- 新規事業創造
大企業の新規事業が「本丸」に育たない理由――「両利きの経営」の先にある、経営構造の課題を解き明かす

新規事業を立ち上げる専門組織をつくる。アイデアコンテストを開催する。PoC(Proof of Concept:概念実証)を実施し、社外との共創やオープンイノベーションにも取り組む。それにもかかわらず、「次の柱」と呼べる事業がなかなか生まれない――これは、多くの大企業に共通する課題です。
このような課題に直面すると、私たちはつい、現場の打ち手や人材の問題に目を向けがちです。しかし、新規事業が育たない理由は、本当にそこにあるのでしょうか。
なぜ、優れたフレームワークがあっても新規事業は育たないのか
「両利きの経営」「出島戦略」「リーンスタートアップ」「オープンイノベーション」――こうしたフレームワークは、新規事業開発の方法論として広く知られ、多くの企業で実践されています。理論としては、いずれも優れた考え方です。それでも、こうした取り組みを重ねている企業のすべてが、次代を担う成長事業を生み出せているわけではありません。
なぜでしょうか。問題は、フレームワークそのものの良し悪しではありません。むしろ、多くの企業はすでに必要な知識や方法論を学び、実践しています。
原因を、現場の「アイデア不足」や「スキル不足」だけで捉えてしまうと、問題の本質を見誤る可能性があります。むしろ目を向けるべきなのは、方法論を実行する前提となる組織の構造です。
たとえば、現場と経営、既存事業と新規事業、短期成果と長期投資。それぞれが異なる認識や判断軸で動いていると、新規事業は必要だと理解されながらも、組織全体の意思決定の中では優先順位が上がりにくくなります。
つまり、新規事業が育たない背景には、「何をすればよいかがわからない」という問題だけでなく、「わかっていても前に進みにくい」という構造の問題があると言えるでしょう。
「新規事業」というラベル付けが生む、見えない境界線
見落とせないのが、「新規事業」という言葉そのものが生み出す、見えない境界線です。
多くの企業では、「新規事業」というラベルが、意図せず特別扱いの理由になっていることがあります。新規事業であれば、すぐに利益が出なくても「まだ投資フェーズだから」だと説明しやすい。既存事業では通りにくい発想や取り組みも、「新規事業だから」という理由で受け入れられやすくなります。
もちろん、これは悪いことばかりではありません。不確実性の高い領域に挑む以上、試行錯誤のための時間や余白は必要です。
しかし、その一方で副作用も生まれます。「すぐに成果を出さなくてもよい」という前提は、いつの間にか「成果が出なくても仕方がない」という空気に変わってしまいがちです。そうなると、新規事業は会社の未来を担う重要テーマであるにもかかわらず、経営の中では「経営上の最優先テーマとして扱われにくく」なってしまいます。
本来、企業にとって次の成長の柱を生み出すことは「必ず向き合うべき(Must have)課題」、つまり、企業の生存戦略そのものです。ところが現実には新規事業が「Nice to have(できれば上出来)」として位置づけられ、本業とは別枠のテーマとして扱われてしまいます。
その結果、組織の中には「既存事業」と「新規事業」という見えない境界線が生まれるのです。既存事業は会社を支える本丸、新規事業は将来に向けた実験。このような認識が広がると、経営資源の配分や意思決定の場面で、両者は同じ土俵で議論されなくなります。こうして、新規事業が「本丸」に育つ機会が、静かに失われていくのです。
なぜ現場では解決できないのか?経営トップにしかできない理由
短期的な利益だけを追うのであれば、既存事業の効率を高め、競争優位性を磨くことに集中すればよいでしょう。しかし、企業が将来の成長まで見据えた瞬間、別の課題が生まれます。既存事業の利益を維持しながら、まだ成果の見えない新規事業にも投資しなければならないからです。
現場が抱える構造的な壁
新規事業の現場は、その難しい課題の最前線に立っています。投資家からは短期的な成果を求められ、既存事業からは利益や人材を奪う存在と見なされることがある。また組織としては「挑戦を歓迎する」と言いながら、実際には失敗の少ない人材が評価されることも少なくありません。さらに、新たな事業が形になるまでには長い時間がかかります。一方で、担当者に与えられる役割や任期には限りがあります。この時間軸のズレも、新規事業の推進を難しくしている要因の一つです。
現場は、こうした状況の中で成果を求められます。しかし、評価制度や意思決定の仕組みそのものを変える権限までは持っていません。どれだけ優秀な担当者がいても、組織の前提が変わらなければ越えられない壁があります。
経営トップもまた、ジレンマの中にいる
もっとも経営トップだけを責めればよいわけではありません。経営トップ自身もまた、大きなジレンマを抱えています。
たとえば、自社の取締役会を見渡したとき、事業創造や新規事業の立ち上げを実際に経験してきた経営陣はどれだけいるでしょうか。多くの経営者は既存事業を成長させた実績によって現在のポストに就いています。そのため、新規事業の重要性は理解していても、経験としては必ずしも豊富ではありません。
加えて、株主や投資家から短期的な業績向上を求められます。成果が見えるまで時間のかかる新規事業に、継続的に経営資源を投じることは簡単な判断ではありません。
組織を変える力は、経営トップにある
このように、現場にも経営トップにも、それぞれ異なる難しさがあります。ただし、両者には決定的な違いがあります。現場は与えられた制度やルールのなかで成果を出すことはできても、その制度やルール自体を変えることはできません。
既存事業の拡大や効率化を進めるのか、新たな価値創造に挑むのか。これは二律背反ではありません。短期の利益を守りながら、不確実な未来に投資する。安定を維持しながら、変革を起こす。こうした相反する命題を、引き受け続けること――それは、経営トップにしか成しえない役割です。
次の柱となる事業は、優秀な担当者の努力だけでは生まれません。経営トップが新規事業を本業と同じ重要度で扱い、組織全体の仕組みを整えてはじめて、「実験」だった事業は「本丸」へと育っていくでしょう。
組織の老化を防ぐ「創造中心経営」という考え方
では、経営トップはどのように動けばいいのか。その一つの解となるのが、「創造中心経営」という考え方です。
企業は成長し、成熟するほど、効率化や最適化を重視するようになります。もちろん、それ自体は必要なことです。しかし、偏りすぎると、過去の成功体験に縛られ変化への感度を失ってしまいます。新しい挑戦よりも既存事業の維持を優先し、意思決定も次第に保守的になっていく――こうした状態は、いわば「組織の老化」と言えるでしょう。
この老化を止めるのは、リストラやコスト削減といった「痛み」ではありません。異なる価値観や新しい発想を受け入れ、短期の効率から長期の価値創造へと、経営の重心を動かし続ける。そして、組織の内側に変化を起こし続けることで、「組織のアンチエイジング」を実践していく。その不確実なプロセスを通過する中で、次世代の経営人材が育ち、組織に新たな活力が生まれていきます。これが創造を経営の中核に据えるという、「創造中心経営」の考えです。
この創造中心経営を実践するために設計したのが、「THE REAL」です。「THE REAL」は、創造を企業変革へとつなげるための経営トップの行動指針で、次の4つの要素によって構成されています。
「創造」を、会社の未来を変える本丸として戦略の中心に据えること。経営トップ自らが退路を断ち、全社戦略と結びつける意思を明確にする。この覚悟と決断によって初めて、挑戦は傍流ではなく、企業変革の中核として育っていく。
未来の物語(神話)を語り、論理を超えて人と資本を動かすこと。一方で、既存組織の正論と圧力にさらされる挑戦の現場を守りぬくこと。時に、経営トップ自らが防波堤となり、言行一致でオーナーシップを示すことで、創造を現実の事業へと進める。
公平性を基にした既存の評価基準に安住せず、異端な個を見出し、真の修羅場に投じ、正当に評価する仕組みを自ら設計すること。創造の現場を通じて次世代経営人材を鍛え上げ、組織の新陳代謝を促す。
目先の利益や任期にとらわれず、「創造」を継続できる仕組みと規律を構築すること。さらに、挑戦の熱量と人的ネットワークを次世代へ確実に引き継ぎ、経営者自身も学び続けることで、価値創造を止めない成長のサイクルを創り出す。
この4つは、独立した課題ではありません。覚悟が熱狂を生み、熱狂が覚醒を促し、覚醒が継承へとつながっていく。そしてその継承が、次の世代の覚悟を生むのです。この循環を、経営トップ自らの行動として設計できているかが肝要だと考えています。
「なぜ本丸に育たないのか」という問いの先へ
本レポートでは、セイノーホールディングス、ソニー、東京海上ホールディングス、ヤマハ発動機、SB C&Sといった大企業の第一線で新規事業に取り組む実践者たちとの議論をもとに、創造中心経営を実践するための4つの行動指針「THE REAL」と、12の具体的アクションを整理しました。さらに、自社の現在地を点検する「10の問い」も収録しています。新規事業が「実験」にとどまる構造を見直し、次の一手を考えるために、ぜひご活用ください。
