新規事業を担う人材育成の難所とその乗り越え方

2022.03.14

さまざまな企業で、新規事業の立ち上げが活発化しています。企業の未来を支える新たな柱として、新規事業の創出・強化に注力している企業が増えているのでしょう。このような時流に沿い、筆者も新規事業をテーマとした人材育成案件に関わる機会が増えています。

 

本稿では、新規事業推進を目的とした人材育成に焦点を当て、企画を進める際のポイント・難所・育成事例について解説します。

執筆者プロフィール
鈴木 祐太朗 | Yutaro Suzuki
鈴木 祐太朗
大学卒業後、大手地銀にて法人融資業務や再生支援業務に従事。 グロービス入社後は、企業の組織開発・人材育成支援に携わる。育成体系構築や文化醸成と言った組織変革に向けたプロジェクト支援や、各種能力開発に向けた育成プログラムの企画・設計を行う。

第1章 
新規事業を担う人材育成、
まず押さえるべきことは?

「新規事業の推進が、中期経営計画に盛り込まれた。ついては、新規事業推進ができる人材を育成して欲しい」このような指示が上司から降りてきた場合、皆さまは何から考え始めますか?

ありがちなミスは「新規事業にはアイディアが一番大切。デザインシンキングを学ぼう」「クロステック系の新規事業をやるべき。AI、IoTを学ぼう」と、画一的に捉え、具体的な研修内容から考えてしまうことです。「新規事業の推進に必要な能力は大体、発想力とデジタル知識でしょ」そんな前提が垣間見えます。

しかし、この考え方はあまり筋が良くありません。なぜなら、新規事業の在り方は、会社によって大きく異なり、それを推進する人材に求められる能力もまた異なるためです。

たとえば、既存事業の一部をスピンアウトさせる様な新規事業であれば、発想力はそう重要ではありません。AI、IoTの技術についても、それを必要とするかは、取り組む事業内容次第です。

新規事業を担う人材育成を企画する際、まず押さえるべきことは、『どんな新規事業に取り組もうとしているのか』自社が取り組む新規事業の特徴を押さえることでしょう。

第2章 
新規事業を担う人材育成、
難所とその解決策は?

実際に人材育成施策を検討してみると、さまざまな難所に直面します。筆者の経験を交え、人材育成担当の皆さまが直面しがちな難所とその解決策を、2点ご紹介します。

1-1.「新規事業はアイディア出しからだから、どんな事業になるか分からないんだよね」

これは筆者が「自社の新規事業にフィットした人材育成施策を検討すべき」というメッセージを伝えた際に、人材育成担当者の方からよく返ってくる言葉です。確かにアイディアが形になる前の企画段階では、事業の実像が存在しないため、考えることが難しいのはその通りです。

しかし、考えるのが難しいと思考を放棄するのは良くはありません。可能な範囲で、求められる人材像の具体化にチャレンジすることがベストではないでしょうか。

解決策の1つとして、経営層の期待を具体化することに取り組んでみましょう。すなわち、新規事業に期待する成果や実現すべき具体的な要件、時間的・リソース的な制約などを、可能な限り言語化していくのです。様々な前提を押さえていくことが、新規事業を推進する人材に求められる能力を特定するヒントになります。

特に実務的には、新規事業と既存事業の繋がりに注目するのが良いでしょう。既存事業が保有する経営資源の活用は、新規事業成功の重要なファクターになるためです。

たとえば、「既存事業との間にどのようなシナジーを効かせることに期待があるのか?そのために、どの経営資源を活用することが求められるのか?」の様な問いに答え、技術や生産、販売など、既存事業のどの経営資源を活用する予定があるのかを掴みます。

続いて、商品開発部や生産管理部、営業部など、各経営資源を管理する人・組織を巻き込むために、どのような人材が必要か?と考えてみると、一段、人材要件の具体化が進むはずです。

事業化前の段階であっても、求められる人材の能力を具体化していくことは不可能ではありません。

1-2.「ウチの社員は全然出来ていないから、何でもかんでも学ばなくてはいけないね」

これは、新規事業を担う人材の能力要件を整理した後に、よく伺う言葉です。

人的リソースに乏しい新規事業の現場では、1人が3~4役を担うことが常態です。営業、マーケティング、財務、人事など幅広い業務を兼務している方を、よく見かけます。そのため、担当者のスキル範囲は必然的に広くなり、上述のような言葉が出てきてしまうのでしょう。

しかし各業務で一人前の担当者として習熟するには、それぞれ数年の期間が必要です。また、全ての業務で一人前になることを目指すのは、現実的ではありません。

そのため人材育成担当者には、開発すべき能力を絞り、優先順位を付けることが求められます。たとえば学ぶことでレバレッジが効かせられたり、欠落するとボトルネックになってしまったりするスキルを、優先して取得できるようにせねばなりません。

当然ながら、優先順位は企業によって異なります。これという正解がある訳ではありません。次項では、筆者が実際に担当したお客様の事例を元に、優先順位の設定例をご紹介します。

第3章 
新規事業を担う人材育成で
優先したいスキル

前述の通り、人材育成施策で重視する能力は、各社によって異なります。ここでは、ポータブルスキルを重視するか、アンポータブルスキルを重視するかという軸で、育成事例をご紹介します。

ポータブルスキルを重視する場合

たとえば課題解決力や構想力、論理的思考力など、ポータブルスキルを優先するという軸は効果的な判断軸です。ポータブルスキルは、幅広い業務遂行を支えるレバレッジの効かせやすいスキルであるためです。

新規事業は上述の様に、1人が幅広い役割を担う場合が多く、また、事業のピボットやステージの変遷に伴い短期間で業務内容が刷新されてしまうことも少なくありません。変化への適応力を高めるという点でも、ポータブルスキルを育成することは役に立ちます。

一例ですが、他部署を巻き込み協働していくためのコミュニケーションやリーダーシップの強化というテーマでの研修を企画・実行したことがあります。ここで身に付けて頂いたコミュニケーション力やリーダーシップの心構えは、他部署の巻き込みや協働という部分に限らず、様々なシーンで確実に役立つスキルになったと考えます。

アンポータブルスキルを重視する場合

特定の領域でのみ活用できるアンポータブルスキルを重視する場合もあります。

新規事業の性質を考えると不合理な部分もありますが、そのスキルの欠落が事業推進のボトルネックになってしまう場合には、最優先で獲得を目指さなくてはならないためです。

クロステック系の新規事業を進める際の、デジタル関連のスキルなどは分かり易い例でしょう。本稿の最初に、いきなりデジタルに飛びついては駄目であると述べましたが、考えた結果としてデジタルのスキルが不可欠と結論付けられることはよくあります。

ただし、アンポータブルスキルを重視する場合には、リスクがあることを理解すべきです。

活用範囲が限定的なスキルであるため、事業変化に伴い無用の長物になってしまいかねないことや、自社にとって新しいスキルである場合、異質なものを排除しようと現場がアレルギー反応を起こしうることなどをリスクとして織り込まなくてはなりません。

ただ必要であると優先順位を高めるのでは無く、この様なリスクを天秤に掛けた判断が求められます。

一例ですが、こうしたリスクの低減に向けた支援を行ったことがあります。

その際は、組織全体が新しいスキルを受け入れるための環境的な下地として、異質に対する受容性を高め、抵抗を抑えることを目的とした研修を企画・実行しました。

直線的に学びを提供するだけでは無く、内容の性質を鑑みて、定着するための仕掛けを含めた施策を検討することも、組織が新しいスキルを受け入れるためには役立ちます。

第4章 
最後に

新規事業では、全く答えの見えない中で可能な限り情報を収集・分析し、自ら判断軸を設定し、意思決定を下すことが求められます。これは、人材育成担当の皆さまも同様です。

非常に負荷の掛かる作業ではありますが、本コラムが皆様の人材育成施策のヒントとなれば幸いです。

※文中の所属・役職名は原稿作成当時のものです。