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新規事業開発における「PoC疲れ」はなぜ起きるのか

2023.03.07

新規事業開発において、ビジネスモデルキャンパス(BMC)のプランニングができたら、いよいよ実証実験であるPoC(Proof of Concept)に進みます。PoCとは、ビジネスの構想段階にある概念や方法論、技術などについて、意図した通りの有効性を発揮できるかを簡易的な実験で検証することです。ある特定のニーズをもった顧客に支持されていれば(深く刺さっていれば)、プロダクトマーケットフィット(PMF)ができた、と表現されます。

大企業の新規事業開発においては、PoCがうまくいかず、ここから先に進めずに苦しむケースが多くあります。それはなぜか、そして乗り越えるために必要なことは何かを考えていきます。

実証実験なのに「豪華客船」を作ってしまう

大企業が新規事業開発に取り組む際、PoCから先に進めず、PoCを幾度も繰り返して疲弊する「PoC疲れ」に陥ることが少なくありません。

その理由として、大企業での新規事業開発をご支援してきた経験からお伝えすると、新規事業開発という目的に対して、その手段であるはずの実証実験(PoC)が、「とりあえず実証実験をやらなければ」という意識が強いがゆえに、いつの間にか目的になってしまうからだと考えています。

そのため、つい完璧にやろうとしすぎて、最終製品と同じレベルの完成度で、実証実験用の製品やサービスを作り込んでしまうのです。中には、これまで検討していなかった機能を「あったらいいよね」と入れてしまうこともあります。

実証実験ですので、実証したいことに沿って、あくまで簡易的な「小舟」を作るべきなのですが、知らず知らずのうちに「豪華客船」レベルのものを作り込んでしまうのです。なぜこのようなことが起きてしまうのでしょうか。

その背景には、新規事業開発のプロセスとして、ビジネスモデルキャンバス(BMC)の検討までは精緻に進めてきたにもかかわらず、PoCでは考えるトーンが突然「簡易的に」「スピーディーに」、と変わることへの戸惑いがあると考えられます。

また、既存事業で培われた「中途半端な製品を作ってはいけない」という無意識の前提や、PoCで盛り込まなかった機能がお客様から支持されるかもしれないと思うと怖くて絞り込めない、といった心情もあるでしょう。

このような思いを巡らせるうちに、PoCで用いる製品を「豪華客船」レベルで一生懸命作り込んでしまうのです。特に製造業では、実証する観点が「作れそうか」の技術実証に偏り、「お客様が効果効能を感じ、お金を払って使い続けてくれるか」のニーズ実証がおろそかになりがちです。

「豪華客船」レベルのPoCは、その他にも悪影響があります。お金も時間もかけて一生懸命作ったがゆえに、ニーズが実証されなくても心情的に棄却できなくなるのです。そうしているうちに次の実証実験も始まり、この連鎖によって「PoC疲れ」が起きてしまいます。PoCをいくら繰り返しても、いっこうに事業化されず、新規事業プロジェクトそのものが消滅するケースも起こりえます。

PoCには逆算思考が欠かせない

これまで遭遇してきた「PoC疲れ」のケースでは、目の前の実証実験を成功させようと近視眼的になるあまり、目指したい姿を見失っていることが多くあるように思います。

本来であれば、事業化へのロードマップを描き、目指したい姿から逆算して何をいつまでにやるべきなのかを見立てておく必要があります。PoCは、あくまでロードマップ上にある一つの通過点であり、そこでは、

の2点を実証することになります。こうしたニーズ実証と、それを実現するための技術実証の両方を行うのです。

「豪華客船」レベルのPoCはその真逆で、積み上げ思考で考え、技術に傾倒した実証実験をしていることに他なりません。PoCで用いる製品作りそのものにも膨大な時間を要し、新規事業の立ち上げまでに例えば3年以上かかってしまうこともあるでしょう。変化の激しい時代においては、この間に競争環境が変わってしまうことは容易に想像できます。

早期にPMFさせるためには、どの市場セグメントから始めるかの見極めが重要です。ここを徹底的に考え、事業スケールした好事例が、Amazonです。今では書籍や家電、食品、日用品などあらゆる商品を販売していますが、その出発点は専門書などのニッチな書籍、いわゆるロングテール商品でした。ロングテールの書籍からECを始めると決断するまでには、ECで売るべき商品は何か、事業の初期段階であらゆる検討をしたそうです。専門書であれば街中の書店にはめったに置いてないため、その書籍が必要な研究者や学生は、遠方の書店でも買いに行かざるを得ません。その際、ECで購入できて自宅まで配送してもらえるAmazonがあればこうした顧客に選ばれるだろう、と競合が少ない点に着目して競争優位性を築きました。また、書籍は生鮮ではありませんし、規格も決まっているため、在庫管理と発送が容易であることも、Amazonが最初の商品を書籍に決めた理由です。

PMFの早期実現に向け、Amazonでいうところの「ロングテールの書籍」に当てはまるものは、皆さんの会社では何でしょうか。

大企業の新規事業開発を阻む、2つの大きな壁

PoCを通じPMFを実現するのは簡単ではありません。世界で2億人を超える有料会員を抱える(2022年10月時点)Netflixでさえ、PMFに18カ月かかったといわれているほどです。つまり、PoCは失敗することが圧倒的に多い取り組みなのです。失敗の連続であるPoCに大企業が取り組む際、成功への壁になりがちな企業特性が2つあります。

ひとつ目は、「失敗が許されない風土」です。既存事業の着実な成長によって、与えられたタスクをミスなく行うことを最善とする風土が培われた大企業は多いでしょう。この風土を意識せず、PoCの段階でメンバーに「絶対にここで事業化しよう」などと強く言ってしまっては、現場は失敗しないよう、時間をかけてじっくりPoCに取り組もうとしてしまいます。そうではなく、早く実証実験を進めて早く失敗し、PoCで仮説が棄却されたとしても「この方向ではないことがわかった、という成果が得られた」と捉え、失敗から学ぶ感覚が極めて重要です。

もうひとつの壁は、「体制面」です。人事異動で新規事業プロジェクトからメンバーが抜け、引継相手が見つからずチームが解散せざるを得なかったり、あるいは既存部門が途中で参加して中途半端な折衷案ができて頓挫したりすることが散見されます。

また、既存部門からの協力を取り付けるのに苦労する場合も多々あります。目の前の売上に追われている既存部門は、新規事業に対して「予算を与えられて、小さな仕事をやっている」というネガティブな感情をどうしても抱きがちなのです。

新規事業開発は、現場にリソースの権限を移譲しすぎてもうまく進みません。経営トップは、新規事業部門に対して人や予算のリソースを差配する権限をもち、既存部門の心理も慮ったうえで、事業成長に応じた体制づくりをすることが重要です。

大企業が新規事業開発をする際、スタートアップとは異なる課題や注意点があることをご理解いただけたでしょうか。既存事業で培われた風土などが事業開発の壁になりうるものの、前回ご紹介した「アンフェアアドバンテージ」など、大企業ならではのメリットも多くあるので、それらを活かして新規事業開発に取り組んでいただきたいと思います。

グロービス・コーポレート・エデュケーションディレクターグロービス G-CHALLENGE 投資担当 大崎 司

グロービス・コーポレート・エデュケーション
ディレクター
グロービス G-CHALLENGE 投資担当

大崎 司 / Tsukasa OSAKI

電通国際情報サービスでITの企画営業に携わった後、電通イーマーケティングワン(現電通デジタル)、電通コンサルティング、2社のコンサルティングファームの立ち上げに関わる。会社のマネジメントに携わりつつ、自動車、通信、エネルギー、ヘルスケア、不動産・街づくり、中央省庁など、広範なクライアントに対し、中期経営計画、成長戦略、新規事業戦略などのコンサルティングを実施。
現在は、グロービス法人部門名古屋オフィス責任者として、大手自動車会社をはじめ、中部圏の様々な業種・業界のクライアントに対して、人材育成・組織開発面でのコンサルティングを行いつつ、経営・マーケティング戦略・事業開発領域のコンテンツ開発や講師、ビジネスコンテストの審査、起業家へのメンタリングも行っている。
関西学院大学総合政策学部卒業。グロービス経営大学院修士課程(MBA)修了(成績優秀者)

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