- 新規事業創造
事業コンセプトを元に、成功確率が高まるビジネスモデルを構想する
前回のコラムでは、新規事業のコンセプト作りについてお伝えしました。コンセプトを作ったら、次に考えるのはビジネスモデルです。本コラムでは、顧客の困り事を解決するためのアイデアを、事業プランに昇華していくフェーズについて考えます。
ビジネスモデルを考える際も、顧客視点を第一にすることが欠かせません。ところが、強い既存事業の経験が長い人ほど、陥りがちな“罠”があります。その“罠”についてもご紹介しながら、強いビジネスモデル作りのポイントを解説します。
「ビジネスモデル」とは何か
ビジネスモデルとは、端的に表現すると「儲けを生み出すビジネスの仕組み」です。その仕組みに含まれる要素には、顧客、提供価値、価値創出の仕組み、ビジネスプロセス、経営資源(チャネルやノウハウなど)、収益モデルなどがあります。これらの要素を組み合わせて、誰に、どのような価値を、どのように提供していくかを設計していくのです。
ビジネスモデルを考える際に使われる代表的なツールが、ビジネスモデルキャンバス(BMC)です。以下9つの要素を検討して、ビジネスモデルを可視化します。
- ①顧客セグメント
- ②顧客提供価値
- ③顧客チャネル
- ④顧客関係
- ⑤収益の流れ
- ⑥資源
- ⑦活動
- ⑧費用構造
- ⑨パートナー
①〜④はフロントステージ(顧客が望むこと)、⑥・⑦・⑨はバックステージ(実現&実行方法)、⑤と⑧は利益の方程式、と大きく3つに分類されます。
前回のコラムでご紹介したバリュープロポジションキャンバス(VPC)とBMCとの関係性を図で示すと、以下のようなものになります。ビジネスモデルの中核となるのは、VPCの内容なのです。そもそもVPCの内容が固まらないうちにBMCを考えてもただ絵に描いた餅に終わってしまいます。
ビジネスモデルの良し悪しは、考える順番で決まる
ビジネスモデルを考える際も、大切にしたいのは顧客視点です。ところが、いざ事業を作るとなると、誰からお金をいただくか、利益をどう上げるか、自分たちの経営資源をどう活かすかといった話を先にしがちです。既存事業が強く、多くの経営資源がある企業ほど顧客視点を忘れてしまう傾向があります。
ビジネスモデルの設計においては、BMCの構成要素を考える順番が重要です。まず、VPCと連動している「①顧客セグメント」と「②顧客提供価値」をおさえたうえで、その他の要素を検討し、①〜⑨の整合性を取ることがポイントとなります。
一例として、高級EV(電気自動車)市場という巨大な未開発市場を開拓したテスラの「モデルS」のBMCをご紹介します。
この事例では、収入の多い中間層以上の男性(「①顧客セグメント」)に、高性能な高級EVと無料の充電ステーション(「②顧客提供価値」)を提供するために、③〜⑨の内容を考えています。テスラは「モデルS」の立ち上げにあたり、ソフトウェアや充電ステーションの開発などは自社のみで進めるのは難しいと判断し、パナソニックなどのパートナー企業と連携しました。
重要なのは、顧客と提供価値をぶらさずに捉え続け、既存リソースにこだわりすぎずにビジネスモデルを設計することです。テスラの例を見ても、その重要性が感じ取れると思います。
成功しないビジネスモデルに潜む“罠”
成功に至らなかった事業のビジネスモデルを検証すると、検討プロセスに問題があったケースは少なくありません。ここでは、強い既存事業をもつ大企業が新規事業を立案する際に陥りがちな“罠”を2つ挙げたいと思います。
1. 既存チャネルを前提に考えてしまう
新規事業の多くは、自社にとって新たなターゲット顧客に対して新しい価値を提供するものです。チャネルを検討する際は、その新たな顧客に自社の新規事業を知ってもらい、検討してもらって、購入してもらえそうなチャネルであることが求められます。新たな顧客に向けたサービスのチャネルですから、既存チャネルとは違うものとなる可能性が高いでしょう。
ところが、ここまで顧客を意識していたにもかかわらず、何の脈絡もなく既存事業のチャネルを活用してしまいがちです。「A事業のチャネルを活用すれば、シナジー効果も発揮できそうだ」などと、イメージしやすいことも相まって自社資源の活用がお題目になってしまうのです。せっかく見つけた事業アイデアが良いものであっても、顧客接点という重要な役割を担うチャネルがターゲット顧客に届きにくいものであれば、新規事業は成功しません。
なお、最適なチャネルを考える際は、見込み顧客が商品を購入するまでの行動や感情を可視化する「カスタマージャーニーマップ(※)」を活用し、ターゲット顧客のタッチポイント(顧客と接する場所や手段)を洗い出す方法があります。
2. サブスクやフリーミアムといった流行りの収益モデルを取り入れてしまう
BMCの「⑤収益の流れ」を考える際も、注意が必要です。新規事業というと、最近新たに出てきた流行りの収益モデルがよさそうだと無意識に考えてしまう“罠”があります。たとえば、サブスクリプション(定期的に定額を支払い商品やサービスを利用する)、フリーミアム(基本サービスを無料で提供し、さらに高度なサービスは有料とする)といったものが挙げられます。
収益モデルには、売り切り、サブスクリプションやフリーミアムの他にも、成果報酬、従量課金、投げ銭モデル、ライセンシング、部分所有など数多くあります。日常生活の中で、耳にしたことがある収益モデルもあるのではないでしょうか。
収益を得る方法は数多くある一方、ビジネスモデルを考える際、幅広い収益モデルの選択肢を挙げ、どの収益モデルがお客様に受け入れられるのかを検討することは欠かせません。むやみに流行りのものに飛びつかないよう注意が必要です。近年立ち上がった新規事業にはサブスクリプションモデルが多い一方、苦戦している事業が散見されるのも事実です。
すばらしい商品を開発したにもかかわらず、最適な収益モデルを描けずに撤退したサービスも多くあります。その一例として、ソニーの電子書籍「Reader」があります。端末のスペックではAmazonのkindleを上回っていたものの、Readerで電子書籍を購入するためには、Reader端末で携帯電話の回線に契約する必要があったのです。
一方、kindleはダウンロードするための通信費用を按分し、ユーザーには書籍代に含めて販売しました。どちらが成功したかは、歴史が証明している通りです。商品がいくら優れていても、ビジネスモデルが顧客に受け入れられなければ撤退を余儀なくされることを、私たちはこの事例から学ぶべきでしょう。
新規事業において、常に最重要であるのは顧客の視点です。頭では理解していても、強力な既存事業をもつ企業ほど、既存の潤沢なリソースをむやみに活用しようとしたり、今ある知識の範囲で利益モデルを決めてしまったりしがちです。
手持ちのカードで戦おうとする “罠”に陥らず、顧客起点で考え抜かれたビジネスモデルこそが、事業の成功確率を高められると考えます。
- (※)顧客が自社の商品/サービスを購買するまでに至る行動全般をカスタマージャーニーといい、それを把握するために時系列で表したマップをカスタマージャーニー・マップという。