DX推進のために人材育成担当者が押さえておくべきポイント

2022.03.09

昨今、ビジネスの現場や経済メディアでDX(デジタル・トランスフォーメーション)が語られない日はありません。筆者が担当しているお客様からも、「DX人材の育成が求められている」と相談されることが増えています。

しかし一口にDX人材の育成といっても、なにをすればよいのでしょうか。本コラムでは、DX人材の育成において人材育成担当者が押さえておくべきポイントを紹介します。

執筆者プロフィール
河野 拓也 | takuya kawano
河野 拓也
琉球大学卒業。大学卒業後は沖縄県で小学校教師として勤務。その後、IT企業の営業部門にて大手企業のシステム導入プロジェクトに数多く携わる。現在はグロービス法人部門で、企業の組織開発・人材育成支援に従事。様々な業界を担当しながら、次世代経営人材育成に関する設計支援、及び育成体系全般の構築支援を行う。

なぜ今、DXの必要性が叫ばれているのか?

なぜDXの推進が必要なのでしょうか。その理由は、デジタルが既存のビジネスを破壊し、自社の優位性や競争力の低下を招く可能性があるからです。

GAFAに代表されるように、AIやIoTなどのデジタルによるビジネスイノベーションは、消費者の生活を大きく変化させました。結果、既存のビジネスモデルが破壊されてしまった産業があることは周知の事実です。このような脅威に対抗するため、自社にデジタルを取り込む必要があるか検討しようという流れは、必然といえるでしょう。

実際に多くの企業が危機感を覚えており、デジタルの普及によって”約6割の企業が、既存ビジネスの変革や新ビジネスの創出の必要性を「非常に強く」感じている”とのアンケート結果が得られています1)

育成に取り組む前に押さえておきたいDXの定義

多くの人材育成担当者から、「経営陣からDX人材の育成といわれたが、まず何から始めて良いのか分からない」とご相談を受けます。このように次の行動に移れなくなってしまう理由は、何なのでしょうか。

筆者は、DXという言葉が持つ抽象度に原因があると考えています。

DXはビッグワードです。何も考えずにDXという言葉を社内で用いると、関係者間で「DXとは何か」の認識がずれていってしまいます。

そのため自社でDXという言葉を使う際は、具体的にどのような状態のことを指しているのか、言語化しておく必要があるのです。筆者が顧客と議論する際は、「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタル・トランスフォーメーション」の3つに整理することが多いです(図1)。

図1:デジタルを活用した企業変革の分類

図1:デジタルを活用した企業変革の分類2)

このように分類すると、「DXとは会社のコアを再定義し、デジタルの力を活かしてビジネスの在り方そのものを変えること」と定義されます。

もちろん、この定義が正解というわけではありません。重要なことは、自社で必要とされているDXは何かを理解し、関係者間できちんと認識を揃えておくことです。

DX人材に求められるスキルは「課題設定力」

ここまでの議論を踏まえると、DX推進を担う人材の育成は、各社によって取り組みが変わるとお気づきでしょうか。DXの定義が違う以上、そのために必要な人材要件も、必要なスキルも変わってきます。結果、DX推進のための組織開発/人材育成の取り組みも、大きく変わります。

しかし敢えて、DX人材に必要なスキルを1つお伝えするならば、「課題設定力」です。

図1からも分かる通り、テクノロジー活用によって実現したいこと、すなわちどのような課題を解決したいかによって、変革の対象や関わる人が異なります。言い換えれば、担当者の「課題設定力」によって、DXの方針も行うべき変革も大きく異なります。

もちろんDX推進には、テクノロジーそのものの理解も重要です。しかしどの時代においても、テクノロジーにできることは「人間によってプログラミングされたことを(素早く、何時間でも)作業すること」でしかありません。第三世代AI、ディープラーニングにおいても、行っていることは膨大な教師データを活用した「統計学的な計算」です。

つまり、そもそも何を解決するべきか?といった課題設定がなければ、その先のテクノロジーも生まれないのです。

たとえば昨今、様々なデジタルツールが進化を遂げ、仕事の生産性は飛躍的に向上しています。これも先人の「課題設定」の結果です。Web上で契約を完結できる「電子契約サービス」が開発される前には、「契約締結の作業効率を上げるにはどうすればいいか」といった課題設定があったことでしょう。

「テクノロジーに何をさせるのか?」という課題設定がなされて初めてテクノロジーを活用でき、業務改善や企業変革といったDXを成し得ることができるのです(図2)。

図2:まず行うべきは課題設定

図2:まず行うべきは課題設定

課題設定の進め方と、必要な人材育成

ではこの課題設定は、どのように進めるものなのでしょうか。

前提として、課題設定力はいわゆる問題解決力とは異なります。問題とは課題が設定された後の問いであり、問題解決とは与えられた問いを解く行為です。義務教育で問題を解く訓練を積み重ねてきた日本人は、問題解決力は備わっているものの、何について解くべきか(=課題)を設定する力は高くないと言われます。

図3に、課題設定の3つのステップと事例を整理しました。

図3:課題設定の3ステップと、課題設定例(銀行業務のWeb化)

図3:課題設定の3ステップと、課題設定例(銀行業務のWeb化)

Step1:あるべき姿を描く

世の中の出来事やビジネスの原理原則などの知識をもとに、対象となる業務のあるべき姿を考えます。

3ステップの中でもここが最も難しいポイントです。なぜなら経営者・役員でもない限り、多くの人にとって業務は与えられるものだからです。「この業務は本来どうあるべきか?」「市場の状況を踏まえて今会社で何をするべきか?」といった課題を自発的に考えている人は、ほんの一握りなのではないでしょうか。

このあるべき姿を考える際の「広さ」「高さ」「具体性」の精緻さが、DX推進の鍵を握ります。

Step2:現状を正しく認識する

次に必要なことは情報を集め、現状を正しく認識することです。

集めるデータは可能な限り、定量であることが望ましいです。定性的な意見を集める場合でも、自分一人の意見ではなく、より多くの関係者の意見を集めることが必要になります。

Step3:あるべき姿と現状のギャップを特定・分解し、今考えるべき課題を設定する

最後のステップでは、課題を設定します。この際に陥りがちなミスが、ギャップを特定した後、すぐに解決方法を考えてしまうことです。

意識していただきたいことは、具体的に考えやすい大きさまでギャップを分解することです。それによって、手触り感を持って課題設定することができ、最初に起こすべきアクションも明確かつ実行可能性が高いものを考えられるようになります。

このステップを適切に進めることで課題設定が可能ですが、そのためには前提として、「思考力」が必要です。

そもそもの思考力がなければ、ただ闇雲にあるべき姿を考えてしまったり、なんとなく現状分析を行ったりと、優れたギャップ分析に到達することができません。考え方に論理性が無ければ、関係者の納得も得られないでしょう。

思考力自体は誰でも持っており、幼少期から現在に至るまで常に使用しています。そのため一人ひとりが思考の癖を持っており、矯正が非常に難しいスキルでもあります。

もしDX人材の育成に長期的に取り組める環境があるのであれば、若手の内から手厚い思考力のトレーニングを実施することをおすすめします。思考力を鍛えることが、実は最もDX人材の育成に直結しているのです。短期的に取り組む必要がある場合は、現時点で課題設定力を持った人を選抜し、その人達にデジタル知識とともにあるべき姿を考えるために必要な知識・スキルをインプットさせてあげることが効果的だと言えます。

最後に

企業に所属し、幾多の人が関わり合って作り上げたビジネスモデルの中で仕事を行っている多くの社会人にとって、「本来会社がどうあるべきか?」「本来の業務がどうあるべきか?」などの課題設定に向き合うことは容易ではないでしょう。

過去に教師だった筆者の個人的な経験も踏まえると、日本の高校まで(若しくは大学まで)の問題解決型の教育制度そのものにも、課題設定のスキルが育たない大きな問題があるように感じています。日本企業で中々DXが進まないのは、そうした要因も一因としてあるのかもしれません。

一朝一夕で身に付くスキルではないからこそ、より若手の段階から少しずつ課題設定力を高められる育成を行うことが、DXのみならず将来の企業変革を推進できる人材の育成につながります。

引用/参考情報

1) 引用:独立行政法人情報処理推進機構、デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割の在り方に関する調査”、2022年1月に内容確認

2) 参考:石角友愛、”いまこそ知りたいDX戦略 自社のコアを再定義し、デジタル化する”、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年を参考に著者作成

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。