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パーパスの策定と浸透フェーズで“陥りがちな罠”を潜り抜けよ(前編)

2023.03.17

前回のコラム「パーパスは企業経営にどのようなメリットをもたらすのか」では、パーパス経営を適切に実践することで生み出せる多くのメリットについて考えました。本コラムでは、パーパス策定フェーズで陥りがちな罠を取り上げ、最低限押さえておきたい対策も考えます。

パーパス策定・浸透の3つのPhaseと陥りがちな“罠”

企業が目指す「北極星」であるパーパスそのものの表現は、シンプルです。ただし、その策定・浸透のプロセスは決して容易ではありません。パーパスがステークホルダーに対して訴求力を持ち、経営や現場の意思決定や行動の軸として機能するために、3つのPhaseが存在します。

これら3つのPhaseにおいて、多くの企業で陥りがちな“罠”を取り上げ、その対策についても考えていきます。

陥りがちな罠❶:事務局が、パーパス発表までを一旦のゴールとして策定プロジェクトを立ち上げ、言語化を急ぐ

Phase1の体制準備において陥りがちな“罠”は、社内外へのパーパスの発信時期が先に決まっており、それに向けた短期間のスケジュールでパーパスの言語化を急ぐケースです。この場合、いかに魅力的なワーディングにするかばかりに意識が向きやすく、必要なプロセスが省かれていることが見受けられます。つまり、言語化することがいつの間にか目的になってしまいやすくなるのです。また、パーパスが完成しても、結果的に自社の実態に伴わない内容を掲げてしまったり、一方通行な発信や共有会のみでパーパスが根付かないことが起こり得ます。

では、どのような対策を検討すべきでしょうか。パーパスの言語化を始める前に、取り組んでおきたい重要な対策があると私たちは考えています。ここでは、4つのステップに分けてご説明します。

<対策1> 経営トップと事務局でパーパスの“パーパス”をすり合わせる

まず、経営トップと事務局が徹底的に対話・議論し、問題意識を共有しておくことが重要です。自社は、何のためにパーパスを策定するのか。どのような経営課題と向き合い、波及させたい効果や実現したい組織成果は何なのか。まさに、パーパスの“パーパス”を明確化しておく必要があります。この時、前回のコラムでご紹介した<12のメリット>をベースに議論してもよいでしょう。
プロジェクトの初期段階で経営トップとの共通認識ができると、その後のパーパス策定や浸透フェーズにおいても、立ち戻れる起点になります。

<対策2> コアチームメンバーの人選を行う

その上で、パーパスの策定・浸透活動を進めるコアチームのメンバーとして、どのような人選を行うべきかを考えます。人選は、いたずらに、複数の部署から責任者クラスを選抜するという曖昧な基準ではなく、実現したい組織成果や効果から逆算し、選抜していきます。この時、どのような組織成果を狙ったとしても重要な選抜基準の1つは、その方が「社内でも信頼度が高く、一目置かれる度合い」です。今後、パーパスの策定や浸透活動を進めるにあたって、周囲を巻き込むシーンも増えていきます。その際、コアチームメンバーが、周囲からどのように見られているのか、が推進力に影響を与えます。

<対策3> コアチームを「パーパス・ドリブン・チーム」に醸成する

選抜されたコアチームのメンバーであっても、チーム組成直後は「パーパスを言葉にすることはわかるが、なぜそこまで力を入れてやる必要があるのか?」という違和感や懸念を抱くことがあります。

こうしたメンバーの懸念を払拭するためにも、プロジェクトが始まった後も、経営トップと定期的に対話する機会を設けながら、メンバーがパーパスに向き合うマインドとスキルを醸成し、コアチームが一体化することは欠かせません。具体的には、心理的安全性が高い場をつくりながら、以下のステップで、コアチームへのプログラムを実施します。

グロービスが支援する「コアチーム組成後に実施するプログラム」
  • ① 時代背景認識・パーパス概論
  • ② 経営リーダーとしての視座・視点の醸成
  • ③ コアチームメンバーの“マイ・パーパス”の明確化
  • ➃ パーパス作成・浸透の方法論

特に、②と③は重要です。これから向き合うパーパスの策定・浸透は、経営アジェンダです。コアチームメンバーの現在の役職に関わらず、経営リーダーの視座で、経営課題に向き合い、全社の視点で検討を進めていくことが期待されます。そのための経営リーダートレーニングは必須です。また、パーパス検討過程で、自らの”マイ・パーパス”が不明瞭では、全社のパーパスを明文化する意義に腹落ちできずにスタートしてしまう可能性もあります。

以上①~④のプログラムを通じて、コアチームを「パーパス・ドリブン・チーム」に転換していくことがとても重要になります。これが欠けてしまうと、プロジェクト中の結束力低下や、社内からの様々な意見に影響を受けすぎてブレが生じたり、独りよがりな文言を作ってしまう恐れがあります。

<対策4> 浸透プロセスまで含めたグランドデザインを策定する

「まずはパーパスの言語化に注力しよう」と、浸透策の構想を後回しにしてしまうと、パーパスが「絵に描いた餅」になる可能性が高まります。パーパスを完成させて発表するまでの計画だけでなく、浸透フェーズまで含めたグランドデザインをPhase1で立てておくことは重要です。どのようなタイミングで事業戦略・業務プロセス・制度と整合を図っていき、パーパスをどのように社員ひとり一人の自分事として浸透させていくのか。こうした組織実装・浸透策とともに、自社がいつまでにどのような状態になっていることを目指すのか、少なくとも3年後を見据えた全体構想があるといいでしょう。このグランドデザインは、コアチームが中心となり経営トップとともに策定します。このプロセスを通じて、コアチームの主体性をさらに育むことにもなります。

なお、コアチームの運営にあたっては、外部の専門家の意見を参考にしたり、外部ファシリテータに入ってもらったりしてもいいでしょう。ただし、コアチームが納得し、グランドデザインを描き切れるかが、その後の実行力や浸透Phaseでの効果に影響を与えます。

次にPhase2の陥りがちな“罠”と、その対策を考えます。

陥りがちな罠❷:必死に検討したはずのパーパスが、社員に共感されない

Phase2の探索・結晶化段階で陥りがちな“罠”は、完成後の社内発表時に起こりえます。

(事務局)「経営陣も巻き込み、検討にも時間をかけたが、思うような反応が得られなかった」
(社員)「これまでのミッションやビジョンと何が違うのかよくわからなかった」
(社員)「他社でもよくある表現で、ピンとこなかった」

など、社内で発表したときにあまり共感が得られなかったというケースです。社員にとっては、経営理念やミッション、ビジョンがすでにあり、新しい標語が増える程度にしか思わないこともありえます。「なぜ同じようなものをまた作っているのか?」という、食傷気味のコメントが出てくることがあります。

パーパス経営を推進していく際に、このような反応が出ることは避けたいところです。対策のヒントは、探索・結晶化のプロセスにあると考えています。

<対策1> 実用性に拘り、人が共感しやすいメッセージの要素も知っておく

前回のコラムでご紹介した通り、多くの日本企業では、すでにビジョンやミッションといった上位概念があります。パーパスは、単体で完結するものではなく、ビジョンやミッション、さらには戦略立案や組織強化にもつながる変革の基点です。そのため、パーパスを再定義する際は、すでにあるビジョン、ミッション、バリューも「変えるべきこと」「変えないこと」を同時に再検証し、全体のつながりをストーリーとして整理しておく必要があります。

また、パーパスの文言は今後、ステークホルダーと対話・発信していく上で、多くの人々に触れられていきます。そのため、パーパスの文言策定にあたっては、人の共感や浸透につながりやすいメッセージの要素を押さえておくといいでしょう。ここでは、心理学的に共感・浸透がされやすい要素である「SPICE」と「VAK」をご紹介します。ぜひ参考にしてください。

共感・浸透されやすいメッセージの要素(SPICE)
  • Simplify(単純化):複雑長文ではない
  • Perceived self-interest(私的利益感):受け手側の関心を捉え、得られる価値やメリットを感じる
  • Incongruity(意外性):一般的に他社でよく耳にする表現ではない(自社の独自性がある)
  • Confidence(自信):自分たちの自負心が感じられる
  • Empathy(感情移入):自分も一緒になんとかしたいと思える
受け手側に響きやすいメッセージの要素(VAK)
  • Visual(視覚):風景や物語が映像として浮かびやすいか
  • Auditory(聴覚):言葉に発すると耳に残りやすいか
  • Kinesthetic(身体感覚):ワクワクするような感覚を持てるか
<対策2> 4つの探索を結晶化させ、パーパスに命を吹き込む

パーパスの初期発表時に「共感」を得てもらうことは、どの会社にとっても容易なものではありません。その1つの要因は、受け手側にとってパーパスの理解は、全社中計や戦略の理解とは異なるためでもあります。つまり、戦略であれば論理性やデータが納得感を促しますが、パーパスには世界観や情緒性、希望など、背景にある物語性(ナラティブ)が感じられ、一人ひとりの五感にも訴えるものが求められます。

こうしたパーパスの特徴をふまえ、コアチームは以下2つの問いを起点に考えを深めます。

  • ① 社会のどのような課題・ニーズの解決をするのか?
  • ② ①に対して、どのような自社固有の独自性を活かして、どのような価値を提供するのか?

この①と②の「問い」に答えるために、コアチームが中心となり、以下4つの探索活動を通じて、パーパスを紡ぎ出し、結晶化させていきます。

ⅰ.「社会・未来」の探索

現在起こっている変化だけでなく、将来大きなインパクトになりそうな「兆し」を捉えていきます。そのため、今後10~20年後を見据え、地球規模のメガトレンドを踏まえて自社に影響を与えうる複数の「起こりうる未来シナリオ」を洞察します。また、未来の世界において「自社がどのような存在価値を発揮していたいのか」を絵や写真などを活用して描くというアプローチも有用です。 このように「起こりうる未来」と「ありたい未来」の両方を幅広く検討していきます。なお、こうした議論を社内メンバーだけで行うと、自分たちとは関係なさそうにみえる情報を無意識に切り捨てやすい傾向がみられます。必要に応じて外部の有識者も交え、多様な視点で構想できるといいでしょう。

ⅱ.「歴史・DNA」の探索

自社の歴史や、これまで存在していたビジョン、ミッション、バリューの意味合いを深く紐解いていきます。社史がある場合には、コアチームメンバーで読み込み、自社がどのような変遷を歩んできたのかを振り返ると、自社ならではの「共通言語やDNA」を抽出する手がかりが得られます。創業のエピソードや原点は何か。重要な意思決定の判断軸は何であったか。象徴的な事業やプロジェクトで発揮された独自の強さの源泉は何であったか。何がステークホルダーから評価され、成長事業を作り上げることができたのか。これらを、当時の時代背景もふくめて紐解いていくのです。また、創業メンバーやOB/OGの元役員に直接インタビューをしたり、著書があれば目を通したりすることも重要です。社史には書かれていない当時の強い想いや情景に触れ、生きた想い・DNAをコアチームが体感できると、パーパスの言語化に活かせます。

ⅲ.ステークホルダーとの対話

ステークホルダー(顧客、取引先、パートナー、多様な世代の従業員)との直接の対話やインタビューを実施します。ステークホルダーの期待やニーズをコアチーム側が考えていても、勝手な思い込みになってしまっているケースがあります。自社はステークホルダーから何が評価され、どのような強み、独自性に価値を感じているのか、具体的なエピソードと共に掘り下げていきます。具体的な評価や感謝、今後の課題や期待を直接聴くことで、パーパスを紡ぎ出す深い示唆が得られます。若手世代の価値観を理解する際も、外部の調査結果などに頼るのではなく、実際に従業員と対話し、無記名でのアンケートも実施できるとよいでしょう。

こうした一連の対話や調査は、パーパスの検討に多くの方々を巻き込む意味合いもあるのです。関係者に「自分の声が反映されている」と感じてもらうことは、その後の浸透Phaseにもプラスの効果を与えます。また、これらの活動によって、コアチームに強い責任感がさらに醸成され、動機づけの機会になっていることを、私たちもお客様のご支援を通して感じています。

ⅳ.現経営陣のWILL

ここまでの過程で収集・分析した内容を踏まえ、最後に現経営陣のWILL(意志)を込めていきます。今後起こりうる社会課題をふまえ、現在と将来のステークホルダーに対して、どのような独自の価値を届けていきたいのか。経営陣として何をStart(新たに追加)し、 何をStop(訣別)し、 何をContinue(継承)させるのか、を徹底的に考えていきます。このプロセスを通じて、パーパスの核となる、独自のキーワードを抽出します。経営陣が本音で想いを語り、コミットできるものであることが重要です。これが最終的なパーパスの文言につながります。

上記4点を探索・整理・分析する際は、絵・映像・感情・ストーリーとして描き出すこと(右脳)と、論理・構造・言語にして分析すること(左脳)の両方を行き来するといいでしょう。その上で、最終的なパーパスの文言を選定していくと、多くの人の共感を生みやすい文言に結晶化しやすくなります。

また、パーパスを社員にどのように発表するかも想定しておく必要があります。コアチームはこれまでの検討プロセスを体験しているため、パーパスに納得・共感しています。しかし、初めて聴く社員はこうしたプロセスを体験していません。そのため、結晶化されたパーパスの初期伝達場面では、動画やピクチャーなどの手段や演出も含めて設計し、パーパスの意図する世界観を追体験できるような工夫をしておくことも重要でしょう。

次は、難易度の最も高い「Phase3:組織実装・浸透」です。ここまで順調に進んでもPhase3で難航される企業も多いように見受けられます。ぜひ次回のコラムも参照ください。

グロービス・コーポレート・エデュケーションマネージャー 井上 佳

グロービス・コーポレート・エデュケーション
マネージャー

井上 佳 / Kei INOUE

国内コンサルティングファームにて、上場企業から中小企業、官公庁の組織開発、人事制度設計、営業拠点再生プロジェクトに従事。中四国支社責任者、東京本社所長、新支社の立ち上げを経験後、グロービスに参画。現在は、通信、メーカー、商社、食品、素材、航空など様々なクライアント企業の新規事業支援、経営体制支援、人材・組織開発の企画・実行に携わっている。
英イーストロンドン大学応用ポジティブ心理学修士(MAPPCP)、英ケンブリッジ大学Sustainability Leadership Program修了、国際ポジティブ心理学会(IPPA)会員。

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