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中小企業の事業成長を支える——円滑な経営統合を後押しする「PMIスクール」とは

公益財団法人 東京都中小企業振興公社 2025.12.08
受託案件 東京都中小企業振興公社


日本企業のうち、99%を占める中小企業。経営者の高齢化や後継者不足は、いまや深刻な社会課題になっています。中小企業庁の試算によれば127万社が後継者未定であり、現状のままでは今後10年で多くの企業が廃業リスクに直面するとされています。

こうした中、企業買収(M&A)によって事業成長を加速させていくケースが増えています。しかし、M&Aの検討や交渉、その後のPMI(Post-Merger Integration:経営統合作業)が思うように進まず、事業成長を十分に実現できないケースも少なくありません。

この課題を乗り越えるべく、公益財団法人 東京都中小企業振興公社様では、M&Aを実行した、あるいは実行を検討している中小企業経営者を対象に、事業統合の要諦を学ぶ「PMIスクール」(以下、本プログラム)を2023年より実施しています。
※グロービスは同法人より本プログラムを受託し、企画・プログラム設計及び運営をおこなっています。

今回は、本プログラムに参加した、のむら産業株式会社 常務取締役 西澤 賢治様と、担当ファシリテーター(講師)の尾花 宏之が対談。参加のきっかけや得られた学び、経営への活用などについて伺いました。(役職はインタビュー当時)

はじめに:本プログラムの概要

東京都中小企業振興公社様は、企業からの経営相談窓口や助成金の運営など、企業等の成長ステージに合わせた幅広いサービスを展開する公的機関です。

同法人では、事業を他社から譲り受けた、あるいは今後譲り受ける可能性のある中小企業経営者を対象に、M&A成功の鍵となるスキル・マインドを習得する「PMIスクール」を実施しています。

企業経営におけるM&Aの意味合いや企業価値評価、経営統合後の戦略や信頼関係構築のポイントを学んだうえで、自社のM&Aを具体的に検討していくというプログラム内容で、4か月間にわたり実施しています。

<プログラム全体像>
※2024年度PMIスクールⅠ期(西澤様ご受講時点)のカリキュラム
<プログラム全体像>

インタビュー:プログラム参加の経緯

上場企業として、オーガニックな成長以上のスピード感が必要だった

尾花:

西澤さんと本プログラムでご一緒したのは、1年ほど前でしたね。どのようなきっかけで参加されましたか。

西澤さん:

当社が市場の期待に応えるスピードで企業価値を高めるためには、オーガニックな成長だけでは不十分だと考えていたからです。

のむら産業は今年で創業60周年を迎える中小企業です。経営における大きな転機は、2021年12月、JASDAQ市場(現スタンダード市場)に株式上場したことでした。上場により、それまで以上に企業価値を上げる責務を果たさなければならないと感じたことを覚えています。

上場以前にも、2017年と2018年に事業買収を通じて子会社を2社保有していましたが、さらなるM&A(企業・事業の合併や買収)を視野に入れることにしたため、本プログラムで学びを得たいと考えました。

正しい投資判断をするための知識不足を痛感

尾花:

M&Aには、買収先の検討からPMIまで含めて多くのプロセスがあります。特にどの点に課題意識があったのでしょうか。

西澤さん:

M&Aの候補先を選定して投資の意思決定を行うプロセスで、会社全体としても、私個人も知識が不足しているという課題に直面しました。一例を挙げると、自社の資本コスト(※)を意識してM&Aの判断材料にできるだけの知識がないことを痛感したのです。

もちろん、専門家やアドバイザーに依頼すれば、分析結果に基づいた正しい数字は出てくるでしょう。しかし、その数字がどのようなプロセスで作られたのか、その根拠は何かまではわからない。こういった本質的な部分も知っておく必要があると感じ、PMIスクールへの参加を決意しました。

※資本コスト:借入に対する利息の支払いや、株式に対する配当の支払いと株価上昇期待といった、企業の資金調達に伴うコスト

のむら産業株式会社 常務取締役 西澤 賢治様
のむら産業株式会社 常務取締役 西澤 賢治様

プログラムに参加した感想

専門家と対等に議論する力が備わった

尾花:

本プログラムを振り返って、印象的だったことを教えてください。

西澤さん:

予習段階で感じたのは、ケースメソッドのレベルの高さです。海外ビジネススクールの教材もあり、中小企業経営者向けとしては適していないのではないか、と感じたほどでした。

しかし、実際にPMIスクールが始まると、講師が参加者のレベルに合わせてファシリテーションしてくれたことが印象に残っています。

投資の意思決定に欠かせないDCF法(※)などの評価手法についても、ゼロから解説してもらいました。さらに実際の企業事例を題材にしたケースメソッドによって、バリュエーション(企業価値評価)のプロセスが具体的に理解できたのです。「このような数字の使い方をするのか」「仮説を立てないと数字は導き出せないのだな」などと感じるとともに、外部のアドバイザーが出す数字を鵜呑みにしすぎてはいけない、と気が引き締まりました。

※DCF法:ディスカウント・キャッシュフロー法。ある資産やプロジェクトの金銭的価値を、それらが将来生み出すキャッシュ・フローの現在価値として求める方法。

尾花:

まさに私が本プログラムで最も伝えたかったメッセージです。専門家が出した分析結果が正しいとしても、その背景がわからないと対等な議論はできません。企業経営をするにあたり、外部の方々と対等にコミュニケーションができるのは不可欠だと考えています。

多様な参加者から、「複眼」で物事を捉えることの重要性を学ぶ

西澤さん:

もう一つ印象に残っているのは、「正解を求めるのではなく、結論に至るまでの道筋や考え方に着目する」という考えです。

今回は、参加者同士のディスカッションも多くありました。参加者は企業規模や業種、年齢、経営思想も異なるので、ディスカッションで挙げる論点や切り口、重視することが皆違うのです。こうした多様な考え方や視点に触れられたことは、とても刺激的でした。

あるベテラン経営者の方は、物事の見方や論点の道筋がとてもユニークなのです。ただ、議論を重ねていくと、最終的な結論は私と同じになることも。長年、第一線で経営を担ってきた人は独自のしっかりした考え方を持っていて、経営の奥深さを感じました。

そういった場においても、尾花さんは「答えは一つではないから」と、参加者の様々な考えを受け止めてくださったのです。ひとつの視点だけでなく「複眼」で物事を捉えるべきだという考え方は、理論やフレームワークに当てはめた分析を超えた、深い学びとなりました。

尾花:

実際の経営では、何が正解かなんてわからないんですよね。ただ、そこにどんな理由があるのか、何を考えて意思決定したのかがないと、組織は納得しないし、人もついてきません。ですから、それらを語れるかどうかが大事だと考えています。実際に経営を担う方々が集まって議論したからこそ、得られる経験だったのではないでしょうか。その中でも特に、西澤さんは積極的に発言してくださっていました。

西澤さん:

せっかく参加するならクラスを活性化させたいと思い、なるべく最初に手を挙げるようにしていました。私の発言の後で、会話が繋がっていくことがおもしろく感じましたね。回を重ねるにつれ、私が一番に動かなくても皆が積極的に意見を交わすようになっていきました。改めて振り返っても、良いクラスだったと感じています。

株式会社グロービス 尾花 宏之
株式会社グロービス 尾花 宏之

プログラム参加による成果

M&A先の検討だけでなく、自社の経営にも学びを取り入れる

尾花:

M&Aを含めた貴社の経営において、本プログラムの学びが役立っている点があれば教えていただけますか。

西澤さん:

まだ具体的な案件は成立していませんが、経営トップとM&Aの候補先を検討する際、本プログラムで得た知識やスキルを織り交ぜて議論できています。専門家が出すバリュエーションの背景も理解したうえで、あらゆるステークホルダーと対等にコミュニケーションできる状態になったと実感しています。

そして、社内の事業計画や部門目標の設定といった日常の経営にも、学んだことを生かしています。

我々が重視し始めたのが、KSF(Key Success Factors:主要成功要因)やKBF(Key Buying Factors:重要購買決定要因)です。経営の基本に立ち返ると、企業理念、中期経営計画があり、それを元に年度方針が立てられ、各部門の方針、個人の目標へとツリー状に落とし込まれます。このうち、各部門の目標を作るプロセスにKSFやKBFの分析を取り入れ、部長層に考えてもらっているのです。

たとえば機械部門では、「なぜお客様は、当社の機械製品を買ってくれるのか」という問いに改めて向き合い、それを目標設定に取り入れました。一方で、米袋などを扱う包装資材部門では、製品そのものでの差別化が難しい。ですから、「当社が米袋のシェアを高めるには何が必要か」を考え、営業部門と協力して顧客ヒアリングを行うことから始めていこうと考えています。

尾花:

それは嬉しいエピソードです。目標設定のプロセスを変えたことで、社内に変化は起きていますか。

西澤さん:

KSFやKBFといった経営知識が社内の共通言語として機能しつつあります。会議の場でも、共通言語があると合意形成がスムーズになることを実感しているところです。組織の方向性を合わせるうえでも重要だと感じています。

経営スキルは、後継者への「経営の橋渡し」に役立つ

尾花:

西澤さんは、本プログラムでの学びを日々の経営にも役立てていただいていると感じました。M&Aの検討に限らず、戦略立案にも取り入れるなどの実践をする中で、感じることがあればぜひ教えてください。

西澤さん:

M&A後の企業統合だけでなく、スムーズな事業承継にも有効だと思います。中小企業は、創業者が豊富な経験や感性で経営をしているケースも多くあります。もちろんそれは間違っていませんし、経営者の嗅覚が優れているからこそ事業が成り立っているのでしょう。しかし、次世代を担う人が同じ感性を持っているかというと、それはなかなか難しいと思います。

その際、経営者の意思決定やその背景をフレームワークに落とし込み、言語化することで、「なぜそれがうまくいったのか」「なぜ変革しなければいけないのか」を論理立てて説明できるようになります。こうした経営スキルは、現経営者と後継者の橋渡しをしてくれる存在になるのではないでしょうか。

尾花:

ありがとうございます。経営の意思決定の「Why」を語り継ぐことが、持続的にビジネスを成り立たせるために必要なのですね。なぜその意思決定をするのか、なぜこのように事業を積み上げたのかなど、現経営者は説明ができないこともあるだろうなと思いますし、引き継ぐ次世代側も、それを受け取るための箱を持てていないことがあるでしょう。改めて、本プログラムは「経営の橋渡し」にも有益だと感じました。

今後の展望

PMIをリードできる人材育成が急務

尾花:

今後の展望をお聞かせください。

西澤さん:

引き続きM&Aによって企業価値を向上させなければならないと思っています。現在も、PMIスクールで学んだ判断基準を使いながら候補先を検討しているところです。

M&Aは、バリュエーションをしてクロージングに至るまでは、最適な相手が見つかり資金が確保できれば、さほど難しくはありません。しかし、その後のPMIは汗をかくしかないのです。

中小企業は、このPMIを円滑に進められる人材を社内で育成しなければならないと考えています。M&Aを同時に複数行うことになった場合は、それぞれの組織をけん引する複数のリーダーが必要です。我々も、PMIスクールのようなプログラムを活用するなどして、組織を統合するリーダー育成が急務だと考えています。

全社員が同じ方向へ進む、強い組織づくりを目指す

尾花:

貴社の経営において注力していきたいことはありますか。

西澤さん:

全社員が目標を共有し、同じ方向に歩みを進めることができるか。これは非常に難しいと感じています。

PMIスクールを終え、改めて自社を見つめ直すと、当社は必要な情報の伝達や共有が圧倒的に不足していると感じます。すなわち、経営側の「伝える努力」の不足です。

経営者や部門責任者は、社員一人ひとりに、会社の企業理念、中期経営計画、年度方針がどういう意味を持つのか、そして自部門の目標が全社目標とどう繋がっているのかを丁寧に説明し、腹落ちさせなければなりません。これができていないと「なぜうちの部だけが大変なんだ」「隣の部は楽をしている」といった相互不信感が生まれがちになります。

経営には正解がないからこそ、戦略の「理由」や「背景」も伝えなければ組織は納得しません。社員の立場で考えても、自分がどこに向かっているのか、あとどのくらいの努力が必要かを知らない状態で仕事をするのは嫌なことでしょう。だからこそ、経営者の仕事は、情報を浸透させ、全社員が同じ目標を共有し、足並みを揃えて歩けるようにすることなのだと思います。もちろんこれまでも伝えてはきたのですが、一度言っただけでは社員の耳に届かないこともありますし、理解しきれないのが当たり前です。これは永遠の課題かもしれませんが、今後も取り組んでいきたいと考えています。

尾花:

自社が何のために存在していて、どのような価値を提供しているのか。その中で自分の仕事はどの部分を担っているのか。こうしたことが浸透すると、中小企業は強い組織になれる可能性にあふれていると思います。

中小企業は少数精鋭の組織だからこそ、経営陣の行動が変わると、組織全体の変化も起こりやすい。のむら産業様には、その変化の兆しが見られているのだと感じました。本日はありがとうございました。

西澤様と講師及び弊社コンサルタントにて
西澤様と講師及び弊社コンサルタントにて
東京都中小企業振興公社様の声

東京都中小企業振興公社(以下、公社)では、2023年からM&Aの譲受企業を対象とした経営統合(PMI:Post Merger Integration)支援を立ち上げ、そのひとつとしてPMIスクールを開講しております。
立ち上げ当初、中小企業によるM&Aは増加傾向にある一方、経営統合に至るプロセス等への不安からM&Aを躊躇する中小企業も多いことに課題を感じておりました。そこで本スクールでは、M&A成功の鍵となる経営統合作業に関して、M&Aの当初目的の実現や、シナジー創出に向けて必要な知識を習得することで、円滑な経営統合を推進するプログラムを目指しました。
具体的には、中小企業の課題や実態も踏まえたカリキュラム構成となっており、受講企業からは、「M&AやPMIの知識を体系的に学べた」、「ファイナンス面の検証を行うことで、数字的な視点で経営を見直せた」とご好評をいただいております。
なお、公社ではスクール受講後にご希望があれば企業にお伺いし、経営統合実行をフォローする支援も行っています。のむら産業様にはスクールで得た知識をさらに社内浸透させるべく、本支援にもお申込みをいただきました。
今後も、本スクールをきっかけに、M&AやPMIに取り組む中小企業が増えることを期待しています。

担当ファシリテーターの声
尾花 宏之 尾花 宏之
尾花 宏之

企業にとってM&Aは、一度の意思決定が将来を大きく左右する重大なテーマです。適切に実行されれば飛躍的な成長の契機となる一方で、準備不足のM&Aは事業の停滞や衰退を招きかねません。だからこそ、押さえるべきポイントを正しく理解し、自社の戦略と一貫したM&Aの判断を行っていただきたいと考えています。
本プログラムでは、中小企業の経営者の皆さんがこうした重要な判断を検討する際に「武器」となる実務的な知見を提供すると共に、個別のM&A案件への伴走支援を行いました。特に重視したのは、買収における「リアリティ」です。ファシリテーターとしては、アカデミックな経営論に留まらず、実際の現場において直面し得る課題や、買収後の戦略展開を見据えた本質的な検討ができるように心掛けました。
多くの中小企業では、外部のプロフェッショナルの力を借りながらM&Aを進めますが、最終的な意思決定の責任を担うのは経営トップです。本プログラムを通して、参加者の皆さんが冷静に買収要件を見極め、専門家と対等に議論しながら、自信を持って意思決定を行うための土台を得ていただけていたら幸いです。
今後も中小企業振興公社様と協働しながら、多くの中小企業のお力になれるよう、しっかりと伴走していきたいと思っています。

担当コンサルタントの声
児玉 純平 児玉 純平
児玉 純平

本プログラムは、中小企業の事業成長を支える「M&A」をテーマに、知識の習得から実行準備までを一貫してご支援する場としています。事業戦略の要諦や資本コスト・企業価値評価、統合プロセス、そして社内外の信頼構築といった幅広いテーマを学びながら、単に「知る」にとどまらず、「自社・自身の言葉で語る」ことを重視しました。
特に、自社の事業戦略において経営統合がどのような価値を持つのか、統合後にどのような新たなシナジーを創出したいのか、そして価値実現に向けて従業員やステークホルダーとの信頼をいかに築くか。こうした問いを自ら立て、真剣に議論を重ねるご参加者の姿が印象的でした。このプロセスを通じて、「自分たちは何を統合し、何を守り、何を創るのか」という問いをさらに深めていく良いきっかけになったと感じています。
PMIスクールは、経営の現場に変化を生み出す重要な起点であり、その価値を私自身も強く実感しています。今後も、東京都の中小企業の皆さまの持続的な成長に、力強く伴走してまいりたいと思います。

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