査

性格適正検査では、職務をより良く遂行するために求められる性格・態度面での充足度を測定します。検査項目としては、モノの捉え方・感じ方、行動様式、組織・職場文化風土への適応性、達成意欲、精神的な健康面の確認といったものがあります。

興味、指向(態度)適性検査

興味、指向(態度)適性検査では、キャリアの考え方、興味のある業務や職種、キャリアの考え方、指向性などを測定します。昇進・昇格試験以外にも、人物理解の参考資料、能力開発の計画、職務要件の充足度の診断など幅広い人事施策で活用されます。

▼導入時に気を付けたいポイント▼

データの信頼性を十分に考慮したうえで、導入する試験を決定することが重要です。

適性検査を導入する際は、コストや評価の一般性という点から、自社開発ではなく専門機関が開発・提供しているものを使用する場合が多いでしょう。そのため導入検討の際は、専門機関の信頼性・試験の品質を確認します。

試験の品質の点では、検査結果の標準性が分かることが重要です。標準性とは受験者が母集団の中でどのくらいの位置にいるのかが表されることです。母集団の属性(業種、職種、年齢など)が自社と大きく異なっていないかも、確認しておきましょう。

試験の種類2:多面観察評価

多面観察評価ツールは、自己評価と他社評価を比較し、多面的な視点で能力・スキルを把握するツールです。評価項目は、職務遂行に求められる行動を設定することが多いです。評価する他者には、上司・同僚・部下といった、職場で関係のある方から複数名を選定・依頼します(表2)。

表2:多面観察評価の詳細1)

測定する際の観点 詳細
汎用的な評価項目で十分か? 自社に合わせたカスタマイズが必要か? 標準版は広く企業、職務を越えて適用できる汎用的な評価項目や評価項目で構成される。企業内、職種内、職務内など一定の範囲でのみ有効な評価項目や要素をカスタマイズすることもある。
他者評価は誰に依頼すべきか?(上司・部下・同僚など) 評価者の候補としては上司・同僚・部下または社内の関係者が挙げられる。部下を評価者に加えるかが1つの分岐点になる。
測定内容は?(行動指標・規範/コンピテンシー/一般的なスキル・行動特性) 目的に応じて評価項目が多様に展開されている。測定結果を教材にして研修プログラムが展開される場合もある。

▼導入時に気を付けたいポイント▼

多面観察評価ツールは、評価結果から自分の行動をどう改善するべきかが分かりやすいというメリットがあります。一方で懸念として、①評価者が評価結果に責任をとる立場にない、②評価者が必ずしも評価する訓練を受けているわけではない、などがあります。

また、多面観察評価の結果は解釈が難しい側面があります。なぜなら結果のシートには、本人の評価、他者の評価(複数)、およびその平均値が記載されており、複雑な組み合わせも多いためです。

よって、評価項目の適切さや、他者評価と人事評価及び他アセスメントとの相関性を確認しておく必要があります。報告書が被評価者にとって分かりやすい内容であることも、重要です。

試験の種類3:アセスメント方式

本コラムでは、複数のアセスメントツールを組み合わせて評価することを「アセスメント方式」と総称します。アセスメント方式の代表例は、集合研修において管理職としての能力・スキルを育成・評価しようとするものです。研修で演習課題やグループディスカッション、プレゼンテーションを行い、適正検査や多面観察評価、面接などを併せて行うことが多くあります。

▼導入時に気を付けたいポイント▼

アセスメント方式の評価はバラつきが出やすい点を理解しておきましょう。プログラム設計、アセッサーの訓練の程度、観察評価の手法などにより、評価にバラつきが出ます。また集合研修という疑似的な場で、管理職などの能力・スキルを適切に評価できるのかとの指摘もあります。

アセスメント方式で得られる結果データは、他の試験からは得られにくい、本人の行動に基づいたデータです。データの意味を十分に分析しながら、より良い活用を検討しましょう。

試験の種類4:面接選考

面接は、面接者と被面接者のコミュニケーションによって、1つの結論や人格理解に至る試験です。良くも悪くも、面接者の主観的な評価によるアセスメントであるのが特徴です。

▼導入時に気を付けたいポイント▼

面接は主観的な評価であるがゆえに、質問の展開や判断において誤りが起きやすいとされています(表3)。誰もが陥りやすい人間心理の特徴とでもいうべきもので、面接に限らず他の主観的評価においても気を付けたいポイントです。

表3:面接選考で気を付けるべきポイント1)

指摘事項 詳細
質問展開における誤り ・面接官が話をしすぎる
・質問が場当たり的で一貫性に欠ける
・被面接者の緊張を解きほぐせず本音が引き出せない など
判断における誤り ・最初の数分で判断してしまう
・自分の判断を過信する(決めつけがち)
・言語外の要素に左右されやすい
・面接官による評価のブレ
・ハロー効果
・自分と似た人物を高く評価する
・個人的な好き嫌いによる判断 など

これらの誤りを防ぐために、①評価内容を事前に明確化する、②面接での質問方針を面接官全員で共有する、③評価基準を徹底する、④面接者訓練を徹底する、といった対策を考える必要があります。

試験の種類5:人事考課

昇進・昇格における人事考課は、管理者による主観的評価といえます。多面的観察評価との違いは、少数の管理者から評価されるという点です。

▼導入時に気を付けたいポイント▼

人事考課は主観的評価であるが故に、無意識のうちに歪みやバイアスが介在してしまいがちです。

よくあるバイアス例は以下の通りです。

1:対比効果:同じ物事であっても、比べる対象が変わることで印象も変わってしまうこと
2:初期印象:第一印象がその後のその人の評価や好感度を大きく左右すること
3:ハロー効果:目立ちやすい特徴に引きずられ、他の特徴についての評価が歪んでしまうこと
4:相似(非相似)効果:自分と似た人を高く評価し、似ていない人を低く評価してしまうこと
5:中心化傾向:中央値に集中した人事評価を行ってしまうこと
6:寛大化:人事考課を行う際、考課が甘くなる傾向になってしまうこと
7:論理的誤謬:評価者自身の理論・理屈に基づいてしまい、誤った評価を行ってしまうこと
8:単純接触効果:繰り返し接することで好感度や印象が高まること

バイアスへの改善策として、被評価者本人による自己評価があげられます。被評価者自身の評価を管理者が見ることで、管理者が自身のバイアスに気づきやすくなるためです。 また被評価者の評価結果への受容度・公平感を向上させることも見込めます。

第4章 
導入する前に考えておくべき
3つのポイント(まとめ)

4-1. 求める人材像/昇進・昇格の要件とは

まずは自社において「管理職等の選考ポジションに何を求めるのか」、つまり人材像を明確に言語化することが必要です。求める人材像を明確にし、昇進・昇格の要件を具体化したうえで、その要件に則した手法・ツールを選択することをお勧めします。

昇進・昇格試験でアセスメントを活用するにあたって「どのような評価項目に注目すべきか」は、多くの企業で必ずしも明確になっていません。どれほど優れた手法やツールを用いても、適切に運用されなければ試験の信頼性は担保できないのです。

4-2. 手法とツールの組み合わせ

昇進・昇格試験では、最終的に誰を選ぶのかの重要な判断を下すため、1つの試験のみで評価するのではなく、複数の尺度を組み合わせることをお勧めします。人材要件を明確に反映した評価基準を作りやすくなるメリットがあります。

ただし組み合わせによっては、被評価者個人が不足している能力・資質を得意分野で補う余地が許されない、狭量な評価基準になる恐れもあります。評価基準に絶対の正しさを求めるのではなく、どのように組み合わせると最適な人材を選べるのか、各企業で具体的な議論がなされることが望ましいでしょう。

4-3. より良い活用に向けて

今後、試験はより個別性の高い結果を持つものへと発展していくでしょう。これまでの適性検査や行動観察評価に代わってAI等による診断が取り入れられ、よりクリアに個々の能力が見えるようになります。一方で考えておくべきことは、短期的にも長期的にもアセスメントによって人や組織が方向付けられる点です。試験は、短期的には社員のモチベーションに大きく影響を与え、長期的には経営戦略の達成に向けて人を動機づけ成長させる要因になります。

試験によって個人の能力や資質がよりクリアに分かるからこそ、各企業において、試験を導入する前に自社が求める人材像について深い議論がなされ、より明確な人材要件が定まることが望ましいといえます。

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引用/参考情報

1) 参考:二村英幸、”人事アセスメント論―個と組織を生かす心理学の知恵”、ミネルヴァ書房、2005年を参考に著者作成

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。