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顧客の真の課題を解決する事業コンセプト作りとは

2022.10.17

新規事業のコンセプト作りで重要なのは、「顧客に徹底的に向き合う」ことです。ところが、いざコンセプトを検討し始めると、市場規模や競合といった、顧客には直接関係のない観点から考え始める人は少なくありません。

今回は、新規事業のコンセプト作りのプロセスと重要な視点について、陥りがちな失敗も押さえながら考えます。

新規事業を考え始める時のNGワード

我々が企業の新規事業立案プロジェクトに関わってきた経験を振り返ると、新規事業のコンセプトを考え始める際、最初にこのような内容が話し合われることが多いと感じています。

「市場規模は?成長している市場か?」
「競合はどこになるんだろう?とりあえず他社事例を調べようか」
「うちの会社の強みが活かせるか?」

市場規模や競合の視点は既存事業の改善においては欠かせませんし、経営計画がしっかり作られ、大きな市場で成長を目指す大企業ほど、普段の業務でも市場規模や競合を常に見る習慣がついているものです。

しかしながら、新規事業を検討する初期段階では考える必要はありません。なぜなら、これらは自社都合の話であり顧客には関係がないからです。「市場規模」や「競合」は、今の段階ではNGワードとして封印しておいてください。

顧客の困り事は何か?

では何から考え始めればよいのか。そのヒントは「事業の本質」にあります。

ビジネス(事業)とは、言葉に表すと「顧客の課題を解決するために、価値あるソリューションを提供すること」だと考えます。顧客は、課題を解決するに価すると思った製品やサービスにお金を払うのです。

この定義をもとに考えると、事業立案で最初に意識したいのは市場でも競合でもなく、「お客様の課題(困り事)は何なのか」です。この顧客の課題がクリアになった後で、課題を解決するために何をするのかを考えるのが、事業コンセプトを作るプロセスになります。市場規模や競合優位性から考え始めると、やりたいことありき、解決策ありきのコンセプトになってしまい、誰も興味を持ってくれないプロダクトになってしまいかねません。

なお、普段の仕事では、大企業の人ほど自社の顧客と直接接する機会に乏しい傾向があるのが現実です。だからこそ、顧客がまだ誰もいない新規事業の検討においては、顧客は誰で、顧客が抱える課題は何なのかを意識しすぎるほど意識するくらいがよいでしょう。

「バリュープロポジションキャンバス」を使って価値提案を産み出す

顧客の課題を見つけ、価値提案を考えるツールのひとつに、「バリュープロポジションキャンバス」というものがあります。顧客のニーズ(キャンバスの右側)と顧客への提供価値(左側)を並べて見ることで、顧客のニーズと自社の製品・サービスの価値にズレが生じていないかを確認できるフレームワークです。

新規事業の検討では、まずキャンバスの右側から考え、顧客のニーズが明らかになってから左側の「自社の価値提案」を考えていきます。

キャンバスの右側を考えるには、顧客について徹底的に理解を深める必要があります。顧客について

の3つを明らかにし、顧客がお金を払ってでも解決したい課題を見つけるプロセスを「カスタマープロブレムフィット」と呼んでいます。

このプロセスでもうひとつ着目したいのは、顧客がとっている代替案です。顧客は今、課題を解決するために何らかの代替案を使っているかもしれません。もしくは「何もしない」という代替案を採用している場合もあるでしょう。もし代替案で十分満足しているなら、新たなソリューションは不要になります。他の困り事を探しましょう。

この段階では製品やサービスは考えず、顧客となりうる人へのインタビューを通じて、顧客の声にならない声をすくい上げることが重要です。そのため、外部の調査会社などへインタビューを委託するのではなく、新規事業の担当者が自ら顧客に聞きに行くのがよいと思います。

顧客は、最初から「本当の困り事」は言わない

インタビューでは、顧客が最初に言葉にすることは本当の困り事ではなく、「困り事のようなもの」に過ぎないかもしれません。人は自分が困っていることを具体的に認識するのは難しく、すぐ口に出てくる困り事は実はさほど困っていない場合も多いものです。顧客の言葉の背景にある状況や叶えたいものを深掘りすることで、「真の困り事」に辿り着けるのです。

自動車会社フォードの創業者であるヘンリー・フォード氏の有名な言葉に、

「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう」

というものがあります。フォード創業前のアメリカには自動車がまだ無く、主な移動手段は馬でした。自動車を目にしたことがない人に望むものを聞いても、自動車と答えるわけはありません。フォード氏は顧客に向き合うことで、顧客が真に望んでいるものは「長い距離をもっと速く、安全に移動できる手段」だと突き止めたエピソードです。

顧客が口にすることは「速い馬」のように手段である場合も多くあります。顧客の言葉を鵜呑みにせず、解決したい課題は何か?に迫るインタビューをしたいものです。

顧客の真の課題を探り当てる3つのポイント

顧客にインタビューでじっくり話を聞く大切さは、フォード氏のエピソードを聞いても納得できると思います。顧客の課題を見つけるプロセスで欠かせない3つのポイントを、陥りがちな失敗例とあわせてご紹介します。

1. 事業アイデアがまだ無くても、顧客に会いにいく

提案できるものが無くても、この段階では顧客の声を聞くために会いに行くことが重要です。

ところが、普段顧客に接する機会が乏しい大企業の人ほど二の足を踏みがちな傾向があります。「行けと言われても、誰に会いに行けばよいんですか?」と行動が止まってしまう様子も散見されます。

まだ事業のアイデアも固まっていないのに自社の名前を出してよいのか、インタビューの後で事業をやらないかもしれないのに話をしてよいのか、守秘義務契約はどうするのか……といった心配はしすぎなくて構いません。

新規事業は”多産多死”が当たり前で、成功のカギはトライアンドエラーを高速で繰り返すことです。顧客となりうる人に会いに行くのをためらい、初動が遅くなるのは時間の無駄になってしまいます。

2. 適切な人に会いにいく

顧客インタビューでは、課題を持っていそうな人に会いにいかなければなりません。ところが、いざ行動に移そうとすると、古くからの友人や親類など、聞きやすい人に聞いてしまいがちです。インタビューは何らかの仮説を検証するために行うものですが、聞いている相手が、仮説を検証するに値する人でなければ意味をなしません。

誰にインタビューすべきかを考える際は、アメリカの起業家スティーブ・ブランク氏が提唱した、以下の特徴をもつ「伝道師カスタマー」を参考にしてみてください。

人脈で伝道師カスタマーになりそうな人が見つからなければ、スポットコンサルティングなどの外部サービスも利用して探す方法もあります。聞きやすい人にだけ聞きに行かないよう注意しましょう。

3. 仮説検証は、押し売りではない

仮説検証にも、陥りがちな失敗パターンがあります。それは、インタビューで自分たちの製品・サービスのアイデアについて直接質問してしまうことです。

例えば、

といった「Yes」を要求するような質問をされたら、相手は無意識に「……はい」「まあ、そうですかね」と答えるでしょう。このような押し売りの質問では、顧客の本音は引き出せません。

製品やサービスについてインタビューするのは、顧客の課題が明確になり、プロトタイプと呼ばれる製品・サービスの試作品を作った段階です。顧客の課題を探っている最中は、製品アイデアは心の中にしまっておきましょう。

製品・サービスは、お客様のペインを取り除き、ゲインを増やすためのもの

顧客へのインタビューを重ね、顧客の課題が明確になりカスタマープロブレムフィットができたら、バリュープロポジションキャンパスの左側にある価値提案を考え始めます。この際も、いきなり製品やサービスを考えるのではなく、その要素から考えるのがポイントです。

ここではまず、

は何かを明らかにすることから始めます。重要なのは、ゲインとゲインクリエイター、ペインとペインリリーバーが整合していることです。親切心で「こんな機能もあったら面白いよね」という機能を入れる必要はありません。価値提案を考える起点は、あくまで顧客のゲインとペインです。

また、ゲインクリエイターやペインリリーバーを実現する技術が自社にあるかどうかも、現段階では気にしなくて構いません。技術的に自社で実装するのが難しければ、外部パートナーと組む道を考えれば解決するからです。

ゲインクリエイターやペインリリーバーが明らかになったら、製品・サービスのアイデアを出していき、プロトタイプを作って「プロブレムソリューションフィット」を目指す段階に入ります。

バリュープロポジションキャンバスの考え方を見てみると、製品やサービスを考える前の工程がいかに重要であることがお分かりいただけたかと思います。最初に考えるべきなのは、あくまで顧客の課題なのです。

最後に問われるのは、「何が何でも自分たちが解決したい課題か」

新規事業を成功させる上で重要なことは、これまでご紹介したように顧客に徹底的に向き合うプロセスを経ること、そして「新規事業メンバーの覚悟」です。何が何でも自分たちが解決したい課題だと迷いなく言えるくらいの熱意がないと、新規事業を成功に導くのは難しいでしょう。なぜなら、新規事業は初期の計画通りに進むことは滅多になく、次から次へと乗り越えるべき課題が迫ってくる、険しい道のりだからです。グロービス経営大学院で開催されているビジネスプランコンテスト「G-CHALLENGE」の審査でも、このポイントは重要視しています。

新規事業で大きな壁にぶつかった時に乗り越える原動力となるのは、覚悟です。壁を越えたら、それ以上の喜びがあるのも新規事業の醍醐味です。覚悟が決まったら、事業づくりの険しい山登りを、楽しみながら歩んでいきましょう。

グロービス・コーポレート・エデュケーションディレクターグロービス G-CHALLENGE 投資担当 大崎 司

グロービス・コーポレート・エデュケーション
ディレクター
グロービス G-CHALLENGE 投資担当

大崎 司 / Tsukasa OSAKI

電通国際情報サービスでITの企画営業に携わった後、電通イーマーケティングワン(現電通デジタル)、電通コンサルティング、2社のコンサルティングファームの立ち上げに関わる。会社のマネジメントに携わりつつ、自動車、通信、エネルギー、ヘルスケア、不動産・街づくり、中央省庁など、広範なクライアントに対し、中期経営計画、成長戦略、新規事業戦略などのコンサルティングを実施。
現在は、グロービス法人部門名古屋オフィス責任者として、大手自動車会社をはじめ、中部圏の様々な業種・業界のクライアントに対して、人材育成・組織開発面でのコンサルティングを行いつつ、経営・マーケティング戦略・事業開発領域のコンテンツ開発や講師、ビジネスコンテストの審査、起業家へのメンタリングも行っている。
関西学院大学総合政策学部卒業。グロービス経営大学院修士課程(MBA)修了(成績優秀者)

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