選抜研修の対象層を変えたくなったときに考えるべきこと
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多くの企業では選抜研修を「ミドル層」、特に課長層から導入しています。しかし、近年、若手向きに選抜研修を見直すことへの関心が高まっています。重要なのは、戦略を実現するためにどのような人材が、いつまでに必要かという「選抜研修の目的」と現状の「求める人材とのギャップ」を踏まえて、自社に最適な育成体系を構築することです。
第1章
日本企業の定番は「課長層」向け選抜教育
「選抜研修をいつ(年次や階層)から開始すべきか?」企業の人材・組織開発をお手伝いする中で、近年、このようなご相談を頂く事が増えています。そもそも、これまでの日本企業では、ミドル層、特に課長層から選抜研修を開始するケースがほとんどでした。その理由は大きく3つあります。
1つ目は、会社に長年在籍し、自社へのロイヤルティを持ちつつ、「更なる成長」へ向けた育成期間が残されている年代であること。
2つ目は、現場の中核(コア)人材として事業を牽引するリーダーの立場であり、「事業成長に及ぼす影響」が大きいこと。
3つ目は今後、会社に数十年在籍すると想定した場合、育成にかけた「投資を十分回収できる」こと。
このように「課長選抜」は、新卒採用と終身雇用という日本的経営の前提のなかで合理的な判断だったのです。
第2章
いま、若手向けの選抜研修に注目が集まる3つの理由
しかしながら近年、事業面では「イノベーション創出」が企業命題となり、雇用面では中途採用を始めとした人材の流動性も高まっています。従来の日本的経営のシステムが揺らぎ始める中、各社とも、選抜研修の育成体系の見直しに向き合う時期に差し掛かっています。
選抜研修の見直しを検討している企業と具体的な背景や意図について対話すると、多くの場合、「若手向けに選抜研修を検討したい」とおっしゃいます。経産省のデータでも、若手選抜の機運が高まっている事が見て取れます。(図参照)
なぜ若手選抜が注目されているのでしょうか。背景となる期待・問題意識は大きく3つあります。
2-1. イノベーション創出へ向けた「デジタルネイティブ世代」への期待
これからの「イノベーション」を起こす上で所与となるのは、AIやロボティクス、IoT、バイオ等のテクノロジーです。物心ついた時からPCやスマートフォンに慣れ親しんだ世代(デジタルネイティブ)の、テクノロジー・リテラシーや価値観、ものの見方を経営に取り込み、新たな価値を生み出したいという期待の表れです。
2-2. グローバル経営人材育成の強化
グローバル競争の激化により、国内に閉じず、海外の人材と伍して戦えるビジネスパーソンの育成は喫緊の課題となっています。海外の人材は、自己主張が求められる実務に加え、エリート層は若手の内から積極的な自己研鑽を通じて力を付けており、国内の人材育成がミドル層になってから本格化したのでは戦えないという問題意識です。
2-3. 若手人材のリテンション
日本全体で労働力人口が減少する中、事業の成長・存続に資する経営課題の1つとして、優秀な人材確保が挙げられています。手厚い育成制度、中でも選抜研修の創設によって、優秀な人材の採用・囲い込みを行わないと人材獲得競争から乗り遅れるという問題意識です。
なお、多くの日本企業の人員構成は、バブル崩壊直後、団塊ジュニア世代の新卒採用を止めていた時期があるため、いわゆるワイン型の人口ピラミッドとなっています。将来を見据えても、人口構成自体は大きく変わらないと見られる中で、若手選抜への関心の高まりは、このような日本企業の課題と次代の成長戦略の表れと言えるでしょう。
第3章
「いつ」を考えるために選抜研修の「目的」と「求める人材とのギャップ」を明確にする
しかし、イノベーションやグローバル化を目指すから選抜教育を若手にスライドするべき、と結論づけるのは早計です。ここで人事担当者が考えるべきは、中長期的かつ体系的に選抜育成制度を構築するために、全体を俯瞰した視点で「選抜研修の目的」と、「求める人材とのギャップ」です。
選抜研修の目的とは、企業が戦略目標を達成するために必要となる経営人材を「計画的」かつ「意図的」に輩出することです。「計画的」つまり、必要な人材を、必要な時に、必要な数だけ供給する必要があります。そのために社内外の視点から、
- 自社を取り巻く外部環境の変化がどのようなものか?
- 自社の経営戦略から、必要となる人材ポストと人材要件とは?
- 現在の自社の人員構成、人材課題(能力面・意識面)と、必要となる人材の量と質のギャップは?
を洗い出します。外部と内部の分析を経て、どんな人材を、いつまでに、どのくらいの数を供給すべきか、を見極めていくのです。
このような分析を行うために、人事には外部環境の変化と経営戦略に対する深い洞察が求められます。いわゆる「戦略人事」として、事業成長に資する人材育成の仕組み作りが求められるのです。
第4章
戦略の求める人材とのギャップから選抜育成体系を刷新した事例
ここでは、具体的な事例として、大手小売業を営むX社のケースを元にプロセスを考察します。
4-1. 適任者を選出できないという問題意識
過去、X社では、経営ポストへの人材登用において、欠員補充が必要になった時、都度、適任と考えられる人材を選出し、配置していました。しかし、国内市場が先細る中、アジア市場での成長を目指し、ローカライゼーション戦略へ舵を切る中、この場当たり的な人事運用では、適任者を選出できないという問題意識が生まれました。
4-2. 経営人材育成体系の目的を定義
この問題意識より、経営人材育成体系の目的を整理し、「戦略に従って適材適所で「経営ポスト」を配置する」と定義しました。具体的には、計画的に経営人材を輩出するため、グローバルな市場環境変化を踏まえ、今後必要となる経営ポストを想定。各ポストの人材要件を定義した上で、必要な人材プールの数を試算(数百名規模)。更に、このプール人材を意図的に育成する「時間軸」を検討しました。
育成に掛かる期間として、人材要件として設定した「専門性」や「経営哲学」を身に着けるためには、日常の店舗運営業務とは乖離が大きいため、早期に若手から育成が必要と判断。異動・配置を絡ませた育成体系として、ホールディングス主体で、若手世代から始まる3階層の選抜研修へと再構築しました。
4-3. 人材アセスメントのルール化
選抜研修の場では、育成とセットで人材アセスメントを実施し、データを蓄積する事で、プール人材をメンテナンスしていきました。アセスメントにおけるポイントとして、プール人材が個々に将来どんな経営人材となりえるか、「具体的な経営ポスト(CXO)」を評価時に記載する事をルール化していきました。更に、OFF-JTに閉じず、「経験すべき修羅場経験」も具体的な数を設定し、計画的かつ意図的にタフアサインメントを推進しました。
この例のように、人事担当者が自社の戦略・ビジョンを元に、自社の現状とつき合わせることで、自社に最適な選抜研修の体系が構築できるのです。
第5章
戦略人事に求められるのは経営・現場との「対話」
このような選抜研修の見直しにあたって、実行上のハードルは、人事担当者が「事業の成長ビジョン」や「今後必要な経営人材の質・量を見極めること」を自ら見出す事にあります。このハードルを超えるために、人事担当者には「対話(ダイアログ)」をお勧めします。
1つは、経営層や事業トップとの対話です。事業環境の変化や今後の成長ビジョンについて、自らの言葉で語れるよう対話を重ねましょう。経営者や執行役員の方々と話をする中で「人事担当者が自ら私の部屋をドアノックする事を期待している」という声は非常に多いです。
もう1つは、事業サイドとの対話です。今、どのような人材が現場にいるか、アセスメントや個々の人事評価だけに頼らず、事業のトップや選抜対象となる人材と直接対話し、生の情報を蓄積していく事。それこそが、現状を正しく把握する上で重要です。
「いつから選抜を実施すべきか?」「若手の選抜研修に移行すべきか?」という疑問について考察をしてきました。キーワードは「戦略人事」であり、経営層や現場との「対話」を通じて、あるべき人材像とそのギャップを見極めることに、問いに答える鍵があるのです。