- 新規事業創造
大企業が新規事業を立ち上げるからこそ考えたい、ベンチャーにはない「不公平な優位」とは
前回は、新規事業の成功確率を高めるために押さえてきたい、ビジネスモデル構想のポイントを「フロントステージ」と「利益方程式」部分を中心に考えました。ビジネスモデル構想において、次に登場する論点は「規模の拡大(スケーラビリティ)」とそのために必要な「持続的な競争優位性(ディフェンシビリティ)」です。
事業規模を拡大するには、顧客の「不」を起点に、まずは規模と成長性の両面から大企業の新規事業として魅力的な市場を選定することが重要です。同時に、その市場で勝ち続けるための「持続的な競争優位性」の構築も、事業規模を拡大するためには欠かせません。
ここでも新規事業の成否を分ける視点は、やはり「顧客」です。詳しく見ていきましょう。
大企業だから活かしたい「アンフェア・アドバンテージ(不公平な優位)」
今回のテーマである、競争優位性を維持しながら事業規模を拡大させていくかを考える際の論点は、ビジネスモデルキャンパス(BMC)の「バックステージ」部分にあたります。
ここからは、主に「競争優位性」に焦点を当てて考えます。
持続的な競争優位性を構築する方法として、「事業経済性を高める」ことがあります。その方法の一例として、
- ・規模の経済:固定費率が大きいビジネスで生産数量が増えるほど生産単位あたりの固定費が低減する
- ・経験曲線:個人や組織が業務プロセスの経験を蓄積するにつれ、歩留まりや作業効率が上がり、生産性が上がる
といったものが有名です。ただし、これらの事業経済性はいずれもコストを起点に競争優位性を構築していく考え方になります。
一方、新規事業は、コストの前に、生み出す「価値」に焦点を当てて競争優位性を考えることをお勧めします。ビジネス(事業)とは、「顧客の課題を解決するために、価値あるソリューションを提供すること」だと前々回のコラムでお伝えしました。だからこそ、まずは「価値創出」で競争優位性を構築できるよう、徹底的に考えてほしいのです。そもそも価値が実現できなければ顧客が求めるビジネスにはならず、規模の経済や経験曲線を効かせる段階に至らないからです。価値を上げる観点での事業経済性として、ここでは以下の4つを挙げます。
- ・破壊的イノベーション:低品質だが低コストな技術によって、既存プレーヤーが気づかないうちに顧客のニーズを満たせる代替品を育てあげ、気づいた時には市場を乗っ取っているようなイノベーション
- ・ネットワーク効果:ユーザー同士のコミュニケーションやマッチングを実現するプラットフォームを構築し、特定のセグメント内で圧倒的なシェアのユーザーを囲い込むことで顧客価値の増大につなげること
- ・ビッグデータ解析:ハードウェアの物理的限界や人間の認知能力限界を、膨大なデジタルデータを蓄積し解析することで補い、顧客価値を生み出し続けるサイクルを構築すること
- ・アンフェア・アドバンテージ(不公平な優位):知的財産(IP)、ブランド力、特別な顧客リスト、取引先との排他的な契約関係など、競合が入手できない重要な経営資源
このうち、大企業が新規事業を立ち上げるにあたって、最も重要なのは「アンフェア・アドバンテージ」です。なぜなら、知的財産やブランド力といった経営資源の豊富さでは、ベンチャーや中小企業は大企業には勝てないからです。逆にベンチャー企業の優位性は、事業を立ち上げるまでのスピード感にあります。
大企業にとっては、新規事業で競争優位性を作り上げるために、自社特有のアンフェア・アドバンテージを活用しない手はないといえます。たとえば、販路や技術支援など外部リソースを借りるための交渉ひとつとっても、知名度のある会社であれば、少なくとも交渉の依頼には応じてくれるでしょう。
皆さまの会社におけるアンフェア・アドバンテージには、どのようなものがあるでしょうか。この機会に、ぜひ考えて見てください。
真の競争優位性を考えるには、「顧客」への視点が欠かせない
ここまでの新規事業立案プロセスにおいて重要なのは、「アンフェア・アドバンテージを考える段階が来るまで、自社リソースについては一切考えない」ことです。顧客視点を意識し続け、顧客へ価値が届くビジネスモデルを構想した後ではじめて、自社リソースに意識を向けてアンフェア・アドバンテージを考えることで、成功確率が高いビジネスになりえると考えます。
そしてアンフェア・アドバンテージを考える際も、数ある自社の経営資源を挙げた後、顧客ニーズに合致しており、かつ競合より秀でているアドバンテージを見出すことが何より大切です(下図①の部分)。
ところが潤沢なリソースがあり、顧客と社員が直接的な接点をもちにくい大企業は、自社の優位性を考えようとすると、競合と比べる意識ばかりが強くなり(下図の②部分)、顧客視点が薄れがちです。アンフェア・アドバンテージを検討する際、自社と競合だけを比べてスペック比較をする“星取表”を作るのはNGの代表例です。
アンフェア・アドバンテージは、顧客・競合・自社の3つの視点を行き来しながら考えることが欠かせないポイントとなります。
自社がこの事業に参入する意味を見出す
新規事業のアイデア段階では、顧客視点を意識し続けて検討を重ねます。そのため、既存事業とはまったく異なる顧客セグメントへ向けた事業プランになることも多く、決裁権をもつ経営陣からは「なぜ、うちの会社がやるのか?」と疑問を投げかけられることがよくあります。
アイデア段階ではその回答に苦慮するかもしれませんが、アンフェア・アドバンテージが見出せれば、経営陣からの質問にも答えが出せるようになります。アンフェア・アドバンテージによって、自社が優位に立てるリソースが既にあり、規模を大きくするポテンシャルを示せるからです。アンフェア・アドバンテージが明確になると、自社が参入する意味づけができるというメリットもあるのです。
新規事業の立案は、「忘却」→「学習」→「借用」というプロセスを経ることが重要です。自社の既存事業やリソースをいったん「忘却」し、顧客に意識を向けて顧客から「学習」する。そうしてビジネスプランを立案したら、競合他社にはない、自社だけが顧客のニーズを見たせるアンフェア・アドバンテージというものを「借用」して事業規模の拡大を目指していくのです。この順番を守ることが、顧客ニーズを満たし、かつ「規模の拡大(スケーラビリティ)」の可能性が高い新規事業になりうると考えます。