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パーパスの策定と浸透フェーズで“陥りがちな罠”を潜り抜けよ(後編)

2023.07.20

本コラムでは、パーパス経営における最大の難所とも言える「Phase3:組織実装・浸透」について検討していきます。

※前回までのコラム(主にパーパスの策定Phaseにおける陥りがちな罠と、その対策)はこちら

陥りがちな罠❸:パーパスが日常の行動や意思決定と結びつかず、絵に描いた餅となる

パーパスが発表されると、社内での共有会が各所で行われ、オフィスでの掲示がされることもあるでしょう。しかし、パーパスを多くの社員に浸透させるコミュニケーション施策が展開されていても、経営会議ではこれまで通りの判断軸で戦略が検討されていることは珍しくありません。あるいは、パーパスを遵守すべきルールのように社内で運用させてしまったり、目先の売上につなげるマーケティングキャンペーンの謳い文句としてのみ利用されてしまうケースも見受けられることがあります。

パーパスは組織運営との一貫性が問われてきます。中長期的な事業ポートフォリオの選択、戦略の意思決定、評価のあり方、権限の範囲、日常のコミュニケーションなど、その影響範囲は多岐に及びます。マネジメント層がパーパスに沿った言動や意思決定をしていないと、従業員は違和感を覚え、徐々に不信感を募らせていきます。上層部の言行不一致は、せっかくパーパスに共感を抱き始めた従業員のエンゲージメントを下げる大きな要因にもなります(※1)。

また、パーパスを社外に公表していれば、製品・サービス、社員の行動も、パーパスと一貫しているかが見られることになります。

パーパスを日常の行動や意思決定と結びつけるためには、どのような対策が必要なのでしょうか。パーパスの「組織実装・浸透Phase」でも、取り組んでおきたい重要な施策があると考えています。

<対策1> CORE(*)で組織開発をデザインし、カルチャーを変えていく

(*)「CORE」:オックスフォード大学など複数の大学や機関投資家で構成される Enacting Purpose Initiative(EPI)がパーパスを効果的に組織実装する上で提唱している考え方(※2)を参照し、本コラムでは、完全な引用ではなく、グロービスがプロジェクトをご一緒してきた中で、特に留意しておくべき点を記述しています。

パーパスを組織実装するには、「CORE」の観点に沿って対策を打つことが効果的です。

Connect:パーパスを戦略・組織・業務とつなぐ

パーパスの文言に総論賛成であっても、組織実装の各論になると経営チームでも意見が分かれることがよくあります。

前回のコラムでも述べた通り、パーパスは単体で完結するものではなく、ビジョン、ミッション、バリュー、さらには戦略や組織にもつながる変革の起点です。パーパスを軸に、中長期的にはどこを目指し(ビジョン)、どのような事業ポートフォリオや戦略を描くのか。その戦略を、どのようなKGI/KPI、組織能力によって実現していくのか。業務を実行するにあたり、社員はどのような行動基準(バリュー)を重視すべきか。こうしたことを、一貫性をもってデザインしていく必要があります。

企業変革に取り組んだ100社以上の調査で、パーパス、戦略、組織能力に一貫性をもって対処した企業は、そうでない企業に比べて、変革のパフォーマンスに顕著な違いが生まれたとされています(図1)。この結果からも、パーパス起点の企業変革には、パーパスの再定義と並行して、組織内のさまざまな施策とつなぎ、推進していくことを経営チーム内で合意しておくことが重要です。

Own:社員が“自分ごと化”する仕掛け

コアチーム(事務局)からの社員への説明会や、統合報告書を通じての発信をしていても、パーパスが自分事になる方は限られます。また、現場のミドル層が部下メンバーを集めた会議で『今回、会社のパーパスを再定義したので、皆さんもこれに従いましょう』と上位方針のように伝えて終わっているだけのことが実際にあったりします。これでは、パーパスが「上司からの指示命令」となってしまい、現場がエンゲージされることはありません。

パーパスは、各事業や部門、個人の意思決定の自律性を高め、スピーディに臨機応変に動くためのものです。そのためには、組織のパーパスが、社員一人ひとりのキャリアや人生ストーリーの中で息づき、今、この組織で働く自分なりの意味を喚起し、主体的なエネルギーを生み出すものになっている必要があります。

これを実現するために、社員一人ひとりの権限範囲の再設定に加え、個人の「マイ・パーパス」を掘り下げる機会を設けることは有用です。「自分は、なぜこの会社にいるのか?」「ここで何を実現し、社会にどのような価値を提供したいのか?」といったことを、心理的安全性の高い場でじっくり考えていきます。“個人”のパーパスを実現する上で、“組織”のパーパスがどのように紐づくのかを自らで見出す対話体験を通じて、組織のパーパスが自分事として息づき始めます。この体験プロセスは高度なファシリテーションが求められるため、外部の専門家やファシリテーターが入って実施されることをお勧めします。

Reward:パーパスに沿った行動が報われる仕組み・体制

次に、パーパスに共感し、自主的に行動を起こした社員が報われる仕組みや体制を整えていきます。せっかく動き始めた方々の芽を摘んでしまわないよう、上層部は、彼ら・彼女らの小さな行動にも目を配り、積極的に称賛し、組織内に共有することが大切です。パーパスを体現する行動が継続されるための表彰制度、キャリアパス、魅力的な仕事のアサイン、育成機会、柔軟な労働時間など、広い意味での報酬を考えることが有用です。これらを通じて、パーパスを体現しようとチャレンジする個人が称賛される土壌を作っていきます。

ただし、いきなり全社の360度評価や目標管理制度への組み込みはお勧めしません。パーパスへの社内浸透が進んでいない初期段階での評価制度への反映は、逆に、やらされ感や反発が高まりやすいため、むしろカルチャーづくりとしてはマイナスに働く可能性もあります。社員がパーパスに共鳴し、一定以上、自律的な活動がカルチャーとして醸成されてきた上で、その維持・強化策として、人事評価制度を選択肢として検討するのがタイミングとしては賢明でしょう(※3)。

Exemplify:経営陣の本音の語りと体現

最後に、経営陣や各事業部のリーダーの言行が一致しているかどうかです。これが全体のトーンセッティングになります。例えば、短期的には自社の売上利益につながるが、パーパス起点で捉えると疑わしい意思決定にこそ、周囲は注目しています。こういった意思決定は想像以上に、社内外のステークホルダーに影響します。特に、経営陣が、自らを主語にしたオーセンティック(正真正銘な、本音の)ストーリーを語ること、それに即した体現をし続けることで、組織カルチャーやマインドセットが徐々に変わっていきます。例えば、マイクロソフトを再興させたサティア・ナデラ氏、ソニーグループの再生を牽引された平井一夫(元CEO)氏、パナソニック・コネクテッドソリューションズ社CEO樋口泰行氏は、大企業の変革Phaseにおいて、パーパス起点の戦略や組織の意思決定、言動の一貫性が常に徹底されています(※4,5,6)。たとえパーパスの世界観を動画や演出を含めた魅力的な発信機会を設けていても、経営陣や各事業部のリーダー陣が、それに即した意思決定や行動を首尾一貫して取り続けているかどうかが、組織実装・浸透Phaseでは大きな影響力を持ちます。

また、外部ステークホルダーである投資家に対しても、パーパスによる変革がどう企業価値を上げるのか、経営陣の説明責任が求められます。パーパスによる企業経営とは、長期的な時間軸で行うものです。短期的なリターンを求める投資家の要求に応えることよりも、なぜ、パーパスを踏まえた新たな成長領域へ投資した方がいいのかを説得力をもって語り、自社の長期的な変革を支える投資家を増やすことが期待されます。つまり、パーパス経営において、経営陣は、社内のみならず、外部のステークホルダーにも味方になってもらうマネジメント力が益々必要になります。

各企業は、①~④の対策を通じて、社内外のステークホルダーの行動が変わることを目指し、少なくとも3~5年以上の長期軸でパーパスに基づく新しいカルチャーを醸成していく粘り強い実行が求められます。

<対策2> パーパス・ドリブン・リーダーズが、組織変革の熱量を増幅させる

パーパス経営が効果的に推進されている企業には、コアチームや経営チームに加え、もう1つの集団が現場で機能していることが見受けられます。それは、ミドル層を中心とした「パーパス・ドリブン・リーダーズ」と呼んでいる集団です。

パーパス・ドリブン・リーダーズとは、パーパスに共鳴し、経営層やコアチームの意図を理解し、現場の実情を踏まえて、矛盾をも乗り越えながら現場の実行をリードする方々です。

パーパスを起点とする組織変革は、時に、これまでのビジネスモデルや現場オペレーションを根本から変えることを伴うため、当然ながら痛みや反発が出ます。その際、パーパス・ドリブン・リーダーズは、自社の未来への強い希望を持ち、現場に対してもポジティブな活力を与えながら実行を模索していきます。経営陣がパーパスを示し、コアチームが入念な施策を展開しても、現場を実質的に動かしていく鍵は、パーパス・ドリブン・リーダーズをどれだけ組織内に増やせるかです。経営陣やコアチームが、そのような特性を持つ社員を発掘し、重要なタスクフォースにアサインしたり、経営リーダーとなるためのトレーニングを施したりすることで、パーパスによる組織変革を推し進めます。彼ら・彼女らは、社外や他部門のキーマンと非公式なネットワークを有していることも多く、こうしたつながりを通じて、組織変革がさらに引き起こされやすくもなります。

<パーパス起点の“三位一体”変革推進体制>
(グロービス作成)

パーパス経営は、「経営チーム×コアチーム×パーパス・ドリブン・リーダーズ」が連携し、三位一体となり、リーダーシップを発揮することで推進されていきます。特に、上図のように、コアチームは、2つの機能(「経営参謀機能」と「パーパス浸透支援機能」)の中心的な役割を担うことが肝要です。

この三位一体の活動に社内外のステークホルダーが共感・共鳴し、行動を起こしていく蓄積が、以前のコラムでご紹介したようなメリットを生み出し、中長期的に他社にはない優位性を築いていきます。

<参考文献>

グロービス・コーポレート・エデュケーションマネージャー 井上 佳

グロービス・コーポレート・エデュケーション
マネージャー

井上 佳 / Kei INOUE

国内コンサルティングファームにて、上場企業から中小企業、官公庁の組織開発、人事制度設計、営業拠点再生プロジェクトに従事。中四国支社責任者、東京本社所長、新支社の立ち上げを経験後、グロービスに参画。現在は、通信、メーカー、商社、食品、素材、航空など様々なクライアント企業の新規事業支援、経営体制支援、人材・組織開発の企画・実行に携わっている。
英イーストロンドン大学応用ポジティブ心理学修士(MAPPCP)、英ケンブリッジ大学Sustainability Leadership Program修了、国際ポジティブ心理学会(IPPA)会員。

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